古竜――ユスベル王国の過去
鳴物入りでやって来た王子様は、ドラゴンを厩舎へ預けるとすぐに寮――という名の大豪邸――へ引きこもったそうだ。
調べて来てもらった内容は簡潔にまとめられており、ドラゴンの大きさは目測でヴィリアとほぼ同じかやや大きい程度、ヴィリアと同じく瞳に理知的な光があり、王子様の言葉を理解しているかの様に振舞っているとのこと。
俺の注意が行き届いていなかったのか、それとも功を焦ったのか分からないが、ルーシーが物陰に隠れながら王子たちの会話が聞こえるくらい近くまで来ていたのが相手側にバレてしまったようだ。
相手集団から死角であったにも関わらず、王子自らルーシーの元までやって来て声をかけたらしい。怪しい存在であるルーシーはその場で切り殺されそうになったが、王子の鶴の一声で救われたらしい。馬鹿な事をしてくれたもんだ。
王子が巨竜と会話できることはこれで確定したとみて間違いない。
それと共に、後で詫びの挨拶に行かなければいけない。
★
翌日の授業には王子も出て来るもんだと思っていたけど、そんな影も予兆も無く授業は滞りなく進んで行った。とんだ拍子抜けとなってしまった。
昼食はいつも通り食堂へ。初めは何かあると困るので留学組で固まって食事をしていたが、今となってはそれぞれのグループで固まり色々と交流を深めている。
特に人気があるのはアシュリーだ。年齢を詐称して俺の一つ年上の生徒を演じており、歳に似合わない――サバを抜けば年相応と言える――落ち着きと見た目の良さ、誰にでも分け隔てなく接するのが人気の理由だとか。ルーシーはそんなアシュリーについている。
ミシュベルは、伝手作りをしているといった様子で、それなりに名のある人物と交流を深め、アムニットは落ち着いた――いってしまえば地味な生徒と交流をしている。
俺はというと、ユスベル帝国では中々の高級品である水晶レンズを使用したメガネをかけた、勉強できます系の生徒と、学年で竜騎士としての成績が上位に位置するスポーツマン系の生徒に挟まれて色々と話しかけられている。
両方とも意識が高すぎて、挟まれている俺が話について行けない。感覚派の俺に対して、ニカロ王国は理論派が多いようで、つらつらと説明や持論を展開してくれるのだが、正直俺の頭は『?』で埋め尽くされている。
それでも生徒に引かれないのは、前評判と時折発する事ができるそれなりに有用な話があったからだろう。凄く疲れる。
席を同じくしているアバスはと言うと、「自分はロベールの護衛を兼ねている」との言葉を発する事で、生徒たちの興味の外へと出て行っている。
意識高い会話を何とか切り抜け昼食を終えると、食堂の出入口で人の流れが大きく変わっているところがあった。
ピシッとした服に身を包んだ女性が出入口の脇に立っており、生徒は遠巻きにその女性を避けているので往来が変な動きをして糞詰まりを起こしている。
どれくらい酷い事になっているかと言うと、電車の出入口の棒に大きなリュックを背負った人が立っている感じだ。邪魔なことこの上ない。
「ストライカー子爵様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
出入口の脇に立っていた女性は、どうやら俺に用があったらしい。いや、何となく分かっていたけどさ。
「どのようなご用件でしょうか?」
「我が主、ロクサーヌ殿下がストライカー子爵とお話がしたい……と」
「なるほど分かりました。では、詫びの品を持ってくるので――」
「その様な物は必要ない、と仰られていました」
「なるほど」
ならば、とっとと行くか。どちらにせよ、本当の詫びの品はミナ達が乗った船が到着しない限り渡せないし。
「分かりました」
「それと、『大事な話がある』とのことなので、ロクサーヌ殿下の元へお連れできるのはストライカー子爵お一人になります」
俺の隣に侍るアムニット・ミシュベル・アバスだけではなく、群衆の中から遠巻きにこちらをうかがっていたアシュリー達を見て言った。
どうする? という視線がアバスから来たが、手で問題ない事を示した。
「分かりました。いつごろお伺いすればよろしいでしょうか?」
「食後のお茶を用意しております」
「今からですか? 午後の授業があるのですが……」
「そちらは問題ありません。教員の方には私から伝えておきますので」
「なるほど、分かりました。それでは、案内をお願いします」
皆に問題無い事を伝え、普段と同じように行動するように伝えた。
★
アンネスリート王国の王子様が居るという部屋に通される前に、執事による身体検査が行われた。仲が良い国と言えど、ニカロ王国では帯剣を許されていない。そこは見た目で分かるが、暗器に関しては触らないと分から無いからだ。
もちろん、王子を害する気など全くなく、後ろめたい事も全くないので問題なくスルーできた。
そして通されたのは、広く豪奢とまでは言わないまでもセンス良く整えられた広間だった。
「ようこそ、ストライカー子爵。同じ古竜を駆る仲間として歓迎するよ」
アンネスリート王国の王子は、歳相応の笑みを浮かべて握手を求めてきた。
歓迎の言葉を述べてくれる途中で、気になるワードがあったがまずは礼儀として答える。
「この度は、お招きいただきありがとうございます。そして、先日はうちの者が無礼な行為を働いてしまい申し訳ありませんでした」
さてどんな嫌味が飛び出してくるか。はたまた、どんな要求をされるか、と構えてた。
「あれはストライカー子爵の指示ではなかったらしいですね。古竜を囲う者の下に居る者として、相手の駆るドラゴンが気になるのはいたしかたがないこと。彼らは仕事熱心であったと言うことでしょう。私から言うのもおかしな話ですが、どうか彼女達を怒らないであげてください」
その後に、何か要求が来るかと思ったが、数秒待っても何も言ってこなかった。
相手の意図が読めない……。多くの小国を包括するアンネスリート王国が、相手に何の見返りを求めずに話を終えるとは思えないが……。
「寛容なお言葉をいただき、ありがとうございます。あの者たちには、しっかりと言って聞かせます」
そして、再び言葉が切れた。相手はそれに気分を害した様子は無く、また話を進める訳でもない態度だ。やりにくくてしょうがない。
「あの、一つ質問しても良いでしょうか?」
「あぁ、何でも聞いてくれ」
「先ほどからおっしゃられている、古竜と言う単語がありますが、それは一体何のことでしょうか?」
古竜という意味がそのままであれば、長い年月を生きるドラゴンの事だろう。もしくは、ドラゴンの中でも原種に近い存在。
俺に対して言うのであれば、それは多分ヴィリアの事なのだろう。しかし、俺の答えが思っていたのと違ったようで、王子は驚いたように目を開いた。
「君は、ドラゴンから何も聞いていないのか?」
「ドラゴン……ですか? 生憎と……その……申し訳ありませんが、言っている意味が……」
「いや、だが――君は、ドラゴンと会話ができると常々言っていると聞いていたのだが?」
俺のとぼけた演技を本当の事だと思ってくれた王子は、狼狽えながら聞き返した。申し訳ないが、ヴィリアと口裏合わせをしたように話せない体で行かせてもらう。
「確かに話せるとは公言していますが、それも――恥ずかしい話ですが自分を大きく見せる為です。ユスベル帝国に居た歴史上の人物ですが、ガリーナ・レバイヨットという騎馬騎士が居ますが、私はまだまだその域まで達していません」
王子は俺の話を聞き、小さな声で「ガリーナ・レバイヨット」と呟いた。
「ユスベル帝国の騎馬騎士は、皆ガリーナ・レバイヨット氏の様な素晴らしい騎馬騎士になろうと日々努力をしています。もちろん、竜騎士にも素晴らしい人物は多く居ますが、かの氏はその中でも群を抜いて私に影響を与えました」
「あぁ、もちろん知っているとも。アンネスリート王国でも、その話を元にした物語は出回っている。愛馬と心が利ける騎馬騎士の話。だが、しかし……本当に君はドラゴンと話したことが無いのか……?」
「そんな、ドラゴンが口をきくなどお伽噺――」
ヴィリアや、この王子が駆るドラゴンの能力を知らなければ絶対にやってしまうであろう、ちょっと可哀想な人を見る態度で聞き返した。王子はその態度に関し何も言わなかったが、そば仕えをしている執事が、やや険が立った視線をこちらに向けてきた。
「私のお客だぞ。控えろ」
王子が静かに一喝し手を払うと、執事は静かに引き下がり何処かへ行ってしまった。
広間に居るのは、俺と王子の二人だけ。俺はユスベル帝国の上級貴族の息子――ということになっているが――と王子では重要度が違う。互いに手を出せない立場にはあるが、こんな風に二人っきりにしても大丈夫なのか。
「古竜とは、その言葉の通り古くから存在する種族だ。私の駆るドラゴンも、ストライカー子爵の駆るドラゴンもかなり古い――千年単位で生きている存在だ。今主流となっているドラゴンは、その古竜に手足として使われていた、言わば小間使いの様な存在だ。そのドラゴンは人の言葉を話すことなく、また深く物事を考える能力も無い」
「では、殿下のドラゴンは人の言葉を話せる……と?」
「そうだ。人の言葉を理解し、話し、そして思慮深く慈しむ事ができる。ストライカー子爵のドラゴンも、私が駆るドラゴンと同じ種族に類するドラゴンなので、口をきける」
「ですが、そのような素振りを一度も見せてもらった事はありませんが?」
「それは――そこまでは、私がとやかく言える事ではないのだが、まだ相手に心の底から信頼をされていないのかもしれない」
非常に申し訳なく、しかし確信に満ちた声色で言ってきた。
ヴィリアとは問題なく話しているし、信頼関係も問題なく構築できていると自負している。
しかし、王子は別の何かに対して言及をしている様に思えた。
「心の底からの信頼ですか?」
「あぁ、そうだ。彼等は心に深い……千年経とうが癒えない傷を負っている」
「それは……どのようなことでしょうか?」
「私は、今からとても気分を害する話をする。それは、人としてストライカー子爵がユスベル帝国人として、だ。もしそういった事に対して我慢できないのであれば、話はここで辞める事になる」
「構いません。必要な事であれば、問題なく聞きとげ後から何かを言うような事はありません」
王子は、俺が話を聞けば文句を言うような人間だから注意をしたのではなく、これからの話が本当に気分を害するものだから注意をしてくれたのだろう。
気分の悪い話なんてそこら辺に転がっているし、反吐が出る様な話も聞くだけではなく見ている。今さら、ちょっとやそっとではどうにもならないだろう。
「ならば、話そう」
急に重々しい雰囲気になった王子は、ゆっくりと話し始めた。
「人の言葉を話すドラゴンの数が少ないのは理解しているな? 私が駆るドラゴン――コイツの名前はエルドラと言う名前だが、彼は過去にユスベル帝国の山岳部に家族と共に住んでいた。しかし、ある戦争の後に皆殺しにされた」
突然、不穏な話になり始め、俺は小さく頷くだけに留めた。
「その戦争と言うのが、ユスベル帝国南征戦争だ。歴史ではドラゴンを初めて運用した事で勝利を掴んだとされている。だが、実際は人の言葉を話すことが出来るドラゴンと手を結んだ事でドラゴンを効率よく使役することができるようになっただけだ。それが資源も食料も無い小国家を一気に大国への高みへと昇らせた本当の話。
ここで問題になってくるのが、ユスベル帝国――当時のユスベル王は、人の言葉を話すことが出来るドラゴンの恐ろしさと言うのを身をもって理解していた。そして、恐れた。彼等が自分達ではなく、他国に協力をする様になってしまったら――と。ここまで聞けば、聡い人間であれば分かるだろう。そう。
ユスベル王は、勝利の祝いとして酒や食糧に毒を混ぜて古竜に食べさせたのだ。他国に協力させない様に……相手を信頼せず、身勝手な理由で古竜を殺したのだ。
後に残ったのは、人の言葉を理解せず扱いにくいが強力な力を持たない小間使いの方のドラゴン――今竜騎士が駆っているドラゴンだけとなった。
しかし、全部が全部死んだわけではない。私の駆るエルドラやストライカー子爵が駆るヴィリアなど、生き残ったドラゴンも居る。しかし、すでに絶滅へと――決して戻れぬ道へとひた走っている」
一気に話した王子は、力強く握っていた拳を解いた。本当に憤っていると言うのがよく分かる。
「君は、言葉を話すドラゴンがヴィリア以外に居ないのはおかしいと思わなかったか? ヴィリアだけが特別な存在だと思ったか? いや、君くらい聡い人間であれば薄々は頭の中でその可能性を理解していたし、今話した内容も理解できるはずだ」
ヴィリアは自らの過去について聞くと、よく濁した言い方をしていた。それから聞かない様にしていたので、ゴナーシャに対しても過去を聞くような事は無かった。
怒りとは凄まじいエネルギーを消費する。身内が殺された恨みを百年単位で抱える、ということが出来るのか分からないが、ヴィリアやゴナーシャは人間を恨んでいる、なんてことを一度も言ってきた事は無かった。
王子の言う大虐殺があった後に生まれた個体なのか、とも思ったけど、マシューの住民も知らない泥温泉についても詳しかった。つまり、マシューにユスベル帝国の前身となる国が存在していた時から居るか、また生きている個体に教わった事になる。
だとすれば、どちらにせよユスベル帝国がやったことは覚えているはずだ。
王子の言うことを一から十まで鵜呑みにする訳ではないが、王子の表情や声の熱さは嘘を言っている様に思えなかった。
登場人物
ガリーナ・レバイヨット=ユスベル帝国に居た歴史上の人物。騎馬騎士たちの憧れの存在。
ゴナーシャ=引きこもっていたドラゴン。今はカグツチ国に居る。
ユスベル王国=現マシューにあった国。ユスベル帝国の前身。
7月2日 誤字脱字・文章がおかしな部分を修正しました。