手動ポンプ
「あー……疲れた……」
1週間ずっと働き詰だ。週1、隔週で2日休みだった前世では考えられないほど働いている。
4輪農法は学校で習った知識だったし、異世界物の読み物で良く取り上げられている方法なので簡単に思い出した。
また、堆肥に関する知識は友人が農家をやっており、また自分も家庭菜園をやっていたので調べが付いていた。
石鹸は、小遣い稼ぎに石鹸を作って売ろうと一時期考えていたので、そこで調べた知識が今役にたった。
灰汁が苛性ソーダの代わりになることは、転生前に自然派志向(笑)の人達に向けて自然物で石鹸を造ろうと思っていたから調べていたのだ。
まぁ、ここら辺はとん挫したけどな。
そんな過去の話は放っておいて、何でこんなにも疲れたかと言うと、ある物の設計図を描いていたから。
CADに慣れたこの体で、製図台すら無いこの世界での製図はかなり大変だ。
しかも、畑作りと石鹸作りの監督をしながらだ。本来であれば、自分の家から連れてきた部下を使うのだろうが、そんな大層な人材に伝手が無いので、全て一人でやっている。
ならば、知識奴隷を買うか……。そんな事を考えながら、眠りに落ちて行った。
★
町の皆に見送られながら、俺は都に向けてヴィリアと共に飛び立った。
行きは2時間30分の道程だったが、帰りは向かい風なので3時間もかかってしまった。
一週間ぶりの竜騎士育成学校に帰ってきた時は、それはもう蜂の巣を突いたような騒ぎになったのだが、今日は学校には用が無いので厩舎にヴィリアをつないだら、すぐに町へと向かった。
「いらっしゃ――あぁ、ロベール様! ようこそいらっしゃいました!」
カウンターで客の対応をしていた青年は、店に入ってきた客が俺だと分かると、カウンターから飛び出さんばかりの勢いで近づいてきた。
「本日は、どのようなご用件で?」
「また、設計図と仕様書を書いたから、その通りに作ってもらいたい」
「なるほど、分かりました。では、父を呼んでまいりますので少々お待ちください」
青年――この鍛冶屋の長であるガンブールの息子ダンブールは、父を呼びに店の裏にある鍛冶場へ走って行った。
ここのガンブール鍛冶屋へ来たのは、安全帯を頼んだ時が初めてだった。
見たことの無い道具と共に、しっかりと書かれた設計図に仕様書。
品質向上の為に作られたダブルチェックシートなど、職人から見れば職人の腕を信じていないとも取れる書面だったが、それ以上に安全帯と言う誰も考え付かなかった物――考える必要が無かったとも言える――に興味を引かれ、またそんな物を書き出してくるロベールに興味を持ったガンブールは、相手が貴族、それも侯爵家の長男と言う恐れ多い存在でありながらも気にすることなく色々と聞いてきたのだ。
以来、何かと必要な竜具や刀剣類はこの鍛冶屋に任せている。
「いやいや、これはこれは、ようこそいらっしゃいました」
職人としての彼を知っていれば、まずこの様な物言いをするような人間だとは思わない。
現に、客の一人は何かおかしな物を見た、と言いたげな顔で俺とガンブールを見ている。
「また頼みたい物があってきたんだ。なるべく急ぎで頼めるか?」
「そうですね。ロベール様の注文はすぐにでも取り掛かるつもりですが、先に2件ありますので、取りかかれるのは3日後かと……」
「分かった。今回も特殊なものだが、なるべく早く頼む」
「はい。なるべく意向に沿えるようには善処します。して、その特殊な物とはどういった物でしょうか?」
ガンブールの問いに、俺は持っていた設計図と仕様書をカウンターの上に広げた。
「手動ポンプだ」
「何ですか、それは?」
「井戸から水を汲みあげる道具だ」
ガンブールは、少し考えてから言った。
「桶じゃ、ダメなんですか?」
「これは、桶で使う労力を半分以下にして、汲める水の量を倍以上にする道具だ。それに、井戸を密閉にできるから、ゴミが入らず衛生的だ」
「それは凄い!!」
実際、労力半分水倍などは適当に言っただけだけど、それ以上に魅力があるのが手動ポンプだ。嘘は言っていない。
ただ、井戸を衛生的に使え、かつ労力を少なくするためにはコレが必要だ。
それに、ポンプがあれば大がかりな井戸掘りをする必要もなくなる。
「それと、井戸にはこの紋章を付けてくれ」
「わかりました。では、さっそく作業に取り掛かります」
そう言うと、仲間にポンプの中空部分を作るための中子の指示を出し始めた。
「試作は、どのくらいでできる?」
「そうですね……。なるべく早く納得のいくものを作ろうとは思っていますが、早くて2週間くらいですね」
2週間か……。作ったことの無い物を、設計図があるにしても0から作るのだから早い日数だ。
しかし、長くてもひと月が過ぎたところで、中間報告として学校にレポートを提出しなければいけない。
他の奴らがどれだけ凄い物を提出するのか分からないが、石鹸を作った程度じゃ評価は低いだろう。
「分かった。2週間後に来る予定だが、それより1日でも早くできる場合は、料金はこちらで持つから高速便で連絡してくれ」
「わかりました。では、そのようにします」
でき次第、届けてもらえばよかったのだが、実製品を検品しなければいけないので直送してもらうわけにもいかないのだ。
「では、頼んだ」
技術者とは、もう少しゆっくりと語り合いたいのだが、次は奴隷商館に行かねばいけないのだ。
ガンブール鍛冶屋に見送られて、俺は辻馬車を拾って奴隷商館へと急いだ。
「親父、ロベール様の設計図は相変わらず凄いな」
「あの歳で、どこで勉強したのか……。寸法も稼働隙間もしっかり考えられている」
「でも、何でこんな凸凹なんだ?」
「それは確か、最低限の材料でなるべく強度を出す方法と言っていたな……」
「どうやったら、そんな事を思いつくんだ……?」
「分からん! だが、これは教科書だ! 良くわからない所にも、必ず意味がある! 見逃すことなく、きちんと作るぞ!」
ちなみに、 4輪農法とは、いわゆるノーフォーク農法の事です。
この世界では、人糞は豚の餌につかわれていません。糞は不浄の物として扱われ、最終的に人の口に入る豚にやるのはいかんだろうと言う考えです。
しかし、動物の糞より人の糞の方が綺麗だろうと言う考えで、人糞は川へ家畜糞は山へとなっています。
川はオーガニックウォーターとなり、海へ流れ出るとどうなるか……今後、これらもやっていきたいと思います。
7月6日 文章修正しました。
7月7日 文章修正しました。
3月2日 ルビを変更しました。