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クロスボウ

 皇都へ向かう道を、商隊が駆け抜けている。

 その商隊を護衛しているのは30騎近くの騎馬兵と、馬車の中には20人程度の歩兵が乗っている。

 これだけでも野盗は自らの安全の為に襲ってこないだろうが、さらに空には竜騎士(ドラグーン)が2騎飛んでいる。


 その商隊を護衛している騎馬兵の先頭集団には、軽装の騎馬騎士の鎧を着けたミナが居た。

 フレサンジュ家にて騎馬騎士の訓練を行っており、ロベールのそば仕えをしていた時より体が引き締まり、優しい顔つきに変化は無かったが視線等細かい部分に凄味が増していた。


 彼女はロベールの指揮する竜騎士(ドラグーン)から手紙を受け取ると、その旨をフレサンジュ家へ伝えすぐに旅支度を始めた。

 その時、丁度皇都へ荷を運ぶ予定だったイスカンダル商会の商隊と共に行く事になったのだが、急ぐ必要があるだろうと言う事で商隊も徒歩の人間を付ける事無く、全て馬か馬車に乗せると言う高速型の商隊が完成した。


 ではなぜ騎馬兵も共に居るかと言うと、それはロベールの竜騎士(ドラグーン)から、野盗討伐をする予定が大規模な作戦になっている、と言う話を聞きロベールに助太刀をするために付いてきたのだ。

 お蔭で、それほど多いとは言えなかった護衛が竜騎士(ドラグーン)以外に一気に増え、ちょっとしたカチコミ風の集団になってしまっていた。


 初めはこれほど早く移動して荷車に乗っている商品は大丈夫なのか、と心配したミナだったが、商人は荷車の下に付いている板バネについて説明し、さらには商品は荷車の中でハンモック状に吊るされているから大丈夫だと答えた。

 ハンモック状になっている事は理解したミナだったが、板バネについては理解できなかった。しかし、それを作り取り付け指示をしたのがロベールだと聞くと、問題は無いのだろうと素直に納得できた。


 それがあっての高速移動だ。何度も商隊の護衛のおこぼれに与ろうと行商達が付いて来ようとしたが十分もしない内に脱落していった。

 そして、フレサンジュ家を出発してからわずか5日で皇都に到着した。行きが10日ほどかかったので、半分まで時間を縮めた事になる。


「戦旗、広げます」


 フレサンジュ家の若い騎馬兵がミナに了承を取り、見栄えを良くした刺繍ではなく、騎馬兵に持たせるために作った染めたタイプの戦旗を広げた。

 その戦旗は、皇都でもかなり有名になり始めたロベール竜騎士(ドラグーン)隊の物だ。


 今は竜騎士(ドラグーン)ではなく騎馬兵ばかりなのでしまりが悪いが、有名なお蔭で誰何される事無くそのままの速度で皇都の関を通る事ができた。

 戦中でしかない様な光景に若い騎馬兵は気分が高まり、笑ってしまっていた。それにつられ、ミナも笑った。ただ、これはロベールの凄さに笑ってしまったのだが。



 突然現れた戦旗を掲げる騎馬兵の集団と商隊に驚く市民を尻目に、ミナ達はすぐにイスカンダル商会へと向かった。

 商人達は商品を卸す為、騎馬兵は馬や武具の確認の為。そして、ミナはロベールに会う為に湯浴みをするのに商会へと来たのだ。

 まだぬるま湯だったが、ミナはマフェスト商会でロベールが買ってくれた香油入りの石鹸で体を綺麗にし、髪を乾かすのもそこそこにロベールの元へ向かったのだ。


「ミナです。ただ今到着しました」


 約8ヶ月ぶりの竜騎士(ドラグーン)育成学校の寮に少しだけ緊張しながらロベールの部屋をノックすると、中からいつも通りのロベールの声が聞こえた。


「入れ」

「失礼します」


 ドアを開けると、小型のバリスタの様な物を持ったミーシャと、同じく小型のバリスタの様な物に矢をつがえようとしているレレナが居た。

確か、あの小型のバリスタの様な物はカグツチ国で見た事がある。実物ではないが、ロベールの描いた設計図にあったものだ。

 名前は確か、クロスボウと言っていた。あまりにも強力すぎる為、各国が暗黙のルールとして使用せぬようにしたために廃れてしまった珍しい武器だった。

そして、その二人を見守るように立っているロベールも。


「御久しぶりです、ロベール様」

「久しいな。……随分、その――精悍な顔立ちになったな」

「そっ、そうでしょうか?」


 ミナは昔騎馬騎士を目指しており、その心は今も変わらない。しかし、本来の仕事はロベールの身の回りの世話をする護衛兼メイドである。

 全てをそつなくこなせる様にならなければいけない、と心に留めながら鍛錬に励むと同時に、鍛錬に明け暮れて醜くなってはいけないと、どれだけ疲れていようと普段から身だしなみには注意して生活していた。

 今も先ほど皇都へ入ったと思えないほど身ぎれいになっており、体からは香油に含まれるラベンダーの香りがたっていた。



「(う~む……何と言えばいいのだろうか……)」


 ミナと別れてからも、ブレイフォクサ領やフレサンジュ家へ行った時にはちょくちょく顔を見ていたのだが、今の姿を見ると何かは分からないが随分と変わったように見えた。

 男子三日会わずば括目してみよ、と言うが、残念ながらミナは女の子だ。いや、男の子になってしまった可能性も無くは無いが、あの自信が溢れる顔は何かあったのだろうか。


「とりあえず、長旅ごくろうだった」

「ハッ、ありがとうございます」


 軍人然としたミナにやや違和感を覚えながらも労い、なぜ呼び出したかの説明を始めた。

 静かに説明を聞いていたミナだったが、話が進むにつれ難しい顔付となり、最終的にはやや憮然とした表情へと変わった。


「おおよその事態については把握しました。今、イスカンダル商会にロベール様に協力したいとフレサンジュの騎馬兵が待機しています」

「フレサンジュは帝国に忠誠を誓っているから、今回みたいな私闘の様な物には参加できないと聞いたけど?」

「それは私には分かりかねますが、ロロッカさんが直接来てくださいました」


 ロロッカはフレサンジュ直系に一番近い血筋の人間だ。それに、フレサンジュ家から直接来たミナに着いてきたのであれば、ミナがどういった理由で呼び出されたのかも聞き及んでいるはずだ。


「そうか。話の行き違いの可能性もあるから、一度後で確認しよう」

「はい。よろしくお願いします」


 ペコリ、とお辞儀をした後、ミナはミーシャとレレナが持っているクロスボウに目をやった。


「あれは、前にロベール様が仰っていたクロスボウと言う物でしょうか?」

「良く覚えていたな。その通りだ」

「職人が見つかったのですか?」


 ミナの疑問ももっともだった。カグツチ国やマシューで()の大量生産を行う原因となったのが、クロスボウを作る職人が居なかったからだ。

 ではどうしてクロスボウができたのかと言うと、とりあえず()の量産を始めたのだが、この量産のお蔭でカグツチ国では弓矢がブームになっている。と言うか、推奨するようにしたら皆がこぞって始めたのだ。


 流行ればそれにのめり込む人間も出て来る。そののめり込む人間の数が多ければ並列研究と言うべきか、長距離飛ばせる弓や馬上射出に優れた弓を作る者が現れ始め、そして最後にはクロスボウを研究開発する人間まで現れたのだ。

 戦で弓矢を使う兵は小狡(こずる)い奴だと言う認識が帝国や他国にもあるが、(いくさ)の初めに戦うのは弓兵だし、そもそも離れた状態で安全に戦えるのであれば万々歳だ。

 そのクロスボウを作った人間に要望を出して改造してもらったのが、この二人が持っている試作品である。


「皆の力が合わさった結果さ」


 今の言葉は格好いいな。帝国の端にある田舎で革命が起こっている感じだ。


「ですが、こんな重そうな物が子供に扱えるのですか?」


 レレナが持っているから勘違いしたのか、ミナはレレナの持っていたクロスボウを手に持ち重さを確認しながらこちらに聞いてきた。


「さすがに、子供には持たせんさ。でも、弦を引くくらいだったらレレナでもできるぞ」

「まさか……」


 クロスボウの固くはられた弦を触り引っ張ろうとするが、物好きの猟師が使っている手で弦を引っぱり上げるタイプとは違うので簡単には動かない。

 そもそも、ミナはクロスボウ自体を見るのが初めてなようで、持って構えてもどこかしっくり来ないでいる。


「レレナ、やってみろ」

「はーい」


 矢をつがえるように言うと、ミナからクロスボウを受け取りクロスボウの先端にある輪に足をかけ、安全帯を改造して作った急造のベルトフックに弦を引っかけ、膝だけではなく体全体を使って引き上げた。

 んぎぎぃ~、と苦しそうな声を上げているのはワザとだ。顔は確かに少しだけ大変そうだが、それほど声を上げる程でもないので見た目以上に簡単に引き上げているのだろうと思う。


「おぉ~」


 感嘆の声を上げるミナに、レレナは人生最大の仕事をやってのけたような素晴らしい笑顔を振りまきながら手を振っている。


「まぁ、これはそんなに弦が強く張られていないから、こんな風に小さな子供でも引けるようになっている。実際の物も、もう少しレレナより体格が良いくらいで引けると思うけど」


 その実際の物と言うのが、ミーシャの持っている方だ。こちらは、一応製品化を目標として作っている。


「では、次の戦争でクロスボウ(これ)を使うと言う事ですね?」

「使いたいんだが、数が全く揃っていないんだ。それに、俺が戦争をするとか言ってるけど、本来は野盗討伐ってだけの話しだからな? そもそも戦争とか言ってるのは、俺を出汁にして悪どい事を考えて奴等が好き勝手に言っているだけだ」


 どうしてこうなってしまった、と言いたくなる今の状況に現実逃避したくなる。

 せっかく町として体裁を成しはじめたカグツチ国だが、このまま帝国兵を入れてしまってはどうなるか分かったもんじゃない。

 しかし、今はそれを先送りせねばならない理由ができた。


「ずっと移動しっぱなしで疲れたろ? メシでも食いに行くか」


 まずはミナへの労いからだ。


「いよっしゃぁぁぁぁ! 肉ッ! 肉ッ! 果てしない肉ッ!」


 ミナに聞いたはずなのに、まず反応したのはミーシャだった。そう言えば、今朝からクロスボウのチェックの為にクッキーを数枚食べさせただけだった。

 レレナは山羊のミルクと固パンだったので、体格的にも問題は無いと思うがそれでも少ないかもしれない。

 元より皆で行くつもりだったが、これ以上ミーシャがうるさくなっても敵わないので、近所の飯屋へ行く事にした。


 寮の部屋にクロスボウを放置していくのも怖かったので、布に包んだうえでヴィリアの厩舎の一角にしまっておいた。

 クロスボウ自体はそれほど大きくないのだが、毎度の事なにかある度に厩舎の一角が占領されるヴィリアも慣れた物で、何も言うことなく迷惑そうな顔をするだけだった。



登場人物


ミナ=ロベールの奴隷。元は騎馬騎士になるために兵士学校に通っていた。今はロベールのそば仕え兼護衛。


ミーシャ=大鹿(ゴナーシャ)と呼ばれる部族出身の女の子。クロスボウの使い方を覚えた。


レレナ=マシュー出身のロベールのメイド。ミーシャと同じく、クロスボウの使い方を覚えた。


1月10日 誤字・文章の不都合を修正しました。

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