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釘刺し

 馬であれば足を痛める事を嫌い避けるはずの岩場も、荷物の関係上、浅い所を選ぶはずの渡河も全く気にする事無く、ただひたすらにカグツチ国へ一直線に向かう旅路だった。

 引きこもりドラゴンことゴナーシャと合流してから、空を飛んで移動をするはずだったのに、この様な行軍を考慮していなかった。


 そのせいで、カグツチへ向かう途中で俺の食糧が切れてしまったが、すぐにヴィリアが近くの森から獲物を狩って来てくれたので事なきを得た。ただ、それと同時にゴナーシャが洞窟内で何を食って生きていたのかもわかった。


「はい。美味しそうなところを取って来たわよ」


 と言う言葉と共にゴナーシャから渡されたのは、新鮮な泥だった。

 初めは何かの嫌がらせだろうと思ったのだが、断るとぶつくさ文句を言いながら自ら食べ始めたのだ。聞けば洞窟内での主食は主に土で、ときどき奥の地下河川に遡上してくる魚を獲って食べていたそうだ。


 ヴィリアはお腹が空くと草を食い始めるし、ゴナーシャは腹が減ると土を食い始めるし、巨体ドラゴンは悪食過ぎる。

しかも、ゴナーシャはまだ目が見えないから耳だけで周囲の判断をしているにも関わらず、本当に見えているかの生活しているから恐ろしい。


 そして、ゴナーシャが引きこもっていた洞窟を出発してから、五日ほどかけてカグツチ国にたどり着いた。

 出迎えてくれたのは、町の住人達ではなく我がロベール竜騎士(ドラグーン)隊――でもなく、クラスメイトの竜騎士(ドラグーン)候補生の皆だった。

 アムニット達に道案内をする様に頼んでおいたのだが、俺の予想よりも大分早い到着だったようだ。


「あっ、あの、そのドラゴンは……?」


 遠くから確認していたであろう、白い個体のドラゴン。自分達よりも早く出て行った俺が遅れて、しかもヴィリアクラスのドラゴンを引きつれてきたので驚くのも無理ない。


「途中で拾って来たヴィリアの友達だ。今のところ目が見えていないが、生活には支障はないと思うので特に気にしなくても良い」

「はっ、はい。でしたら」


 とは言うものの、気になって仕方がない様だ。

 だってそうだろう。ヴィリアのサイズも他のドラゴンに比べたら異常な大きさだし、それに比類するゴナーシャも普通の竜騎士(ドラグーン)からしてみれば異様の他ない。


「それで、宿舎の用意は済んでいるか?」

「はい。すでに振り分けも済んでいますが、一部で問題が……」

「問題?」

「はい。このカグツチ領の発足上仕方のない事なのですが、亜人の方達が多いために一部の生徒が嫌がって……」


 あぁ、なるほど。亜人は差別されるからな。一応は亜人の居住区と、竜騎士(ドラグーン)候補生の宿舎は離れて作らせたが、町中に入れば嫌でも目に付く。

 今のところ刃傷沙汰にまでは発展していないらしいが、一部の先走った生徒によって起きる可能性もある。ここに居る亜人は体格は良いが気の弱い奴が多すぎるので、調子にのる生徒も出てしまうかもしれない。


「文句があるなら、帰るように言っておいてくれ。どこにでも飛んで行って仕事をしなけりゃいけない竜騎士(ドラグーン)が、亜人が居たくらいでギャーギャー騒いでいたら仕事にならんだろ。それでも文句があるなら、後から来るフォポールに言っておいてくれ。あいつなら上手くとりなしてくれるだろう」


 まったく、バカバカしい。俺の領地に亜人が大量に来たなんて事は、前から重々承知のはずだ。文句を言う奴が居るだろうから、わざわざ今日の為に町の郊外にテントを設営したっていうのに。


「騎馬隊は来ているか?」

「はい、すでに。そちらは、キヤナさんが指示出しを行っています」


 人間側のリーダーだった、元重歩兵のキヤナが頑張ってくれているようだ。最近は、サウナ屋の管理をしている女性と良い感じになっていると言う噂を耳にしたが、元々奥手な性格なので進展は全く無いとも聞いている。

 人の色恋沙汰に口を出す気ないが、彼の管理している元兵士諸君の多くが神聖隊(ヒエロス・ロコス)と言うゲイの集団なので、このまま行ってしまうと彼女の方に勘違いされる可能性がある。

 自由恋愛と言う名の道を示してもらう為に、テコ入れくらいは考えておいた方が良いかもしれない。


「ならそっちは良いな。それじゃあ、俺はヴィリアとゴナーシャを厩舎に連れて行くから、後は頼んだ」

「えっ、あっ、はい」


 きょろきょろ、と上京したての田舎者みたいに、周囲を見渡しているゴナーシャの挙動が不審過ぎる。いや、目が明いていないから見渡しているって表現はおかしいけどさ。


「さぁ、厩舎に案内するから付いてきてくれ」


 クラスメイトの竜騎士(ドラグーン)候補生達は、俺が連れて来たゴナーシャを遠巻きに見るだけだった。


「ちょっと、何か人が多すぎない?」


 出迎えてくれた人数を見たゴナーシャは、早速人見知りを発揮して俺に聞いてきた。

 ゴナーシャもヴィリアと同じように、話せる事を内緒にしている訳ではないが、かと言って言って回るのも違うと言った理由で俺にだけしか話さない。


「ただの出迎えだよ。厩舎の方は人が少ないからゆっくりできるさ」


 ヴィリアは慣れているので、一人でさっさと先に行ってしまった。

 俺はゴナーシャを引きつれていると言う体で、前を歩いているだけだ。


「ロベール様、お帰りなさーい!」「お帰りなさい!」「また一緒に遊んでくださいっ!」「お話してー」「ボク、ドラゴンの話が聞きたい!」


 見慣れない竜騎士(ドラグーン)候補生達と離れたからか、遠目で観察していたカグツチの子供達が一斉に寄って来た。

 初めて見るドラゴンが居ると言うのに、皆無邪気に近づいてくる。――とは言うものの、ゴナーシャは言葉が理解できるから突然走ってきて大声を出しても問題は無いが、普通のドラゴンだったら絶対にやってはいけない行為だ。


「よーし、よし。分かった、分かった。でもな、ドラゴンが近くに居る時は、大声を出すとドラゴンが吃驚して暴れるかも知れないから、こういった時は静かに喋らないといけないぞ?」


「「「はーい!」」」


 理解していない元気の良い返事が響いた。当の暴れる可能性のあるドラゴン役をさせられたゴナーシャは、暴れるどころかビクビクして情けなかった。



「ロベール様、お帰りになられたのですね」

「おぉ、ただいま。予定よりだいぶ時間を食った」

「お疲れ様です」


 ヴィリア達を厩舎に預け、自分の家へ戻ろうとしている所で声をかけたのは、騎馬隊へ指示だしをしていると言っていたキヤナだった。

 カグツチ国で一年も過ごしていると、来た当初は兵士然とした厳しい顔をしていたキヤナの顔も、だいぶ落ち着き険のとれた顔になっていた。


「帰ってきてすぐで申し訳ないのですが、カグツチ領での騎馬隊の行動はどの程度まで許可しているのか聞きたいのですが」

「問題を起こさない限り特に制限はない。だが、兵器工場には絶対に近づかせるな。無理にでも入ろうとしたら、俺の名前を出して剣を抜いても構わない」


 兵器工場とは、俺が量産を進めているクロスボウの製造工場の事だ。騎士は、戦争で弓を使うだけでも卑怯者と叫ぶくらいのアレルギー持ちなので、クロスボウなんて作っている事が分かったらそれだけで何を言ってくるか分かったもんじゃない。

 それに、兵器工場には水力木旋盤があるのだ。これだけでも、隠す理由としては大きい。


「だっ、大丈夫なのですか?」

「問題ない。相手は客ではなく、野盗を討伐に来た一介の兵士に過ぎん。そんなのが町のアレコレを探ろうなんて、間者(スパイ)とみられてもおかしくは無いぞ」

「確かにそうですが、騎馬騎士を引きつれていたのは高潔派ですので、皇帝陛下の名前を出されたらさすがに見せない訳には……」

「さすがにそこまでしないとは思うが……」


 さすがにそこまで無茶な事はしないと思うけど、それをやる可能性があるのがユスベル帝国の軍部だ。安心して町へ引き入れたら、何を仕出かすか分かったもんじゃない。


「まぁ、良い。先に釘を刺しておく意味でも俺が直接行く」

「はい。よろしくお願いします」


 キヤナを引きつれて、騎馬隊が居る宿営地へ向かった。騎馬隊だけではなく、それを支援する人間も居るので総勢で言えば結構な人数になる。

 彼らはカグツチ国の北側に位置する場所に宿営地にしてもらっているのだが、ちょっと失敗したかもしれない。


 南の方に亜人の住む町を作っているので、そこから離すためと言う意味もあったのだが、今のところ竜騎士(ドラグーン)候補生の方が文句を言っているので、逆にした方が良かったかと思ってしまう。


「おーおー、さすが戦争の花形たる騎馬騎士だな。綺麗にテントを設営してぇ……」


 遠くから見えている騎馬隊の宿営地に設営されたテントは綺麗に並んでおり、彼らの訓練度の高さと言うのを見せられてしまった。

 場所だけ決められ、好き勝手にテントを張っている竜騎士(ドラグーン)候補生とはえらい違いだ。


「失礼。ここから先は危険なので、関係者以外の立ち入りは遠慮してください」


 宿営地の中央、ユスベル帝国騎馬騎士本部の旗がなびく、一番大きな天幕に向かおうとしたら警備をしていた騎馬騎士に止められてしまった。


「このカグツチを管理しているロベールだ。騎馬騎士本部から派遣された、野盗討伐隊の責任者と面会したい」

「ハッ! これは失礼いたしました!」


 この国では珍しい黒髪と顔なので、結構有名になっていると思っていたが、実際そうでも無いかも知れない。

 特に騎馬騎士本部の方では、名前を知っていても俺の顔までは知らないと言う人も多そうだ。

 これは、今後一波乱あるかもしれない。


 こちらへどうぞ、と案内してくれる騎馬騎士に付いて行き、騎馬騎士本部の旗がなびく天幕まで案内される。

 天幕へ案内されるまで、騎馬隊の面々の生活を見ていたが、皆よく訓練されているようで、到着して間もないと言うのにここが我が家だと言わんばかりに馬の世話をしたり武具の確認をしている。


竜騎士(ドラグーン)育成学校より、ストライカー子爵が到着しましたので案内してまいりました!」


 天幕の前で騎馬騎士が声を上げると、中から「どうぞ」と静かに入室許可が下りた。

 その返答を確認すると、騎馬騎士は天幕の入り口にある布を捲りあげ「さぁどうぞ」と入るように言ってきた。思えば初めて入る天幕にドキドキしたが、中は至ってシンプルなモンゴルの移動式住居のゲルの様な形になっていたので拍子抜けだった。

 もっとこう、何ていうか凄い感じになっている気がした。


「わざわざ来ていただき、ありがとうございます。本来であれば、こちらから御挨拶に向かう所ですが、ストライカー子爵はまだ到着していないとの事でしたので」


 天幕の事務机に座って地図を広げていたのは、高潔派の騎馬騎士であるヴィンセント騎馬隊長だ。彼とは、皇都で何度も顔を合わせているので今更自己紹介をしなくても良い。

 そして、広げている地図と言うのはイスカンダル商会で作られた物ではない、古式ゆかしいRPGや宝の地図と言った類のあやふやな地図だった。


 たぶん、あれでも軍事機密クラスの地図なんだろうけど、技術だけ教えてイスカンダル商会に書かせている地図を知っている分、本当に子どもの落書きか何かに見えてしまう。


「それは失礼いたしました。予定が立て込んでおりまして、こちらへ着くのが予定よりも大幅に遅れてしまいました。しかし、ヴィンセント騎馬隊長が指揮しているからか、騎馬隊の皆様は予定よりもだいぶ早かったようですね」

「そうですね。皆、帝国に仇名す野盗討伐に行き勇んでいるのですよ。それに、今一番皇帝陛下に貢献されている、竜騎士(ドラグーン)のストライカー子爵と共に戦える事ができるとあり、そこも彼らのやる気が出る一因なのでしょう」


 うん、良く回る舌だこと。人に対する評価が、皇帝陛下にどれだけ貢献しているか、と言うのも高潔派らしい言葉だ。


「なるほど、頼もしいですね。私も、かくありたいものです。何か困ったことがありましたら、遠慮なく言ってください。私でできる範囲の事でしたら、なるべくその要望を叶えたいので」

「ありがとうございます。では、早速で申し訳ないのですが、うちの部隊の者にもサウナを使わせていただきたいのですが」

「サウナですか。何とか手配しておきましょう」


 サウナとは、カグツチ名物の一つにしたい施設だ。元は住民の皮膚に対する健康の為と言っているが、仕事が終わり日銭を稼いだ後にサウナへ行き疲れを取り、後は飲みに行く事で宵越しの金を持たせないようにするシステムの内の一つだ。

 お金の流出を防ぐことも目的としているのだが、これが素晴らしい力を発揮している。みんな、それまでは数日体を洗わない――拭かないなんて良くある話だったのに、安くは入れるサウナに行くようになり、数日も体を洗わないのはおかしいと言う意識を芽生えさせるのに成功したのだ。

 やっぱり、風呂は心も体も健康にしてくれるよね。


 ただ、手配すると言っても住民分のサウナしか作っていないので、どこかを貸し切らなければいけない。竜騎士(ドラグーン)候補生達も入りたいと言うだろうから、最低でも二つのサウナを貸し切らないといけないだろう。


「それと、兵士も休息が必要なので町を歩く許可を頂きたいのですが」

「分かりました。ですが、それにはいくつか条件があります」

「条件?」


 準統治領とはいえ兵士が領内をうろつく事に制限を付けるのは当たり前だろうに、そこを分かっているだろうにヴィンセントは片眉を上げた。


「はい。まず、南の方へ行かないこと。これは、南部には亜人が住む町が在るからです。ここへ兵士が来ては、互いに嫌な気持ちになりますからね。そして、商会街には近づかない。こちらは、商人の為の街――金融街となっているので兵士が入る必要はありません。それに、ここは特殊なルールで成り立っているので、例えユスベル帝国の騎士であっても無暗に入る事はできません」


 亜人については思う所もあったからか、特に何も言わなかった。だが、商会街には特殊なルールがあり兵士は入る事ができない、と言う領主すら跳ね返す様な話にヴィンセントは訝しげに睨んできた。


「それは、犯罪の温床になっていても関わらない、と言う事か? その様な無法がまかり通る訳が……」

「その為の特殊なルールです。言ってしまえば、この商会街のルールは他の領地に比べて凄まじく厳しくなっています。これに関しては、商会同士での話になるのでここでは関係の無い話となるので特にいう事はありませんが」


 とは言うものの、特殊なルールはそれほどない。このカグツチ国自体が、マフェスト商会との約束にあるように、商人が国や貴族と言った権力者に邪魔されず、自由に商売ができる国を目指すと言う事が念頭にある。


 だから、犯罪を犯さない限りは自由に何をしてもかまわないと言う事になっている。ただし、問題を起こした場合は外で商売をしている時よりも何倍も重い罰が待っている。

 それこそ、捕まり牢屋行きで済む罪であったとしても、この国では見せしめの意味も込めて死刑を執る事もある。ただし、これは商会同士で話し合って決めた事なので、俺は決定稿を読んだだけだ。

 一応、どこかが一強で儲けられるような内容ではなかったから許可をした。


「他に何かありますでしょうか?」


 発展著しいカグツチに付いて色々調べたいと思っているのだろうが、内部のおかしさについては他の領地の一歩や二歩前へ進んでいると自負している。それが良いことなのか悪い事なのかは置いておいて。


「無いようなので、私はこれで失礼いたします。まだやる事が山積みなので……」


 そう言い残し、悩むヴィンセントを置いて天幕から出た。

 外で待機していたキヤナを引きつれて騎馬騎士の宿営地を後にした。


赤ペン先生から返ってきた物がすごいことになっているので、来週はちょっとあげられないかもしれません。


登場人物&用語


アムニット=マフェスト商会の所会長の娘。ロベールのそば仕えみたいな事をやっていたからか、それとも押し付けられたのか、竜騎士テント村を仕切っている。

キヤナ=カグツチ国へ移り住んだ退役した帝国兵士のリーダー。元重歩兵。

ヴィンセント騎馬隊長=カタン地方の野盗討伐を任された騎馬騎士の隊長。


カグツチ金融街=絶対に問題が起こる未来しか見えない。


3月6日 誤字修正しました。

3月8日 誤字脱字・文章を修正しました。

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