人それぞれの正義
「血入りのソーセージって、あんま臭くないんだな」
ぶりゅっ、とした触感の赤黒いソーセージを噛みきりながら、俺は誰に言うでもなく呟いた。
「そうね~。ここは、特に臭くないわね。まぁ、その実、裏を返せば血が少ないって事なんだけどね」
「私は毎晩、もっと臭みのある精が付くソーセージを食べてるけど」と隣に座っているミナに小さく呟くと、ミナはくぷっ、と噴いた。
「今は食事中だから、そういうのは無しにしてくれ」
「はぁ~い」
年齢を考えてくれよ、と言いたくなるような可愛らしい返事をしてミルクちゃん――先ほど自己紹介をした時に娼婦が名乗った。明らかに源氏名だと思うけど――は、濁り酒を飲んだ。
時折入るセクハラに目を瞑れば、ミルクちゃんとの会話は楽しい。会話のキャッチボールができるからだ。
マシューの人と会話をしても、こういっては何だが学が無い人とは話が続かないのだ。非常に抽象的かつ曖昧な会話となり、どちらともなく会話が途切れてしまう。
仕事相手でもない人の素性をとやかく調べる気は無いが、ある程度学力を持つ位の人だったが娼婦になってしまったのだろう。でなければ、高級娼婦ではないこの辺りの娼婦では、色々と会話に不都合が生じているだろう。
「ほら、もっと飲めよ」
陶器製のピッチャーに入っているエールをミナの持っているコップに注ぐ。それに対して、返杯をするようにミナも俺のコップにエールを注いだ。
「あなた達、本当に仲良いわね~。まるで、恋人みたい」
「うわちょちょちょ、ビールが溢れてる!」
ミルクちゃんの放った超ド級ストライクに、ミナはアワアワしながらピッチャーを傾け、俺のコップを大洪水へと導き始めた。
「うおぉぉぉ!! 何てもったいないことするんだ!」
悲鳴にも似た叫び声を上げて、二つ席を空けた椅子に座っていた見知らぬおっさんが、俺のコップからこぼれてテーブルの上にできたエールの水たまりをもの凄い勢いで啜り始めた。
「誰コレ!? ねぇ、誰コレ!?」
アワアワしながらエールを注ぎ続ける人形と化したミナと、俺のコップからテーブルにこぼれたエールを啜るおっさんに挟まれて、俺は悲鳴を上げた。
向かいに座っているミルクちゃんは、楽しそうに笑っているだけだった。
★
ミナを落ち着かせて、酔っ払いのおっさんには引き取ってもらい、俺は一息ついた。
「ったく、もう少し考えてから発言してもらえませんかねー」
嘆息にジト目もプラスして、俺はミルクちゃんを睨んだ。それでも、ミルクちゃんはケタケタと笑うだけだった。
再びエールを注文しなおし、ゆっくりとした時間を楽しむはずだった――。だが、招かれざる客によって一転した。
ガタン、と必要以上の力で出入口のドアが開けられ、そこから入ってきた人物に飲んでいる客全員が注目した。
薄暗い店内からは逆光となって顔が分からないが、良い服を着ているところから貴族だと言う事が分かる。そこで、すぐ気付いた。
「あいつは……!?」
そこに居たのは、謹慎を受ける切っ掛けを作ったあの貴族だった。その貴族の後ろには、あの日と同じく兵士が付いている。
貴族は店内を睥睨すると、俺のところでその視線を止めた。
「(クソッ。まさか、こんな所までわざわざ俺を探しに来るなんてな。ちょっと狭量すぎるだろ)」
馬鹿にされて黙っている貴族は絶対に存在しない。それは、プライド云々の話ではなく、馬鹿にされたままでは他の人間に示しがつかないからだ。
貴族は俺の方を見たまま、一直線に向かってきた。途中、客に当たってもそれらがただの置物とでも言うように、謝るどころか視線を送りもしなかった。
それが、貴族だからだ。それに、貴族に文句を言う平民も存在しない。
――出入口は、貴族の兵士が立っている。であれば、従業員用の裏口か、やや狭いが窓から逃げるしかない。
逃走経路を頭の中で作りあげていると、とうとう貴族は俺の眼の前までやってきた。そして――。
「ミナヌゥス! やっぱり、ミナヌュスじゃないか!」
俺の隣に座っているミナを見て、貴族は嬉々とした声色で言った。
「ヴァンデス……?」
それに応えるように、ミナも貴族の名と思われる物を呼んだ。
「あぁ、そうだよ! 久し振りだな! 卒業を半年後に控えていたと言うのに、実家に帰ってから沙汰がなくなってしまって、本当に心配したぞ」
俺の隣に座っているミナに、この貴族は話しかけていた。
えっ? 俺じゃないの?
「一体、こんな所で何をしているんだ? それに、その――印象が結構変わったと言うか……」
貴族は自分の頭を擦りながら問うた。
ミナの元の髪色は明るい茶色だ。しかし今は、変装の為にブロンドピンクになっている。貴族は、その事を言っているのだろう。
「知り合い?」
「あっ、はい。兵士学校の時の同級生でした」
「ふ~ん」
竜騎士育成学校は、その特異さから金がかかるので貴族が多くなるが、兵士学校(騎士含む)は戦力の要として貴族から平民まで幅広く存在している。
だから、兵士学校を出ている場合は、平民でも貴族と仲が良いと言う時がある。でも、それは稀な事でもあるけど。
俺とミナが会話をすると、その時初めて気づいたと言わんばかりに、貴族は俺の方を見た。
「お前は確か――」
あの日見た貴族の名前を僕はまだ知らない。劇中で、すでに出たやんと言う突っ込みは受け付けません。
主人公に会いに来たのかと思いきや、隣に座るミナでした。恥ずかしい主人公。
そして、娼婦の名前はミルクちゃん。ホルスタインちゃんにしようか迷った結果がコレだよ。
あと、前回は何所にいるかをあとがきで書いたため書けなかったのですが、前回のお店を探す時間です。
お店を探す時間は、10分~30分くらいです。それを過ぎると、相手のことを思って店を探しているのではなく、判断できない人や相手が嫌いだから飯屋をダラダラと探していると捉えられます。
まぁ、知り合いだったり仲がいい場合はスパッと決めたり、ダラダラと散歩がてら店を探したりしますが。
人や地域が変われば風習も変わる! なかなか面倒くさいですね!
8月21日 誤字修正しました。




