強者が強者たる所以 2
「降りたぞ。さぁ、ミナを返せ」
「その前に、金は払う。ミナを奴隷から解放しろ」
「却下だ。さぁ、早くミナをこちらへ返してもらおうか」
『渡せ』ではなく、取られた事を強調するために『返せ』と言う言葉を使った。後ろで仲間が見ているのだから、余り弱い態度ではいけない。
「君は、なぜそこまでミナヌュスに固執する?」
「その言葉をそのまま返しましょう。ハッキリと申し上げれば、おま――貴方のミナに対する固執具合は常軌を逸している。それに、貴方は交渉と言っていましたが、これでは武力を持って奪い取ると言っているようなもんですよ?」
あの居酒屋の時からこっち、お前呼ばわりしていたもんだから、今更、貴方と呼称するのは何だか気持ち悪いな。
「貴方は、元クラスメイトを奴隷から解放したと言う気分を味わいたいだけなんじゃないですか? 優越感を味わいたいのであれば、食うに困っている下々の者たちを救ってあげてください」
このまま話していても埒が明かないので、状況を打開するために無防備にヴァンデスへと近づいていく。
後ろから砂利を擦る音がするので、大きくは動いていないがヴィリアが俺から離れないように伸びているのだろう。
「ミナ、帰る――グッ!?」
自らの体で隠すように立たせているミナに手を伸ばした瞬間、ヴァンデスは俺を肩で押しのけ間合いを取らせると共に腰に帯びていた剣を抜いた。
「グォア!!」
その刹那、俺の後ろに居たヴィリアが威嚇をしながら右手でヴァンデスの剣を握り、左手で俺を包むように隠した。
普通のドラゴンではありえない行動に、剣を握られたヴァンデスはおろか隣に居る騎士も後ろに控えているヴァンデスの仲間も目を丸くした。
「剣を抜いたと言う事は、現時点をもって決闘が始まったと言う事ですね? ヴィリア、敵を食え」
ニタァ、と獣らしい笑みを浮かべ、ヴィリアは大口を開けた。
あっけにとられているのか、それとも騎士らしくあろうとしているのか、ヴァンデスはドラゴンの乱杭歯の様な牙が生えそろう口を見ながらも、叫び声一つ上げることなく見ている。
「止めろ!!」
隣の騎士が剣を抜き振りかぶるが、ガギィ! と鈍い音を立てながらヴィリアが剣に噛みつくと、そこから1ミリとして動かなくなった。
「飛ばせ」
俺の命令一つで、ヴィリアは剣を騎士の方へ少し押し戻すと、騎士ごと空高く放り投げた。
剣はまだヴィリアの口にあったが、それも爪楊枝を吐くように捨てた。騎士の命を手放すとは、騎士の風上にも置けん騎士だな。
このやり取りに、様子見だったヴァンデス側の騎士が殺気立ち、俺側の竜騎士は拍手せんばかりの感嘆の呻き声が聞こえた。
それでも、手放しで称えることはことはしない。相手の神経を逆なでしては、一気に戦闘になる可能性があるからだ。
「さすが、ロベール様ですわ! 冷静な行動、とても素敵ですわ!」
若干一名ほど空気が読めていないけど、今は気にしないでおこう……。
「これ以上、やりますか? その場合、手加減をしていた彼女が本気になりますが? 運用方法が違う者同士が決闘したところで、実力は発揮されないでしょう? それに、皇帝陛下から貸与されている騎馬騎士を私闘に使ったとあれば、それはそれは大変な事になるんじゃないでしょうか?」
苦々しい顔で俺を見るヴァンデス。圧倒的とも言えるドラゴンの戦闘・行動能力に勝てないと察したのか、ヴァンデスは俺を睨みつけるだけだ。
その間も剣を引き抜こうとするが、強く握られている剣は微動だにしない。
「クッ……。これは、皇帝陛下より下賜された剣だ。ドラゴン如きに触らせて良いと思っているのか……」
「手を引かせるには、苦しい言い分だな。その剣を私闘に使っているのは、どこのどいつですかねぇ? それに、切りかかった前科がある。負けを認め、ミナを解放し、大人しく引けば離してやる」
「早く離せ……。これを握るなど、大罪だぞ……」
「返事をしろといっているだろ!! 聞こえんのか貴様ァ!!!」
圧倒的不利に立たされてから、ボソボソと話す人形の様になってしまったヴァンデスにキレ大声で叫んだ。ウザイ!! ウザ過ぎる!!
「隊長!」「隊長を守れ!!」
控えていた騎馬騎士たちが一気に加勢に来た。それに合わせて、俺の後ろで待機していた仲間のドラゴンも走り出す音が聞こえた。
相手の土俵で戦う褒められた戦法ではないが、地に足を付けている俺を守る為の動きだ。
互いに槍が届く位置なので、怪我人が出る――。
「グオオオオオオォォォォ!!」
ヴィリアから今までの威嚇とは違う、低く地を揺るがす咆哮を上げるとドラゴン達は乗っている主の事を考えることなく急ブレーキをかけた。突然の停止に対応できず、安全帯を付けていなかった竜騎士数人が滑落した。
騎馬騎士も同じようになり、馬は咆哮に恐怖し棹立ちになり何人かの騎士は落馬した。
「この部隊に誇りはないのか? 話にならんな」
吐き捨てるように言い放ち、俺は優しく包んでいるヴィリアの手をどかしてミナの元へ歩いた。
「ミナ、二度は無い。来い」
「ごめんなさい……」
再び腕を掴まれないように、未だヴィリアに剣を掴まれているヴァンデスを迂回するように仲間の元へと歩く。
「ぐっ!?」
後ろから倒れる音と共にヴィリアの歩き出す音が聞こえた。どうやら、先ほどの騎士と同じように放り投げたようだ。
「乗れ」
横に着いたヴィリアを伏せさせて、先にミナを背に乗せた。続いて俺も乗った。ここまでくれば一安心だろう。
「ロン!」
悲鳴にも似た怒声に止められ、ヴィリアの手綱を引きながら声の主と向き合った。
そこには、ヴィリアに握られて少し曲がったのか、鞘に半分しか入っていない剣を帯びたヴァンデスが立っている。
その隣にはヴァンデスの馬なのか、ヴィリアの咆哮があっても恐慌状態に陥っていない馬が立っていた。それどころか、主を慰めるように首筋を甘噛みする仕草をしている。
前にミナから教えてもらった、ガ何とかさんの馬と騎士の話を思い出した。
主があんなのでは、馬も大変だろうと同情してしまう。
「何だ? これ以上は関わらないでもらいたいのだが?」
もはや歯牙にもかけないと言うように、なるべく不遜な態度で言い放つ。
ヴァンデスの表情に今迄の余裕と言うか、勘違いをしていた時の様な感覚は無く、そこには恨みがましさとは違う表情をした生き物が立っていた。
「私は、貴様のような下衆な人間が一番嫌いだ! 人の苦しみを理解しようとせず、あまつさえその生き血を啜るように生きているような奴がな!!」
あっ、ヤベッ……。尻が熱くなってきた……キレてるわこれ。
「覚えておけ! 必ず、我が愛馬エルズと共に貴様からミナヌュスを救いだす事をここに誓う! 貴様の乗るトカゲ擬きともども打ち破ってやる!!」
言い終わるか終らないかの瞬間、破砕音と共にヴァンデスの周囲に血煙が舞った。
「グォアゴアァァァァァアアア!!!」
「落ち着け! 落ち着けヴィリア!!」
ブチ切れて尾を振りおろし続けるヴィリアの後頭部に蹴りを入れて何とか落ち着かせようとするが、正直ギリギリの所だ。
「グオッ! ガアァァァァア!!」
ヴァンデスに跳びかからなかったのは、ヴィリアもそちらへ行っては俺がヤバいと、ほとんど切れている頭の片隅で何とか理解していたからだろう。
「はっ……へっ……?」
ヴァンデスは隣にできた空間に目をやると、そんな間抜けな声を出した。
そこには、ヴィリアの岩をつなぎ合わせたような、ゴツゴツとした尾で轢きつぶされたヴァンデスの馬――馬だったエルズが居た。
轢きつぶされた事による即死であり、頭が残っていたので馬と分かるが、無ければそれが何か分からない状態だった。
「(あぁ、やっちまった……。面倒くさい事になるぞ)」
ヴァンデスを殺すと言う最悪な条件は避けられたが、これはこれで面倒くさい事になるぞ。
とんでもないことになってしまった……。
ヴィリアが飛び立つ時に滑走するんですけど、それを笑った竜騎士の訓練生が駆るドラゴンに岩をぶつけた事から分かるように、ヴィリアの沸点は滅茶苦茶低いです。
尻が熱いのは、キレて体温が上がり始めているからです。
この場合は感情ですが、ヴィリア自体、体温を自在に上げ下げできます。
おかげで、高高度を飛んでいても主人公の場合は他の竜騎士よりも寒くありません。
次回は、休憩的な幕間です。
9月4日 誤字・文章を修正しました。
6月30日 ヴァンデスの愛馬の名前を変更しました。
1月22日 ヴァンデスの愛馬の名前の変更ミスを直しました。




