強者が強者たる所以
「あそこが、キリッカ第三訓練場だ!」
道案内のため先頭を飛んでいるアバスが訓練場を指さしながら言った。
その指さした方を見ると、騎馬が十数頭綺麗に並んでいる。そして、その前には馬一頭と三人の人影がある。
「今から、下降・着陸を行う! 全員、俺より前に出るなよ!」
「「「了解!!」」」
弓兵は見えないのでそこまで気にすることは無いと思うが、一応誤射を避ける為に竜騎士育成学校の紋章が見えるように、ドラゴンの体を傾けながらゆっくりと騎馬隊の頭上を旋回しながら下降していく。
着陸は騎馬隊の先頭の対面20m地点だ。あまり近すぎるとドラゴンから発生するダウンウォッシュで砂埃が発生して、相手に吹き付けてしまうからだ。
それでも、たかだか20メートルと言う距離では変わらないが――。
「貴様等、育成所の生徒だな! 騎士の眼前に直接降りてくるとは無礼だぞ!!」
「人さらいをするような奴の仲間が、人を無礼者呼ばわりとは片腹痛いな! まずは、自らの行いを改めてから出直して来たらどうだ!!」
ヴァンデスの隣に立っていた騎士から放たれる怒声を軽く受け流し、俺はヴィリアから降りることなく騎士たちの目の前まで近づいていく。
「貴様、我々を侮辱しているのか! そこになおれ! その首掻っ切ってやる!!」
「切りたいなら、自分のを好きなだけ掻っ切ってくれ。俺は、自分の所のメイドを取り返しに来ただけだ」
「キサ――」
再び騎士が叫ぼうとしたとき、その隣に立っていたヴァンデスが手で制した。その視線は、仲間ではなく俺へ向けられている。
「ロン……。これは、一体何の真似だ?」
一見、とても落ち着いているヴァンデスだが、その実本人の心は酷く動揺していた。
初めから不遜な物言いをする子供だとは思っていたが、竜騎士の恰好をして現れるとは夢にも思っていなかったからだ。
「言っている意味が分からないな。俺は、人の話を聞かない騎士に攫われたメイドを取り戻しに来ただけだ」
「何故、ミナヌュスの弟が竜騎士の恰好をしているのかと問うているんだ! お前はミナヌュスの弟では無かったのか!」
一瞬で沸点に達したのか、まさに激昂と言う言葉がぴったりと合う怒声を上げ、それに当てられた馬とドラゴン数頭が嘶いた。
余り切れる事が無いのか、ヴァンデスの怒鳴り声に隣に立っている騎士も驚いている。
しかし、それすらも気にすることなく――気にする事も出来ず、ヴァンデスは俺を睨んでいる。
「俺がいつ、ミナの弟だと言った? 勝手に想像して、勝手に思い込んで、勝手に去って行ったのはお前だろ? それよりも、早くミナを返してくれ。俺は暇じゃないんだ」
「ならば、まずドラゴンから降りたらどうだ? 人と話すときに下馬をせずに話すとは、育成所の生徒は些か躾がなっていないと言われるぞ」
怒りに言葉を震わせながらも、努めてなるべく冷静に言葉を発しようとしているのがありありと分かった。
前々から思っていたが直情的ではなく、ある程度怒気を抑える事ができると分かっているので、こちらも強く迎え撃つことができるというもんだ。
「これは失礼を――。騎士の皆様が下馬されておらず、いつでもミナを取り戻しに来た相手に跳びかかれるように隙を窺っているようでしたので、恐ろしくて降りるに降りられませんでした」
そう言いながらも、降りる事はしない。それどころか、話を聞いていたヴィリアは無言で後ろ足に力を入れて座高を高くした。
初めから見下ろす形で話していた俺だが、それによってさらに高みから見下ろす形になってしまった。ナイスアシスト!
「話を理解できんか、このクソガキが!」
「グァオオォォォォォオオ!!!!!」
抜剣しながらこちらへ駆けてこようとした騎士にヴィリアが吠えた。
後ろに控えている仲間のドラゴンは、直ぐにでも空中に上がれるように翼を軽く広げているが、ヴィリアは一歩も動くことなく向かってくる騎士を睨みつけている。
その統率がとれた動きを見て――その前のヴィリアの咆哮が主だが――騎士は足をもつれさせた。
竜騎士の訓練生とは思えないくらい整った、統一された動きに後方で待機している騎馬騎士たちからも感心と取れる呻き声が上がった。
「おぉ、恐い恐い。言われた通り降りていたら、もしかしたら切られていたかもしれませんねぇ」
ヴィリアが居る限りそれは無いが、いくら騎士と言えど侯爵家の息子に剣を向けるなんて正気の沙汰とは思えない。たとえ、軍属になるのだから家格は関係ないと言っても、それが私闘であるならばそんな条件は当てはまらない。
「そもそも、そちらが下馬していないのにこちらだけ降りろなど、訓練生だからと言って見下し過ぎではありませんか? それに、後ろの騎馬騎士達は明らかに戦闘装備です。そちらの副隊長の様に切りかかってくる可能性がある以上、我々は降りる事はできません」
俺とヴァンデスの話し合いが不穏な方向へ向かっていると判断したアバスが、二人の間に入って仲介役をした。
アバスの駆るドラゴンは細身で、ヴィリアに比べたらかなり小さい。それでも馬よりは断然大きいのだが、さらに伏せをする事によって目線を下げている。
「騎馬騎士は馬に乗ってこそ、その真価を発揮する。お前たちがドラゴンを引き連れてきた時点で、我々が下馬することはありえない」
「ならば、この話はここで終わりですね。竜騎士は、ドラゴンに乗ってこそその真価を発揮します。このままでは平行線ですので、この状態で話を進めることになりますがよろしいか?」
「私は降りている。そちらも、大将が降りてきたらどうだ? それとも、それすらも礼儀として知らないとは言わないだろうな?」
ヴァンデスの言に、アバスはチラリと俺を見た。確かに、騎馬騎士側の大将であるヴァンデスは降りているので、この場合、俺だけでもドラゴンから降りなければいけない。
「なるほど、分かった」
相手の動きを注視しているアバスを引かせ、俺はヴィリアから降りた。
話し合いをするためにさらに近づくが、ヴァンデスの間合いに入らないギリギリの位置で立ち止まった。ヴィリアは、俺のすぐ右後ろに着き、いつでも俺を守れる位置に立っている。
ロベール「ドラゴンから降りるのは、なんで下馬っていうん? 下竜じゃいかんのか?」
アバス「詳しくは知らないけど、昔はドラゴンから降りるときは下竜といっていたそうだけど、綴りが長くなるから下馬っていうようになったらしい」
ロベール「なるほどな。ドラゴンなのに馬とはこれいかに、って思ってたわ」
アバス「諸説ありって扱にあるけど、竜騎士黎明期は騎馬騎士が代行していたってのもあって、ドラゴンから降りるのを下馬って言っていたかららしい」
ロベール「なにそれ面白い」
アバス「(面白いのか?)」
そんなこんなで、ロベール隊の副隊長的な立ち位置に滑り込んでいるアバス君です。
ミシュベルは性格ゆえにこういった場面では不適切で、アムニットは大人し過ぎるので矢面に立てないと、消去法的なものもありますがw




