陞爵される傭兵
「お久しぶりです、ストライカー子爵様。どうか、私の事はヴァンデスと呼び捨ててください」
あの時――とはいっても、一昨年になるが――の激昂が嘘のように、彼は俺を目の前にしても落ち着いている。噂では、自ら志願して一介の騎馬兵となったようだが、着ている軍服を見ると元の地位へ戻ったようだ。
最近は、騎馬兵が騎馬騎士の隊長に返り咲けるような大規模な戦闘は無かったはずだが、これが正当な評価で返り咲いたのか、それとも自分から「もう良いだろう」という判断で元の地位に戻ったのかで判断が変わってくる。
「いえ、そのようなことは私には……。ところで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「はい。この度、カグツチ領周辺の警備を担当することとなりまして、その御挨拶をと思い。正式な通達は後日ありますが、まずは個人として来させていただきました」
「それは、わざわざ申し訳ありません」
こいつが、国から派遣されるカグツチ国を守る御目付け役か。
年齢や地位的にもっと良い人間が居るだろうが、懐柔されないという一点において選出されたのかもしれない。昔のことを思えば、どのようなことをやって来るのか気になるところだ。
人選は少し違ったが、俺が想像していた人間と同じだ。この程度であれば想定の範囲内として、問題はない。
「こちらが、補佐として共に行く事となる者たちです」
ヴァンデスが紹介すると、左右に侍っている騎士は一礼した。片方は昔見た記憶があるが、もう一人は知らない。後で調べておかなければいけない。
「こちらは、昔から私の隊で副隊長をしてくれているキエッサです。そして、こちらが初めて御挨拶させていただきます、ヘーリングロンです」
調べる前に向こうから紹介してくれた。キエッサの方は、クラスメイトと一緒に売られた喧嘩を買いに行った時にヴァンデスの隊に居た騎士で間違いなかった。
紹介されたへーリングロンは、一歩前へ出た。
「初めまして、ストライカー子爵様。ボルドル家三男のヘーリングロンと申します。ヴァンデス隊長の部隊には去年から所属しています」
爽やかに挨拶をするヘーリングロン。ボルドル家とは聞いたことが無い家なので、どちらにせよ後で調べておかなければいかなかった。
「わざわざ、ありがとうございます。カグツチ領では、よろしくお願いします」
自己紹介も終わったし、さてこれから腹の探り合いになるのか、と思っていたら、呆気なく終わりが来た。
「それでは、御挨拶だけとなってしまいますが、我々はこの辺りで失礼します」
「そうですか。お足を運んでくださったにも関わらず、何のおもてなしもできずに申し訳ありません」
元々おもてなしをするつもりは無かったが、ヴァンデス達は本当に挨拶をしに来ただけの様で、挨拶をするとすぐに去って行った。呆気にとられてしまったが、変な来客に長居してもらうと困るので、これはこれで良しとしよう。
部屋に戻ると、息を潜めていた皆が俺の姿を見ると一斉に呼吸を始めた。
「ロベールよぉ、虐められなかったか?」
出入口で行われた挨拶の雰囲気の悪さを感じ取っていたミーシャが、ヘラヘラと笑いながらこちらを見てきた。
「そんな事が起きてたら、すぐに戦争が起こるわ。とりあえず、武器はしまっておけ」
「うーい」
ミーシャは手に持っていた、フック状の武器を適当にベッドの下に投げ込んだ。
こんな扱いをしているから、このフック状の武器はよく無くなる。大鹿に居た時から使っている武器だと聞いていたけど、余り愛着は無いのかもしれない。
「カグツチに駐屯する兵隊の隊長が直々に挨拶に来てくれたって話だ」
ちらり、とミナの方を見るが、特に変わった様子は無かった。この部屋であれば、出入口で話していた俺達の声は聞こえていただろうし、相手が誰かも分かるはずだ。
俺の視線に気づいたミナは、強い視線で俺を見た。
「二度はありません。次に同じことをした場合は、切り殺してください」
同じこと、とはまだ奴隷という立場が受け入れられずに、クラスメイトだったヴァンデスに対して強く言い返せなかった酒場での出来事のことだ。
ここまで育てたのだから、そう簡単には切り捨てるつもりは無いが、同じことをされても困る。しかし、ミナはあれからキチンと成長しているようで、問題ないことを伝えてきた。
これで、安心して侍らせることが出来る。
★
アドゥラン第一皇子が主催する国議会は、問題なく終わった。警備には弟のロベリオン第二皇子が指揮する天駆ける矢を中心に、騎馬騎士本部付の騎士をつかい皇城の警備を行った。
これにより皇位継承は第一皇子となり、第二皇子は皇帝となった第一皇子のサポートに徹するようになるだろう、というのが国議会に参加した上級貴族の総意となった。
この警備には、天駆ける矢に所属する竜騎士として俺やロベール竜騎士隊も参加した。
相変わらず、俺はあの日以来、登城を許されていないので皇城の外縁の警備をしていたのだが、面白くないことこの上ない。
異様、ともいえるほど厳重な警備で行われた国議会だ。どれほど異様かというと、お城付近の出店は全て禁止にするだけではなく、人間の往来を制限するくらいだ。
人っ子一人居ない外縁で何に気を付ければ良いというのか。時々、差し入れに来てくれるお城付きのメイドさんが居なければ、そうそうに脱落していただろう。
今回の国議会で行われた内容は色々とあるが、国議会とは別に重要な案件があった。それは、俺が頼んでいたことだ。
出身が出身なだけにやや難航したようだったが、最後には第一皇子の説得により他の貴族が折れる形となったらしい。
それは――。
「お久しぶりです、ロベール様」
イスカンダル商会が所有する倉庫――を改装して、一時的に人が住めるようにした宿で男性は俺に挨拶した。
「お久しぶりですね、インベート男爵様」
「やっ、私に様など要りません。ロベール様のお蔭で陞爵できたのですから!」
目の前に立っているのは、ブロッサム先生の父親のインベート男爵だ。
そう。俺が第一皇子に頼んだこと――その一つ目だが――は、インベート準男爵を陞爵してもらい、男爵とすることだ。
人の爵位を上げてどうなるのか、という話だが、俺が留守の間、カグツチを守ってもらうためだ。準男爵などというあやふやな立場よりも、男爵というしっかりとした爵位の方が発せられる言葉に力が付く。
爵位は無いより、在った方がいい。それに、インベート男爵自体、辺境を開拓すれば爵位が貰えるという約束をしていたのに、それ以降なんの音沙汰も無かったのだ。
俺は切っ掛けを作ったに過ぎない。
「ほら、お前からもお礼を言いなさい」
インベート男爵から促されたのは、クラスメイトのブロッサム先生だ。
「ロベール様ぁ、この度は、本当にありがとうございましたぁ」
相変わらず顎を掴みたくなるような話し方だが、今は親御さんの前だから自重する。
親が陞爵したことにより、ブロッサム先生も本当の貴族の娘となった。しかも、ミシュベルと同じ男爵家の娘として。
ただし、ベルツノズ家の方が家格が上なので、まだまだ大きく差が開かれているが。
「本当に、何とお礼を言って良いのか……」
「お礼などいりません。インベート男爵は、陞爵されるだけの功績を収めてきました。今回は、それが認められただけです」
もう無い物と思っていた陞爵の話が来たのだから、インベート男爵も嬉しいのだろう。かなり顔がほころんでいる。
陞爵したので土地が自分の物となり、領地運営の方法が自分でできるようになったため、バルシュピット領の財政は少しだけ持ち直せそうだ。
「それで、私からのお願いなのですが、問題はなさそうですか?」
「もちろん。お話を頂いた時から、答えは変わっていません。受けさせていただきます。それに、きちんと兵士の育成もさせていただきます」
「良かった。カグツチに来る騎馬騎士は、少なからず因縁のある仲なので信頼ができる人に入ってもらいたかったんです」
残りの話はどうなるかまだ分からないが、第一皇子の側近に聞いたところ、問題は無いだろうとのこと。
良くわからないのが、ストライカー侯爵がそれについて口を挟んだことだった。それも、肯定的な意見を言う為に、だ。
彼に何の思惑があるのか。何の目的で口を挟んだのか分からないが、早めに聞いた方がいいだろう。
まずは、カグツチ国へ高速便を飛ばし、今回決まったことをベイリースに知らせなければいけない。これにより、カグツチに支店を構える商会は乗り気になってくれるだろう。
登場人物
インベート男爵=カグツチ国の隣にあるバルシュピット領の領主。ブロッサム先生の父親で、元傭兵。今まで準男爵だった。
ベルツノズ家=ミシュベルの家。男爵家だが、家格が高い。
6月18日 誤字脱字、文章を修正しました。




