カグツチ国商業組合
竜騎士から始める国造り2巻は、昨日、10月28日に発売となりました。
よろしくお願いします。
ロベールが王子と古竜について駆け引きをしている最中、カグツチ国でも小さな、見えない小競り合いが起こっていた。
「チッ……。帝国がデカい顔をしやがって……」
商人が数人で連れ立って歩く中、その内の一人は吐くように言った。男はこの商人街――カグツチ国に呼ばれた大商会から派遣された商人の一人だ。
その姿は商人というより荒くれの野盗といった見た目をしており、先ほどのように、あまり商人らしくない言動が多々見られた。
だが、そんな姿とは全く違い、洞察力に優れており頭のキレも良い。
「その言葉が帝国の兵士に聞かれても、私は関係ないので一人でしょっ引かれてくださいね」
クスクス、と小さく笑うのは女性の商人だ。こちらも、先ほどの男の商人同様、ユスベル帝国に本店を置く大商会から派遣された商人だ。
「あぁ!? その為の商会街だろ? なぁ、イスカンダル商会さんよぉ」
「それはそうですが。貴方の声はいささか大きいので、商人街の外にまる聞こえになってしまいますよ」
男の怒鳴り声に嘆息したのは、イスカンダル商会の商会長代理であるグレイスだ。彼は普段、皇都にある本店に常駐しているのだが、大きくなり始めたカグツチ国と帝国兵士が手を出せないことになっている商人街の視察のためにやって来ている。
初めこそ、ユスベル帝国からガクツチ国を守るという名目でやって来た兵士たちが中へ侵入しようとしたが、それも彼ら商人組合が退けている。
それでも無理矢理入って来ようとすると、今度はドラゴンが威嚇がしてくる。
――そう。ドラゴンが威嚇してくるのだ。
通常であれば、ドラゴンが威嚇するのではななく、その上に乗っている竜騎士の命令によって威嚇をするのだが、このカグツチ国に居る、商人街を守るドラゴンには竜騎士が跨っていない場合が多い。
このカグツチ国には、そんな無騎手のドラゴンが多く存在しており、それら全ては、この国を管理するロベールが駆るドラゴンのヴィリアを頂きに統率されている。
現在は、ロベールがニカロ王国に留学しているので愛竜のヴィリアも不在だが、その代わり新しくやって来たゴナーシャが統率している。
竜騎士が多く居るユスベル帝国は元より、自然界でもまず見られない光景だ。
「ドラゴンが守ってくれるのは大変ありがたいんだが、半分軍人の観光地みたいになっているのが問題だな」
「そうですね。今はロベール様が居ないのでまだ静かですが、ロベール様が戻られればどういう方法で無騎手のドラゴンを従えているのか、その理由を聞くために皇城に出頭命令が出るかもしれません」
ロベールが居た時は、ここまで大きくドラゴンが動くことは無かった。動いたとしても、カグツチ国の空を飛ぶくらいだ。
ではどうしてここまで大きく動くようになったかというと、留守を任されたゴナーシャが張り切っているからだった。
長く洞穴に引きこもっていたゴナーシャの翼は衰えており、空を飛ぶことが出来ない。なので、自分の目となり耳となるドラゴンたちを従え、そのついでにカグツチ国を守っている。
引きこもっている間に変わったものや、変わらなかったもの。さらに、現在がどのようになっているのか調べるためにも飛ばしている。
さらに、このカグツチ国には隣国のユーングラント王国から亡命してきた元竜騎士にの指導の下、カグツチ国の竜騎士候補生の一期生が訓練に励んでいるので、それのカモフラージュをする意味でもドラゴンを多く放っている。
しかし、商人も住民もそんなことは知らないので、理由はずっと分からないままだ。
「まぁそれでも、ドラゴンのお陰で国も私たちの商業組合も守られているんだから、ロベール様様ね」
ユスベル帝国の端にあるとはいえ、ここは歴としたユスベル帝国領だ。カグツチのことをいいうのであれば、カグツチ領と呼ぶのが適切なはずなのに、商業組合の商人たちは誰一人ともこの国を領と呼称することは無かった。
それが何を意味するかは、個々の商会によって異なるだろうが、商業の自由を守ってくれる、ユスベル帝国とは違う場所である、と考えているのは確実だ。
ペラペラとお喋りをしながらやって来たのは、六つの大商会の代表とその部下が一堂に会し、話し合いを行うことが出来る堅牢な石造りの会議場だ。
そこでは、すでに六つの大商会の部下が揃っている。
挨拶は、大商会の責任者同士で済ませてある。ここでは、今後の商業組合としてのカグツチ国での舵取りの話し合いが行われる。
議長は、イスカンダル商会の商会長代理のグレイスだ。ここに居るカグツチ国支部の支部長たちは、全員がイスカンダル商会の本当の商会長を知っている。
公表したことは無いが、今まで懇意というには蜜月過ぎる中であり、余りにもロベールの考えた通りに運営されているので思い至らないほうがおかしい状況までなっている。
なので、これについては誰も文句は言わない。
「現課題としては、このカグツチ国に駐屯し、この国の力を探ろうと――あわよくば商業組合に押し入り情報を探ろうとしているユスベル帝国の騎馬騎士ですが、こちらはこれまで通りドラゴンに牽制してもらうことになります」
これについては、特に意見は出てこなかった。いちおう、ロベールの伝手でバルシュピット領から晴れて男爵に陞爵したインベート男爵軍がカグツチの警備を担っているが、国軍の騎馬騎士を相手に問答をやり合うにはまだ経験が浅すぎる。
かといって、他の商会が雇っている傭兵が相手しようものなら、インベート男爵軍が相手にするよりさらに問題が起き、悪化する。
「次に、クロスボウの製造ですが――」
「それは、ウチだな」
声を上げたのは、クリング商会だ。早いうちから職人をカグツチ国に移住させ、職人街を作り上げた。職人の伝手が余りなかったロベールは職人街作りの競争に乗り遅れてしまい、職人街の基盤をこのクリング商会に全てやられてしまったのだ。
そのため、クリング商会は『初めてロベールを負かせた商会』という、訳の分からない称号を得ることになる。
「クロスボウは、1日に20台製造している。これは今まで変わりなく、これからも問題なく製造されていく」
遠くから攻撃することができる弓兵は、軍人が少ないカグツチ国では喉から手が出るくらいほしい人材だ。しかし、弓兵を育てるには時間がかかるので、比較的短期間で同じくらいの技能を持たせることができるクロスボウの製造とそれを使用する兵士の育成が急がれた。
ロベール主導で行われていたクロスボウ作りだったが、クリング商会が囲う細工職人の腕が良かったので、引き上げ式からギアやクランクを必要とする巻き上げ式のクロスボウが製造されている。
巻き上げに時間がかかるが、その分、初速があり強力な矢を射出することが出来る。
ラジュオール子爵軍と対峙したカタン砦防衛線時のように、人質をとることで戦費を稼ぐ貴族にとって、クロスボウは手加減ができないので不評な武器となるだろう。だが、そもそも弓矢で遠くから敵を殺すのは卑怯だ、という暗黙の了解が帝国にはあるので、使われることはないはずだ。
それに、この武器を使うのはカグツチ国の平民出身の兵士なので、そんな文句は出ようはずもない。
「次にカグツチ国とユスベル帝国を結ぶ陸路ですが、問題であった中間地点の宿場町もマフェスト商会の主導によりゴーハレット商会、ピュリネー商会との共同で村を作ることができました。これにより、陸路からの荷運びが活発になると共に入ってくる人間を監視することができます」
海路を使う船は、荷揚げを行うために港が必要だ。人を一か所に集めることにより、誰何することがある程度容易になる。
しかし、陸路はどこからでも歩いてくることが出来る。それを防ぐために、道を作り宿場町を作ることである程度人の流れを整えることで、カグツチ国に来る人間を誰何できるようにしている。
また、皇都から近い場所には元から村が存在し、カグツチ国から近い場所の村も活気づき始めているが、その中間となる場所は未開とまではいかないが、ほぼ自然といって良い場所なので、そこで遭難する危険性を低くするという意味でも、宿場町を作ることが急がれていた。
「また、川向かいに作られている町ですが、我が商会とタネン商会が行った交渉によりハイヘルネン王国とのつながりを持つことが出来、一時的ではありますが安全保障の契約を交わすことができました。これにより、当分の間は戦争になることはないでしょう」
ユスベル帝国の騎馬騎士がカグツチ国に駐屯することにより、その脅威に対抗すべくハイヘルネン王国がカグツチ国の川向かいに砦の建設を始めたのだ。
まだ作り始めとはいえ、将来的には脅威になることは間違いないので、早い内に敵意が無いことを相手に伝えておく必要があった。しかし、相手の様子を見ているとドラゴンが無騎手で自由に飛び交っているカグツチ国は異様に映っているようで、逆に安全保障の契約をありがたく受け入れているといった感じだった。
さらに言うと、ハイヘルネン王国でもある程度名が通っている商会というだけではなく、その商会たちが主導で作っている商業組合という大きな協同体として話を通したので、大型船を使っての輸出入ができる手形の契約を取り付けることができた。この時の話し合いは充実したものに終わった。
「次に――」
今回決まったこと、さらには次回までに終わらせておかなければいけないこと。それらすべての話し合いをする。
ロベールが居ない状態ではあるが、商業組合主導での国造りは問題なく動いている。
10月29日 挿し変えました。
11月10日 誤字脱字、文章を再編集しました。