願い
お気に入りが200件を突破しました。
お気に入りに登録された方、評価してくださった方、本当にありがとうございます。
皆様が、次を早く読みたい! そんな風に思っていただける物語を書けるように頑張っていきます!
お気に入りや評価をお待ちしております。
そして、質問などもどしどしどうぞ。
「無理無理無理無理かたつムリ! 無理に決まってるよ」
剣仙とか、物語の中の人だしね。
カッコいい事を言っていたけど、奴隷の仕事が終わってから1時間くらいの練習で何が覚えられると言うのか。
師匠が言うには筋が良いとの事だったけど、それも「奴隷にしては」とか「子供ながらに」って言う意味であって、去年に師匠が自国に帰ってから素振りくらいしかやっていなかった。
そんな奴に、相手の視線からどう動くか察するなんて、トイレから帰ってきたら自分の席にクラスメイトが座っていて、「どいて」とも言えない奴にクラブに行って友達作ってこいって言うくらい無理な話だ。
下手したら次の日から引きこもりになるわ。
「どっ、どうかしましたか!? しみましたか!?」
スー、とする打ち身用の薬草汁を染み込ませた布を、俺に張っていたミナが慌てた様子で聞いた。
「おう、ずっと沁みとるわ。自分の弱さに辟易するわ」
本気になったミナの剣戟は凄まじく、にわか仕込みの俺の剣術では対応することができず、脇腹から背中に駆けて切られた。
しかも、上手い具合に俺がミナの剣側へ跳んで行ったのも災いして、半寸止めが峰打ちとなってしまった。
久々に味わった激痛に、地面に無様に転がって情けなくも呻き散らしてしまった。
その様子に、それまで賭けをして楽しんでいた観衆は大慌てで、一部は俺を抱えて町医者――と言う名の薬草師へ走り、大半が俺の為に常備薬の薬草を持って薬草師の所へ来てくれた。
持つべきものは、遠くの身内より近くの他人だな。身内なんて、この世に存在していないけど。
「あの、ご主人様……本当に大丈夫なのですか? もしもの時の為に、町からお医者様を呼んだ方が――」
「あー、大丈夫、大丈夫。マジで大丈夫だから。もしかして、傍から見るとそんなにヤバげ?」
視界に入る部分だけを見ると、ミナに打たれた傷跡は赤黒く染まっているだけだ。でも、視界の外ではとんでもない状態になっているのかもしれない。
「いえ……先ほどから、普段のご主人様と全く様子が違っていたので。人柄が変わられてしまったと言いますか、もしかしたら倒れた拍子に頭をお打ちになられたのではないかと」
「何か勘違いしてるみたいだけど、俺の素はこっちだぜ? 普段は、貴族らしくしようとして偉ぶっているだけだ。そこんとこヨロシク」
ビシッ、とサムズアップしてやると、ミナは苦笑いと言うかやや引いた笑顔を浮かべた。
「まっ、2~3日は安静って所か」
町医者は一週間ほど安静にって言っていたけど、それは完治と言う意味でだろう。実際、怪我をした当初よりも腫れあがっているけど、痛みは結構引いてきている。
「それで、俺に勝ったわけだけど、何が欲しいの?」
「いっ、いえ、ご主人様をこのように怪我をさせてしまったのに、褒美をもらうだなんて……」
試合前の約束だったにも関わらず、ミナは表情を暗くして俺の申し出を断った。
「木剣を持っての試合だったんだ。怪我をするのは当たり前だろ? それとも、兵士学校ってのは怪我をすることもない形だけの学校なのか?」
やや馬鹿にした物言いに、ミナの顔が少しムッ、としたようになった。しかし、それも一瞬のことで、すぐに表情を戻したミナは言葉をつづけた。
「そのような事はありません。現に、私はロベール様に勝ちました。確かに、ロベール様は帝国だけではなく、敵国であったユーングラントの剣術にも明るいようですが、ただ明るいだけではダメです」
「おぉっ、そうだな。確かに、ミナは俺に勝った。だから、褒美の約束は絶対に敢行されないといけない訳だ」
怪我の有無は関係なしにな、と言う言葉に、ミナは良くわかっていない表情をした。
「俺がミナとした約束事は、見に来ていた奴ら全員が周知している。それなのに、ミナが要らないと言ってしまえば、俺が約束を守らない人間だと思われちゃう」
「あの……、私が要らないと言ったにも関わらず、なぜロベール様が約束を守らないと言うことになるんですか?」
「それは、お前が俺の「勝ったら何でもやる」と言う言葉に反応してやる気を見せたからだよ。勝ったにも関わらず、ミナが何の褒美を貰っていなければ「あの貴族様は、自分の言った事を守らない奴だ」って言うことになる」
「でっ、ですが、私が断ったのであれば――」
「住民感情にそれは関係ない。「貰っていない」のがダメなんだよ」
今までこの町にしてきた貢献度を考えれば、俺の言ったような事にはならないはずだ。
まぁ、何人かは怪我をさせられたことに腹を立てて褒美をやらなかったんだ、と言う奴もいるかもしれないけど、そんな奴はごく少数だ。すぐに他の人によって訂正させられるだろう。
「と、言うわけだ。怪我なんて気にしなくていいから、俺にできる範囲でほしい物を言ってくれ」
ミナは座りながら、俺は寝ながらなのでいまいちしまりのない会話風景だが、ミナは俺の言いたいことがやっと理解できたのか少し微笑んだ。
「よしよし、やっと分かってくれたみたいだな。それで。何が欲しいんだ? いや、まてまて。当ててやろう――そうか、俺とのお昼寝券だな」
ドヤ、と、さも当たっているだろうと言わんばかりの顔でミナを見る。もちろん冗談だけどさ。
「そうですね。それも、素晴らしいご褒美かもしれません」
これも成長と言うのだろうか……。俺の軽いジョークにも余裕の笑みで、ミナは俺の手を優しく握りながらそう言った。
「最近……と言いますか、初めてお会いした時からご主人様は働き過ぎだと思います。そうですね。もし、そのお昼寝券で私と寝てくださることでご主人様も休めるのであれば、私はそれを望みます」
メイドとして100点満点をあげたい台詞だけど、今の俺はそんな言葉を望んじゃいない。
言ってしまえば、これもさっきの話と同じになってしまう。目に見えない物では、俺が褒美をやっていないのも同然なのだ。
「却下、却下。俺が言っておいて何だけど、それは却下だ」
ベシッベシッ、と軽くミナの張りのある足を叩きながら言った。
「昼寝だけじゃなくて、朝も昼も夜も一緒に寝てやるから、別な物にしろ」
それは遠慮しておいきます、と言う言葉を期待しての同衾宣言だったが、意外な事にミナは優しく微笑むと「よろしくお願いします」と返ってきた。
なるほど、高校生くらいの年齢だからと油断していたけど、この世界ではとっくに成人している年齢だ。
女はいつでも魔性である。一緒に寝て、なんやかんやあって、できちゃったなんて言われた日には「国造りじゃなくて、子作りしてたんですか(笑)」とも言われかねんからな。注意しなくては。
「それでは、私も剣術を習いたいのですが……」
予想通りの答えが返ってきてちょっと安心した。騎士を目指していたミナの事だから、軍馬が欲しいとか言い出すかと思ったからだ。
軍馬は高い。ドラゴンほどではないけど、それでも俺の財布に打撃を与えるくらいの高さはある。
「マシューの青空道場か?」
「いえ。できれば、月に一日でも良いので、皇都の名のある訓練場に通わせていただきたいのですが」
「月に一日で良いのか?」
「そうですね。本来であれば、入り浸るほど通わなくてはご主人様を守れるほどの力は付かないと思います。ですが、一日でも行くことができれば、自分の能力が今どの辺りか当たりを付けることもできますし、万が一の時にはご主人様を逃がすための盾くらいになれると思いますから」
俺の盾になるなど、何を馬鹿な事をと思いながらミナを見るが、その瞳には確かな決意があった。
「なるほど。なら、ここの青空道場に通えるように手配しておく。合わせて、仕事が少ない時期に限ってだけど、皇都の方の訓練場も探しておこう」
俺の言葉に、ミナは照れたように笑って頷いた。
「でもな、一つ条件がある」
「条件――ですか?」
「そうだ。どんな状況になっても、俺を逃がす為に盾になって終わる事だけは避けろ。どんな状況になっても、生き抜けるだけの剣術を覚え、俺と共に生き抜くことを考えろ」
勝手に死ぬことも許さん、と付け加えると、ミナの表情が硬くなり女性ではない戦士としての雰囲気の増した顔で頷いた。
凄く……イケメンです……。
ロベールがミナを買って来てから、まだ3ヵ月半しか経っていないと言う事実。
その短い期間で、ミナにこんなことを言わせるロベールは誑しなのか、それともミナに思う所があっての言葉なのか……。
8月6日 誤字・脱字修正しました。
2015年9月1日 方言を修正しました。




