光燐教会への寄付
通常更新でございます。
「準備は、できているか?」
「はい。滞りなく終わり、後はロベール様からのご説明のみとなっております」
俺が話しかけたのは、イスカンダル商会の商会長代理として雇った若い商人のグレイスだ。
別の商会で働いている所を、破格の値段でヘッドハンティングしてきたのだが、その給金に伴う才能をいかんなく発揮してくれている。
今回は、恩を売るために俺直々に馳せ参じているが、今後の商会の運営はグレイスに一任するつもりだ。
そして、目の前には真新しい屋根と、その下には手動ポンプの付けられた井戸がある。
その後ろに立っているのは、この国で一番多い宗教の光燐教の教会があり、この手動ポンプは俺からの、寄付として取り付けられている。
「ストライカー様――」
「こんにちは、デリック大司教。今日は、日が強いから外に出ると倒れますよ?」
グレイスと話していると、その奥からやってきた人物に声をかけられた。このクソ暑い日差しの中、何が楽しくて着ているのか大司教の正装に身を包んだデリック大司教だった。
過去に、一人の狂った教皇によって戦争が発生したため、この光燐教には教皇と言う階位は存在せず、大司教が一番上に来ている。
また大司教とは常時3人存在しており、行事以外で何かを執り行ったり、新しい何かを始めるときは大司教同士で相談しないといけないそうだ。
今まで教会などいった事も気にしたことも無かったが、この寄付によって光燐のトップ陣と知り合いになれた。
そのデリック大司教の年齢はすでに60近く、平均寿命が60代半ばと言うこの世界では、三途の川に片足を突っ込んだような歳だ。それなのに、正装をして出歩くなど正気の沙汰とは思えない。
「そうですね。ですが、あの様な立派な物を寄付していただいたと言うのに、涼しい教会内で座っていることなどできましょうか」
「だからと言って、倒れられては本末転倒ですけどね。ですが、せっかく来てもらったんですから、ポンプの初手動は大司教にやってもらいましょう」
そう言って、手動ポンプのお披露目会は始まった。
まずは、皇都で一番大きなこの教会にある井戸に、商品としての手動ポンプ第一号が取り付けられた。
これは、寄付としての一面の他に、教会を訪れた人が珍しい物があると口コミで広げてくれることを前提として設置したのだ。
もちろん、商会としても宣伝をしていくつもりだが、広告方法は多種な方が良い。
大司教以下、司祭助祭などは例にもれず他の細々とした役職の人達もこの場に集まり、手動ポンプの便利さに驚嘆し、俺に感謝した。
この他には、マシュー産の石鹸も寄付し、教会での説法の際に手洗いの重要性を説いてもらう事にした。
イスカンダル商会による石鹸の販売が明日からで、教会の手洗い教室も同日に開始されることとなった。
これだけならば、イスカンダル商会と教会が手を組み金儲けをしているように見えるが、教会としても乳児死亡率の高さは問題視されているので、下がるのであればとこのことを受け入れてくれたのだ。
既存の石鹸とは住み分けが成されており、そもそも教会の影がチラチラ見えているイスカンダル商会に文句を言う奴もそんなにいないだろう。
「手動ポンプは当たり前ですが、石鹸のウケも良いですね」
早速、教会で教育を受けている奉仕児が神父達の説明によって手洗いをしている。
それを見たグレイスは、自分達が扱っている商品が売れるとは思っていたが、実地調査でさらに手ごたえを感じ話した。
「加えて、紙が量産体制に入ればさらに商業圏は広がる。既存の紙を駆逐するつもりはないが、売り上げの大部分は奪ってしまうだろうな」
「確かに。方々から恨まれそうですね」
「侯爵家に喧嘩を売る様な奴がいるとは思えないけど、用心するに越すことはないな。一番危ないのは、グレイスだからな。商会専用の私兵もそろえておくか」
私兵と言っても、その実は傭兵だ。金で雇われ、劣勢になれば逃げて行く程度の。
忠誠心が高い兵士を集めなければいけないのだが、そう言った知識に俺は疎いので集め方も分からない。
金か――? いや、違う。金だけでは、それくらいの人間しか集まらない。
傭兵は金に汚く聡いと言うが、それでもこの世界は俺が生きてきたような世界とは価値観が違い、矜持を持って傭兵をしている人間も数多くいる。
そう言った層を獲得できれば、この話はいとも簡単になる。
「まっ、そこら辺はグレイスに任せるか」
「はい? 私が何か?」
「いや、傭兵の件も全部グレイスに任せる」
「お任せください。代理人として、完璧に仕事をやってのけますよ」
マシュー石鹸は、サイレントオープンのように市場へ少しづつ流されていました。
もちろん、紋章付きでです。
そして、商人に「そんな安い石鹸は、偽物じゃないか?」と酒の肴にしておいて光燐教会とのタッグ販売です。
話題性重視ですね。
3月2日 ルビを変更しました。