幕間 アムニットの帰省
ちょっと早めの更新です。
小さいときから見慣れた――とは言っても、空から見下ろせるようになったのは、ほんの3年前だけど――小麦畑が近づいてくると、帰って来たなと心から安心できる。
小麦の刈り取り作業中のおじさんやおばさんが、私が乗っているドラゴンに気付くと、ほとんどの人が手を振ってくれる。
それに応えるように、ドラゴンを左右に振りながら家路へとつく。小麦畑が見えてから数分で我が家なのだ。
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「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、メアリー」
家から少し離れた厩舎まで、乳母であり雑用女中のメアリーがわざわざ迎えに来てくれた。
「学校はどうですか? もう慣れましたか? お嬢様は物静かで、そのうえ我慢強いから無理をしていませんか? 入学してから一度も帰って来ないので、旦那様も私や屋敷のみんなも心配をしていましたよ」
「ちょ、ちょっと、メアリー。そんなに一気に質問されても、答えられないよ……」
「そうでしたね。まずは、旦那様にごあいさつをしてからでも遅くはないですね。今日はお嬢様の大好きな、美味しいスティッククッキーを用意したんですよ」
メアリーの焼いてくれるスティッククッキーは、帝国で一番おいしいお菓子だ。
ロベール様にも食べてもらいたいくらい美味しい。きっと……ううん、絶対に気に入ってくれるはず。
「ありがとう。お父様にご挨拶をしたらいただくわ」
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「アムニット! おぉ、アムニット! こんなに大きくなって!」
「そんな、お父様ったら。まだ家を出てから半年しか経ってないじゃない。そんなにかわんないよ」
私が帰ってくるからか、お父様はちょっと着飾っていた。普段は、地味な服なのに、今日は細やかな刺繍の施されたベストを着用していた。
見た目はカッコいいけど、それで抱きつかれると顔がザラザラして痛いんだよね。
「あのっ、お父様! 荷物は届きましたか?」
「あぁ、あの荷物だね。いったい何が入っているのかね?」
皇都の、あのガンブール鍛冶屋から発送された手動ポンプはちゃんとついたみたい。
お父様から貰った仕送りのほぼ全てを、購入費に使っちゃった。でも話の種として、また人気過ぎて買えない、お父様の御商売関係の方々に回すこともできるから、きっとお仕事の役に立つと思って買ったんだ。
ロベール様は、売値は金貨40枚って言っていたけど、友人価格として金貨30枚にしてくれた。おかげで、手動ポンプ5機を買う事ができたの。
「――ほう。皇都では、そんな便利な物を売っているのか?」
「これも、ロベール様が考えた物なの。他にも、何もない町に新しい産業として石鹸工場を作ったり、新しい農法を広めたりしているの」
「うぅ……む……」
ロベール様の名前を出したら、お父様は唸りだした。やっぱり、噂が気になるみたい。
「やはり、信じられんな。直接見たことは無いが、聞こえてくる話はどれも酷い物ばかりだった。噂を良い風に捉えようとしても、そのような物を作る人間には思えない……」
お父様からのお手紙にも書いてあった。
昔から親の威を借り、好き放題の限りを尽くしている。その中でも酷いのが、戦争ごっこと称して、ゴロツキ共を束ねて貴族の友人たちと村々を略奪して回ったなど。
でも、あのロベール様は絶対にそんな事をするような人には見えない。もしかしたら、入学した時に着ていた血だらけの飛行服が関係しているのかもしれない。
「今の所、酷い事はされていないのか?」
「大丈夫よ、お父様。それに、私が淹れる紅茶を美味しいって毎日飲んでくださるし、ご飯もレストランで美味しい料理を食べなれているはずなのに、私の料理を指に付いたソースまで舐めるくらい美味しいって食べてくださるの!」
「…………」
うっ……、お父様の顔が歪んだ。あれは、嫉妬している時の顔だ。何か話題を変えないと……。
「そっ、それに、ロベール様は冬の間も家畜の餌が無くならないように、えっと……サイロ? とか言うのも作ったり、石鹸も凄い安く作っているの!」
「なるほど……市場に出回り始めた格安石鹸の出所はそこか? その石鹸の作り方は、分かるか?」
お父様の顔が、商人の顔になった。良かった。話題を変えることに成功したみたい。
「知ってるわ」
「ならすぐにでも作ろう。あんなのが出回ってしまっては、私が売っている香油石鹸の売り上げが落ちてしまう」
「でも作り方を漏らしたら、私は明日から炭鉱で働かなくちゃいけなくなるけど、お父様はそれでもいいの?」
「なっ!? 良い訳ないだろう! どういう事だ?」
「作り方を外に漏らしたら奴隷落ちをする、って言う契約書を書いたの。だから、部外者の私も石鹸の作り方を見せてもらえたの」
そうなのか、とお父様は落ち込んだ。そもそも、そんな石鹸を作らなくても香油石鹸がたくさん売れているのだから、ロベール様の言う住み分けが成されているんだから良いとおもんだけど?
「それに、格安の紙ももうすぐ売り出すんだって」
「紙もか!?」
実は、紙もマフェスト家で売ってる商品なんです。お父様がショックでさらに落ち込んでいる。
今までは竜騎士になる勉強ばかりだったけど、これからお父様に頼んで商売の勉強も頑張ろう。
そうすれば、きっとロベール様のお役に立てるはずだから。
アムニット実家編です。
アムニットの実家は商家で、かなりのやり手の部類に入ります。だから、魔法瓶とかも買えるんですね。
名誉士爵位と領地は金で買いました。武勲を立てずに爵位を取った、戦わない成り上がりです。
きっと直接関わらずとも、ロベールとは商売で戦う事になるでしょう。
7月20日 誤字・脱字修正しました。
9月14日 誤字修正しました。