対岸の人
お久しぶりです。
そして、すみません。遅れました。
ほとんどの町や都市は、城やオアシスなどある一拠点を中心に広がって行った物がほとんどだと言える。
しかし、ここカグツチは、大都市を作ろうと言う計画が立てられてから作り始められた町なので、道は広く作られ景観維持から建築物の高さが決められ、火災時の避難ルート整備から消火活動の行いやすさを考えながらの建設が進んでいる。
ただし、その代わりに攻め込まれた時用の、迎撃のし易いクランク路などが作られていなかった。この事に関して、最近来た騎馬騎士など大都市出身の者たちは、戦う事を諦めた町、大きくなり始めている町だが、所詮は戦いを知らない商人が作った町だ、と言うのがここへ来た騎馬騎士達の大半の意見だった。
発展途上の小さなカグツチ国では、この程度の噂もかなりの速度で広まる。それを聞いた俺を始め町づくりに協力している大商会の商人達は、その先見性の無さに大いに笑った。
区画整備された都市は、綺麗に並んだ建物の為に敵側からは攻めやすいが、逆に言えば守る側も守り易いのだ。守りたい場所までの道も決まっており、どこを守れば、どこを壊せば相手が嫌がるか、と言うのも分かり易い。
その中の一つを言えば、建物の壁に取り付けられた飾りの鉄格子だ。
見た目はただの飾りなのだが、ひとたび町を攻め込まれたとなれば、これを取り外し簡単な道を塞ぐための壁とする。また、この鉄格子には返しがたくさんついており、乗り越えようとした兵士の服を引っかけて、その進行を遅くするようになっている。
中には何を目的として作っている町なのか気付いた者も居るだろうが、居た所で少数なので関係ない。それに分かった所で、それはただのコンセプトとして解釈されるので騒がれることも無い。
そんな彼らも建物の中まで探索する事は無かった。自分達は兵士であり客人ではない。例え客人であったとしても、建物の中まで上がり込んで観察することはできない。できるとすれば、国からのお墨付きがある場合だ。
そういった理由で、今俺達が居る様な地下室に気づく者は居なかった。表向きは普通の居酒屋だが、二階からぐるりと周り階段を下りて地下へ入ると、そこはちょっとした秘密の会議室になっている。
壁は元より床も天井もレンガ造りになっており、出入口は鉄扉で塞がれている。万が一、火事になったとしても空気取り用の穴も完備されており、さらに逃げ道もキチンと用意してある手の込みようだ。
まさに、悪人のアジトと言って良い様そうとなっている。
「お客さんは、どうやら諦めた様だな」
居酒屋に置いてあったワインを一口飲み、俺は円卓を囲む皆に向かって言った。
カグツチが建国されてすぐの頃は、この一杯程度のワインも貴重だった。しかし、今は水運も盛んになり、河を遡上する船はひっきりなしとなっている。そのお蔭で酒は比較的――皇都とまでは行かないまでも、ある程度の種類は入るようになっている。
河ではなく海で荷卸しができれば、もっと多くの船、もっと大きな船を持ってくることができるのに、とは常々商人達から言われている言葉だが、国から貸与された土地が今俺達が居る所なので仕方が無い。
もっと国が大きくなれば、海まで町を広げる事ができるので、そうすれば必然的に海が交易の場になるので、商人に頑張ってもらわなければいけない。
「元々、カグツチへは野盗退治と言う名目で来ているので、大手を振って検めをできないと言うのも大きいですね。高潔派なので、何かと理由を付けて調べるかと思っていましたが、存外早い引きでしたね」
騎馬騎士本部所属に所属しているのクラウスは、見回りを理由に騎馬騎士のキャンプを抜け出してきている。
騎馬騎士本部がカグツチ国まで来た理由は、カグツチ国周辺に出ている野盗退治だ。だが、実情は俺が――俺たちが大きな動きをしないように、またはしようとしているのを事前に察知できるようにするためた。
騎馬騎士本部派と高潔派と天駆ける矢派の三大派閥で、地上軍グズグズやないですか……。
かと言って、竜騎士が一枚岩かと言われれば、その様な事は全く無いんだけどね。大きく分けて竜騎士本部派と天駆ける矢派で別れる。
さらに、竜騎士本部では、指揮する竜騎士によっては派閥ができている。もちろん騎馬騎士本部でも指揮する人間による派閥があるのだが、竜騎士本部はそれが顕著だ。最近、俺も派閥の筆頭に立っていたりする。
「二日後からカグツチ周辺の野盗退治、とりわけカタン砦方面が重点的に行われるみたいですね」
動けない俺の代わりに、皇都とカグツチ国を行ったり来たりしていた功労者のフォポールが、クラウスの話に付け加えた。
「カタン砦方面って、使っている人間なんてカタン砦の兵士くらいだろ? あんな所、カタン砦の連中にやらせて、皇都とカグツチ国をつなぐ街道の警備をしてくれよ」
カグツチ国とカタン砦をつなぐ街道も一応はあるのだが、食料などの大型物資は船で河を遡上して行われる。なので、街道を使う商人は少なく、使うのはもっぱら兵士だ。
この使っている兵士も、河を遡上して物資を運んだ船が空荷のまま帰ってくるのだが、そこに休暇のカタン砦の兵が乗ってカグツチ国まで下って来るのだ。
そして、兵士は休暇が終わると共にカタン砦へ戻っていくのだが、乗って来た船はカタン砦へ行く方向へは物資を満載しているので関係者以外は乗る事ができない。
兵士は徒歩でカタン砦まで戻らなくてはいけないのだ。さすがに、兵士を襲う野盗は居ない様で、ほとんどは無事に帰りつくことが出来るのだが、ときおり運が悪い兵士が獣にやられるのだ。
「カタン砦は、隣国へ睨みを効かせるための重要な拠点ですからね。不満が噴出して、皇都から行ってくれる兵士が居なくなると、そのしわ寄せが新米兵士に行きますか。隣国との最前線となる可能性がある砦に居るのが、全て新米兵士では帝国も安心していられないので、その為でしょう」
このカグツチ国も隣国に接している、最前線になりそうな立地だが自前の軍を持っていいと言う許可は未だに下りない。それでも、さすがに戦える人間を一人も置かないと言うのは、万が一の時に戦えないので、退役兵を中心に自警団と言う名目で存在している。しかし、それも老練と言えば聞こえが良いが、若者にある突破力と言う物が大いに欠ける。
さらに、今は騎馬騎士が多く来ているので、その自警団も大きく動けないでいるのだ。
軍隊がカグツチ国に存在していると誤解されたら嫌だしな。
「んで、高潔派としては俺の素行調査の他に何があるんだ?」
「高潔派としては、カグツチ領をカタン砦の兵士の休息場として利用する許可を、責任者であるロベール様に出してもらう事。あとは、カタン砦だけではなくカグツチ領にも帝国軍を置く事ですね」
「休憩場としては、めっちゃ使われているんですけど」
「非公認と公認では、天と地ほどの違いがありますからね。安全な遊び場が戦場の近くにあるのと無いのとでは、士気にも大きくかかわって来るので」
クラウスのいう事が全てであれば、カグツチ国建国前に軍部から言われていた事の焼き増しの様な事を再びやろうとしているみたいだ。あの時は、できてもいない町だから約束はできないと逃れたのだが、今回の件でカグツチが町としてしっかりと発展している事は疑いようがない事実として皇都へ届くだろう。
「帝国軍を置くとかマジ勘弁だわ」
「ですが、隣国と土地を接している以上、いつかの日を考えて対策を取っておかなければ、取り返しのつかない事になりますよ」
「それは分かってんだけどねー。できれば、今は傭兵だけで済ませたいのが実情ですわ」
進言してくれるフォポールには申し訳ないと思いつつ、今の思いを話す。もっと早くに帝国軍を駐屯させていれば、皇都とカグツチ国をつなぐ街道の警備も比較的に楽になるとは思うけど、そうすると俺が自由に動けなくなる。
首輪を付けられた状態では、俺の目的が果たせないのだ。
「その話も重要なのですが、今は騎馬騎士がカグツチへ大量に入って来た事で、隣国を刺激しないかが心配なのですが……」
「それに関しては、イスカンダル商会を通して、ラジュオール子爵には帝国軍が来ることをすでに伝えてある。一応、先方も面子があるから軍隊を派遣するらしいが、予定された行軍だから騎馬騎士の方も竜騎士の方も勝手な行動をとらない様に注意してくれ」
昼過ぎには到着するようになっているが、相手が見えてから手を出さない様に通達しなければいけないので、タイミングが難しい。
早すぎれば疑われるし、遅すぎれば先走った奴らが問題を起こすだろう。そうならない様に、全員足並みをそろえて慌てなければいけない。
「騎馬騎士本部派は数が少ないですが、高潔派の動きを遅くすることくらいはできます。敵軍が来ることが分かっていれば、対処のしようはあります」
「竜騎士の方は、まだ学生なので問題は無いでしょう。ロベール様の命令無しに動く事は無いと思います」
二人から頼もしい言葉を聞くことができた。俺は、ラジュオール子爵軍が来た時に話し合いと言う名目で向こう側に行かないといけないので、統率する人間が居なくなるのだ。
そこだけが心配である。
★
カグツチ国には、すでに俺が住むべき屋敷が支店を建てた大商会達の手によって建築されたのだが、今は他の竜騎士候補生達に合わせてテントで生活している。
さすがに、自分の家があるとはいえ一人だけ綺麗な屋敷で寝起きするというのも体裁が悪いのだ。
今はクラスメイトが昼食の準備をしている。今日は俺の当番ではないらしいので見ているだけなのだが、三年生になっても屋外で昼食を作れない生徒が多いようで、そこら中から叫び声と言うか、悲鳴が聞こえている。
大ガマで料理を作っているので、先ほどから聞こえる「ヤバイ、ヤバイ」と言う声が本当にヤバイのであれば、今日の昼食は酷い物になるかもしれない。
酷い調理現場でも、我がロベール竜騎士隊の面々は涼しい顔だ。
学生の俺を除き他のメンバーは皆、町の中にある食堂で飯を食っているからだ。これは謀反の気アリと見てよろしいのではないのだろうか!?
まぁ、そんなことは置いておいて、昼食まであと少しとなったところでお客さんが来た。それも、大量に、だ。
突如として響き渡った鐘の音は、敵襲を知らせる為の物だった。火事が起きた時の為にと取り付けた半鐘だったが、初めての仕事が敵襲を知らせる物になるとは誰が思っただろうか。
煩い鐘の音にクラスメイトは昼食を作る手を止め、その方向を見た。皆が皆、何だ何だ、と顔を見合わせている中、ロベール竜騎士隊のメンバーは素早く行動を始めた。
俺の部隊には来ることを事前に伝えていたのでこの行動も予定の内だが、向こう――騎馬騎士部隊の方からも怒声に似た命令が飛び交い、すぐに簡易の鎧を着けた騎馬騎士が馬に乗り飛び出していくのが見えた。
全員が統一された鎧を着る騎馬騎士において、この様な簡易の鎧を着けるのは先遣隊だけだ。しっかりとした装備は着けるのに時間がかかるので、飛び出して行ったのは即応隊と言うことになる。
「敵襲だ! 火を消して、装備を整えてからドラゴンに乗れ! 火は、水を掛けて完全に消えたことを確かめてから行動しろ!」
騎馬騎士と違い候補生は動きが遅い。即応できた者も居たが、半数が突然の出来事に呆けているか、飯はどうするのかと戦闘になることよりも食うことを優先しているものも居た。
「とっとと動け! 敵は目の前まで来ているんだぞ!」
余りにものんびりとした動きをするクラスメイトを怒鳴りつけた。来ているお客さんを思えば敵を呼称して、クラスメイトの攻撃性を増したくは無かったが、それ以前の問題で動いてもらわないと始まらないのだ。
呆けたり飯の心配をクラスメイトは、俺が怒鳴ると同時に素早く行動を始めた。これで分かる通り、野盗退治とは言いつつ多くが安全なピクニック気分で来ていたのだ。
騎馬騎士が居るから。正規の竜騎士が居るから、と。
★
お客さんは河の向こう側――隣国側に布陣し、騎馬騎士は数が少ないがそれに臆することなく綺麗に整列している。
「おかしいな……」
お客さん――つまりラジュオール子爵なんだけど、それとは違う部隊の旗が立っている。それに、騎馬兵の数も多いし、なおかつ竜騎士も居た。
前回の戦闘によりラジュオール子爵軍の竜騎士は痛手を負い、まだ数が増えていないはずだった。
ならば交友のある貴族――オルステット男爵家の竜騎士かも知れない。
クラスメイト達がドラゴンの準備をしている中、俺だけ馬で行く訳にもいかないので皆と同じようにドラゴン――ヴィリアできた。
「ストライカー子爵。こういった場合はいつもどうしているんだ?」
高潔派の騎馬騎士の責任者であるヴィンセントは、俺が前線となる河岸に到着するとそう聞いてきた。
「貴族軍が来たのは初めてですね。竜騎士や騎馬騎士が大量に来た為に警戒したのでしょう」
「そうだとは思うが、やけに速い対応だと思ってな。カグツチに間者でも入っていたのではないのか?」
問いただす口調ではなく、ただ単に聞いている感じだ。
「その可能性も捨てきれませんね」
「それに、ここは水深もあり攻めるには不向きだ。もう少し上流に浅瀬があるので、そちらから部隊を回しているのかもしれないな」
「もしそうだとしたら?」
「私の部隊の人間がすぐにでも戻ってくるはずだ」
「なるほど」
さすがに行動が速いな。船を動かすのに、ある程度細かい深度図を持っているが、馬で渡るだけなら目で見るだけで良い。
ヴィンセントが率いる高潔派の騎馬騎士は、ここで野盗狩りに行くまでキャンプをしているだけでなく、ちゃんと周囲の調査もしていたようだ。
彼らの爪の垢を、クラスメイトにも飲ませてやりたい。
「しかし、困ったことになりましたな。我々は野盗を退治しに来ただけだと言うのに、隣国を刺激してしまったようだ。どうするか……」
「そうですね……」
ラジュオール子爵には話が通っているので問題ない――はずだ。問題があるとすれば、オルステット男爵家の兵だろう。
通していた話では俺が使者となって話し合いに行くはずだったが、オルステット男爵の部隊が居る時点でどうなるか分からないので困ってしまう。
ヴィンセント騎馬隊長ではないが、さてどうしたものか、と困ってしまう。
登場人物
ヴィンセント騎馬隊長=高潔派の騎馬騎士。野盗退治に派遣された部隊の隊長。
ラジュオール子爵=隣国の子爵。カタン砦防衛戦の時の敵。今も子供は人質にとられている。
3月25日 誤字脱字・文章のおかしな部分を修正しました。