ドラゴンの住処
商人たちが、カグツチ国で富国強兵を進めているなか、その一端を担っているがそれほど強い理念を持たずに行動をしている者も中には居る。
それは、農民たちだ。食料自給率の向上はもとより、カグツチ国の土壌は大昔に川が運んできた砂が堆積した土地が多くあるので、その土の改善も早急に求められている。
その土壌改善というのが、マシューでも行われていた人糞や動物糞を問わずの堆肥化だ。また、森にたくさんある腐葉土をすき込むことにより土の保肥や保水能力を向上を図る。
そういったことをメインとしているのだが、他にも手が空いた――冬季などに職が無くなったカグツチ国の住民に対して港の整備や灌漑・道路整備などをさせることにより仕事の斡旋をしている。
その日を暮らすことが出来れば、あとは野となれ山となれ、の精神が大半を占めている農民は、仕事があり飯が食えれば文句はないのだ。
なので年中何かしらの仕事があるカグツチ国は良い国なのだが、そういった考えが商業組合を困らせる原因となっていた。
なので、まずは国民の意識を是正しようということで作られたのが、本格的な学校だ。今までは寺子屋のような小さな私塾で行われていた教育だったが、住民が増えるにつれ教員の数が足りず、さらに私塾は本業を持つ人間が兼業で行っているものなので、時間を割こうにも半日程度が限界だった。
マシューでは――カグツチ国でも同じだが――子供は労働力としてなくてはならない存在だ。なので、初めは労働力として当てにしている親は渋ったが、子供を学校に通わせない場合は税を上げることを告げると渋々ではあるが了承した。
しかし、税を上げるとはいっても他の領地と大差はなく、むしろ学校に通わせることでお上に吸い取られる分が減るので、後々感謝されるだろう、というのが商業組合の見解だ。
では、その学校を運営する費用はどこから来るのか、というと、それも商業組合から支払われる協力金からだ。
ほとんどが平民で構成されているような商人は、この学校に可能性を感じ、そして信じている。ほとんどの場合は、身内や知り合いから引き取った子供を丁稚奉公させて仕事をさせると共に教育していくのだが、学校があれば基礎的な――商売とは関係ないことも教えるので遠回りになってしまうが――教育をするので、自分たちの手を煩わせることなく、ある程度の人材を用意することができる。
それも、全て自分のところのお金で賄うことなく。
そして、教育を受けた生徒の中でもとりわけ成績の良い者を自分の商会へ取り込む、というのが商会が学校へ協力金を支払うことについて納得した内容だった。
他の、平凡な生徒が教育が受けられるのは、この一部の成績優秀者を見つけるためのおこぼれにあずかっているようなものだ。
普通の、当たり前の話だが、ユスベル帝国だけではなく他の国でもあまりない学校の形だった。
さらに、協力金を支払うことに対して話が簡単に進んだのは先ほどの内容だけではなく、カグツチ国を守りに来た、という騎馬騎士が、この学校の概要について聞いた時に発した言葉だ。
『平民に教育など無駄なことを』
この言葉が、商人たちに火を点けた形となった。
貴族にも馬鹿はいるし、平民にも頭が良い者はいる。教育をされていないのだから、地があろうとそれを発揮することができないのだ。
こうして、学校は一つにまとまった商業組合によって運営される運びとなった。
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カグツチ国の中心部よりだいぶ南東へ下がった場所には、秘密の居住区がある。
煉瓦でつくられたカントリー風の建物が二軒と小さな家が数軒。そのカントリー風の家は、こじんまりとしているがデザインが良く作りがしっかりとしているため、安っぽい印象は受けない。
このカントリー風の家に住んでいるのが、カグツチ国に隣国ユーングラント王国からやって来たリットーリオで、その隣の似たような建物にはマシュー出身で、この間までニカロ王国で農業技術の指導を行っていたビスとその奥さんが住んでいる。
リットーリオの仕事は、ここへ来るきっかけとなった、ロベールから頼まれたカグツチ国の竜騎士を育てることだ。
初めは、候補生の訓練だと思ったいたリットーリオだったが、それが全くの思い違いであったことを、このカグツチ国に来てから思い知らされた。
内容としては想像していた通りだったのだが、竜騎士候補生はどのような選考基準で選ばれたのか分からないが、ほぼ全てが平民の子供だった。
確かに、皆やる気に満ち溢れた顔をしており、どれだけしごかれようと歯を食いしばりついてくる。座学では不安な面があるものの、基礎体力をつけるための訓練には問題は無かった。
だが、しょせんこの程度だ。ついてくるだけの根性はあるが、竜騎士になるための基礎が無いので伸びが悪い。
基礎が無い状態から竜騎士を育てるということは、リットーリオ自身も我が子に施していたが、ある程度育っている子供――少年少女に対しては行ったことが無いので、ほぼ手探りの状態だった。
さらに問題なのは、ドラゴンだった。
こちらも、訓練済みのドラゴンが来ると思っていたリットーリオの考えに反し、野生で捕まえてきたドラゴンが待っていたのだ。
中には脱走なのか、それとも竜騎士が事故にあい野生に戻ってしまったのか分からないドラゴンも居たが、基本は未訓練の個体が大半を占めていた。
もはや、この国は人の物ではなく、物語に出てくるようなドラゴンの王国になってしまうのではないか、と錯覚するほどにドラゴンが群れを成しているのだ。
ただありがたいことに、ここのドラゴンはロベールが駆るヴィリアや、そのヴィリアと同族であろうゴナーシャの言うことをよく聞く。ヴィリアは今ニカロ王国にロベールと共に出かけてしまっているが、ゴナーシャが四六時中監視をしており、さらに群れの序列もはっきりしているうえに、上位は既に訓練済みのドラゴンが占めているのが救いだった.
★
「いや~……、先生も相変わらず手探りですね~」
リットーリオが野生のドラゴンに対して引き歩きの訓練を施していると、同じ地区に住んでいるビスが話しかけてきた。
ビスの主な仕事内容は、カグツチ国の農民に対しての農業技術指導とリットーリオの家族が住む屋敷周辺の整備指揮だ。
「確かにな。そろそろ、何らかの成果を上げなければ……とは思うものの、なかなか竜騎士を育てるともなると、な」
「まぁ、そんなに気負わなくてもいいんじゃないですか? 野生のドラゴンに今まで竜騎士になる教育を受けていない竜騎士候補生たち。どれをとっても、まともに動かない状態ですよ」
確かにその通りだ、とは、リットーリオの立場上言い難かった。それは、リットーリオが竜騎士を育てる仕事をしているという他に、隣国の貴族を匿っていることがバレれば、ロベールの立場を危うくしてしまうからだ。
そのような立場上危うい自分を住まわせているのだから、それに見合う何かを返さなければいけなかった。
「まぁ、ロベール様のことですから、飛んで降りることが出来る程度の竜騎士が居ればいい、くらいに思っているんじゃないですか?」
ビスの言葉に、何を簡単に言ってくれる、とリットーリオは思うのだが、それはロベールも言っていたので何も言い返せなかった。
子供じみた考えになってしまうが、ロベール――かつてはシアと呼んでいた奴隷に竜騎士の、ドラゴンの何たるかを教えた手前、あれほどに人物になっていたことに嫉妬し、負けたくないと思ってしまったのだ。
今まで燻っていた反動が強すぎたのか、かなり無茶な日程で教育をしてしまっている。さらに言うと、その分成果も出てしまっているので、無茶に拍車をかけてしまっているのが現状だった。
なので、ビスは技術指導と周辺整備の指揮の他に、リットーリオが無茶をしないようにする監視も兼ねている。
監視について貴族が当てがわれなかったのは、リットーリオが特殊な立場ということと、ビスの方がマシュー出身でありロベールと古くからの付き合いがあり、とニカロ王国で鍛えられたコミュニケーション能力が買われてだ。
「そういわれたのも確かだが、やはりある程度は戦えるように仕上げたい」
志は高く持たなければいけないが、早くも暗雲が立ち込め始めているので、なかなか格好良く決まらなかった。
「ブフッ、ブフッ、ブフッ」
「おっと……またか」
突然、ドラゴンが興奮し始めて、息を荒く吐きながら足踏みをし始めた。それを見たリットーリオとビスは疲れ気味の息を吐いた。
「ちょっと行ってきます」
「よろしく頼む」
意気消沈、といった感じのビスが向かう先の上空にはたくさんのドラゴンが渦を巻くように飛んでいた。
この場には、一部の限られた人間しか来ることが出来ない。それ以外の人間が近づくと、ゴナーシャの命令で警戒しているドラゴンが、やってきた人間にじゃれつくように仕向けてある。
つまり、あのドラゴン渦の下にはそれ以外の人間が居るということだ。
もちろん町の住民は来ることがない。来るのは、ロベールの秘密を探ろうとする騎馬騎士の部隊だ。
「全く。シアも敵が多過ぎる」
敵の多い親友のために、竜騎士部隊を形にせねば、と気持ちを引き締めるリットーリオだった。
カグツチ国の話はいったん終わり、次回からニカロ王国に戻ります。
12月6日 誤字脱字、文章の不備を修正しました。




