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カグツチの新しい産業

 カツカツと踵を鳴らして歩くロベールのすぐ後ろを、フォポールは気まずそうな顔をしながら歩いている。

 ヴィットナー家でマリッタと婚約の儀を交わし、喜ぶ実父とは対照的に苦虫を噛み潰したような顔をしているヴィットナー家の前当主――マリッタの祖父を何とか懐柔した後、顔合わせもそこそこに直ぐに皇都へ戻って来てのコレだった。


 街では皇帝陛下の誕生日月としてお祭り騒ぎとなっているが、前を歩くロベールの顔は険しく、服屋に頼んでいたロングコートが出来上がったと喜んでいた午前中とは対照的な姿にどうした物かと声を掛けられずにいた。

 原因は騎馬騎士本部からやって来た騎馬騎士だ。曰く、野盗討伐に騎馬騎士も協力しようとの事である。


 文面だけ見ればなかなか素晴らしい話だが、部隊の駐屯場所はカタン砦ではなくカグツチ領となっていた。

 カタン砦に兵を集めては攻撃の意志ありと隣国を刺激してしまうため、と言う話で通してきたのだが、実際は辺境の地で監視の目が届きにくい場所でロベールが何をやっているのか大部隊で見てやろうとでも考えているのかもしれない。


 お蔭でロベールはお冠になった。綺麗ごとだけでは領地運営はできないと理解しているが、ロベールは運営方法として綺麗な方であった。

 しかし、それは薄めているだけで煮詰めてしまえばそれはそれは目も当てられない事になるのは間違いない。

 ここら辺で気の利いた言葉や案を出すことが出来れば副隊長として満点であったが、それをできるほどフォポールは汚れていなかった。


「とりあえず――」


 と、騎馬騎士本部の影響力の少ない、貧民街へやって来た所でロベールは口を開いた。

 まだここは表通りなので、もとから日中の明るい間であれば何の問題もない場所だが、最近はロベールのそば仕えのレレナとミーシャが共に行動するようになり、喧嘩を売ってくるゴロツキをミーシャが力でねじ伏せるようになってから大分落ち着くようになっている。


 しかし、長い時間をかけて溜まった汚泥の様な空間は騎馬騎士――いや、フォポールの様な貴族や高級商人など真面な人間であれば避けて通るので、この貧民街は何か話すにはちょうどいい場所になっている。


「フォポールには、急いでカグツチ()へ向かってもらう」


 どっかりと誰が置いたのか、誰が座っていたのか分からない椅子に堂々と座ったロベールは態度悪く言った。

 貴族らしくなく、また竜騎士(ドラグーン)部隊の隊長としてお世辞にも良い態度とは言えない恰好だったが、比較的温和な性格のロベールがこうなるのは仕方のない事だろうとフォポールは半ば諦めていた。


「分かりました。本日中に発てばよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうだ。他にも二人連れていけ。それと、フレサンジュ家に行っているミナも連れてこないといけないから、そちらにも二人選出して送り出してくれ」


 すでに昼を大きく過ぎており、皇都から大分離れているカグツチ国に行くのは遅すぎる時間だった。

 しかし、拙速を貴ぶロベール竜騎士(ドラグーン)隊にとって、行くと決めたその日その時間が行かねばいけない時であると言うのは、すでに全隊員の周知の事だった。


「ミナ……さんですか? 生憎、フレサンジュ家とのつながりはないので問題になる可能性がありますが?」

「問題ない。俺くらい(・・・・)しか書く奴の居ない物を書いて渡すから、それをミナに直接届けてくれれば、あとは向こうが判断するから」

「そうですか」


 手紙に、何か押すのだろうかとフォポールは判断したのだが、それ以上は自分の領分ではないので口には出さなかった。


「ですが、そうなるとロベール様の部隊人員が半分になりますが、大丈夫ですか?」


 さきほどロベールを呼び出した騎馬騎士本部の人間もそうだが、粛清後に落ち着き始めていた連中がその混乱と落ち着きを利用して勢力を伸ばそうと画策している。

 今そこで各組織が取り込みたいと思っているのがロベールだ。

 帝国の端の端。何もない所に力ある商会を呼び込み、新たな貿易都市を築こうとしてる。いや、すでに築き始めている。


 貸し与えられた領地など無視し、領土を拡大している。地図に至っては、その貸し与えられた領土の4倍近くの物ができている。

 今のところ国が大きく干渉してこないのは、カグツチ国が帝国領土の端の端にあり過ぎて話が皇都までやって来ないからである。

 さらに言えば、大商会達もカグツチ国で自分達の地位が盤石になるまで口を噤んでいるので、全くと言って良いほど情報は出回っていない。

 ある意味、帝国領ではなく未知の()となっているのだ。


「問題ない。レレナにはミーシャを付けているし、ドラゴンの乗り方も教えている。いざとなれば、逃げるくらいなら問題なくできるはずだ」


 いや、心配しているのはそこではなく――。と、フォポールはそれ以上、口を開かなかった。

 ロベールには無敵のヴィリアが居る。普通のドラゴン程度では敵わない力を持つヴィリアがそばに居ればいいのだ。それに、雫機関が再開された今、技術を生み出し続けるロベールを利用しようとする人間は居ても、殺そうとする人間はいないはずだ。


「分かりました。では、すぐに準備します」

「あぁ、頼んだぞ」


 そう言うと、ロベールはポケットから賎貨や銅貨をジャラジャラとテーブルの上にぶちまけた。

 何か買うのだろうか、とフォポールは訝しんだが、ロベールは立ち上がると再び歩き出した。


 椅子に座らせてもらった礼だろう、とそれ以上気にすることなく歩き始めたフォポールだが、ある程度距離を置いた所で背後から罵声と暴れ破壊する音が聞こえた。


「えっ!?」


 振り向いたフォポールが目の当たりにした光景は、先ほどロベールがテーブルの上に撒いた賎貨や銅貨を取り合い争っている貧民街の住民の姿だった。

 怒声を上げ、殴り合い、賎貨数枚を握りしめ脱出をしようと試みた少年も、数歩走った所ですぐに掴まり殴られ賎貨を奪われてしまった。


「気にするな。よくある事だ」


 その様子を一瞥する事無く、ロベールは歩を進めた。

 金を置かなければこんな騒動にならなかったのに、なぜこの様な事をするのかとフォポールはロベールに聞きそうになったが、その争いの向こう側にフォポールと同じように争いを見る数人の人影を見て思い至った。


 表通りとはいえ、貧民街の通りはそれほど広くなく、あのような喧嘩が始まれば道が封鎖された状態になってしまう。

 わざと引き起こされたこの喧嘩は、騎馬騎士本部からロベールを追っていた人間を撒くための物だったらしい。

 相手もその道のプロではないのか、突然起きた喧嘩を呆気にとられた様子でみているだけだった。



 ロベールから命令を出されてから、二日目の早朝にカグツチ国へたどり着くことが出来た。

 発展著しいカグツチ国は、たった数週間来なかっただけで変貌し、在った物が無くなり無かったものができていると言う慌ただしい国になっていた。


「なるほど、分かりました」


 ロベールがしたためた手紙を読んだ、イスカンダル商会カグツチ国支店の支店長であり、カグツチ国発展の指揮を執っているベイリースは大きく頷いた。

 フォポール達がやって来た時に、ドラゴンを見た住民の多くがロベールが来たんだとちょっとした騒ぎになってしまった。

 しかし、来たのがフォポール達だと分かると、一部の婦人や淑女をのこして去って行ってしまった。


「それでは、早速お願いしたいのですがよろしいでしょうか?」

「何なりと。ロベール様からもベイリース殿から指示を受けるように言われているので」

「では、まずは製塩所(・・・)の人間に帝国の軍人が来ることを伝えに行っていただけますか?」

「製塩所!?」


 聞いてはいけないワードを耳にしたフォポールは驚き声を上げた。

 製塩は国営で行われている事業だ。貴族が齧っているには齧っているが、製塩の方法については各国極秘技術とされており、全運営権は国が握っている。

 製塩所で働いている人間は国の監視下に置かれ、生活を保障される代わりに移動の制限をされている。


 もちろん、製塩方法を他国――いや、村外に流すことは御法度であり、その様な事をすれば製塩所の人間全てが連帯責任で吊られる事になる。

 さらにいえば、何か画期的な方法を思いついたとしても、個人が塩を作れば国が動くのだ。そんな危険な事を好んでやる人間は居ない。


「えぇっ!? もっ、もしかして、聞かされていなかったのですか!?」

「はっ、はい。まさか、そのような事が行われているとは……」


 カグツチで行われている事業の全てを把握していると思い製塩所の話をしたベイリースだったが、やってしまったと顔をしかめた。

 どう取り繕うかと思案しているベイリースだったが、すぐに持ち直したフォポールが応えた。


「問題ありません。まだ発展途上のカグツチ領なので、雫機関で報告する為の試運転の様な物でしょう。技術は無限、時間は有限です。ロベール様の為、カグツチ領の発展の為です。問題はありません」


 製塩所についてロベールから直接伝えられていなかったのは少なからずショックだったが、そこまで自分が信頼されていない事に残念に思った。

 しかし、落ち込むのも少しの間で、直ぐに気持ちを持ちなおし切り替えた。信頼されていないのであれば、信頼してもらえるようになるまでだ、と。


「そっ、そうですか。ならば、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「分かりました。すぐに向かいます」


 部隊の二名を野盗駆除に回し、フォポールはベイリースに教えられた製塩所へ向かった。



 ベイリースに教えてもらった製塩所は、カグツチ国の隣にある川を下り、海と交わる場所から東へさらに行ったところだった。

 上空から見ると何の変哲のない海辺の寒村だったが、細い三角屋根の様な場所が何列か海岸に並んでいた。


 貴族であっても製塩所と関わり合う事はまずないので、これが塩を作る装置なのかフォポールには理解できなかった。

 今フォポールが見ているのは、流下式塩田法である。米のささ干しの様に組み立てられた骨組みに、シダ科の植物の葉を垂れ下げ、その葉を伝うように上から海水を流し続けるのだ。


 上から葉を伝い落ちてくる海水は風によって水分が飛ばされ、下に落ちた海水を何度も上へ上げては伝い落とすを繰り返すと濃い海水ができる。

 あとは大釜で煮ればにがり(・・・)と塩ができあがるのだ。

 帝国で行われている製塩方法は塩田法なので、量的には大分少なくなってしまうが、大規模な整地を行わなくても良く、ささ干し台を片付ければ簡単に証拠も隠滅できるので隠れながらやるのにちょうどよいのだ。


「なるほど、軍が視察にカグツチの方に……」

「いや、視察と言う訳ではなく野盗討伐の為に軍がやってくるので、彼らが駐留している間は塩の取引を一時中断してもらいたく」

「えぇ、大丈夫ですよ。私たちはロベール様に助けて頂いたのです。ここでは何も作っていませんし、村はただの寂れた寒村です」


 塩村の主な産業は魚を干した干物をバルシュピット領へ運び、それらを売る事で生計を立てていたようだ。

 ロベールが見つけたのか、それとも村人かインベート準男爵が話を持って来たのか分からないが、この村の人間はロベールに感謝をし恭順する意思があった。

 海水をくみ上げる装置はどうなっているのか気になったフォポールは、話している塩作りの責任者の村人に聞くと簡単に見せてくれた。


 予想通りと言うか、海水を上げるポンプはあの手動ポンプだった。それの材質が木製になっている以外に違いは無かった。鉄も青銅も塩水との相性が最悪なので、油を良く含んだ赤松を使用しているようだった。

 それらの大道具から細かな品まで、どれもこれもロベールの息がかかっているのが手に取るように分かった。カグツチ領と言う目に見える力だけではなく、こういった細かな所にも着実に力を付けている事が良く分かってしまうのが、ロベールがどれだけの事をやって来たのかフォポールにはなぜだか誇らしかった。


「ところで、子爵(ロベール)様は此方へは来られないのですか?」

「はい。ロベール様は大変忙しいので、今回は私を寄越したのです」

「そうですか……」


 困っているような困っていないような、そんな微妙な顔でロベールの来訪を聞いてきた村人を訝しんだフォポールはすぐに聞き返した。


「何か問題があるんですか? 道具の改良などは無理でも、他の事であれば私でも対応できるかもしれませんが?」


 技術分野に関しては門外漢のフォポールだが、村人からの陳情や必要物資の報告をカグツチ領に居るベイリースに届けるくらいならできる。

 フォポールの提案に村人は見せて良い物かどうか、とやや逡巡したあと道案内を始めた。


「これは、子爵様から言われて作っている物なのですが、本当にこれで良いのか我々には判断がつかず……」


 そう言いながら村人が連れて来たのは、魚の塩漬けを作っている工房の隣ある納屋だった。

 扉を開ける前から不穏な臭気を発しており、魚を捌いた事が無いフォポールにとって塩漬け工房でも鼻を抑えたい衝動に駆られてしまった。ハッキリと言って、この扉の向こうを見る勇気は無かった。


「ここは……?」

「魚醤……と言う物を作っている場所です」


 恐る恐る聞くと、村人は良くわからないと言った具合に返答した。

 なぜ自分がやっている作業が分からないのか、と聞きたくなったが、ロベールのやる事を一から十まで理解することはできない。

 たぶん、この向こうにあるのは腐った魚を使った臭いによって敵をかく乱する兵器の製造工場か何かと、フォポールは鼻を押さえながら思った。

 扉が開けられると臭いは一層強くなり、急激に吐き気がこみ上げてきた。

 そんなフォポールに対して村人は慣れているのか、鼻を押さえるどころか顔をしかめる事すらせずに室内に並ぶ樽の中の一つのフタを開けた。


「うごっ!?」


 樽の中には赤黒い液体が溜まっており、その端々から半分溶けた魚が顔や身を出していた。

 生ごみとしか思えないその光景に、フォポールは取り繕っていた顔を歪め唸り声を出してしまった。


「子爵様に言われた通りつけ込み、塩が溶け切らない程度にかけているのですが、我々にはこれが正しい状態なのか分からず……」


 そう言われても、フォポールにはもっと分からなかった。ビジュアル的にも兵器と言う使用方法についてもフォポールには理解できないし、判断が付かなかったのでとりあえずそのままにしておいてもらい仕事を持ち帰る事にしたのだった。


「なるべく早くロベール様に来てもらえるように言っておくので、それまで今の状態を保っておくようにしてください」

「分かりました。それでは、よろしくお願いします」


 軍が来ると言う通達意外に、ベイリースから頼まれていた魚の干物と塩漬けがキチンとできているか、商品を持って帰るように言われていたので、フォポールの駆るドラゴンの背には魚臭い物が満載になってしまった。

 フォポールとしては御免こうむる事柄だったが、ドラゴンはこの臭さが堪らないのか先ほどから首を限界まで曲げて鼻をスンスンとしていた。


 この時に、ドラゴンはフォポールの服にも執拗にスンスンしていたので、あの兵器工場で付いた臭いは自分で感じる以上の臭いなのだろう、と暗い気分となった。

 とにかく仕事は終わったので、早急にカグツチ領へと戻り、カグツチの名物となっている銭湯へ行く事を心に決めたのだった。


フォポール=ロベール竜騎士(ドラグーン)隊副隊長。最近、ヴィットナー侯爵家の

      マリッタと婚約した。

ベイリース=イスカンダル商会からカグツチ国の発展指揮を任された商人。


今年もありがとうございました。来年も、どうぞよろしくお願いします。


12月31日 誤字修正しました。

1月4日 誤字修正しました。

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