準統治領
入学してから、月日はすぐに流れもうすでに半年たっていた。
口笛を吹きながら、俺は河原で岩にブラシをかけている。岩と言っても岩に良く似た俺のマイドラゴンだけどさ。
「ヴィリア、仰向けになってくれ」
そういうと、ドラゴンは大きな翼を器用に丸めて寝転がった。その腹の上に乗っかり、再びブラシをかけてゆく。
ヴィリアは特殊なドラゴンだ。もともと、学校で生まれたドラゴンではなく、自らの意志で学校に捕獲されて、かれこれ20年以上だそうだ。
そして、特殊なのはそれだけではなく、今の俺の言葉が分かっているような動きは、単に阿吽の呼吸と言うわけではなく、本当に人の言葉を理解し、それだけではなくヴィリアもまた話すことができるのだ。
きっかけは、ヴィリアが忘れろと言ったから忘れた。うん。
尻の穴にデッキブラシの柄が刺さって、俺に文句を言ってきたのが会話の切っ掛けとか誰にも言えないよ。
「ロベール。今日も、このあとは遠乗りに行くのか?」
「いや、今日は午後一で呼び出しがあるから、そっちに行く」
「そうか。分かった」
と、この様に会話ができる。他のドラゴンにはない能力だった。
ただ、会話ができるのはヴィリアだけの専売特許ではないらしく、ヴィリアと同じ種族のドラゴンであれば誰でも会話できるらしいが、同種族はほとんど絶滅に近いらしい。
ゴシゴシ、と汚れやすい腹回りを洗っていると、上空を旋回する影が見えた。
空を見上げると茶色のドラゴンが旋回しており、風を上手く掴むとそのまま一気に急降下し、河原へ着陸した。
「ロベール様。そろそろ、お昼の時間ですよ」
「もう、そんな時間か」
茶色のドラゴンから降りてきたのは、準竜騎士飛行服に身を包んだアムニットだった。
初めの頃こそ怯えていたが、この半年間でやっと慣れたようで、俺との会話も差し支えなく行う事が出来ている。
「ロベール様、お昼ご飯を作ってきたので、一緒に食べていただけませんか?」
「喜んで、頂くよ。学食は味気なさ過ぎて苦行でしかないからな」
学校の食事は酷いの一言に尽きる。主菜は、ポテトサラダからポテト以外を抜いたような物と副菜とスープとパンばかりだ。
初めこそは嫌がらせの類だとばかり思っていたけど、ドラゴンを駆る者としての連帯感を培う為に皆が同じ物を食し、また粗食に強くなるためと言う理念と言う名の、やっぱり嫌がらせに近い何かで食べさせられているのだ。
休みの日くらい美味しい物が食べたいと、俺は学校からドラゴンで10分と言う少し離れた場所にある川まで来ているのだ。
ここの魚は人なれしていないらしく、手づかみで簡単に捕まえられるのが良い。
「今日は、サラダサンドを作ってみたんです。お肉屋さんで、美味しいハムを作っている所があるんです。そのハムとお野菜の相性がとてもよくて」
可愛らしい笑顔でバスケットの中から、サンドイッチを取り分けるアムニット。最近、良く笑うようになったからか、本当に可愛くなったと思う。
「こちらの熱いお茶と一緒にどうぞ」
熱の魔法処理を施されたポットから、オレンジ色のお茶をカップに注ぐ。この魔法処理されたポットなど、魔法仕掛けの物はとても高い。
ストライカー侯爵家から、毎月多額の金がロベール宛に送られてくるので、買おうと思えば楽に買えるのだが、今のところ必要な場面は無いので要らなかった。
侯爵家からは、特に手紙が来るわけでも家族が見舞いに来るわけでもないので、のんびりだらだらと過ごせるのでとても良い。
「いただきます」の挨拶のあと、アムニットから受け取ったサンドイッチを食べ始めた。
ちょっと前の話――。
「『いただきます』って、なんですか?」
「食材になってくれた生き物へ感謝と、作ってくれた人に感謝をする言葉だ」
「ロベール様のお屋敷では、そのような挨拶があるのですか?」
「さぁ?」
「……?」
「よし。なら、一緒に。――手を合わせてください」
「はっ、はい!」
「いたーだきます」
「いただきます」
「……なに笑ってんだよ?」
「えっ、いえっ!」
7月3日 誤字修正しました。
12月19日 ルビを書き換えました。