人それぞれの正義 4
「そうか――」
「何だ……?」
「ミナヌュスを買ったのは、娼館の人間か――!」
あぁ、そういう結論に至るのか。確かに、女で奴隷で顔が良ければ、まず買われるのが娼館だろうな。
「この辺りで高額な奴隷を買えるのはローエンヌ娼館か……。あの騎士崩れが……!」
一人で考えて一人で納得をしているヴァンデス。俺は、この意識高い(笑)騎士の下に付いている部下に同情をした。こいつ、面倒くさすぎだろう。
「それじゃあな。ミナ、行くぞ」
今度はヴァンデスに腕を掴まれないように、代わりに俺が腕を掴んで引いていく。
ヴァンデスが思案している内に、一刻も早くここから離れなければいけない――が。
「分かった。では、ロン。君の主に伝えてくれ」
「コノヤロ……」
偉そうに、俺に命令をしているが、その手は再びミナの腕を掴んでいる。ここまで来るとストーカー気質を疑い始めなきゃならんくなるぞ……。
「金は払う。それでも手放したくない場合は、一騎打ちを申し込む。これは、騎馬騎士家リーオングラデインの名の元に行われる公平で公正な一騎打ちである」
「どこが公平で公正なんだ? 金で解決できないなら暴力で決するって言う脅しだろ? それに、相手は騎馬騎士じゃない。そうなりゃ弱い者イジメだぞ?」
「ローエンヌは、元騎馬騎士だ。君は、何も心配しなくても良い」
「そのローエンヌって奴は知らないな。お前の気高い名誉の為に言っておいてやるが、喧嘩する相手は良く調べてからにしろ」
竜騎士と騎馬騎士では、まず運用方法からして違うので一騎打ちには向かない。そもそも、体格も力も違うのだから勝負にすらならい。
しかし、ここまで来てしまっては、相手は絶対に引かないだろうから、これ以上の言葉は無駄に終わる。
「君には関係ないと言っているだろう。これ以上、ここで話していても時間の無駄だ。君は言われた通り、主を呼びに行けばいいんだ」
「チッ……、そうかよ。どうなっても知らんぞ」
面倒臭いが、この勘違い野郎にお灸を据えておかないと後々絡まれる原因になる。
ヴィリアを使って、こちらも本気で挑むとしよう。
「お前の言いたいことは分かった。ミナの主には伝えておくから、その手を離せ」
「それは、できない。彼女を連れて逃げる可能性がある以上、彼女の身は私が守る必要がある」
「勝手な事を言うなよ。ミナは奴隷だけど、お前の持ち物じゃない」
「さっさと、主を呼びに行け! これは、命令だ!」
奴隷と言う呼称が気に障ったのか、ヴァンデスは俺との会話で初めて声を荒げた。
「そうかよ。この件は、お前が始めた事だ。俺は止めろと言ったし、説得もした。これは、お前が選んだ末での答えだ。どうなろうと、責任は自分で取れよ」
暗に、この度の決闘の末に起きた何事にも責任を取れと伝えておく。
本当だったら、この場は引きたくなかったが、あまり相手を追いつめすぎても何をやらかすか分からない。
「ミナ」
「は……はい……」
状況に着いてこられていないミナは、俺の呼びかけに弱々しく応えた。他人事では揺るがないくせに、いざ自分の事になると弱くなるなこいつ。
「万が一の時は、自分でケジメをつけろよ」
そう言って渡したのは、俺が背中に隠すように帯びていた匕首だ。
量産しやすく安価な鋳造剣が人気を占めるこの世界で、俺がダンブール鍛冶屋に言って鍛造で作らせた一品だ。
初めは鍛造と言う技術があるか心配だったが、ダンブール曰く「戦争で消費される本数を作ることができないのでそれほど広まってはいないが、その技術はある」とのこと。
鍛造技術を持つ鍛冶屋は、良い物ができると分かっていても数を揃える事が出来ないので、どうしても鋳造剣へ戻ってしまい、その技術を深くすることができないのだそうだ。
ただ、その技術が廃れないのは、料理人が良い包丁を求めて買いに来るため一定以上の品質は守られているらしい。
一応、このナイフも匕首として頼んだ物だが、反りが無いので片刃の直剣になってしまっている。
「ただし、俺との約束は忘れるな」
俺の渡した匕首を胸に抱き、ミナは真剣な表情で頷いた。
約束とは、簡単に死ぬなって奴だ。あのミナの精神状態では、早々に自らの命を絶ちそうな雰囲気があったからな。
「で……、お前は覚悟をしておけよ」
「覚悟をするのは、君の主の方だ」
ヴァンデスの意識は、すでに囚われの姫君を助け出す騎士気取りなのか、俺の向こう側にまだ見ぬミナの主を思い描いて話しているのだろう。
「決闘場所は?」
「キリッカ歩兵第3訓練場だ」
「あぁ、そうかい」
これ以上、ヴァンデスと話しても気分が悪くなるだけだ。歩兵訓練場がどこにあるのか皆目見当もつかないが、学校の誰かに聞けば分かるだろう。
騎士貴族と一騎打ちの約束をしてしまった主人公。
ドラゴンvs馬。い、一体、どちらが勝つのか……!?
8月26日 文章を編集しました。




