木剣の主
家と言っても皇都の寮でも、ロベールの実家でもない。
こちらで過ごす時間が長くなり、町長の家を占有するのも申し訳ないので、家を作ってもらったのだ。
4LDKの平屋。この平屋に俺とミナ、結構な頻度で来るアムニットが住んでいる。
早期建築を目指し、改造を前提としているので、作りがとても簡素だ。夏は暑く冬は寒い季節感を肌で感じることができる、匠の心意気を感じさせる家づくりとなっている。(心意気は、俺が指示したことだけど)
ちなみに、この家を作ることで出たオガ屑はオガライトに進化させた。ただ、ちゃんとした型に入れて圧縮せず、レンガを素組して作った穴にオガ屑を入れて、上に重石を置いただけで作ったので実質はオガライトモドキだ。
オガ屑同士の接着が悪く、ポロポロと崩れる。
まぁ、そこら辺の事は置いておいて、玄関から家へ入らず横の縁側へと回った。
一応、テラスと言う名目で作ったんだけど、やはりそこは日本人らしくオシャレではなく、落ち着く空間を作りたかったから。だから、縁側。
そこでは俺が落ち着くはずだったんだけど、意外とミナにも人気が高く、秘匿性の高い書類を扱わないときは縁側で作業している。
「よお、ミナ。精が出るな」
「これは、ご主――ッ!?」
家を建てるときに出た廃材と蔓を使って作った、背の低い座椅子に腰掛けて作業していたミナの動きが止まった。
ドドドドドド、と効果音が出そうなくらいお見合いをする。ちょっとでも動くと喧嘩が始まる、睨み合った猫の様な状態だった。
「あの――、それは、どうしたんですか?」
「それ――とは?」
ゴクリ、と互いに喉を動かす。言いようのない緊張感が辺りを包み込んだ。
「その木剣を、どうするのですか?」
「これは、納屋にあったんだ。納屋は危ないから、俺が預かることにした」
「そう、ですか。――その木剣は見覚えがあります。私から、持ち主に返しておきましょう」
「分かった。お前は忙しいだろうから、俺が持って行くことにしよう」
「あっ、いえ……ご主人様の手を煩わせるほどの――」
「気にするな! ミナは、とても頑張っているからな! これくらい、俺がやっておくよ!」
裏スマイル0円を浮かべながら、俺はミナに高々と宣言した。この木剣を置いた奴、デテコイヤァー!
「あっ、うっ、その――」
俺の熱い情熱を受け取ってくれたのか、ミナは何か言いかけて詰まらせた。
個人的には気持ち悪いけど、子供らしさを前面に押し出した、少年的な笑顔は成功したようだ。
何で、そんなアホな事をするかって? だって、ミナの反応を見れば、木剣がミナの物だって丸わかりだろ。
「それで、これは誰のだって?」
「そっ、それは……」
「ん? 言えないのか? ん? ん?」
「あの、それは、私の――です。申し訳ございません」
予想よりも早く白状したな。もうちょっと、意地悪してやろうかと思ったのに残念だ。
「そうか。それで、何で最初は違うって言ったんだ?」
土下座にも似た格好で謝るミナ。
「ご主人様のそば仕えをしているメイドが、木剣を持って自己鍛錬をしているなどご主人様を信頼していないも同義です。その上、奴隷ともなればご主人様に害をなそうとしているとみられると思ったからです。ですが決して、ご主人様に害をなそうとしていたわけではございません! 普段から剣を振っていないと、自分が弱くなってしまうので……。申し訳ございません!!」
板切れみたいな木剣を使った自己鍛錬から、俺を信頼していない云々の流れは良くわからなかったけど、嘘を吐いたことに対してミナが反省していることは良くわかった。
それに、元が騎士貴族の出で兵士学校にも通っていたんだから、自己鍛錬が体に染みついているのも良くわかる。
言ってくれれば、別に禁止したりしないのにな……。
「ふむ……」
俺の許し待ちなのか、まだ背中を丸めて土下座をしているミナ。
その背中や脇に手を這わして、コショコショした。
「うっ、あっ、くひっ――くふふひっ」
堅牢と思われたミナ城だったが、我慢していたのは最初だけで、すぐに身をよじり出して横に倒れ込んだ。
「あひっ、ごしゅ、ご主人様、止めてっ――」
仰向けになって俺の魔の手から逃れようとするミナだが、あくまで俺に抵抗するつもりは無いと言う姿勢を見せる為か、身をよじるだけで手をはねのける様な事はしなかった。
「全く、俺はそんな狭量な男に見えるかねー?」
しつこくこしょぐりをするのもウザイだろうから、適当なところで手を止めた。でも、身をよじるミナに合わせて俺も動いていたので、俺がミナに覆いかぶさる様な状態になっている。
見る人が見なくても、俺が襲いかかっているように見えるぞ、コレ。
「いえ、そんな……」
目と鼻の先にあるミナの顔に朱がさし、それほど大きくは無いがはだけていた胸もとを直しながら言った。
薄く軽い生地で作られた夏用のメイド服だが、夏の暑さを引きずっている晩夏に暴れれば汗もかいてしまう。
しっとりと濡れた首筋に陽光が当たり、白いが健康的な素肌がより一層映え、妙ないやらしさを感じさせた。
「んんっ! ところでさ、ミナって兵士学校に行ってたんだろ? 強いの?」
咳払いを一つしてから起き上がると、続いてミナも起き上がり、乱れた髪を直しはじめた。
そのミナは、俺の質問に少しだけ考えてコクリと小さく頷いた。
「学校では、と言う言葉が付きますが、一応は強い部類に入っていました」
「へぇ? じゃぁさ、ちょっと手合せしてくれよ」
「手合せですか?」
「そっ。俺も最近、体がなまってるからさ。ちょっと運動でも」
えい、やー、と言った具合に、なるべくコミカルになるように剣技を披露する。あまり真剣な物を見せても断られそうだからだ。
「それとも、こしょぐりの方がお好みか?」
手のひらをミナに見せながら、手をワキワキさせて近づくと、手のひらを見たミナが柔和な笑みを浮かべた。
「はい。メイドの身ではありますが、ご主人様のお役に立てるように謹んで手合せの相手をさせていただきます」
ふむ。ミナもノリノリだな。
ミナは、アバラが弱い(小並感)
昔は脇が弱かったけど、最近は背中が弱くなってきた、そんな私です。
8月2日 文章修正しました。




