就職先とサイロ
「ここが、お前の働くところだ」
「はい」
ドラゴンの背に乗せた時は、「ワーキャー」と騒いでいたのに、俺が逗留している町長の屋敷に連れてくると諦念の感と言った様子で首肯するにとどめた。
「作業着は今の所、それしかないから我慢してくれ。きちんと仕事をしている限り、この町ではキチンと評価する。脅すつもりはないが、使えない人間だと判断されたら次の場所に移動となるから注意するように」
あの奴隷商は何を思ったのか、買いに行かせた服は3着とも、肌の露出の多いドレスだった。
作業に使う知識奴隷として買ったのに、こんな服では仕事もできない。まぁ、どういった服を買えと言わなかった自分が悪いので、奴隷商を責めるのは筋違いだけど。
「ロベール様の奴隷として、心身共に仕えさせていただきます。この身は経験が無く、ロベール様を満足させることができないかもしれませんが、精いっぱいご奉仕させていただきますので、どうかお見捨てにならないでください」
元よりこの様な話し方なのか、抑揚がないとまでは言わないまでも堅苦しく、一線引いたような態度だった。
まぁ、男の元に美少女が奴隷として連れてこられたんだから、彼女が考えている内容も服だけを見れば仕方のないことだ。
「仕事は、明日からだ。今日の所は、ゆっくり休め」
そう言い残し、部屋から出て行った。アムニットにも部屋を割り当てると、俺も自室へ戻る。
戦力が来たので、それらを考慮したスケジュールに変更するとしよう。
★
――翌日――
「すっ、凄い……。こんな田舎で、本当に石鹸が作られているなんて……」
俺が買ってきた知識奴隷――ミナと言う名前――は、石鹸の作り方を知っているらしいが、ミナの知っている方法は白い石での制作方法だった。
あれは産出地が無いと作れないので、知っていたとしても石鹸を作ることはできない。だから、詳しい作り方は教えていなかったが、苛性ソーダ以外で石鹸ができることに驚いているようだ。
「ロベール様は、どちらで作り方を教わったのですか?」
ミナと同じように、俺のやや後ろで石鹸工場を見学していたアムニットが聞いてきた。
「本で読んだ」
実際はネットだけど、この世界にネットなんてないから本にしておいた。
「今度、読ませていただいてもいいですか?」
「ヴィリアが食った」
「……そうですか」
遠くからヴィリアの咆哮が聞こえたけど、聞こえなかった事にしよう。
アムニットも、言外に聞くなと言うのを理解してくれたようで、特にそれ以上は聞いてくることは無かった。
外に洩らされちゃたまらんからな。本当なら、ここにも入れたくなかったけど、グダグダとしつこかったので契約書を書かせて見学させている。
外に洩らしたら奴隷行きと。これだけ脅せば、自分の親に秘密裏に伝えることもないだろう。
「お前の仕事は、この工場に勤務するパートタイムの勤怠管理に、それに伴う給金の計算。それと、油魚を獲ってくる漁師へのお金の支払だ。魚は大きさと重さによって買い取り価格が変わるから、後で算出表を取りに来るように」
ミナの通っていた学校は、兵士学校だが事務的な仕事もできるようにするためか、文字の読み書きも計算もバッチリだそうだ。
奴隷に落ちた理由は、成り上がりの逆で当主が戦死したせいで金回りが悪くなって一家離散の後に奴隷落ちだそうだ。
可哀想だが、仕事とそれとは別な話なので早く慣れてくれるのを祈ろう。
★
「仕事は、はかどっているか?」
「えぇ、とても。あと3日ほどで使えるようになります」
「分かった。では、あと3つ作る予定だから材料を集めてくれ」
「分かりました」
技術者は、俺への挨拶もそこそこにして去って行った。別に嫌われている訳ではなく、自分の技術力を発揮できるので張り切っているのだ。
彼の本職は、城の補修だ。この旧皇都には、昔の城が現存しておりいつ還都されても良いようにと常に補修され続けている。いつでも城として機能できる状態にされているのだ。
ここの住人の勤勉さと言うかマメさに呆れる話だが、その代わり真面目な性格だと分かる逸話である。
そんな補修人の彼にこの仕事を頼みにいったところ、やはりと言うか代わり映えしない補修には飽きていたようで、簡単にこの仕事を引き受けてくれた。
「凄く深いですね。何を埋めるんですか?」
俺とアムニットの前には、直径4メートル、深さ10メートルの煉瓦とコンクリートで作られた穴があった。
「塔型地下式サイロだ」
「それは、何ですか?」
「牛や馬の餌を保存しておく施設の総称だ」
サイロとは、牛や馬が食べる飼葉を発酵させる施設の総称だ。分かり易いのは塔型サイロと呼ばれる、牧場を思い浮かべると出てくる厩舎の隣にある高い塔の事だ。
そこに、水分量を調整した牧草を入れて空気を遮断すると、嫌気性の乳酸菌が活発になり発酵する。雑菌は、乳酸菌により活動できなくなり、また乳酸発酵された酸っぱい漬物の様な香りが牛や馬の食指を動かし食い気が上がるのだ。
現在は、ラップサイレージが多くなり金が掛る塔型サイロは無くなりつつあるが、ラップサイレージにはビニールとそれ専用の重機が要るので、この世界ではやりたくてもやれないのだ。
チモシーなどの牧草も育てないとこの辺りには存在しないので、今年はそこらに生えている雑草を使った雑草サイレージを飼葉の基本とする。
以上の事をアムニットに説明したが、微生物学の発達していないこの世界で発酵のなんたるかを説明しても理解が追い付かないらしい。
「簡単に言えば、雑草が美味しい飼葉になるってだけだ」
「はい。何とか理解できそうです」
遠くを見つめて、あまり理解していない顔でアムニットは答えた。
コレが完成すれば、町に居る牛や馬に食わせる飼葉が半年以上分保存する事が出来る施設となる。
魚の油は、固形石鹸に向かないらしいけど実際はどうなんだろう?
そんな私の愛用は、液体タイプの牛乳石鹸です。
そして、サイレージは、本当に漬物みたいな臭いがします。まぁ、作り方がほぼ同じなので当たり前っちゃ当たり前ですね。
ただし、漬物と違って不味いです。当たり前っちゃ当たり前ですね。
7月11日 サブタイトル・文章修正しました。
7月12日 誤字修正しました。




