野盗問題
今年のマシューの小麦の収量は平均だった。しかし、去年が豊作だったのと合わせ、今年も石鹸に紙の製造にと副収入も多く問題なく冬は越せる事となった。
カグツチ国は小麦だけではなく、荒れた土地でも問題なく育つ大麦も育てている。いや、どちらかと言えば大麦の方が多い。
それと同時に主食として育てたのは、トウモロコシだ。
トウモロコシは素晴らしい。保存もきくし、挽けば小麦の様に用途が広がるし油もとれる。
しかも、茎は水分調整をして樽に詰め込んで保管すれば、サイレージとして牛馬の餌にもなる。無駄になるところがほとんどないと言っても良い。
それらを保存する食糧庫も工夫した。高床倉庫を作ってネズミ等の害獣を防ぎつつ、夏前に起こった洪水に注意する事にした。
他に変わったところと言うと、金属の歯車が完成した事だ。
鋳造技術が低かった為だったのか俺には分からないが、綺麗な円を描いて回らなかったり負荷を駆けると歯に亀裂が入ったり、酷い時は歯車自体が割れた事もあった。
原料となる鉄に合金元素を変えて作り、どの辺りまでの負荷に耐えられるかと言うデータ取りも並行して行っていたので、それも歯車製作が遅れる一つの原因となった。
ガンブール鍛冶屋で行われていた歯車作りだが、その時間の掛りようから制作の部署がガンブール鍛冶屋内で作られ、歯車の完成と共にイスカンダル商会が人を部署ごと買い取った。
ただこれは鍛冶屋の乗っ取りなどではなく、機密保持の為に口出しがし易くするためだ。
この様に苦労して作った歯車で何が変わるかと言うと、現在歯車の材料と言えば木材だからだ。しかも、板を円形に組み合わせ、丸太並に太い棒をその円形にぶっ刺して作った物がほとんどである。
なのでどれを見ても巨大化しており、使える所と言えば水車小屋などの巨大施設に限られている。
では、その歯車を民間に還元しようとすると何に使えるか。そこでまず作ったのが唐箕だ。
もみ殻と実とゴミに分けるこの道具ができた事により、今までザルで行われていた分離作業の時間が短くなった。
次に足踏み式脱穀機だ。鍛造技術があるので発条は簡単――と言えるほどではないが、何とかできた。
千歯扱きが60~70束/時だったのが、足踏み式脱穀機となってから良くわからないくらい速くなり、マシューやカグツチ国では大好評となった。ただし、千歯扱きよりも穂の混入が多くなったのが今後の課題になるのだろうか。
マシューとカグツチで好評であれば他の領地でも好評だろうと思うだろうが、他の領地では千歯扱きが今年になって正式に発売となったので足踏み式は開発段階と言う体をとっている。
他にも色々と歯車の使い道があるが、最後の一つとしては手回し式の取水機だ。
現在は手動ポンプを使っているが、手回し式――別に足でも良いが――であれば中で羽が回り続けている限り連続して水を出すことが出来る。
しかも、手動ポンプの様な上下運動が無いので使用者の負担も軽減できる。
これがあれば鉱山などで地下水が溢れた場合や、船が浸水した場合も足こぎであればかなりの速度で排水できる。
こちらは淡水・海水での耐久性を調べてからの販売となるので、早くとも来年の夏くらいになるだろう。
こうして実り多き秋が終わり、冬が始まり、今年が終わった。
★
去年と同じで、俺は年末年始にかけて住所不定になった。
いやいや。今回はカグツチ国と言う俺の領地があるので、そこが今年の寝床となったのだが新年早々面倒くさい事が起きた。
冬を越せなかった農民が野盗となり、カグツチ国まで遠征してきたのだ。
カグツチ国ができるまではこの辺り一帯に人は住んでおらず、野盗は居ても山で狩人をしつつ隣国へ向かう商隊を極稀に襲う程度の存在だった。
その後、カタン砦の防衛戦時に両国の兵が互いの部隊に戻る事ができず、かと言って自国へ帰るほど金銭がある訳でもないと言った正規兵崩れが一時期の野盗の割合だった。
俺がこの国を作った時、ドラゴンに食わせていた野盗と言うのがこいつらだ。
人の住んでいない地域でどうやって生きているんだ、と思ったら、カグツチ国と皇都を結ぶ通商路には元から小さいながらも村が存在していた。最近は、カグツチ国に来る商人達が通るようになったので村が活性化し始めている。
野盗はそういったところから食料を取っていたようだ。
野盗になり立てのイケイケ状態の奴らなら空で網を張っておけば直ぐにつかまえる事ができるのだが、山住まいで時々出て来る奴らは日時が合わないとなかなか出くわさないので困る。
なんせこちらは一人なのだ。ドラゴンはヴィリア以外に4頭いるのだが、その4頭に任すと商隊・野盗問わずモグモグしてしまいそうなので恐ろしくてできない。
ならばロベール竜騎士隊はどうか?
ロベール竜騎士隊のメンバーは、去年の初めに俺の部隊に入ってから一度も実家に帰っていなかった。
さすがに入社1年目で一度も実家に帰れないのは可哀想すぎたので、帰宅できるように年末年始にひと月ほど休暇を出した後のこの話だからだ。
そして今、野盗を捕まえたところである。
「ゆっ、ゆ゛る゛じでぐだざいぃいいいいい!! お゛れだじ、ぐうものがなぐでぇえええ!!」
逃げる時に思いっきりすっ転んだのか、鼻から大量の血を流してくぐもった声を出すのは、俺より少し年上の野盗だった。
他にも似たような年齢の奴らが十数人ほど居り、あとは中年がチラホラと居る。こいつらの他にも野盗は居たのだが、そいつらは馬に乗っており上手い具合に逃げられてしまった。
本来であれば、徒歩の野盗は適当に潰して馬に乗っている方を追いかけるのだが、野盗が襲っていたのが護衛を雇っていないカグツチ国移住希望者だったからだ。
30人ほどからなる移住希望者だったが、その半数は死に、さらにその半数は負傷者だ。無事な人間は女ばかり。その女も戦禍の外側で強姦されているので無傷とは言えなかった。
「そうか。腹が減っていたのか。ならば仕方が無いな」
若い野盗が言った事を肯定する俺に、その野盗は一縷の望みを見出し、俺の背後に居る生き残った入植希望者は、何を言い出すんだ、と歯を食いしばり、息を飲んだ。
「ちょうど、俺のドラゴンも腹が減ってたんだ。お前ら餌な。仕方が無い、仕方が無い」
「え゛……?」
えずき、涙する若い野盗が泣き叫ぶ間もなく、近くで睨みを聞かせていた一頭のドラゴンに上半身を食いちぎられた。
「ドラゴンも、この巨体を維持する為に多少は食わなきゃいけないんだ。安心しろ。お前らを食えばちょっとの間は食わなくても大丈夫になるから」
笑って、目の前に居る野盗以外の野盗が助かると説明したのに、その意味を理解する事無く腰を抜かし糞尿を流す野盗に逃げ出す野盗。
逃げ出す野盗は中年組だ。場数を踏んでいるからか、それとも若い奴らを囮にして逃げる事を始めから考えていたのか。
しかし、甘い甘い。
「全て喰らい尽くせ。先ほど逃げた奴らも纏めてだ」
俺の指示を聞いたヴィリアが4頭のドラゴンに指示を出した。ドラゴン達は咆哮を上げ、2頭はそのまま動けない若い野盗を、もう2頭は徒歩で逃げた又は馬で逃げた野盗を追いかけて言った。
ドラゴンの人の食い方は分かり易い。普段は全て喰らい尽くすが、食料となる人が多ければ栄養の多い上半身ばかり食べる。
今も食料となる野盗が多いので上半身ばかり食っているが、その残りの足を食っている子竜が居る。
こいつは最近近所の山に現れるようになった子供のドラゴンだ。
このカタン地方を縄張りにしているのはヴィリアで、ヴィリアが出かけている時はこの4頭の内のリーダーが縄張りを守っている。
そのリーダーがサボっていたのかは定かじゃないけど、いつの間にか森の中に子供のドラゴンが住み着いていたのだ。
ドラゴンは卵を産むと、そのまま周囲を警戒をする。ドラゴンが卵から孵り次第、親ドラゴンは役目を終えたと言わんばかりにどこかへ行ってしまう。つまり、ドラゴンは生まれた瞬間からゲームの縛りプレイ状態なのだ。
これに革命をもたらせたのが、野良のドラゴンだ。ドラゴン自体はつがいになるとき以外に群れないが、野良のドラゴンは竜騎士が飼っていた、元は集団で生活していたドラゴンなので生まれてからも面倒を一定の期間だけ見る。
生まれた瞬間から強者でなくてはいけない野生のドラゴンは大人になれる数が限られているが、野良はその限りではない。しかし、強さで言えば前者が圧倒的に強い。
そのハイブリット何かも生まれているらしいけど、それらはまた今度。今は襲われた移住希望者達を何とかするのが先決だろう。
「大丈夫か?」
入植希望者達に声を掛けるが、放心状態か死んだ身内の体にしがみ付いて泣いているだけだ。
強姦され動かなくなっている女に水を渡すも、放心状態と言うか耐えられない屈辱から心を守るために殻に閉じこもったようにピクリとも動かない。
こういった場は竜騎士になる前から数度ほど見た事が在るが、何度見たところで慣れる事は無い。戦場で殺し合い、ぐちゃぐちゃになった死体の方がまだ見れる。
「話ができる者は居るか? 居ない場合は、俺はすぐにでも発つぞ」
自分可哀想アピールとは言わないが、こういう事は町の外ではよくある。彼らはちょっと運が悪くて当たってしまっただけなのだ。
俺も暇ではないので、酷いと思うかもしれないがいつ泣き止むともしれない人たちのそばに居て、この人達を慰める事も出来ない。
「おっ、お待ちください――」
腕を大きく割かれ、止血のための包帯を真赤に染めた男が声をかけてきた。唇を紫色に染めて、動くこともままならぬのが見て取れる。
「そ、その天を衝くほどの立派な巨竜……。竜騎士の乗って――乗っていないドラゴンを操る竜騎士――グッ!? カグツチ領のストライカー子爵様でよろしいでしょうか……?」
息も絶え絶えに、今にも気絶――いや、死にそうな男は歯を食いしばりながら聞いた。
「そうだ。カグツチ領を統治する、竜騎士だ」
他のドラゴンよりももっと大きいヴィリアや、騎手なしのドラゴンを操る俺――と言う事になっている――は市井の民にも知れ渡っているようだ。
「私たちは――ストライカー子爵様の領地に移り住む途中で襲われました……。お願いします。私達を……子爵様の領地まで連れて行ってもらえないでしょうか……?」
後半になればなるほど声がか細くなり、次第に体力が失われていっている事を嫌でも理解させられた。
「俺が手伝えるのは、前の村へ戻る事だけだ。ここからカグツチまではまだまだ距離があり、逃げていない馬を寄せ集めても馬車一台分。徒歩の人間に歩を合わせて進めるほど、こちらも時間がある訳じゃない。それに、酷い話だと思うかもしれないが、現在うちの領地での仕事は体力仕事がほぼ全てだと言っても良い。この怪我をした状態でできる仕事は全くないと言っても過言ではない。前の村に戻って傷を完全に癒してから来るか、それか諦めるかどちらかにしてくれ」
怪我をしている移住希望者は、俺の言葉に皆消沈した。現在地は、泊まった村からそれほど離れておらず、カグツチ国へはまだまだ遠い。
食糧を狙った野盗としては、村のすぐ近くで仕事をしては村から兵士が派遣されて来る可能性がある。なので、食料を消費していないかつ村からある程度距離の離れたこの場で襲ったのだろう。
「お願いします! そこを何とか! 私たちは――まだ、まだ歩けます! お願いします!」
支えられていた腕を割かれた男は、土下座せん勢いで地べたに這いつくばった。
「すまないが、それは無理だ。人は飛べない。ドラゴンが地面を歩いたとしても速さが違う。それに、君たちを守っている間に他の人達が野盗に襲われているかもしれない。それに――」
迫力を出す為か、ヴィリアが尾を地面に叩きつけた。
「そこまでしてやる義理も無い」
その言葉に懇願していた男が膝をついた。こんな状態でカグツチ領に来られても医薬品だって多くないし、そもそも食事の世話は誰がするというのだろうか?
移住者の男の次の言葉を待っていると、逃げた野盗を追いかけて言ったドラゴン達が戻ってきた。
そのドラゴンはヴィリアと2、3言話すと子竜へと向かった。
「徒歩で逃げた奴らは皆殺しにしたが、馬に乗った奴は見当たらなかったそうだ」
ヴィリアは移住者と俺の間に割り込み、さらに翼で口の動きを見えなくすると言った念の入れようで俺に耳打ちをした。
「近くに森でもあったか?」
「いや、無かった。上からじゃ見えない洞窟があったのかもしれない。それに、諦めが早かったのはアレのせいだ」
「アレ……?」
アレ、とヴィリアに指示された方を見ると、逃げた野盗を追いかけたドラゴンが片足の折れた野盗を子竜の前に放り投げている所だった。
野盗は無様に地面へ転がると同時に、自分が置かれた状況を確認するより早く走り出した。
よほどパニックになっているのか、折れて変な方へ曲がっている足に体重を掛けたせいで転倒してしまい、起き上がる事もままならず四つん這いで逃げ出した。
何がしたいのか分からずその様子を見ていると、子竜が逃げる野盗を蹴り上げた。
子竜と言えど体格は馬を越える。そんなドラゴンに蹴りを入れられては人など一たまりもない。
野盗は空高く舞い上がり地面に落ちた。その衝撃で腕もおかしな方向へ折れ曲がったが、残る手足で再び逃げ出した。
子竜は逃げる野盗を口先で突いたり、足に噛みついて引きずったりしてさんざん遊び倒した後にガブリと食った。
「怖ぇえな……」
これは野生の動物の親子にも見られる行為だ。つまりは狩りの練習。
親が手負いにして素早く動けなくしておいた獲物を子供の目の前に置き、子供はその手負いの獲物で捕まえて食い殺す練習をするのだ。
野生のドラゴンはこのような事はせず、野良のドラゴンも狩りの練習は教えられていない。
つまり、野盗を連れ帰ったドラゴンは子竜を守るべき対象と認識し、獲物の獲り方と殺し方を教える必要があると考えたのだ。
ドラゴンの学習能力が恐ろしい。
「これから先は、野盗だけじゃなくて野生や野良のドラゴンも飛んでいる。生きていればまた行く事も出来るから、今回の所は村に戻っておけ」
野盗が酷い目に遭えば溜飲が下がるかと思ったが、襲われた移住者たちは顔を蒼くしていた。
要らぬサービスだったが、移住者を諦めさせるには十分だったようだ。
しかしながら、キツイ。俺の領地から今居るここまではかなりの距離があり、俺が警邏しなければならないような土地ではない。
そう言った意味では、たまたま俺が通りかかって助かった彼らは運が良い。死んだ人には悪いけど。
現在、カグツチ国には警備隊と言う兵士の予備役と自警団の中間のような物が存在している。
彼らは国での兵役を終えて少しばかりの退職金を手に、我がカグツチ国に畑を求めてやって来たのだが、畑作業が性に合わなかった人間で構成されている。
そのほぼ全ては元々歩兵で、騎馬兵は居ない。だから、警備隊は歩兵構成なので遠くまで警らに行く事ができない。
「誰か頼める奴は居ないかな……。やっぱ、アバスかな……」
困ったときのフレサンジュ家。騎馬騎士の一族なら馬の扱いにも長けているし、何より信頼できる。
登場人物
アバス・フレサンジュ=主人公のクラスメイト。騎馬騎士の一族で、ミナが騎馬騎士として研修に行っている家。
10月18日 誤字・脱字修正しました。