査問会議
黒い漆塗りとは違う塗料で塗られたテーブルが置かれた部屋。そのテーブルに着く俺の眼の前に、おっさんが三人座っている。
場所はユスベル帝国の騎馬騎士が本拠地を置く、待機室と呼ばれる建物の一室だ。待機室とは名ばかりで、実際は貴族の大屋敷と言った感じの建物である。
名前の由来はユスベル帝国黎明期に騎馬騎士の本部として使用していた、ユスベル家の一室にあった戦時に騎馬騎士を待たせる待機室からここまで大きくなったんやぞ、と自慢する意味を込めて今でも待機室と言っているそうだ。
そこで、話は元に戻るけど、俺の眼の前には三人のおっさんが座っていて、俺の隣には二十代半ばくらいの綺麗な女性が座っている。竜騎士育成学校から派遣された、弁護士のような人だそうだ。
威圧感を出すためか、それともこちらに精神的な圧迫をあたえるためか、三人は静かに睨むではない視線で俺を見ている。
でも、甘い甘い。元の世界ではストレス社会で生きてきたし、こちらに来てからは奴隷として、一かけらのパンの為に隣人が殺されるような世界で生きてきたのだ。
目的の分かっている示威行為なんて、あってないような物だ。
今の段階は、宮本武蔵と戦う佐々木小次郎と同じ状態だ。相手は痺れを切らすのを待っている。そして、「早く始めようぜ」と口火を切るのを待っている。
それにしても、ここのお茶は美味しくないな。雰囲気だけではなく、お茶の淹れ方自体が美味しくない。
そんな事を思いながらお茶で唇を湿らせると、お腹から『くぅ~』と情けない音が鳴った。
「うぉっほん!!」
ただの生理現象だと言うのに、目の前に座るアゴ髭のおっさんは、俺を睨みつけて注意をするように咳き込んだ。
これが見ず知らずの、ちょっと偉い程度のおっさんであれば軽口でもするのだが、今は騎馬騎士の本部なのでそれすらもできなかった。
何で腹の虫が鳴っているのか、その原因たる対面に座っているおっさん’Sにムカついたので腹の力を緩めた。すると、数秒も経たない内に再びお腹が『くぅ~』と言う情けない音を出した。
それを、4回ほど繰り返した所でついに――ドン! とカイゼル髭が机を強く叩いた。
「ここが、何処だかわかっているのか!!」
「騎馬騎士本部」
間髪入れずに即答したのがいけなかったのか、カイゼル髭はコメカミに血管を浮かび上がらせ忌々しそうに俺を睨んでいる。
「それが分かっていながら、よくそんな事ができるな」
アゴ髭は自分の髭を撫でながら、生理現象である空腹音に対してそんなことを言い出した。
原因が誰なのかわかっているのだろうか?
「食事の最中に、お宅の部下が決闘を申し込まなければこんな音は出しませんよ。それに、御三方は食事が御済みの――」
言葉を続けようとしたところで、手を優しく掴まれた事で意識がそちらへ行ってしまい途切れてしまった。
俺の手を掴んだのは、隣に座っている弁論人だった。
「ここへは、話し合いに来たんですよ」
「あっ、はい……」
自分とは違う体温に触れられたせいか、それとも初めから自分が思っているほど怒っていなかったのか、イライラしていたのが嘘のように霧散していた。
弁論人は、俺が落ち着いてのを確認するとすぐに仕事人の顔になり椅子へ座りなおした。
その様子に毒気を抜かれたのか、おっさん`Sの中の髭のないおっさんが口を開いた。
「今回の事の発端は、竜騎士育成学校の生徒――つまり、君が我が騎馬隊に所属する騎馬騎士に因縁を付けた事とあるが、相違ないかね?」
「全然、違います」
笑顔で答えると、おっさん`Sは固まった。報告書を読んで話しているのに、その報告書には嘘しか書いていないらしい。
「どこが違うのかね?」
「私の所有している奴隷がその騎馬騎士の元クラスメイトだったらしく、そのまま連れ去ろうとしたので窘めました。そしたら、なぜか決闘を申し込まれました」
「嘘をつくな! 栄誉ある騎馬騎士が、その様な馬鹿な事をするはずない!」
まさにその馬鹿な事をした騎士が居ると言うのに、カイゼルは認めようとせず唾を飛ばしながら怒った。
しかし、隣に座る弁論人が羊皮紙の手紙を差出し、その内容をおっさん`Sが読むと叫びたい気持ちを抑えているのかワナワナと震えだした。
封印蝋が竜騎士育成学校の物なので、学校の正式な書類なんだろう。
「彼の言っている事は本当です。彼等が食事をしていたお店に、たまたま育成学校の職員も居まして、あまりにも大声を出している物だから強烈に記憶しているそうです」
おぉ、凄い偶然があったな。言った言わないの水掛け論になるかと思ったけど、学校から派遣された弁論人の持ってきた手紙のお蔭で、この話し合いもすぐに済みそうだ。
いくつか、こちらを口撃するネタを持っているんだろうけど、出鼻を挫かれてしまって焦っているのが良くわかる。
「しっ、しかし、その決闘が本当だったとしても、その神聖な決闘にそちらの生徒は仲間を十数騎連れて来たと言うではないか?」
「そちらも、結構な数を連れてきてましたよ?」
数だけ見ればトントンくらいだろう。攻撃力の点から見れば、竜騎士が戦力過多だけど。
「他の――彼の手助けをした生徒の話でも、騎馬騎士側は十数騎居たと話しています。また、彼はクラスメイトに対して、行動を示威行為に留めるように厳命していたようです」
おぉっ!? 流れるように、俺の話に補足が入る! これが、学校から派遣された弁護士の力か!?
これは安心できるな、と余裕の表情でゆったりしていると、次の状況を話せと言った具合に足をコンコンと突かれた。
「そのあとは、一方的にまくし立てられた感じですね。ウチのメイドが自分の思い通りに手に入らなかったから、キレて剣を抜いてきたんですよ。ギリギリの所で私が駆るドラゴンが止めたので怪我はありませんでしたが」
おっさん`Sは俺の言った事と、上がってきた報告書を照らし合わせているのか、指で文章をなぞっている。
嘘を書くことができない書類だが、本当の事を書いてもヴァンデスが不利になり過ぎるので、上手い具合にボカして書いているのかもしれない。
こちらとしては、ヴィリアが馬を潰したこと以外は別段悪い事をしたわけではないので、そこは強気で行ける。
ただ、今回の落としどころがどこになるか、だ。
竜騎士本部が所有する建物は、ドラゴンにかかる費用が結構大きいのでそれほど大きな建物ではありませんw
やはり、戦場の花は強いですねw
9月8日 誤字修正しました。
9月12日 中間部の文章を、大幅に改編しました。




