騎馬騎士と騎馬騎士
粛清の嵐を乗り越え――とは言うものの、実際のところトップを総入れ替えすることで迷走を始めるであろう騎馬騎士本部の旗としての役割を押し付けられる形となっているマレッターナ騎馬騎士長も思う所があったようで、初めはやや渋る様な素振りを見せていたがすぐに前向きに検討する事となった。
ただ、クラウス達からすると「前向きに検討など、何を悠長なことを」と思わずにはいられなかった。
それは、マレッターナ騎馬騎士長との面会後に出会ったとある派閥の存在だった。
「こんにちは、ヴァトレイ第六騎馬隊長殿」
慇懃無礼などではなく、本当にキチンとした挨拶。クラウス自身やラドルも身形をキチンと整ており涼しげと表現できる形をしているが、彼らはさらに自らを律し自身だけではなく他人から見ても清々しく、また高潔であろうとしている。
「こんにちは。アーボック東方騎馬団長殿」
クラウスの挨拶に、アーボック東方騎馬団長と呼ばれた騎馬騎士と、その後ろに控える騎馬騎士達
が礼をした。
アーボック東方騎馬団長とは、高潔派と呼ばれる派閥に属する騎馬騎士であり、その高潔派と言うのは皇帝派――とりわけ、ロベールの嫌う皇帝の取り巻きが擁している派閥である。
取り巻きと言うと、どこに高潔な所があるのかと思うが、皇帝を頂に置き敬い崇め奉っているのは尊い行為なので高潔なのだ。
では、クラウス達が所属している騎馬騎士本部は誰の派閥かと言うと、アドゥラン第一皇子になる。ただ、第一皇子の物とは言うものの、第一皇子は留学中でしかもまだ皇位を継承していない為、どう取り繕おうとも騎馬騎士本部は宙ぶらりんの状態になっている。
それでも所属している騎馬騎士の総数が多いので、他の派閥もおいそれと強く出られない。
「皇城敷地内で会うとは珍しいですね。何か急ぎの御用事でしたか?」
「えぇ。マレッターナ騎馬騎士長に面会を求めに行っていました。今月は皇帝陛下の誕生月ですので、普段は起こらない問題も起きているので対応の報告を、と思いまして」
普段であれば、忙しいと言う理由で挨拶もそこそこに脇を抜けていくのだが、ロベールの傘下に入った事でクラウスはそれができなくなっていた。
ロベール竜騎士隊の副隊長フォポール・ドゥ・エヴァンの婚約者であるマリッタ・ドゥ・ヴィットナーの祖父は、ずる賢い行為を嫌う高潔派の騎馬騎士である。
本人は年齢の為にすでに引退しており、家は息子――マリッタの父――が形だけの騎馬騎士なのでそれほど大きな発言権はないのだが、それでもヴィットナーを慕う騎馬騎士は多い。
マリッタ・ドゥ・ヴィットナーと結婚間近と言われているフォポール・ドゥ・エヴァン。ロベールに唯一口出しができる人間として有名となっているので、ここで高潔派に目を付けられ、ヴィットナーからエヴァンへと話が行き、最終的にロベールの不興を買う事になってはクラウス達が今迄積み上げてきた物が致命傷とまでは行かないまでも崩れてしまう。
「なるほど。我々も、ドーバ様に報告の為に参ったのですが、何処も忙しくまた慌ただしくなっていますね。ここは皇帝陛下の御所。皇帝陛下が健やかに過ごしていただくよう配慮しなくては、と思います」
「全くです。ただでさえ普段から忙しくされているのですから、誕生日月くらいはゆっくりと静養していただきたいところです」
皇帝陛下の御心を心配していると言ったのが良かったのか、アーボック以下数名の騎馬騎士を含め皆が満足いった笑顔で頷いた。
「それでは、これ――」
――で、と面倒臭くなる前に早々と話を切り上げようとするクラウス達だったが、そうは問屋が卸さんとばかりにアーボックが口を挟んだ。
「先ほど、ドーバ様と面会する際にとある方から話を聞いたのですが、国士ストライカー卿は再び帝国の為に剣を取るとか……」
「ふむ……。それは初耳ですね」
何気ない装いで聞いてくるアーボックだが、それに対してクラウスはとぼけた。ラドルから話が来ている時点で、ロベールが人員を集めて何かをしようとしているのは周知の上だとクラウスは理解していた。
クラウス自身がまだロベールが何をしようとして人員を集めているのか理解していないし、それ以前にここで肯定したせいで高潔派からロベールに話が行ってしまってはクラウスの評価を落とすことになるからだ。
「そうなのですか?」
「はい。ロベール様は大変忙しい方なので、一介の騎馬騎士にのみ時間を割けるお方ではないので」
「これはまた異なことを。ストライカー卿と貴方のご実家とは縁が深いそうではありませんか。もちろん、貴方とも。それなのに、あの義に厚い方が貴方を一介の騎馬騎士と評価するとは思えませんが」
「確かにそうですね。しかし、先ほども言いました通り私はただの騎馬騎士です。ロベール様の御心の機微を察することはできませんし、それ以前に、今回の事について私には何の連絡も来ていません。私はその程度の存在なのですよ」
残念そうに肩をすくめると、アーボック東方騎馬団長もやや力なく笑った。
「やはり、騎馬騎士と竜騎士の溝は深いようですね」
「はい。ゆっくりと掘られていった溝は深く、また強固な様です。しかし、第三軍が発足したことにより、その溝が少なからず埋められていくものだと思っております」
第三軍とはロベールの所属する天駆ける矢の事だ。竜騎士と騎馬騎士が手を取り合い、いがみ合うことなく一つの目標に向かって突き進むことを目標とした、新しい形態の軍だ。
クラウスは、天駆ける矢をこの様に評したが、実のところ邪魔くさいと思っている。もちろん、アーボック東方騎馬団長を含め高潔派に所属している騎馬騎士も面白く思っていないだろう。
クラウスにとっては、ロベリオン第二皇子の行動が予測しづらく、またロベールが所属しているからだ。
そして、高潔派が面白く思っていない理由は竜騎士の存在が大きいからだ。特に、先のカタン砦防衛作戦の時にロベールが騎馬騎士本部が立てた作戦をひっちゃかめっちゃかにしてしまったからだ。
最終的には大団円で終わった砦の防衛作戦だったが、上手く行かなかった可能性――騎馬騎士達が大きく我慢した事を鑑みれば面白くないことこの上ないだろう。
「溝が埋まった暁には、再び手を取り合い、皇帝陛下の御旗の元に集い、さらに強固な軍になりますね」
「えぇ。それが、我々の最後に行きつく場所だと思います」
アーボック東方騎馬団長はクラウスの言葉に満足げに頷くと別れの挨拶をした。
今回、クラウス達に絡んできたのは口撃が目的ではなく、高潔派の騎馬騎士長であるドーバへの報告のみで、ただ二人を見つけたからだった。
しかし、クラウス達はアーボック東方騎馬団長達を見送ったあといったん息を吐き、顔を引き締めた。
「ラドル、頼めるか?」
「できることなら、な」
肩をすくめ、「なんなりと」とヘラッと笑うラドルにクラウスは頼みごとをした。
★
クラウスから頼みごとを受けたラドルは、今は竜騎士育成学校の寮にある、とある一室の前に居る。
彼自身、竜騎士育成学校に来ることは初めてだったが、ここで受けた印象は、ハッキリと言って異質と言っても良かった。
それはただ単に騎馬騎士と竜騎士の駆っている生き物が違うと言う事もあるのだが、学校全体が異様な熱気に包まれていた。
一言で言うならば、生徒たちの多くが戦時下の様な行動をとっている。皆が皆、訓練を行い異様な熱気に包まれていた。
4年生の寮長の話に寄れば、原因は件のロベールだと言う。元から巨竜を操る事でそれなりの知名度があったのだが、防衛戦を皮切りに皇帝陛下から爵位を授かり、規制があるものの自前の竜騎士部隊の編成も許されるようになった。
英雄としてだけではなく、商人として、技術者として成功を収め続けているロベールは、竜騎士育成学校の生徒にとって大変良い刺激となっているという。
誰も口には出さないが、別の言い方をすると、成り上がれるチャンスが平等に存在しているともささやかれている。
この学校には、兵士学校にも騎馬騎士本部にも無いギラついた目に見える欲望が存在していた。
「こちらになります」
「済まない」
寮長から示されたロベールの部屋は角部屋で、日当たりも良く、廊下側から見ただけだがかなり広い事が分かった。
ラドルは去っていく寮長にお礼を言いながら、ドアと向かい合った。
一呼吸を置き、ドアをノックすると中から幼い少女の声が聞こえた。
「はーい。今開けますねー」
ガチャリ、と警戒心のカケラも無く開けたのはメイドの少女だった。
ただ、メイドと言ってもキチンとした服装はしておらず、町娘の恰好の上にエプロンを着用しているだけの田舎から丁稚に来たばかりで屋敷内で仕事を与えられていない見習いのメイドの様な少女だった。
「突然失礼します。私は、クラウス・ヴァトレイの遣いでやって来ましたラドル・キッツレイと申します。ストライカー子爵は御在宅でしょうか?」
メイドの少女に対し、ラドルはとにかく、優しく驚かせない様に声をかけた。それは、相手を驚かせない様にするための優しさではなく、彼女がロベールが連れて歩いている専属のメイドだからである。
彼女の身に何かあった場合はロベールが動く。それだけでも問題なのだが、さらに問題なのはロベールの前段階に実働部隊であるミーシャと言う存在が居るからだ。
今年に入ってまだひと月も経っていないと言うのに、皇都内だけで人死にの事件が6件起きている。
今月は皇帝陛下の誕生日月なので、めでたい日に人死にがあったなぞ縁起が悪いと言う事で正式な事件として計上されていないが、その6件中4件の死亡事件がミーシャが関わっている。
その4件の被害者は全て爵位を持っていない平民やゴロツキと言った類の連中なので問題にならないと言えばならないのだが、それ以上に恐ろしいのが問題にならないにも関わらずロベールはさらに問題にならないように動いたのだ。
このことで、このメイドはどこぞの上位貴族または皇族関係の家から行儀見習いとしてやって来た者だと目されていたが、どこをどうやって調べてもそのような話が出て来なかったので、一時期はかなりの数の諜報員が動いていたとも言われる。
「ちょっと待っててくださいねー」
貴族つきのメイドにあるまじき騒々しさで室内に入って行くと、メイドは奥で誰かと話しはじめた。
声が遠いのでどんな会話がされているのか聞こえないが、動こうとしない相手に対し、先のメイドが何とかして動かそうとしているのが騒々しさとして受け取られる。
そして、ラドルは気を引き締めた。ロベールは警戒心の強い人間なので、来客の場合は寝ていようが直ぐに体裁を整えて出て来るはずだった。
だとすれば出て来るのは――。
「えーと……。ロベールは出かけてるよ」
ロベールの代わりに出てきたのは、くせ毛を垂らし寝ぼけた顔をしたミーシャだった。
服がはだけている――と言うか、裸の上にシャツを着ただけと言う簡素過ぎるいでたちに、昨夜この部屋で何が行われていたのか想像に難くないが、それは無いだろうとラドルは断じた。
面食い説、ゲイ説と話題に事欠かないロベールだが、そば仕えの護衛女ですら簡単に手を出すことはしない。さらには男女の営みが行われた部屋独特の臭気が漂ってい無いからだ。
「……で、あんたダレ?」
ボケッ、とした顔に似合わず滑らかに重心移動をするミーシャは壁にもたれ掛る仕草をすると同時に、ラドル側からは見えない位置に引っかけられた何かに指を掛けた。
「落ち着いてください。私は、クラウス・ドゥ・ヴァトレイの遣いでやって来た、ラドル・ドゥ・キッツレイと申します。ストライカー子爵に急ぎ伝えたい事が在り、こちらに参りました」
ミーシャが何かに指を掛ける仕草はとても滑らかで自然だったので、例えその動きに注視していたとしても気づかないだろう。
ラドルがその異変に気づけたのは室内のちょっとした変化と、ミーシャの瞳が冷めた醜い生き物を見るような物に変わったからだ。
そして何より、ラドルは騎馬騎士の恰好をしている。ロベールには騎馬騎士の仲間も少なからずいるが、ミーシャに対してその辺りに関してのフォローをしているとは思えなかった。
「そーか、そーか。クラウスは良い奴だよな。あいつは、良い騎士だ」
良い騎士、と言うニュアンスがラドルには別な意味に聞こえたが、ミーシャは体を預けていた壁から体を話すと屈託なく笑った。
「ロベールはなー。お前らの仲間に連れられてどっか行っちまったぞー。ったく、人に留守番押し付けてどこにいってんだろーなー」
ポリポリと頭を掻きむしり、ため息を吐きながら窓の外を見るミーシャの反応とは反対に、ラドルは出遅れた事を悟った。
お前らの仲間とは、クラウスの仲間と言う意味ではなく騎馬騎士の誰かが迎えに来たと言う事だろう。
「そうでしたか。それは、いつごろでしょうか?」
「んー……。結構前だったぞ? まぁ、私は寝てたから良くわかんねーけど」
欠伸を噛みしめながら答えるミーシャのやる気のなさに一抹の不安を覚えるが、それより先にやる事が在るとラドルは姿勢を正した。
「ストライカー子爵からは、今後の対応などは聞かれていますか?」
「対応? 何の?」
「クラウスの遣いは、私以外に来ません。来たとしたら、それは敵です」
今日、身内であってもはした金で手紙の横取りが行われたばかりだった。手間ではあるが、窓口は少ない方が良いと判断したからだ。
竜騎士育成学校はどうか分からないが、騎馬騎士本部は本当に身内の足の引っ張り合いが多い事を痛感させられる。
「そっか。お前、良い奴だな」
何に対して良い奴と評価したのかラドルは判断に困ったが、少なくとも悪い印象を持たせなかった事に安堵した。
もし悪印象を持たせてしまっていたなら、次の日にはベッドの上でボコボコに殴られた死体で発見されていたかもしれ無いからだ。
「私はストライカー子爵を探しに行きます。それでは、失礼します」
挨拶もそこそこに、ラドルは高潔派が連れて行ったであろうロベールを探しに行った。
登場人物
ミーシャ=森に住む部族の大鹿からやってきた女の子。
口より先に手が出るタイプ。最近は頭脳役にレレナを迎いいれた
ため、ロベールの思うように動くようになりつつある。
クラウス=ヴァトレイ伯爵家の三男。若干20歳でありながら騎馬騎士長直轄部隊の隊長。
ラドル=キッツレイ家の次男。クラウスと同い年で似たような成績だったため、現在にも
続く腐れ縁となっている。クラウス部隊の副隊長。
アーボック=高潔派の騎馬騎士組織に所属する騎馬騎士。
高潔派=騎馬騎士本部に存在する3つの派閥の内の一つ。
年内にもう一本上げたいところ
12月27日 誤字・脱字修正しました。