澱み 2
「ほぼ全てだな。こんな所をふらついている暇があるなら、早く寝て明日の仕事に備えろ。少しでも多く働いて、国のためになることをしろ」
その不遜な物言いに、周囲の人間の雰囲気は少なからず悪くなった。現に、俺を抱きかかえている娼婦も、俺の腕を掴む力が若干強くなった。
「おっと、お貴族様にしては浅慮で短慮ではありませんか?」
「なにぃ?」
「ここに居る人間や農奴や農民の全てが消えたら、この国はどうなる? 数ヶ月は大丈夫だろうけど、半年後は? 一年後には、まず消滅しているだろうな。農作物を作る人間や物を作る人間が居なければ税収が無いんだからな」
そして、再び貴族たちを挑発するように、娼婦の胸に顔を埋めた。
「彼女達もそうだ。彼女たちが居るからこそ、そう言った手合いの犯罪も減る。日々の生活でたまったストレスを発散させ、また癒しを求めてね。彼女たちは、言わば女性を守る予防者って訳だ」
「汚らわしい商売女が人を守るだと? 笑わせるな!」
「汚らわしいのは!!」
周囲に聞かせるように、叫ぶように声を張り上げたが子供に低い声が出せる筈もなく、残念な悲鳴のように声が裏返ってしまった。
「汚らわしいのは、必死に働いている人間を蔑む心を持った輩です!」
つい今しがた口にした言葉を、俺に汚らわしいと返された貴族は息を飲んだ。怒鳴り返そうとしたのが目に見えたが、どうやらそこまで直情型ではなさそうだった。
「必死で働いている人を馬鹿にするなら、貴方達を育ててくれた親も隣で働いている仲間も、延いては日々国民の幸せを願っている皇帝陛下すらも蔑んでいる事になるんですよ! 貴方達は、皇帝陛下を愚弄するおつもりか!!」
半分心にもない事を、全力で啖呵を切ってやった。皇帝陛下がどれだけ国民の事をうれいているのか。そもそもうれいているのか全く知らないしね。
でも、この啖呵きりは良い流れを生み出した。
国家元首を引合いにだし、貴族の言った言葉を大きな範囲でくくり愚弄とした。まわりの人達も、話の流れが分からなくても『皇帝陛下』と『愚弄』の意味は分かる。
その言葉を聞いた市民は、先ほどまでの雰囲気が悪くなったと言う言葉では表せないくらい、今度は殺気を持った視線を貴族に送った。
現皇帝陛下は喧嘩っ早いのが珠に傷だが、それも国民を守る為であり賢帝としての異名をとるほどで国民にも人気がある。
そんな賢帝を馬鹿にされては、相手が貴族であっても黙っていられないのだろ
う。
「私が、いつ陛下を愚弄した! 言葉尻だけをとらえて、悪意とするな!」
「ならば、人を見下し馬鹿にしない事です。それらは、巡り巡って自らに返ってきますからな!」
完全に流れを物にし、俺は貴族とそのお供に笑顔を向けた。
三人とも言い返そうとするが、言った言葉をどのように捉えられ返されるか分かった物ではないので、なかなか言い返せずにいた。
そして、痺れを切らした俺を石突きで小突いた兵士が、今度は石突きではなく刃先を俺に向けてきた。
「貴様! 平民の癖になんたる言いぐさ! そこになおれ!」
「――良いんですか? 先ほども言った通り、巡り巡って自分に返ってきますよ? まだ夜の帳は下りたばかりです。帰宅は、お早い方がよろしいかと――」
その言葉の意味を捉えあぐねていたが、すぐにその意味を理解した。
周囲の人間が、先ほどまでの怯えた視線から殺気だった視線に変わっていたからだ。理由は言わずもがな。
武器を持っているとはいえ、皇帝陛下を愚弄されて切れている市民相手にどれほども戦えない。
それに、市民たちには大義名分があった。例え、一人の子供が言葉尻だけを捉えて悪意ある物として喧伝したとしても、これだけの市民が大声で主張したとあれば、目の前の貴族も物理的にも地位的にも無事では済まない可能性があった。
「クッ……行くぞ」
「「ハッ」」
三人とも、形勢不利と見て潔くこの場を去って行った。いや、石突きの兵士だけがイタチの最後っ屁の様に、俺に向かって唾を吐いてきた。
「汚ねっ!」
完全な不意打ちだったので、おっさんの唾が足にかかってしまった。ここからウィルス感染して、この町一体バイオハザードになりそうな異臭がする。
何か拭くものは無いかと辺りを見渡すと、隣に居た娼婦に抱きしめられた。
揚げ足とり大会と言いつつ、揚げ足とったのは一回だけ……。
大会とはいったいなんだったのか……うごごごご




