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竜騎士から始める国造り  作者: いぬのふぐり
西方領域攻防編
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長い一日の終わり

「納得がいかない顔をしていますね」


 帯刀が許されていない訓練生の俺と違い、弁論人は帯刀が許されているらしく自分の剣を返してもらうとそんな事を聞いてきた。


「あれで納得できる奴は、自己犠牲が強すぎるんだと思いますよ」


 圧倒的とは言えないまでも、有利な状況だったこちらが引く意味が分からなかった。

拗ねる、とは違うが味方と思っていた弁論人が勝手に引くような事をしたので、何だか裏切られた気分なのだ。


「確かに。貴方は意味のない喧嘩を売られて勝ちましたが、勝ち方が悪かったんです」

「それは、重々承知しています」


 俺が命令していないにしろ、結果として周りからしてみれば俺が命令したようにしか思われない。


「貴方は、上を目指しているんでしょう?」

「上……ですか?」


 上ねぇ……、と空を見上げるが、空は曇天でもうすぐ雨が降りそうだ。まさに俺の心を表していると言っても良い。

 こういう日は、喉があまり乾かないが体が重くなって飛び難い、とはヴィリアの弁だ。


 しかし、()と言うのは当たり前だが物理的な事ではないらしく、弁論人は可愛らしく喉を鳴らした。


「『人の口に油は要らぬ』と言う言葉をご存知でしょうか?」

「えぇ、まぁ」


 人の口に戸は立てられぬ、と似たような意味のこちらの世界での(ことわざ)で、人の口は滑りやすく油を塗らなくても滑らかに開き、内緒話もスルリと出てきてしまうと言う意味だ。


「騎馬騎士側も竜騎士(ドラグーン)側も、それなりに目撃者が居ました。今回は此方が引きましたが、結果を見れば我々が騎馬騎士本部へ配慮(・・)した、と周りに印象づきました」

「相手の権力にビビったと思われるんじゃ?」

「権力と言う言葉に弱い小っ端はそう思うかもしれませんが、大半は『配慮した』と思います」

「それで、配慮するとどうなるんです? 騎馬騎士本部の連中は調子に乗るだけじゃ?」

「乗るのは、状況を理解できない奴ばかりです。状況を理解すれば、大事になる前に言いたいことを飲み込んだ我慢強い奴だ、とロベールさんを評価します。同族の竜騎士(ドラグーン)であれば、今後貴方に利する物を提供してくれる人が増えるかもしれません」


 ただし、増えない可能性もあり……と。そうなれば俺が我慢するだけ無駄だったな。


「貴方はここで我慢をする代わりに、騎馬騎士から要らぬ被害を受けながら、そういった相手にも最大限の配慮ができる素晴らしい人間だ、と言う評価を受ける訳です。自・竜共に怪我をすることなく、賠償金を払うことなく、奴隷も傷つかず、と全く無傷でそれだけの評価を貰うのはなかなかありませんよ?」


 確かに。この弁論人が言うように俺は売られた喧嘩を買い、そして勝った。俺は失う物が無く、馬の賠償金は竜騎士(ドラグーン)育成学校がもつので、被害らしい被害は時間を無駄にしたと言うことくらいだ。


 上手く言いくるめられた感は否めないが、それ以上に自分が我慢することで得られる利益の方が多い。見えぬ未来への先行投資と思えば、それがダメだったとしてもその時になれば今日のムカつきも消えているだろう。


「そう考えれば、まぁ胸の(つか)えも何とかなりそうです」

「それは、良かった」


 晴れやかとは言い難い顔をしている俺に対し、弁論人は優しく微笑んだ。


「俺は理詰め――と言うか、揚げ足を取るように相手の逃げ道を塞いでいくので、大抵は喧嘩になりますが、今回は貴女が居てくれて良かったです」

「犯罪者を追いつめるには、貴方の様な芯の入った人が向いていますけどね。ですが、そう言った人が苦手な分野を補う為に私達が居ます。実際、私の弁護内容に異を唱えてくっちゃくちゃになるかも……と思っていたので、一部を除いて(・・・・・・)今回はとても話しやすかったのも事実です」


 それは、貴方が良く考え私の考えを理解してくれたからです、とどこに対してのフォローか分からないが入れてくれた。異を唱えない代わりに、面倒くさい事はしたけどね。


 最後に弁論人の内容を受け入れたのは『裏切られた』と思って、全身の力が抜けてやけくそになったからだ。

 勝てる見込みがありながら逃げる(ひく)のは俺の趣味じゃないんだよ――と。


「逃げる事は、なにも悪い事ではありません」


 俺の頭の中を読んだかのように、的確な語句を用いて弁論人は言葉をつづけた。

 あれっ? もしかして、この弁論人ってサトリかな?


「逃げぬ事で得られる物と、逃げる事で得られる物を天秤にかけて、より最良な方を取ればそれが最終的に勝ちになるんですよ。最悪なのは、逃げぬ事で全てを失い負ける事と、逃げた先で全てを諦める事です。人の大半は引く(にげる)事を嫌います。それに、逃げた先で逃げる理由が大きな物となり自分に圧し掛かると言いますが、私はそうは思いません。物事は流動的で常に一定ではなく、また人も少しずつ前へ進んでいます。逃げた先で小さくなった逃げる理由を潰せば勝ちですよ」


 「まぁ、持論ですが」と情けなく閉じた。軍人は一時的に引くことはできても撤退()げることを極端に嫌う。当たり前と言えば当たり前だが。

 だからだろう。空で活躍する軍人(・・)を育成する竜騎士(ドラグーン)育成学校に所属する弁論人としては、あまり褒められた考え方では無いからそんな閉め方になってしまったのだろう。


「いや、その考え良いと思いますよ。『三十六計逃げるが勝ち』と言いますからね」

「何ですか、それは?」

「滅茶苦茶困ったときは、逃げるのが最善策って意味です。ですが、逃げる逃げないは別にして、押せば勝てる(いくさ)でも引くことの利益が大きければ、確かにそちらの方が良いですね」


 やっと弁論人の言いたいことが理解できた。

 前世と今世を合わせて、色々な事を勉強してきたつもりになっていたが、それが形を成していない不確定な物だと今を以って確信した。

 やはり、人間は幾つになっても学ばなければいけない生物のようだ。


「ふふっ。まあ、確かに貴方よりちょっと(・・・・)年上なだけで、こんな偉そうなことを言ってしまいましたが、私もまだまだ勉強中ですので」


 おっ、おう……。


「…………まぁ、便宜上利益利益(・・・・)と言っていましたが、そんな物で割り切ってはいけない物もありますから、そこら辺はしっかりとお願いしますね」


 少し開いた間と、そこから続く平坦な声が恐いです……。

 そんな恐怖を飲み込み、弁論人が言った方を見ると飛行服を着た人影があった。騎馬騎士本部の門から離れた所に居るのは、近くに居ると問題が起こると配慮しての事だろう。


「ロベール様!? 大丈夫でしたか!!」


 走って近づいてきたのはアムニットだ。その後に続いて、ミシュベルにアバスが来た。


「あまり大勢で押しかけると迷惑になるから、他の連中は先に寮に帰ってもらった」

「そうか。まぁ、大勢で来てもらっても問題が起こるだけだからな」


 他のクラスメイトが居ない事について、アバスが説明をしてくれた。あんな事があったあとだしね。


「ですが、お怪我が無いようで安心しましたわ」

「心配かけてすまんな」


 イエーイ、とミシュベルとハイタッチを交わすと、アムニットが慌てた様子で「わっ、私もイエーイしたいです」と両手を差し出してきた。イエーイ。


「それでは、ご友人方が迎えに来てくれたようなので、私はここで失礼させていただきます」

「ありがとうございます。本当に、お世話になりました」

「いえ。私も色々と勉強になりましたので」


 弁論人は歩きだし――と思ったらすぐに止まり、再びこちらを振り返った。


「校長は、貴方を高く評価しています。引き受けた物(・・・・・・)が手に余るようでしたら、学校を頼っていただいて構いません」


 そのように手配しておきますので、と言い残して今度こそ帰って行った。

 その背中を見送ろう――と思ったら、アバスが今の話について聞いてきた。


「引き受けた物ってのは何だ? 騎馬騎士の連中から、何か面倒事を押し付けられたのか?」

「色々とあるんよ。後で説明するわ」


 手伝うぞ、と言った兄貴的な雰囲気を醸し出すアバスに、「ヤダ、ちょっとイケメン」と思ってしまったのは秘密だ。

 とにかく、今日は疲れたから寮に戻って、引き受けた物(・・・・・・)については、ミナをマシューへ連れ帰ってからになるだろう。


 「三十六計逃げるが勝ち」ではなく「逃げるに如かず」なんですね。初めて知りました。

 初めは揚げ足取り捲って馬鹿にして相手の不興を買う、と言った話だったんですけど、弁護人も居ない状態で13歳の子供相手に、おっさんがやんややんや言うのはおかしいだろうと思って弁論人を付けてみました。

 おかげでお話がスムーズに終わってしまったw

 騎馬騎士本部の人間に押し付けられた「引き受けた物」とは一体なんなのか……。ちなみに、便宜上『物』と言っていますが、用事です。


9月11日 『如し』を『如かず』に修正しました。

9月12日 誤字・脱字修正しました。

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