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幕間 いつかあるかもしれない鍋会

本編とは全く関係のない世界の話です。


 ブレイフォクサ領の冬は、山から下りてくる冷気によって雪は大変少ないが非常に冷える。

 それに伴って強い風が吹くのだが、この乾燥した強めの風のお蔭で干し野菜の製作が捗り、漬物(ザワークラウト)作りが盛んに行われる。

 昔の日本と同じように各家庭で漬物を付けており、各家庭にそれぞれの味がある。


 俺は梅干しとは違う酸っぱさのあるザワークラウトが苦手なので余り食べないが、ミーシャは実家の方でも似たような物を食べていたらしく、ブレイフォクサ領から貰った物を食事の時に少しずつ食べている。

 いつもミーシャと一緒に行動しているレレナは食べ慣れていないからか、勧めれても「うえっ」と言って食べられないでいた。まぁ、子供には辛い食べ物かもしれない。


 そんな寒い冬に欠かせないのが鍋だ。今年はブレイフォクサ領で行っているので結構な大所帯となっている。

 皇都からは、クラスメイトのアムニット・ミシュベル・アバスと、ブレイフォクサ家の御令嬢のノッラを()とす為に派遣したクラウスにも来てもらっている。


 このブレイフォクサ領でありがたいところと言えば、雪が少ないお蔭で冬でも山の獲物が採りやすい事だ。

 今朝も片目(・・)の猟師が射った鹿を鍋の食材として持ってきてくれたのだ。子を腹に抱えていない雌の鹿なので、身が柔らかく臭くないだろうと言うのが猟師の言であった。


 前にも鹿を獲って来てくれた残りがあるので、昼は鹿鍋をやろうと言う事になった。

そして、野草研究家のミーシャに頼んで生姜を採ってきてもらった。そもそも生姜がこの辺に生えているのか、と言う問題があったが野草研究家の名は伊達ではなくキチンと見つけて来てくれた。


 他にも香りの強い種も一緒に持ってきてくれたので、後で塩と共に振りかけて串焼きにしようと思う。

 そして、鍋である。野菜に関してはマシューと同じように、白菜なら縛り、大根やニンジンであれば地面に埋めて保存しようと思ったのだが、住民が気を利かせてまとめて干してしまったので干し野菜をそのまま鍋に投入する。


 そして、問題は味付けだ。前回、マシューで行った鍋会は海鮮鍋だったので、海の幸の旨味を凝縮させた出汁で食べる事ができた。

 しかし、今回は鹿鍋だ。骨で出汁を取り、生姜があると言っても薄味になる事は確実である。

 そこで取り出したるは魚醤。山の幸を食べるのに海の幸で味付をすると言う、何を考えているのか分からない冒涜的な料理となる。


 大豆で作った醤油と違い、魚醤は熱を加えると独特のエスニック的な臭いになり、旨味が強すぎる為に無理かと思ったが、出汁を大目に作り隠し味程度に垂らせば何ら問題も無い味付けになった。

 ただ意外な所から問題が出た。


「そっ、それは、まさか!?」


 魚醤の入った小壺を取り出すと、私服を着たフォポールが呻き声を上げた。


「どうかしたの?」


 フォポールと婚約し、結婚はいつになるのだろうかと貴族達の注目となっているマリッタが興味深そうに魚醤の壺を見た。

 フタを開けて中を確かめ、臭いを嗅いだ。しかし、眉を八の字にして何の臭いか分からないと言った顔をした。


「ねぇ、ロベールくん。これって何?」

 

 なぜか最近、俺の名前を『君』付けで呼ぶようになったマリッタ。たぶん、フォポールと婚約して丸くなったんだと思う。うん。そう思いたい。


「魚醤と言う調味料です」

「魚醤……。フォポールが呻いたのと何か関係があるの?」


 フォポールが呻いたのは、製作途中の魚醤を見てしまったからだろう。今はただの黒い液体だが、制作過程の一部を見れば食う気が失せるだろう。


「よく分かりませんね。何かあったのか聞いたらどう?」


 そこで、あえて知らんふりをした。製作過程の臭気は以上と言って過言ではなく、フォポールはこれを食材ではなく臭気兵器だと言っていた。

 終始そのような事を言っていたので、本人はこれを食材だと認めたくないのだろう。


「そうね。フォポール、嗅いだことが無い匂いだけど美味しいの?」

「えっっ、えっと……」


 ただの興味だけで聞くマリッタと、無言で見つめる俺の間で挟まれるフォポール。イケメンは困っていてもイケメンなので、困らせても皆許してくれるだろう。

 それに、俺は製作工程の状態を黙っていろ何て一言も言っていない。魚が溶けて液状化した魚醤と言ってもにわかに理解できないだろうし、マリッタは俺達と同じように不思議なカビが生えたチーズを食べた、言わば戦友だ。これくらい平気だろう。


「ねぇ、これって本当に美味しいの?」


 フォポールの雰囲気に呑まれたのか、マリッタが心配そうに聞いてきた。そんなもん知らん。ただ言えるのは、俺は食えた(・・・)


「私からは……何も……。その……食べても大丈夫……かと……」


 脂汗を流しながら答えるフォポールを、マリッタはさらに訝しげに睨みつけ俺へと向き直った。


「本当の事を言って」

「俺は仲間を裏切らない。絶対に、だ!」


 力強く言い放つと、マリッタは少々面食らった顔をして顔をそむけた。


「そっ、そうね……。ごめんなさい。疑うような事を言って……」


 そして、マリッタはキッとフォポールを睨みつけた。申し訳ないが、いつも通りの飛び火だ。


「フォポール、貴方も謝りなさい。ロベールくんは、私達の為にわざわざ料理を作ってくれたのよ。それを、そんな顔で食べ物の様だなんて失礼と思わないの?」

「私は何も言ってませんが……」


 彼は魚醤と言う存在に呻いただけで、別に俺が料理を作る事に関して何も言っていない。

 それどころか、俺手ずから料理をすると行った時、感動すらしてくれたくらいだ。


「なら、何の問題も無いわね。大人しく席につきなさい」

「はい……」


 マリッタに言われ、フォポールは大人しく席に着いた。

 それを皮切りに、メイドに呼ばれた面々が次々と庭に作った特設会場へとやって来た。

 レレナやミーシャは元より、ミシュベル達クラスメイトの面々も前に鍋を食べた事が在るので全く問題は無かったが、我が竜騎士(ドラグーン)隊の人間は各々好き勝手に鍋から自分で掬って食べる鍋料理が初めてなようで興味深そうに見ている。


「今回の出汁は、鹿だけか?」


 鍋のフタを開けて、黄色みの強い出汁を興味深そうに見ているアバスが聞いた。


「あぁ。鹿骨をベースとして、後はこの魚醤で整えるつもりだ」


 ちなみに、この出汁は作るまで12時間かかっている。骨や鹿の前足を煮込み、灰汁を取り続ける作業。それをメイド達に言ってやってもらった。不眠不休での作業だ。

 出汁が良い具合にフツフツしだしたら、まずは鹿肉を入れる。ある程度火を入れると灰汁が少ないながら出て来るのでそれを軽く掬う。

 灰汁を一度掬ったら、野菜を一気に投入した。そして、フタを閉めてしばし待つ。


「っしゃぁ、出来上がりじゃぁ!」


 久し振り過ぎる醤油ベースの鍋にテンションが上がった俺が叫ぶと、周りの皆が驚いてこっちを見てきた。


「はい、皆さん手を合わせてください!」


 俺の号令に反応ができたのは、竜騎士(ドラグーン)隊の全員とマリッタ以外のいつものメンツだけだった。もちろん、レレナも元気よく手を合わせている。


「本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!」


 普段では在りえないテンションの俺に困惑しつつも、竜騎士(ドラグーン)隊や他の面々は頷いている。


「それでは、いただきます!」

「「「いただきまーす」」」


 クラスメイトやレレナ達は慣れた様子で「いただきます」をして食べ始めた。他の皆も分からないながらも、同じように「いただきます」をして食べ始めた。


「おぉ! ちょいとエスニックな感じになっているけど、これはこれで美味いぞ!」


 やはり元の食材が違うため醤油と同じ様に行かなかったが、これはこれで美味しい物ができた。ただ、少しだけ塩気が強い気がする。夏なら丁度良かったかもしれない。


「失礼します。こちらは、私が漬けたりんご酒ですわ」

「どうもどうも」


 自作鍋に自画自賛で舌鼓を打っていると、ミシュベルが自作の酒だと言ってりんご酒を勧めてきた。これはアップルワインではなく、林檎の若い実を蜂蜜と共に蒸留酒に漬けた物らしい。


「ありがとう――ゴフッ」


 甘めのフルーツ酎ハイの様な物だと思ったら、全く薄めていない原酒だったらしく、アルコールの強さに噴き出してしまった。

 それを見た他の皆が笑いながら、同じく蒸留酒系の酒を飲んで噴き出した。皆、もうちょっと考えてから飲もうぜ。



 いい天気な空の下、春に近づく陽気に当てられながら皆とつつく鍋は非常に美味しい。

 食も酒も進み、あれよあれよという間に食材は全て消費された。さすが肉体派の面子が集まっているだけあって、食べる勢いが半端ない。


「うーっし! シメに行くぞ!」


 前回はうどんだったが、今回はどうしても米が食いたくて麦飯を用意した。

 米よりプリッとしていて固く、パエリアの様に実の状態から鍋に入れて炊くとドロッとなり過ぎるし、炊いてから入れると汁に溶解せずに微妙な雑炊になってしまう。

 しかし、今はそんな贅沢な事は言っていられない。米っぽければそれでよいのだ。


 麦飯を入れて再びフタをして煮る。皆、この料理に興味津々だった。

 ある程度に立たせてフタを開ける。麦粒が原型を留めているので、スープに麦飯を入れただけの様な感じになってしまったが良いだろう。

 仕上げに溶き卵を入れ、三つ葉みたいな香りの強い香草を入れて完成となった。


「おいしー」


 鍋を食べ始めて早々にお腹一杯になり遊んでいたレレナが戻ってきて、鼻水を垂らしながら熱々の雑炊をかき込んでいる。

 他の皆も野菜からもたくさん出汁が出たスープと一緒に食べる雑炊に満足してくれたようで、各々美味しそうに食べてくれていた。


 自分がやったわけではないが、出汁とりなど非常に面倒くさいのでこの鹿鍋は頻繁にはできないが、魚醤はなかなかの出来だったのでまた近々やってみたいと思った。

 こうやって、この先も皆でのんびりと食事ができれば良いのに。


1月3日 誤字修正しました。

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