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引きこもりドラゴン

大変、お待たせしました!

これからは前と同じようなペースで更新していきたいとおもいます。

あと、活動記事も更新しました。

 普段、カグツチ国へ向かう航路より北へ外れた山――と言うか、その森の中、周囲に木々が立ち込める場所は離陸が困難になるために嫌うヴィリアだったが、今回は違った。

 ヴィリアが友と呼ぶドラゴンを連れ出しにきたので、この森にはどうしても入らないといけないらしい。

 しかし――。


「ここって、大鹿(ゴナーシャ)の皆が居る山だよな?」


 ここは、ミーシャの出身部族が居をかまえる山の麓に当たる場所だった。

 ミーシャは皇都へ出て来る時に家族と大喧嘩をしたらしく、その時、俺を出汁に使ったらしい。お蔭で、今会おうもんなら、大切な娘を誑かしたクソ野郎として必殺の拳を受けることだろう。

 いや、一応は御免なさい的なお土産をちょいちょい送っているんだけど、向こうから何のアクションも無いのが困る。


 輸送をお願いしているイスカンダル商会の商人が言うには、相手方の態度に何ら問題は無く、ミーシャの事だけではなく俺の事も良く聞いてくるらしい。怒っていないとの見解が強いが、大鹿(ゴナーシャ)の皆が皆、ミーシャの様に態度を前面に出してくれるのであれば信用できる話なのだが……。


「ロベール、お前はここで待て」

「おうっ」


 ヴィリアに降ろされた場所は岩場と土が混ざり合う土地で、一見するとピクニックなどに丁度良いように見えるが、何かがおかしかった。

 何がおかしいのか良くわからないが、色々と不自然だった。


「何か……何だ……?」


 そう、獣の声が聞こえないのだ。生体反応が無いと言っても過言ではない。

 ヴィリアが森に入れば獣が警戒して静かになる事は良くある話だが、それでもこの静けさは異常である。

 森の奥へ分け入って行くヴィリアを見送って数分経っても、獣たちが動く様子は無かった。


「何だか気味の悪い森だな……」


一人で森を彷徨うのは自殺行為だ。ここで留まるように言われたとはいえ、本当は余り一人では居たくないのだが、ヴィリアが待てと言うからにはそれなりに安心なのだろうと分かる。

 ――分かっていても、周りの色々が気になってしまうのが人間と言う物だ。


「ふむ……。まぁ、周りを調べるか」


 調べると言っても、気になるのは山肌から真横に突き出した木だ。長さは1メートルくらいで、中が空洞になっている。

 それだけ見れば倒木か何かだと思うのだが、土砂崩れが起きた様子も無いのにこの様に真横に突き刺さっているのはおかしかった。

 木の洞を覗いてみるが、その木は意外と長いようで奥が暗く見えなかった。それでも、奥の方は貫通しているようで、微かではあるが空気の流れが感じられた。


大鹿(ゴナーシャ)の保存庫か何かかな?」


 この近くの部族と言えば、先ほども言ったミーシャの出身部族の大鹿(ゴナーシャ)だ。

 この森で人工物を作ると言えば、彼等だろう。

 そんな事を考えながら、何となく木を叩いてみるとぼうんぼうん、と言う大太鼓に似た音が響いた。


「うん、良い音だ」


 別段良い音でも何でもないが、思っていた以上に響いたので言ってみた。


「――何?」

「ッ!?」


 すぐ近くから女性の声が聞こえたので、慌てて周囲を見渡すがその発生源たる女性の姿は見当たらなかった。

 見当たらなかったのだが、今の声は確実に女性の――人の声だった。


「誰か居るのか?」


 見渡す限り誰も居ない。木の後ろに隠れているのかも知れないが、その木も俺から数メートルと離れており、声をかけたとしても直ぐ近くから――と言う風にはならない。


「――そっちが誰よ?」


 再び心臓が跳ね上がった。近い――近いのに遠いその声は確かに女性の物だ。敵意を感じられない所から今すぐどうにかなる事は無いが、どこから聞こえているのか分からない以上、気を抜かない方が良い。


「お、俺の名前はロベール。それで、あんたはどこに居るんだ? できれば、顔を見ながら話したいんだけど」

「いやよ、気色悪い……」

「気色!?」


 初めて会っても居ない、顔も見ていない相手に気色悪いと言われてしまった。しかも、軽い「いやで~す」と言った感じではなく、心の底から嫌悪している声だった。


「じゃぁ、どこに居るかだけ教えてくれ。でないと、俺が安心できない」

「い・やっ!」


 取り付く島も無いとはこの事か。しかし、相手は結構幼いのか、言動の一つ一つが短慮な子供の様な感じがする。

 でも、断られたとはいえ、相手はこちらの位置が分かっており、こちらは相手の位置が分かっていないのはアンフェアだ。何とかして相手の位置を割り出さないと――と思っていたら、結構簡単に相手の素性が分かった。


「それより、そこにヴィリアは居ないの?」

「ヴィリア……」


 突然、我が愛竜のヴィリアの名前を出されて呆けてしまった。


「貴方、ロベールって言ったわよね? ヴィリアのペットの」

「ペット……?」


 何やら語弊のある言い方ではあるが、見方によってはそう見えるかもしれない。ただし、ヴィリアはそんな風には俺の事を見ていないはずだ。きっと……。


「もしかして、あんたはヴィリアの友達の引きこもり?」

「はぁ!? 私のどこが引きこもりなのよ!?」


 今まで落ち着いた物言いが、俺の言い方がまずかったのか結構お怒りモードでの返答だった。

 しかし、そのお蔭で相手がどこに居るのか分かった。


「ってか、ここに居るんだ!?」


 木の洞を覗くと、姿は見えないが向こうから生き物の動く音が聞こえる。先ほどまで何も感じなかったが、今は居るのが良くわかる。


「うるさいわね。こっちは良く響くんだから、余り大きな声は出さないでちょうだい」

「ははぁ、なるほど。確かに引きこもりだわ」

「っ!!」


 木の洞を覗きながら相手と――ヴィリアの引きこもりの友達とやらと話していると、向こうから息を飲む音が聞こえると同時に木が凄い勢いで飛び出してきた。


「どぅおっ!?」


 木に押し出されバランスを失い、山肌を転げ落ちてしまった。ところどころ岩が顔を出しているので、ちょっと間違えればとんでもない事になる。


()うー……。おいっ! 危ないだろッ!」


 ズルズルと飛び出した分の木を引き込んでいく様は、地中に潜む怪物を彷彿とさせた。

 肩を怒らせながら木まで歩くと、反応のない引きこもりに怒りがわき木をぶん殴った。

 今まで以上に大きな音が鳴ったが、中からの反応はいまいちだった。


「本当に人間ってうるさいわね。早くヴィリアを呼んでちょうだい」


 しかも、この上から目線である。ヴィリアの様な落ち着いた性格ではなく、まだ年若い感じから世間を知らないお嬢様ドラゴンなのかもしれない。


「そこから出て、直接呼べばいいだろ?」

「貴方、馬鹿なの? この状態で、出られるはずがないじゃない」


 向こうからも木を叩いているのか、大太鼓の様な音が森に響いている。何をくって生きているのか分からないが、ずいぶんと元気な物だ。


「分かった、分かった。じゃぁ、ちょっとこの木に鼻を近づけてくれ」

「鼻?」


 生意気なドラゴンだが存外素直なようで、奥から洞に鼻をはめるボスンと言う音が聞こえた。


「んじゃぁ、始めるぞ」


 反対側には、俺の(ケツ)をさす。そして、始めるはすかしっ屁である。

 人の事をペット呼ばわりした罰を受けるが良い。


「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」


 空気を思い切り吸っていたのか、洞の向こう側から酷くむせる音が聞こえた。

 予想以上の出来事に噴き出しつつも、再び洞に押し出されない様に木から距離を取ると、木が凄まじい勢いで射出(・・)された。


「ちょっと! あんた、ふざけてるの!?」

「あははははっ! どうかね、特性の催涙スプレーの臭いは!」


 射出された木は脆かったようで、落下すると共に粉々に砕けてしまった。その木の落下地点から目を上げる途中で、口に大きな熊をくわえたヴィリアが立っていた。


「すっかり仲良くなったようだな。ロベールとゴナーシャは直ぐに仲良くなるだろうと思っていたが、私の見立て通りだったな」


 ペッ、と熊を吐く様に投げると、地面に落ちた熊は折れた足も構わずに這いずるように逃げようとするが、それを見逃さなかったヴィリアに踏まれて動きを封じられてしまった。


「ヴィリア! そこの人間を捕まえておきなさい! 私がかみ殺してやるわっ!」


 怒気とまでは行かないが、かなりの怒りを感じさせる声に、ヴィリアに「何をしたんだ」と言う視線を向けられてしまった。それと同時に、仕方が無いなと言う雰囲気も感じられた。

 それよりも、ヴィリアの引きこもりの友達とはドラゴンとばかり思っていたが、ゴナーシャと言うのはミーシャの部族が祭っている神様の大鹿の名前だったはずだ。


「落ち着け、ゴナーシャ。ロベールは、私の大事な相棒(パートナー)だ。そのように簡単に殺されてしまっては困る」

「だって! だって、こいつ、私におならの臭いを嗅がせたのよっ!!」


 今度こそヴィリアの視線が「何やってんだコイツ?」的な視線へと変わった。完全に飽きられてしまったようだ。

 それに、ゴナーシャの声も後半になるにつれて涙声になってしまったのも問題だ。まさかこんな人の女性の様な反応をするとは思っていなかったので、完全に俺が悪者になってしまっている。


「分かった。ロベールは後で叱っておくから、とりあえず泣き止むんだ」


 しくしく、と泣いているゴナーシャを慰めながら、視線だけで俺をしかりつけるヴィリア。

 何という事でしょう。ヴィリアが、幼い子供を叱るようなお姉さんの様になっている。


「ところで、ヴィリアの友達って鹿なの?」

「鹿……? 鹿なら食ったが?」


 今度こそ、何を言っているんだこいつは、と言った表情をしたヴィリアだったが、俺の言っている事に思い出したと言わんばかりに言った。

 そして、鹿を食ったと言って次に起こした行動は、口の中で挟まっていた鹿の角を吐き出す行為だった。


 短く折れてしまっているがその太さは相当な物で、元の角の大きさと言う物が容易に想像できた。しかも、この角が付いていた鹿の大きさと言うのも同じく簡単に想像ができる。


「まさかまさかの、大鹿(ゴナーシャ)を食っちまったのか!?」

「ゴナーシャはここに居るだろう? 何を言っているんだ?」

「ミーシャの部族の神様の事だよ。もし食べた事がバレたら、俺が殺される」

「その前に、そいつらを皆殺しにすればいい。それに、鹿はまだたくさん居るんだから」

「……ん? このサイズの鹿ってたくさん居んの?」

「少なくとも、食った物の他にも数頭は同じ大きさが居た。もっと大きな物も居た」


 その言葉に、胸をなでおろした。ヴィリアの口から出てきた角が余りにも大きいもんだから、もしかしたら大鹿(ゴナーシャ)の皆が崇めている鹿を食べてしまったのかと思った。

 しかも、ヴィリアの友達もゴナーシャと言う名前なので、良くわからなくなってしまっている。


「とりあえず、ゴナーシャを外に出そう」


 押さえつけられていた熊はすでに絶命しており、ヴィリアはその熊を端に投げるとさっきまで木が刺さっていた山肌に手を掛けた。


「ちょっと、何する気!?」

「頼みたいことがある。やって欲しい事もある。だから、外に出てもらう」

「嫌よ! 何で恐ろしい外なんかに出ないといけないのよ!」

「たまには外に出た方が良い。ここに引きこもってからどれだけになる? 食べ物も満足には得られないだろう」

「外に出るくらいなら、私は飢える事を選ぶわっ! だから、掘り出さないでちょうだい!」


 外に出るくらいなら飢える事を選ぶ、なんて今どきの引きこもりにも見習ってほしいな。

 こんな所じゃ壁ドンやったところで誰もご飯を運んでくれないだろうし、この山肌の向こうがどうなっているのか分からないけど、今の話し方ではそう食料が確保できるような状況じゃないんだろう。


「分かった、分かった。飢える事を選んでも良いから、久しぶりに顔を見せてほしいんだ。あと、頼みたい事もある」

「それ、顔が見たいんじゃなくて仕事をさせたいだけじゃない。嫌よ、私を出したら貴女のペットのロベールを殺すわ!」

「ロベールは相棒(パートナー)だ。ペットじゃない」

「人間は(みな)汚らわしい生き物よ! あれだけ酷い事をされて、まだ懲りないの!?」


 ゴナーシャに言われ、山肌を削るヴィリアの手がピタリと止まった。しかし、それも一瞬の事で、すぐに掘り起こし作業が再開された。

 酷い事、とは何か分からないが、ゴナーシャのあの嫌がりようなら命を狙われるくらいの事が在ったのかもしれない。


「もう昔の事だ。今はそんな事は無い。それに、ロベールは聡い人間だ」

「いつか、そいつも裏切――うっわ、眩しッ!?」


 掘削が完了し向こうとつながったのか、ゴナーシャがどこぞの大佐の様に眩しい眩しいと叫んでいる。だがヴィリアは気にした様子も無く、さらに掘削を進めて出入りできる位に大きな洞窟を掘っている。


「眩しいから早く埋めなさいよ! それ以上掘ったら、ロベールを食い殺すわ!」

「今は食いでが悪いから、もう少し成長してからにした方が良い。さっ、もう出るしかないぞ」


 俺の知らぬところで、俺を食べる算段が進んでいるような気がするが、ものの数分でヴィリアも出入りできそうなくらい大きな穴が掘れた。

 岩が所々に出てはいるが基本は土だったからか、ヴィリアの掘削を止める様な要素は無かったようだ。

 そして、ヴィリアが上半身だけ穴の中に突っ込むと、洞窟からヴィリアと似たサイズのドラゴンを引っ張り出してきた。


 そのドラゴンは、白色――いや、白銀に輝いており、ヴィリアはゴツゴツとした岩の様な皮膚をしているのに対して、ゴナーシャと呼ばれているドラゴンは鱗を持つドラゴンだった。

 この様な洞窟に引きこもっていたからか、全体的には細身のシルエットをしており、強さとは無縁の――言ってしまえば、今まで会話していたような女性っぽい印象を強く受けた。


「あぁー! 目が痛いぃー!」


 無残にも引きずり出された引きこもり(ゴナーシャ)は、日の光にのた打ち回るアスファルトのミミズの如くだった。

 ヴィリアの友達と言っていたから、ヴィリアの様な感じのドラゴンだと思っていたけど、とんだ勘違いだったようだ。


「ほらロベール。鹿じゃないだろ?」

「おっ、おう。名前が一緒だから、鹿かと思ったわ」


 多分、過去にミーシャの部族と交流があって、そこからドラゴンのゴナーシャと神の使いの大鹿(ゴナーシャ)が混ざったか発生したのだろう。

 しかし、何と言うか情けない。ヴィリアがビシッとしているから余計なのかも知れないが、目の前のゴナーシャはダメな感じがしてしょうがない。

 散々転げまわったら日の光にも慣れたのか、ゴナーシャは目を閉じた状態ではあるが静かに立ちあがった。


「目は慣れたか?」

「慣れる訳ないじゃない。ずっと暗い洞穴に居たのに、急に外に出されてすぐに見えるようになる訳ないでしょ?」


 外に出るまであれほど情けなく嫌がっていたのに、いざ外に出るとヴィリアと同じような雰囲気を放ちながら立ち上がった。ドラゴンと言う生き物は、本番には強いのかも知れない。

 目を閉じた状態で鼻だけで周囲を探るゴナーシャは、ヴィリアが用意した熊に目を――鼻をつけた。


「あれ、食べて良いの?」

「あぁ。だが、用意しておいて何だが出てきてすぐに食べても大丈夫か?」


 ヴィリアの心配をよそに、ゴナーシャは目を閉じている状態にも関わらず用意された熊を抓むとそのまま食べはじめた。


「平気よ。洞窟の中でも食べていたわ」

「そうか。なら良いんだ」


 人であるならば、酷い空腹――飢餓に陥っている人間であれば固形物を食べたらどうなるか想像に難くない。しかし、ドラゴンとは存外に頑丈なのか、そのことをヴィリアに言っても「心配いらんだろう」と返されるだけだった。

 収縮した胃に物を詰める事が危険なのを知らないのか、それらを無視してもドラゴンの胃が頑丈なのか分からないが、ヴィリアの事だからこんな事くらいは知っているのかもしれない。


 ならば、と俺はゴナーシャの居た洞窟の中に入った。ただの興味本位である。

 中は出入口よりも大きく、意外と快適そうだ。それに、壁は土壁ではなく、石膏の様な固い何かで覆われており、水の染み痕も見つからない。

 灯りが日の光以外無いので奥まで行けないが、遠くから水の流れる音が聞こえる。地下水脈があるのだろう。


 水源はそこから確保し、もしかしたらその川はすぐ外とつながっており、魚が獲れるのかも知れない。そう考えれば食料の確保も、容易とは言わないが獲ることもできたのだろう。


「ロベール。危ないから、あまり奥へは行くなよ」

「あぁ、分かった」


 洞窟内の唯一の光源である日の光を塞がない様に、出入口から顔だけを覗かせているヴィリアに言われて外へ出た。

 外へ出ると、ゴナーシャはすでに熊を食い終わったようで、手に付いた血を舐めとっているところだった。


「それで……、これから私をどこに連れて行こうと言うの?」


 嫌々だと言う感じを隠すことも無く、それどころかこちらを非難する様な声色でゴナーシャは聞いた。

 あれだけ嫌がっていた外の世界だと言うのに切り替え早すぎだろ。


「カグツチ――だったか? 新しくできた()があるんだ。そこで、このロベールは王様をやっている」

「いや、王様じゃないけどな」


 今は領主だ。それに、将来も王様なんて職に就くつもりは無い。

 確かに、この世界で民主主義を唱えて国民の中から国主を選ぶのは難しいだろう。だが、難しくもそうやって行きたいとは思っている。


「ふぅ~ん」


 ゴナーシャは、目を閉じていると言うのに全てを見透かしているかのように俺を見ている。

 そして、何かを思い至ったかのように鼻を鳴らすと元の姿勢に戻った。


「貴方は英雄ではないわね。ただの人よ」

「何だそれ?」


 突然出た英雄と言う言葉に面食らってしまった。


「あら、怒った?」

「いや……。そもそも、自分を英雄だなんて思った事は一度も無いが?」

「なら良いわ。私が知る限り、英雄なんて存在しなかった。英雄として祭り上げられる人間は見て来たけど、そのどれもが英雄とは程遠い存在だった」

「何が言いたいんだ?」


 禅問答とも違う謎の意味深な問いかけの答えに苦心していると、ゴナーシャは笑った。


「貴方みたいな人間は早死にするって事よ。死にたくなかったら人になりなさい。今まで英雄たらんとした人間はすぐに死んでいったわ」


 なるほど、自らの力量を見極めろって事か。

 今まで俺の様に国を興そうとした人間は数多く居ただろうし、それによって死んだ人間も星の数ほどいただろう。

 ゴナーシャは国を作るなんて夢を見ずに、身の丈にあった生き方をしろと言っているんだろう。――ってか、こんな事を言うなんて、このドラゴンってマジで幾つなんだ?


「気を悪くするな。彼女は寂しがり屋だから、どんな手を使ってでも興味を引きたいだけなんだ」


 ゴナーシャの言わんとしている事を理解しようと悩んでいると、気を悪くしたと勘違いしたヴィリアがフォローに入ってきた。

 別に怒っては居ないと軽く返事をした。


「できればよく話しかけてくれ。彼女はお喋りだから、素っ気ない態度を取っていても内心はロベールと話したくてしょうがないんだ」


 なにそのツンデレ。でも、俺とヴィリアの話し声が聞こえていたのか、ゴナーシャは若干迷惑そうな視線でこちらを見ていた。

 どう見ても寂しがり屋で話しかけて欲しいような雰囲気ではないような気がする。


「まっ、まぁ、積もる話は後にして、今はカグツチに行くとしよう」


 ヴィリアが差し出してくれた手を足場にして鞍に飛び乗ると、ゴナーシャからぶぅと言った不満を表す様な小さな鳴き声が聞こえた。

 それに伴い、ヴィリアも責めるように体を震わせた。何だよ、ならもう少し分かり易い態度を取ってくれよ。


「それで、ゴナーシャは飛べるのか?」


 それが問題だ。洞窟に引きこもり、今は目が見えないでいる。


「馬鹿言わないで。私はドラゴンよ? 人間(サル)が歩けるんだから、飛べるに決まっているじゃない」


 そう言い翼を広げるゴナーシャだが、その途中で疲れてストレッチをした時の背骨の様なバキバキ音が鳴った。確実に使わなさ過ぎて凝り固まった状態である。

 そしてゴナーシャは翼を力強く羽ばたかせるが、どう見てもヴィリアの羽ばたきと違って遅い。いや、遅いと言うか力弱い感じがする。

 数分羽ばたいているが一向に飛ぶ様子は無く、次第に羽ばたく力が良くなり最後には止まってしまった。


「…………歩いて行くか」


 俺の言葉に、ヴィリアは何も返答する事無く歩き出した。


「何か言いなさいよ……」


 洞窟から無理やり出されそうになっていた時と同じように涙声になっているゴナーシャは、歩き出した俺達の背中に小さく呟いた。


「ただの運動不足だから、飯をたくさん食ってちょっと運動すればすぐに元に戻るさ」

「そうだ。ロベールの言う通り、カグツチに行けば食い物がたくさんある。足りなければ、他のドラゴンに狩ってこさせればいい」


 心配していると言うのに、その心配が彼女の中ではおざなりだったからか、ゴナーシャはヴィリアに頭突きをかました。

 トラック同士の衝突の様な音の割にゴナーシャの力が弱かったからか、ヴィリアの体は微塵も揺らぐことはなかった。

 その代わり、ゴナーシャは数ラウンド戦ったボクサーの様にフラフラしている。


「ここから歩くとなるとかなりの距離があるから、少しだけ急いで歩こう」


 ダメージのダの字すら受けていないヴィリアが指示を出すと、ゴナーシャは静かについてきた。

 このドラゴンは、本当に大丈夫なのだろうか?


登場人物&用語


ゴナーシャ=入り口がふさがれた洞窟に引きこもっていたドラゴン。

      鱗状の皮膚をもち、白銀色に輝いている。ヴィリア曰く寂しがり屋のおしゃべり大好きドラゴン。


大鹿(ゴナーシャ)=ミーシャの出身部族が崇めている神様。ドラゴンと同じ名前。


2月28日 脱字修正&口調を変更しました。

3月2日 誤字脱字修正しました。

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