波乱
短くて申し訳ないです。
初めはロベール竜騎士隊の皆や竜騎士候補生と共にカグツチ国へ行くはずだったが、ヴィリアから友達を紹介してくれると言うので急きょ予定を変更しての出立となった。
今回、竜騎士候補生達を連れて行くつもりだったため俺が大将役となっているが、ヴィリアの友達を迎えに行くに当たり俺が道案内をできなくなってしまったので代理を立てる事にしたのだが、そこでも問題が発生した。
今回の遠征はクラスの課外授業も担っている。なので、クラスのほぼ全てが出席するのだが、まとめ役の俺の下に付く小隊長クラスの人間を選出する所でつまずいている。
いや、小隊長クラスは決まっていたのだが、大将の俺が居なくなったことで総括を誰にするのかと言うのが問題になっているらしい。
俺としては、カグツチ国に行けば俺の下に入る事になるのでどうでも良いのだが、クラスメイト――とりわけ自尊心の強い貴族の連中は部隊指揮をしたと言う箔が欲しいのだ。
学生の課外授業で班長をやったからと言って就職に有利になるかどうか、と言われればまず関係ない事だろう。やる気はあるのだろう、と見てもらえるのは確かだが、それがどれほど有利になるのかと言われれば、正直どうだろうと首を傾げざるを得ない。
しかし、ここは学校は学校でも竜騎士育成学校の、だ。そんな所で代理の、しかも学生の大将であってもそれだけで帝国の竜騎士隊へ入る時には箔として機能する。
なぜかと言われると、その貴族の渡した心づけを受け取った隊長連中が理由として使いやすいからだ。
無名で何の功績の無い学生の親からたくさんの心づけを貰っても、何を理由に自分の部隊に引っ張ってくればいいのか、と言う事になる。その点、こういった分かり易い功績があれば、それを理由に部隊へ引き込むことができる。
貴族の子供は名のある部隊に入りさらに箔を付ける事ができ、部隊長たちはさらに親から心づけを貰えると言う寸法だ。
今回の件に関しても、我がロベール竜騎士隊の数人がすでに心づけの話が来ていると言う。元々、俺自身が貴族からのお土産と言った類の物を受け付けていなかったので、皆もそれに添うように心づけを受け取らなかったようだ。
その心づけの理由としては、戦闘区域には行くが安全な所で見学させる程度に留めて欲しい、もしくは世話をしてほしいと言う暗なお願いと言う意味でもある。
最近の野盗は質が落ちており、こちらが下手をこかない限り安全だが、親としては何があるか分からない戦場で少しでも安心できる要素が欲しいのだろう。
「あっ、居た居たぁ~。ロベール様、ちょっと良いですか?」
荷物置き場から自分の装備を取り出していると、出入口からヒョッコリと顔を出したアシュリーが俺を見て言った。
「ロベール様にお客さんですよ」
「俺に客だ?」
ミナ・レレナ・ミーシャであれば、勝手知ったる我が家の様な勢いでここまで自分で来る。
ロロッカ氏辺りが来たのかとも思ったが、彼らフレサンジュ家の面々は先ほどの出発式で、そのままミナと共にカグツチ国へ向かってしまっている。
「わかった」
ならば誰だろうか、と考えながらアシュリーに案内されて向かった先は、竜騎士育成学校の談話室の一つだった。
「失礼します」
アシュリーはノックをすると扉を開け、俺に「どうぞ」と手で促した。
答えの出ないまま談話室へ入ると、そこには会いたくない貴族――ジョシュア・ドゥ・オルトランが居た。その隣には――。
「(とうとう来やがったか……)」
ジョシュアの隣には、オルトラン家で奴隷をしていた時の仲間であるミミと呼ばれる少女がちょこんと座っていた。
アシュリーに外で控えておくように言い中へ入り、ミミを見た。
彼女は奴隷だった時に仲の良かった子で、俺の荒唐無稽な話を良く聞く友人の一人だった。だからと言うか、他の奴らは馬鹿にしていた堆肥作りや畑の改善作業も率先して行ってくれていた。
まぁ、そんな彼女も最後の最後には俺ではなく奴隷仲間の側に付いてしまったが……。
彼女は栄養状態が悪かった為か、俺と同い歳のはずなのに細く体格が悪く、今着ている――着させられている服が押し着せの見栄えの悪い着せ替え人形のようになっている。
良く言えば、あの日と変わらないミミは変わらない姿でそこに居た。
そう。変わらないその姿でいつも通り暗くどこを見ているのか分からない瞳で。
「やぁ、久しぶりだなシア! 元気にしていたか?」
相変わらずこの男はこちらの事情を考慮しないどころか、喧嘩を売っているとしか思えない言動をしてくる。
「何度も言っていますが、私はそのような名前でもなければ、貴方と親しくする理由も無い」
「なるほど。確かに、貴族に取り入るのに奴隷だったと言う事実は邪魔になるだけだな。イルもフクもチキも仲間ではあったが、奴隷だしな」
昔の仲間の名前を出され、少しだけ頭の温度が上がった気がした。
名前を出された彼らも、俺の事を信用せずに離れて行った奴隷仲間だ。死んだと聞いた時は忙しかった為それほどでもなかったが、落ち着いた今であれば当時の記憶も容易に思い出してしまう。
「話はそれだけでしょうか? 皇都へ滞在されているのでしたらお分かりでしょうが、私は忙しいので」
「あぁ、それと。隣に居るミミ何だが、シアから教えてもらっている内容は全て他の貴族にはけてしまってな。新しい……何だったか、雫機関だっけかな? あぁ、その雫機関に入れてもらいたいのだが?」
最近、雫機関に対抗するようにあげられる農業技術を教えている貴族と言うのが、このジョシュアだ。
俺の場合は又聞きならぬ又教えをした場合は責任を取らないと常々言っており、また農業技術浸透の為にカグツチ国の様な失敗をしたくないと言う考えがあるので、ジョシュアの様なばら撒きをしたくない。
その為に雫機関は人数制であり、一人一人聞き逃しが無いようにしている。
実際はとっとと必要な事を聞くことが出来るジョシュアの方が人気があり、ゆっくり教える雫機関は肌に合わないとすでに何人もの貴族がジョシュア側に流れていると言うのも理解していた。
「現在、雫機関は人数が一杯になっており人が入る事はできません。入講を希望する場合は、必要書類を提出した上で、来季の新入生募集までお待ちください」
無下に断ると、ジョシュアの顔がやや歪んだ。
「おいおいおいおいおいおい、それは無いんじゃないのか? 手が足りないって話を聞いて、俺は手を貸してやったんだぞ? 他の方々に失礼の無いようにミミにも礼儀作法を教えて」
そう言われながら背中を押されたミミは俺の方を見て、少しだけだが誇らしげに小さく笑った。
「申し訳ありませんが、その様な横入りはお断りさせていただいております。話を聞いていると、農業技術に関してすこぶる明るいのではないでしょうか? 他人に教える事ができるのであれば、知識に関して他の人達と大きく離れていると言う事です。これはアドバンテージとして凄い事だと思います。では、私は忙しいのでこの辺りで失礼します」
早々に話を切り上げて部屋を出ようとすると、ジョシュアの雰囲気が一気に変化した気がした。
しかし、それ以上に何も話が出る訳でもなく、ジョシュアが静かなままだった。
俺がドアの前に立つと、一瞬の間を作らずドアが開いた。中でのやり取りを聞いていたのか、外に居たアシュリーがすぐに開けたようだ。
「今聞いたことは全て忘れろ」
ドアを完全に閉め、歩き出す俺に付いてくるアシュリーに対して言った。
「忘れました。と言いますか、中での話はくぐもっていて何を言っているか分かりませんでしたから」
俺とジョシュアとの会話を聞こうとしていた事を隠そうともせずに、あっけらかんと話すアシュリーにやや恐ろしさの様な物を感じずにはいられなかった。
「なら良い。……いや、ならカグツチ行きはキャンセルして、あの貴族の動向を見ていてくれ」
「なるほど。私の事を信頼してくれているのですね?」
「そうだ。必要なら一人か二人連れて行ってもかまわない」
「分かりました。まぁ、私の相棒と言えば、彼女しか居ませんが。ルーシーを連れて行くときの誘い文句にロベール様を使っても構いませんよね?」
アシュリーの言う彼女とは、ブレイフォクサ公爵が放った野盗を監視する時からアシュリーと行動を共にしていた、我が竜騎士隊の竜騎士だ。
ルーシーの一家――とりわけ両親にとって帝国と言う場所は住み辛いそうで、俺が準統治領を貸与されてから早い段階で長男に家督を譲り、カグツチ国に越してきたと言う経歴を持つ。
住みづらい理由を特に聞くことも無く受け入れたのだが、それがルーシーにとっては好ましい事だったらしい。
ただこちらも簡単に受け入れた訳ではなく、ルーシーの実績から信用したのであり、ルーシーが使えなくなってしまえばこの話も無くなると告げると、今まで以上のやる気を発揮しだしたのだ。
「構わん。と言うか、ダメだと言っても適当な事を言うつもりだったんだろ?」
図星を突かれたのか、アシュリーは曖昧に笑うだけに留めた。
「それでは、行ってきまーす」
出発式より慌ただしくなっている竜騎士育成学校の中で、さらに騒がしくアシュリーはかけて行った。
「さて、ヴィリアが待ちくたびれているだろうから、さっさと行くか」
やっと準備に取り掛かれる、と歩を早めた。
登場人物
ミナ・レレナ・ミーシャ=護衛だったりメイドだったりする人たち
アシュリー=ロベール竜騎士隊の竜騎士。上司でも構わずセクハラをかますあまり真面目ではない竜騎士だが、実は有能かもしれない。
ジョシュア=主人公を奴隷として飼っていた貴族。最近、農業技術をばら撒いているらしい。
1月26日 誤字脱字・文章のおかしな部分を直しました。