兆候
怒りの連日更新
サンサンと降り注ぐ太陽光のした、日本よりも湿度がかなり低いので気温の割にまだ快適に過ごせるのが皇都の良い所だ。
サロンの屋外スペースの一角に陣取り、俺はいつも通り午後のお茶を飲んでいるのだが、普段と違う人物が目の前に居る。
クルクルパー――ではなく、クルクルヘアーのミシュベルが、有能そうな執事にお茶を入れさせているのだ。
紅茶に、御茶請けは塩味のクラッカーにクリームチーズが塗ってあり、その上にはハチミツがかけられた甘めのお菓子だ。
なんでこんな風になっているかと言うと、今日はいつも俺にお茶を入れてくれているアムニットが実家に帰っているからだ。
帰省理由は、イスカンダル商会に発注していた手動ポンプ5機が、彼女の親元に届く頃合いだったからだ。一応、説明書を付けているとはいえ、見たことのある人間が手ほどきした方が早いという判断で実家へ帰るらしい。
「ふふっ。このお菓子は、私が良く通っているレストラン、ウルシェルツで作ってもらったんですのよ」
魚料理が美味しいレストランのウルシェルツ。俺もたまにお世話になっている。
ウルシェルツなら、このお菓子は美味しいと決まったも同然だ。ミシュベルの癖に、良い趣味してやがる。
お魚大好き日本人の俺だが、こちらでの魚料理は焼く煮る蒸すの3系統だから、ジャパニーズシースーが食いたい年頃の俺にしては、それほど魅力的なレストランではないのだ。
確かに、美味しいからたまに食べに行くんだけどね。
ちなみに、俺が良く行くレストランはプラムスと言う、肉料理に強いレストランだ。
「ウルシェルツだと、俺はスズキの香草焼きが好きだな。ガーリックパンも、なかなか捨てがたいけど」
「はいはいっ! 私も、スズキの香草焼きが大好きですのよ! でも、甘鯛の塩釜焼きも捨てがたいですわ」
「おぉ、あれか。確かに、甘鯛の香りが閉じ込められていて、基本的には塩味なのに、身の甘さがかなり強調されていて美味いよな」
自分の好物に同意された事が嬉しかったミシュベルは、頬を紅潮させて笑顔で答えた。
ただ甘鯛の塩釜焼きは、塩を大量に使うから他の料理に比べて割高なんだよな。
海に面している領地があるユスベル帝国は、そのお蔭もあって塩を他国から輸入をすることなく自前で賄う事が出来る。
しかし、大量に塩を作る製塩方法が確立していないのか、塩は結構高級品だ。だから、それに伴い塩釜焼きは高い調理法となっている。
ちなみに、塩釜で使われた塩は、普通の塩よりも安く市場に卸されており、市民は塩釜を食べてくれた貴族に感謝をしながら塩を買っていくそうな。
「お嬢様――」
一通り会話をしていると、執事がミシュベルに小声で話すと、何かを思い出したように頷いた。
「そうでしたわ。ロベール様の耳に入れておきたいことが……」
「なんだ?」
急に居ずまいを正し、真剣な声色になったミシュベルに只ならぬ雰囲気を感じた俺は、同じように姿勢を正した。
「与太話だとは思いますが――その……ロベール様はご実家とあまり連絡を取り合っていないようで……」
「回りくどい話はしたくないんだ。率直に言ってくれ」
「はっ、はい。あの、ロベール様が……その、偽物ではないかと言う話が小さいながらも出てきているようで……」
その言葉に、俺の心臓は少し早まった。
ミシュベルの様子から、今すぐどうこうなる話ではないと思うが、入学して半年も経てば噂と実像が乖離していることに気付くだろう。
なかには、実家に俺の動向を伝えている生徒もいる筈だ。
「お前は、その話を信じるか?」
「いえっ! 私は、信じませんっ」
強く否定の声を上げようとしたのか、ミシュベルの声が裏返った。
「ただ噂話にしては、話声が大きいようでして――」
火の無い所に煙は立たない。それが侯爵家であるならば、ちょっとやそっとでは立たないだろう。
なんせ、自分に燃え移る可能性があるんだからな。
「ふん。親父殿には、嫌われた物だな」
うんざりとした様子で吐くと、ミシュベルが首を傾げた。
「俺の噂くらい聞いたことがあるだろう? あぁ、そうだ。俺はそう言った人間だった。ただ、俺もこの学校に来る途中で死にかけたおかげで、人の命がどれだけ儚い物なのか知ったよ。だから、更生しようと奮闘したつもりだったが、それより先に親父殿には見放されたようだな」
やれやれ――、とため息を吐きながら、俺はこうなった場合に考えておいた設定をベラベラと話した。
どんな噂が流れているか分からないが、髪の毛色も違うのだし顔立ちも違う。見る人が見なくても別人と分かる。
ただ今のところは、昔のロベールと今のロベールとでは、素行に付いて位の噂話だろう。
「あの……では、噂話の出所はご実家だと、ロベール様はお考えですの?」
「それは、分からん。ただ、俺が学校に来る前に死にかけた事は知っているな?」
俺の問いに、ミシュベルは頷いた。
本物のロベールからはぎ取ったボロボロの飛行服を着て、この学校へ来た時の様子と言ったら笑えるくらいに慌てふためいていた。
当時の話題を引っさらえるくらいには、俺の話題性は大きかったのだ。
「あの時は必死で、ただ生き残った事に感謝をしていたが、今思えばあれも実家の差し金だったかもしれないと思う」
「そ、そんな!? ロベール様は、ストライカー家の御長男なのでわ!?」
「次男には、同じ轍は踏ませないんだろうさ」
ストライカー侯爵家には、長男のロベールと、一つ下の長女と、三歳の次男が居るそうだ。
妾を合わせたらもう少し多くなるかもしれないが、ミシュベルを納得させるには次男君だけ居れば良い。
「まっ、これも憶測だからな。あまり言いふらさないようにしてくれ」
お前を信じて話したのだから、と小さく伝えると、ミシュベルは俺から信頼されていると思ったのかコクコクと壊れた人形のように頷いた。
「また何か噂話があったら教えてくれ。俺は、実家から嫌われているから、そう言った物に参加しないしな」
カップに残っている紅茶を飲みほし、椅子から立ち上がった。
「紅茶も美味かった。正直、アムニットの淹れてくれる紅茶が一番だと思っていたが、ミシュベルの執事が淹れる紅茶に浮気してしまいそうだ」
これは事実だ。レストランで飲む紅茶も美味いのだが、あれは料理とお店の雰囲気も合わせて飲むのもだからな。
外で飲むならアムニットだったが、執事は何でもプロ級なのか紅茶も美味い。
「アムニットお嬢様も、それは研究熱心に淹れておりますが、私もまだまだ若者に負ける事はしたくありませんので」
なるほど。経験が違うと言う事か。こりゃ、若造と比べてしまった事を怒っているかもしれないな。
「それもそうだ。経験に勝るものなし。その点は、竜騎士も執事も通じる物があるな」
机上の勉学や、仲間内でやる模擬戦闘ばかりでは竜騎士は育たない。
また執事も、本や人づてに聞いたことだけでは、一流の執事になれない。現場で揉まれながら、場数を踏むしかないのだ。
ミシュベルの執事は、竜騎士と同等に扱われた事が良かったのか、カラカラと笑い、ミシュベルもやや誇らしげな顔つきとなった。
「すまないな。まだ仕事があるから、お暇させてもらう。また機会があったら、お茶に誘ってくれ」
「は、はいっ。ロベール様がお邪魔でないのでしたら、また私とお紅茶を飲んでくださいませ」
歩き始めようとしたところで、ミシュベルの執事に話しかけられた。
「あぁ見えて、お嬢様は繊細な方でございます。どうか、お嬢様を悲しませるような事はしないように、伏してお願いいたします」
瞬間、背中に無数の蜘蛛が這いまわる様な悪寒が走った。
ミシュベルに顔が見えない立ち位置で見せられた執事の顔は、睨んでいる訳でも敵意を発している訳でもない。だが芯のあるその瞳は、大切な者を守ると言う意思がこもっていた。
「――お嬢様を悲しませる輩が近づかないように頑張ってくれ。ただ、俺はこんな所で止まる気はない」
サンサンと降り注ぐ太陽の下、俺は目的の場所へと向かった。
ミシュベルも、お茶が淹れられるんです。(自分で入れるとは言っていない……)
偽ロベールの話題が、貴族間のお茶会でも出ているようです。
ミシュベルの執事の意味深な視線……これは、ケツの穴がムズムズしますな!!
7月18日 脱字修正しました。
3月2日 ルビを変更しました。




