ルイスからの呼び出し
4月24日
前話を大幅に書き直したので、よろしければそちらからお読みください。
第一皇子から下される命令を忠実に遂行しようとする俺は――というと格好がいいのだが、実際はただのお使いだ。
アムニット・ミシュベル・アバスの三人は、俺のお供とはいえ第一皇子から受けた命令に従いニカロ王国へ行くのだから、その国の人気と相まってクラスで人気者になっている。
ただし俺の方は、ロベリオン第二皇子が創設した天駆ける矢に所属している身にも関わらず、最近は第一皇子にすり寄っているということであまり印象がよろしくない。
しかも、騎馬騎士本部の大将付きの騎馬騎士であるグラニエからは「節操なし」といわれ、第二皇子の友人であるルーニーからは「あまり色気を出すなよ」と釘をさされる始末だ。
色気を出すも何も、俺の地盤を固めるためには仕方が無いのだ。それに、色気を出す原因となったのは、第二皇子が俺へくる被害を最小限に抑えてくれないから――守ってくれないからだ。
なので、守ってくれそうな者の傘下に入るか、自らを守れるような力が手に入れられる場に異動するしかないのだ。
色気を出すな、アドゥラン第一皇子の傘下に行くな、というのであれば、それ相応の餌を用意し、目の前にぶら下げるなどして引き止めればいいのだ。
俺がロベールの偽物である、というのが交渉材料というのであれば、それはそれで構わない。
もはや、俺が偽物であると周囲に公表したとしても、その痛手を負うのは俺だけではなく、ユスベル帝国も同じだからだ。
さすがに刺客なんて送られた日には対応できないけどな。
そんでもって、今はニカロ王国への旅路の支度ができるまでの準備段階だ。
前世では出張が決まれば、ネットで交通機関を調べて、ネットで宿泊施設を予約するだけであとは荷物を軽く揃えて出発するだけだ。海外であればパスポートとかの申請があるけど、基本は変わらないだろう。
しかし、この世界では俺が留学する意思があることをニカロ王国に伝えるにも時間がかかり、貴族のボンボンを集団で迎えるあちら側の準備もある。行こうとしても、今から行くぜ、はできない。
だから、今は――。
★
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「あれ? そのような他人行儀な言い方は、酷いのではないですか?」
目の前に座り、心外だと言わんばかりに頬をふくらましているのは、ロベールの妹のルイスだ。
黒服に急ぎストライカー侯爵邸に来るように言われて、何事かと急いで来てみればお茶の誘いだった。皇都から結構離れているのだから、理由も無く呼び出されるのは本当に困る。
ただでさえカグツチ国は忙しく、皇都ではニカロ王国に行くための準備が進められているのだ。
「畑の方は、上から見た感じですが全く問題ない様に思えます。夏は水遣りをしっかりと行い、根元には蒸発防止に藁や草を被せる。日差しによっては屋根の取り付けも考えなければいけませんが、このていどの日差しであれば真夏も問題ないでしょう。あとは、収穫時期まで草抜きを怠らず、虫が発生すれば適宜殺虫剤をまくだけです」
殺虫剤は、自然農薬と呼ばれる薬草を煎じた物だ。唐辛子を使用した物もあるが、あれは雨が降る直前に散布しなければ、植物の肌が痛んでしまう。
他には、近くに林を作って虫をそちらに誘導させる方法もあるが、一歩間違えればムシムシ大行進が発生してしまうので、今はやらない方が良いだろう。
良かれ、と思って答えたのだが、ルイスは何が気に入らなかったのか膨れるだけだった。
「忙しいのは分かりますが、今は女性とお茶を飲んでいるんですよ? そのような伝達事項だけで良いと思っているのですか?」
「はぁ、なるほど。では、どのようなことを話せばよろしいでしょうか?」
「それを考えるのが男性の役目です」
ふふん、となぜかドヤ顔で胸を反らせた。さすがお嬢様。ティーカップを持ちながらのドヤ顔、体反らしが似合っていらっしゃる。
「そうですね。ストライカー侯爵様が喜びそうな話ですと、私がニカロ王国に留学する事になった――ということでしょうか?」
もう知っているだろうけど、報告がてら話の種にしてみた。
ストライカー侯爵は俺の事が嫌いだから、あの日以来一度も顔を合わせていない。今日だって、ここはストライカー侯爵邸だというのに、すれ違うどころか気配すら感じられない。
お供のフォポールは、ここで行われる会話が会話なだけに、別室でお茶を飲んでいる。彼の事だから特に問題もなく上手くやってくれるだろう。
「アンネスリート王国の王子が留学するらしく、私はユスベル帝国代表の留学生となるようです。正直、留学するといっても何をすれば良いのか分からないのが問題ですね。ストライカー侯爵家として、何か見てくるような物はありますか?」
俺の話の何が気に入らないのか、ルイスの顔が――特に目がヤバい事になっている。ジト目ではない、若干メンチ切ってる感じになっている。あれは、女の子がやってはいけない目だ。
ルイスは溜め息を吐いて、頬杖をついた。磁器製品の即売会に見せた、あの貴族然とした姿は微塵も無い、ただの少女のそれだった。
本当に恐ろしい。
「貴方の出自を考えれば、女性に対するその接し方も理解できますが、もういい歳なんですから、もう少しエスコートの仕方を覚えた方がいいんじゃないですか?」
「これは手厳しいですね。ですが、私は当分の間、誰ともお付き合いするつもりはありません」
そんな暇はない。それに、結婚したとしても、将来は必ず不幸になる。そんな未来しか見えない状況だしな。
「貴方がどうこう言う問題ではありません。理解をしていないのであれば、もう一度言ってあげましょう。貴方は、私の兄、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーとして今は生きているんです。貴方の人生は、貴方だけのものではないんですよ?」
「なあるほど。では、私がロベール様として結婚したとします。その後に、本物のロベール様が見つかった場合はどうされるのですか? 用が済んだから、と言って殺されるのはまっぴらです。それに、入れ替わるにしても奥様となった方にはどのように説明するのでしょうか?」
「問題ないでしょう。だって、お兄様は死んでいるのですから」
射抜くような瞳で、俺を見るルイス。あの日の事もそうだが、コイツは――ストライカー家は本当は何かを知っているんじゃないのか?
「ロベール様が見つかったのですか!?」
「いえ、見つかっていませんよ? さすがに、どこで死んだのか知っている人があまり居ないんですもの。見つかるはずがありません」
「そっ、そうなのですか……? ですが、いくらご兄妹とはいえ死ぬという言葉を安易に使うのは良くないと思います」
「そうですね。貴方の反応が面白くて、ついこんな風に言ってしまうんです」
うふふ、と可愛らしく笑っているが、事実どこでどのように嗅ぎつけられているか分かったもんじゃない。
結局、ブレイフォクサ公爵家の情報をストライカー侯爵家へ流している人間も分からずじまいだった。
今はノッラも大人しくしているし、責任者はクラウスに押しつけつつあるのでもうどうでも良い。金を生み出す機械になってくれればそれでいい。
もう、本当にこの娘怖い……。
「お兄様が死んでいるか、死んでいないかは今回お呼びしたことには関係ないのでひとまず置いておきましょう」
ニコニコと先ほどまでの会話内容が嘘のように、場の空気を一新させた。
「留学の際に、ストライカー侯爵家の人間も共に行くので、アドゥラン第一皇子様に同行の許可を取っておいてください。人数は50人ほどを予定していますが、増える可能性もある事をお伝えください。名目は、貴方の身の回りの世話です」
「本当の内容はなんでしょう?」
「貴方の身の回りの世話です。もちろん、本当に身の回りの世話もさせますので、ご安心ください」
ご安心できないご安心を受けても何と言って良いか分からない。しかし、俺は、一応ストライカー侯爵家の傀儡的な立ち位置についているので、これを断る事は不可能だ。
「貴方に余計なことを話されては困るので、その御目付け役と考えてください。後は、間者から貴方を守る為、そして我が家の利益の為ですね」
「なるほど。それは安心できそうです」
どこまで守ってくれるか分からないが、安心素材は多い方が良いしね。それに、あれだけロベールが死んだ死んだと言っても確証が無いからふざける様に言っているだけだろう。
なら、まだ安心して良い……と思う。
登場人物&用語
天駆ける矢=ロベリオン第二皇子が創設した新部隊。
グラニエ=騎馬騎士本部大将付きの騎馬騎士。昔、ロベリオン第二皇子が造った奇抜な服をロベールに持ってきた。
ルーニー=ロベリオン第二皇子の友人?
ルイス=本物のロベールの妹
4月25日 誤字脱字修正しました。




