学の価値
時間が合わないので、予約更新です。
「仕事は、捗っているか?」
千歯扱きで脱穀している皆に声をかけた。
「はい。ロベール様が持ってきてくださった道具のお蔭で、それはもう捗って捗って」
今、千歯扱きを利用している農民の中で、一番年かさな男性が応えた。
これを渡してから、まだ数時間も経っていないので大盛況だ。この状況を見たメニフィレスは、その脱穀の処理速度に目を白黒している。
「あっ、あれは何ですか!?」
「あれは、千歯扱きと言う道具です」
「そんな便利な物が、都にはあるのですか!?」
「最近売り出された、新しい道具です」
まさか、目の前に居る少年が作ったとは思っていないのだろう、メニフィレスは「こんな便利な物ができたのか」と感心するだけにとどまった。
「ところで、そちらのお嬢様はどなた様でしょうか?」
さきほど話した、年かさの男性がメニフィレスに付いて尋ねてきた。
「こちらは、フィルドーからいらっしゃった徴税官様だ」
「徴税官様……ですか? 今年は、とてもお早いのですね」
年かさの男性の言葉に、メニフィレスに聞いた。
「いつもは、もっと遅いんですか?」
「そうですね。本来であれば、もうひと月ほど遅くが通例ですね。なので、私もなぜこんなに早く徴税に向かわされたのか……」
麦の刈り取りは、ついこの間始まったばかりだ。乾燥をした物から順繰りに脱穀していくのだが、今の量ではとうてい税として指定された量に届かないはずだ。
これは、本当に性道具のみを仕事として、俺の所に遣わされたのかもしれない。
事実、あとひと月して本当の徴税官が来たら、彼女も笑えないだろう。
「なるほど。でしたら、私はこの町――と言うか、徴税やその量、決め方等まだ分からない事が多いので、よろしければ私にご教授願えませんか?」
「そっ、それはもう! 私なんかでよろしければ、何でも聞いてください!」
空気が悪くなる――とは言っても、状況としての意味だけど――ところで、俺から助け舟を出されたと思ったのか、メニフィレスは冷たい顔付に似合わず元気よく答えた。
こっちが素なのだろうか?
「あと、状況としては、ひと月はこちらに居られるんですよね?」
「あっ、まっ、まぁ、そういう事ですね……。場合によっては、ひと月で帰れないかもしれませんが……」
そう言うのは、さっき言ってた、俺が『良し』と言うまでのアレの事だろう。
ひと月たって、徴税が終わり次第、領地に帰ってもらうから安心してくれ。
「それとは別に、頼みたいことがあるんですけど」
「はい? 私にできる事であれば」
訝しげかつ、微妙に怯えた表情でメニフィレスは答えた。
★
日本の識字率は、俺が生きてい頃で98%とあった。さらに遡って、江戸時代ですら識字率は40%を超えていたそうだ。
そこら辺の事は置いておいて、学の価値と言う物がこの世界では尊重されていない。
なぜなら、難しい事は役所に任せておいて、一般市民達はただ上から言われた事を疑いもせずにやっていれば良いからだ。
その結果が、4%をやや超える程度の識字率となっている。(マシュー調べ)
だから、農業以外の安定した収入を得られるようになって、次に俺が始めたのは識字率の向上及び簡易計算の習得だ。
考える力を付ければ、自分達で何ができるか考えるようになり、それによって作業が効率化、もしくは新しい作業工程になる可能性があるからだ。
ただ、そうは言っても、この町に住む住人の本業が朝から晩まで休みのない農業なので、学校を作った所で来てくれない可能性がある。
そこで考えたのは、脅しと瓦版だ。
脅しと言っても「学校に来い、来なければ殺す」など言っては本末転倒なので、ここへやってきた徴税官のメニフィレスと茶番をしたのだ。
★
「ベナレス。ちょっと前へ出てもらえるか?」
「はっ、はい!」
旧ユスベル皇城の一角にある倉庫を改造した簡素な教室で、俺の呼びかけで来てくれた寺子屋――この場合は城子屋か?――に通う候補生の親を前へ呼んだ。
生徒数は40人。それほど広くない倉庫に、その親も来ているのだからぎゅうぎゅう詰めな感じだが、彼らは全員が学校と言う物に意欲を持ってきている訳じゃない。
俺が、集まってくれと言ったから来てくれたようなものだ。
「まずは、皆に説明すると、俺とメニフィレスさんが商人役。ベナレスがそのまま小麦農家役だ。それを理解しておいてくれ」
小麦を育てているベナレスを筆頭に、周囲の全員が頷いた。
「では始める。――こんにちは、ベナレスさん。私は、大商会を営んでいる者ですが、本日は貴方に特別な話を持ってきました」
「はっ、はぁ」
「まずは、これをご覧ください」
俺が見せたのは、A4くらいの紙に細かく文字が書かれた紙だった。
「あの……、私は文字が読めないのですが?」
「なるほど、そうですか。これは、小麦の買い取り保証書です」
細かく書かれた文字を指さしながら、簡単に内容の説明を始める。
「現在の小麦の価格は、天候不順によって相場が高騰し一袋銀貨32枚です。この価格でベナレスさんが作る来年分の小麦を今買わせていただきたい」
「そっ、そうするとどうなるんですか?」
「来年の小麦相場が通常まで下がっても、ベナレスさんには今年の高騰時の相場でお金が支払われます。代わりに、来年も天候不順によりさらに相場が高騰した場合は、相場よりも安い値段で買われる事になります」
この辺りは、例えの茶番なので了承するように伝えた。
観客の中には、「次の年も天候不順になる事は少ないから、契約しておいた方が良い」と言う意見もちらほら聞こえた。
一応、と前置きが付くが小麦ではなくお金での税金の支払いもできる。その場合は、小麦で支払うよりもやや高くなるが。
「分かりました。それでお願いします」
「では、ココにサインを」
「あの……私は、文字も書くことが……」
「では、私が代筆させていただきます。それと同時に、あなたの血判を頂いても良いですか?」
血判と言う言葉にベナレスは若干引いたが、これはあくまでも茶番なのでインクを見せるとホッとため息を吐いた。
進められるがまま、ベナレスは書面に拇印を押してこの回の茶番は一時終了となった。
千歯扱きは、脱穀がはかどる(確信)
唐箕は、何処の歴史資料館にもありますね。あと、学校にもある所にはあると思います(私が通っていた学校にも、近所から寄付と言う形で存在していました)
ただし、実際に使った事が無いのでどの程度の物なのか分かりませんが……。
識字率ですが、40%は江戸時代に限ってのことだそうで。まぁ、細かいことは気にしてはいけません。
また、マシューの識字率4%は、「たぶん」「何とか読めるはず」と言うあやふやな人も含めた数字なので、きちんと読める人だけにするともっと下がります。
短期間ではありますが、メニフィレスもブラック行政の歯車に組み込まれたようです。
7月26日 誤字・脱字修正しました。




