望まれざる人たち
活動報告を更新しました。
さて、どうしたものか、と考える。対岸には余計な人達が居る。こちらにも居るが、それはまぁ構わない。予定通りだから。
空には俺の部隊から二人とクラスメイトが五人ほど飛んでいる。あちらは五人だが飛び方から人数的に劣っている、と言った劣勢を思わせるような飛び方をしていない。随分と自信があるようだ。
「いつ頃まで、この睨み合いをしている予定か聞いてもいいだろうか?」
「そうですね。ここで睨み合っていても意味がありませんので……」
そういうと、ヴィンセントは敵に悟られない様に部下に命令をしようとした。
「残念ながら、まだ攻めはしませんよ」
まだ戦列に加わっていない後続に、迂回するように命令を出そうとしているヴィンセントに釘を刺した。ここで動かれたら、酷いことになるのは間違いない。
「では、どうするか? このまま膠着……というわけにもいかないだろう」
「そうですね。でも、我々の敵は帝国領内を荒らす野盗であって隣国ではありません」
「なるほど。確かにそうだが、ああも眼の前で戦列を組まれては、こちらも対処せねば面子が保てないが」
「死ぬなら騎馬騎士だけでどうぞ。その後の尻拭いも含めて」
失礼な物言いに、隣にいるフォポールは目を剥いた。だが、ヴィンセントや部下は口の減らないガキは扱い慣れている、といった様子で特に気にしてはいないようだった。
「フォポール、ドラゴンを出してくれ。ちょっと行くぞ」
「えっ?」
突然、飛行服の上着を脱ぎだした俺とその言葉にフォポールは驚きの声を上げた。ヴィンセントとその周辺にいる騎馬騎士達も同じく驚いている。
「武器どころか、服も着ていない奴に攻撃なんぞせんだろう。これで矢を放ってきたら、臆病者どころの騒ぎじゃなくなるぞ」
靴をズボンを脱いで、パンツ一丁になった。寒すぎる。
その姿を見たアムニットは恥ずかしそうに悲鳴を上げて後ろを向いた。
「それに、さっきも言ったように俺達の敵は隣国じゃない。交渉するだけだ」
「相手が何を考えているのか分かりません。使者は別の人間を使うべきかと……」
「俺が行ったほうが速い」
フォポールは相手が何なのかを知っているので問題はないが、ここには事情を知らないヴィンセントもいるので歯に物が詰まったような話し方になっている。
「馬で行った方がいいのではないか?」
ドラゴンという死の象徴のような物を使わず、攻撃性の低い馬を使った方が相手を刺激しないから良いのでは、と進言してくれたが、それでは迂回しなければいけないので時間が掛る。
上に居る竜騎士候補生達が、この状況にどれだけ理性を保っていられるのか分からないので、なるべく早く終わらせたいのが現状だ。
なので、その提案は却下した。
「迂回している時間が惜しいです。本来ならヴィリアに乗って行った方が良いんですけど、さすがに相手を刺激しすぎる」
攻撃するつもりはなくとも、ヴィリアの大きさは相手にとって刺激が強すぎる。なので普通サイズの、フォポールのドラゴンを使うのだ。
「分かりました」
そういい、フォポールは鎧を外し、服を脱ぎ始めた。別に対岸近くまで連れて行ってもらえれば良かったので鎧を脱ぐだけで良かったのだが。
服を脱ぐと鍛え抜かれた筋肉質の体が現れ、ズボンに手を掛けると女子生徒達から黄色い声援が上がった。
敵が目の前に居るというのに、危機感が無い竜騎士候補生達に、騎馬騎士達は全員顔をしかめた。相手が正規の竜騎士であれば、悪態の一つも出ていただろう。
「さあ行きましょう」
フォポールの後ろに座り、二ケツ状態となった。裸(下は穿いている)の男が並んで座っているところを見て何が嬉しいのか、女子生徒から再び黄色い声援が上がった。
★
ドラゴンには申し訳ないが川辺で待機してもらい、パンツ一丁の俺とフォポールだけで敵陣に乗り込んだ。兵士全員がどう対応すれば良いのか分からない、といった微妙な表情をしている。
オルステット男爵の方は知らないが、ラジュオール子爵軍の方は俺のことを見たことがある人間もいるので、全員武器を構えないように指示出しがされているのか構えていない。
「話がしたい。ラジュオール子爵軍の責任者はいるか?」
「私だ」
責任者が誰か聞くと、驚いたことにラジュオール子爵本人が出てきた。
さすがに、オルステット男爵軍が共にやって来ているので、話の行き違いが出ないようにしてくれたようだ。
それと共に、オルステット男爵軍と思われる人間も隣にいるが。
「まずは、服を着てもらおうか。さすがに、使者をそのような姿でいさせては、こちらの常識を疑われてしまう」
そういうと、兵士が毛布と外套を持って来てくれた。ありがてぇ、ありがてぇ。
外套を羽織るとラジュオール子爵に案内されて、後方にある簡易の天幕へと案内された。
元からそれほど長くいるつもりは無かったのか、天幕は薄手の布で作られた、持ち運びしやすい物でできており、外との気温差がそれほど無かった。これは、ありがたくない。
勧められた椅子に腰かけ、フォポールは俺の後ろで待機した。
すぐにテーブルが用意され、反対側にはラジュオール子爵とオルステット男爵軍の人間が座った。
「まずは、使者として来てただき、ありがたく思う」
ラジュオール子爵も共に来たオルステット男爵軍が居る状態で、どう俺に連絡を取ろうか迷っていたようだ。これは来た甲斐があった。
あのまま動かないでいたら、最悪なことになっていただろう。
「ラジュオール子爵様。先に、こちらの用件を伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
さらに口を開こうとしたラジュオール子爵よりも、隣にいるオルステット男爵軍の人間が口を開いた。
ラジュオール子爵は、チラリとこちらを見てからオルステット男爵の使者に対して頷いた。
「ユスベル帝国軍の竜騎士、ストライカー子爵様ですね」
「えぇ、そうです。よく御存じで」
「誤解の無いように単刀直入にお話させて頂きます」
そういい、兵士に持ってこさせたのは木箱だった。それほど小さくないが、重そうだ。
「ラジュオール子爵様のご子息達に対しての身代金です」
その重そうな箱の中身は金貨だ。しっかりと数えていないので分からないが、残りの身代金分はあると思う。
「なるほど、分かりました。では、私が皇都に戻り次第、返還の準備に取り掛かりましょう」
良かったですね、とラジュオール子爵にいうと、子爵は曖昧な表情をした。
ラジュオール子爵の腰が重いことを問いただしたオルステット男爵側に、子供が人質に取られ、その身代金が支払えていないことが露見したのだろう。
じゃないと、こんな所に隣国からしてみれば橋頭保ともいえる、カグツチ国ができていることを報告しないはずがない。
「でっ、では、説明してもらおうか。何のつもりで軍を置いているのか、を」
ここからは茶番だ。オルステット男爵の遣いがいるので、こいつを騙すためにもちょっとした茶番を続けなくてはいけない。
★
茶番は特に問題なく終えることができた。
オルステット男爵の遣いは信じてくれているのか分からないが、敵意は無く野盗を退治するために来ただけだ、という言葉だには納得してくれた。
しかし、カグツチ国が予想以上に大きく発展を始めており、なおかつ帝国の軍が駐屯しているということで、向こう側も軍を駐屯させることとなった。
河を挟んでの駐屯となるが、これはオルステット男爵軍が出すことになるようだ。
元々、カグツチ国についてはラジュオール子爵が監視するということになっていたが、子供を人質にとられており、キチンとした報告ができなかった――つまり、国を裏切っていたという状態になっているらしく、信用の面から男爵が出てきたようだ。
別にこの国を報告してもらっても構わなかったのだが、子供を人質にとられていては言葉の裏を無駄に読んでしまったのかもしれない。
さらに問題となるのは、河の向こうとはいえ敵国の軍が駐屯するということで、カグツチ国にも帝国から駐屯軍が派遣されることとなった。
カタン砦があるから良いのでは? と言ったのだが、騎馬騎士本部も首を縦には振らなかった。要請を受けてからカタン砦を出ていては間に合わなくなるからだそうだ。
それに、発展著しい――と、ヴィンセントの報告があったらしい――カグツチ国は、隣国に対して帝国の文化度を見せつける辺境領とすることにしたらしく、そんな辺境領に軍どころか守る人間がいないのは如何な物か、という話になったようだ。
初めは厄介払いというほどアクの強い人間を送りこんでいたというのに、成功の兆しが見え始めたら手のひら返しをする。いや、これはいつも通りか。
さすがに穿ちすぎだと思うが、ラジュオール子爵だけなら問題なく話し合いで解決した今回の話。オルステット男爵に話を流したのが帝国のような気がしてならない。
男爵にしてはユスベル帝国の橋頭堡の話が聞けて、帝国としては危険排除のために、軍を置くことを渋っていたカグツチ国に理由をつけることができる。
★
その後、野盗退治は問題なく終えることができた。
竜騎士候補生達は、何度も屋外での野盗退治はやっているが騎馬騎士と連携をしたことは無かったので、気分新たに軍事行動に望めたようだ。
さすがに、ラジュオール子爵軍が来た時のあの行動の遅さはどうかと思ったが、さすが軍人として訓練を積んでいるだけあって、一度行動になると強いようだ。最近、学校に行っていなかったので知らないというのもあったが、自分自身舐めていたと反省した。
また、騎馬騎士側も竜騎士と連携訓練をすることはあっても候補生と訓練は余りやったことがないようで、概ね好評だった。
特に、訓練になるのは優秀な候補者が主だったようで、今回のようにクラス単位で来ることは初めてなので、そこら辺が候補生という存在を見るのに良かったのかもしれない。
登場人物
フォポール=ロベール竜騎士隊の副隊長。イケメンは裸になる事で真価を発揮するようだ。
ヴィンセント騎馬隊長=カグツチ国周辺の野盗退治を任された騎馬騎士の隊長。
ラジュオール子爵=隣国の子爵。この度、晴れて子供たちが帰って来る事となった。
オルステット男爵=ラジュオール子爵と領地が近い貴族。子爵の子供の身代金の肩代わりをした。