人それぞれの正義 3
「ミナ! 何をしているんだ! さっさと出るぞ!」
「はっ、はい!」
怒鳴られたミナはすぐさま立ち上がり、俺の後へ付いて来ようとするが、ヴァンデスに握られた腕を振り解く事ができないでいた。
「ヴァンデスお願い、離して。早く行かないといけないの」
「弟には兵士を付けると言っているだろう。君も弟離れをしなければいけない」
ミナの懇願に、ヴァンデスはなおも見当違いの言葉を放ち、それに対し――いや、強く振り解けないミナに対しても苛立ちがつのった。
「早くしろって言ってるだろ!!」
「君も聞き分けろ! 姉をいつまでも困らせるな!」
「聞き分けるのはどっちだ! フラれたのに、いつまでも未練がましく交際を迫る野郎みたいな事をしやがって、こっちの迷惑を少しくらい考えたらどうだ!」
「何を訳の分からない事を! だいたい、君は幼いから分からないだろうが、彼女はこんな所に居てはいけない人材なんだ!」
姉離れをしろだの、まだ幼いだの、こいつは自分が矛盾したことを言っていると理解しているのか?
それ以前に、こいつのミナに対する執着心の様な物はなんだ? いくら同級生だからと言って、ここまで事を大きくするような事をするか? それとも、本気で周りの人間はかぼちゃにでも見えてるのか?
いや、たぶん――たぶんだが、こいつも自分が何を言っているのか、段々と分からなくなっているのかもしれない。見たい理想と知りたくない現実を目の前に突きつけられて、それを回避しようと必死なんだ。
「現実を見ろ……」
「ナニ……?」
「目を背けるな。この世は、万人に甘くない。この世界で生きてきたのであれば理解できるはずだ」
「だから、何を言っているんだ」
「お前は、事の顛末を知っているんだろう? 服装を見てみろ。それが、結果だ」
――と、その時、初めてミナの服装に目を向けることができたのだろう。その現実に、ヴァンデスは息を飲んだ。
「お前と生きる世界は別れたんだ。現実をみるんだ」
息をのみ放心するヴァンデスを余所に、俺はミナに声をかけた。
それにミナはか細い返事で頷き、ヴァンデスに掴まれていた腕を優しく振り解いた。あれだけ強く掴んでいたのが嘘のように、とても簡単に解けた。
そんなヴァンデスに、俺は哀れとは思わなかった。
同級生が――いや、多少なりとも恋愛感情があったであろう女性が、実家に帰ると共に音信不通となり、次に会った時には奴隷となっていた。下手をすればトラウマものだ。
「まっ、待ってくれ」
このまま静かに見送ってくれればいい物を、ヴァンデスは再び俺達の足を止めた。
「ここに金がある。金貨で18枚だ。これを、君たちの主へ渡して、自分達を買うんだ。そうすれば、二人とも自由になれる」
知りたくない現実を知ったあと、放心状態から回復して直ぐに示した解決策にしては良い物だが、それでもケタが一つ違う。
「金貨18枚で買える奴隷を見に行ってから話をしてくれ。こんなはした金じゃ、知識奴隷なんて買えんぞ」
「なら、幾らあれば彼女は自由になれるんだ? いや、君たちの主に直接会わせてくれ。私が直々に交渉に当たる」
その主とお前は、今まさに話し合っているんだよ。とは、なかなか口にし難い。
この会話を今すぐにでも切り上げたいのであれば、こちらの氏素性を明かせば手っ取り早いのだが、それによって粘着される可能性が高い。
それに、ミナを手放したくない理由は、高かったから以外にもマシューでの石鹸や紙の作り方から、今一番勢いのあるイスカンダル商会を裏から糸を引いているのが誰なのかも知っているからだ。
また、それらを抜きにしても情だって少なからずうつっている。
「俺達は、ここに来るまで苦労しているんだ。やっと静かに暮らせるようになったんだから、もう放っておいてくれ」
お前にできることは、俺達を放っておくことだけだ。少ない言葉の中に、できるだけ多くの気持ちを込めて言う。押してダメなら、引いてみろってな。
これは効果があったようで、現にヴァンデスの顔は青ざめ始めている。今まで順風満帆に生きてきて、自分の手に負えない出来事に遭う事はなかったんだろう。
それとも、ヴァンデスが避けてきただけなのか、それとも本当に実力だけで解決・回避できたのか。
その何れであっても、こちらが引くことは無いがな。
そして、再びヴァンデスは、娼婦のミルクちゃんを見る事で新しい結果にたどり着いた。
現実に打ちひしがれるヴァンデス君。彼に遠まわしに諦めろと言ったのは、主人公の優しさか。
このやり取りは、次回で終わりです。
8月25日 誤字修正しました。




