ユーングラント王国へ
晩秋の空は、夏空と違った穏やかな青を放つ。その下を飛ぶのはユスベル帝国の新生軍である天駆ける矢が誇る竜騎士部隊だ。
先頭を駆るのは聖竜騎士隊から編入された竜騎士で、今作戦の目的でもあるユーングラント王国との停戦協定を纏める重要な任務も帯びている。
俺はと言うと、この竜騎士のみで編成された特使を一番後ろから見ていた。
我がロベール竜騎士隊の一度の飛行距離または時間の長さは帝国内でも群を抜いており、他の部隊でも追随を許さない事からかなり有名になっていた。
しかし、そんな飛び方ができるのは俺達の部隊だけだ。他の部隊の竜騎士も居る今回の移動ではそのような飛び方はできるはずもなく、二時間に一度は地上に降りて休憩すると言った何とももどかしい移動方法となっている。
「秋深き隣は何をする人ぞ……と」
これから停戦協定を結びに行くとは言え、ついこの間までは敵国同士だったので襲撃を想定して密集陣形を取っている。
大きな翼で気流が乱され、近くを飛ぶドラゴンに影響あると言う事で殿を務める事となった為に俺の隣には誰も飛んでいない。
俺の部隊から選出されたアシュリーはやや前方を飛んでおり、後ろには竜騎士の乗っていない、俺のドラゴンが飛んでいる。
そのアシュリーもこの飛び方には辟易としているのか、風の中で読み難いであろう読書をしながら飛んでいる。
他の竜騎士に見つかれば激怒されかねない所業だが、その他の竜騎士は真面目に周囲警戒しながら飛んでいるので、こちらまで注意は行っていないようだった。
「ロベールよ」
「ん? どうした?」
俺もアシュリーの真似をして秋の読書週間でも開催してやろうかと思ったが、それをやるまえにヴィリアに呼ばれてしまった。
「前方からドラゴンが三匹。たぶん、今から行く国のドラゴンだろう」
「わかった。ありがとう」
お礼と共に首筋を撫でてやり、少しだけ加速してもらってアシュリーの隣につけてもらった。
アシュリーは俺をチラリと見るだけで何か分かったのか、読んでいた本を急いでバッグの小物入れに差し込むと手綱を強く握りなおした。
「上へ行くぞ!」
「了解ッ!」
大声と共に指でサインを出して上空へ行く事を指示した。
ヴィリアのみが視認できる距離なので、こちらの竜騎士部隊も相手側の竜騎士部隊も互いに視認していないだろう。
だからこそ、今の内に優位な相手の上を取っておく。
とは言うものの、この飛行は事前に相手国へ通達されており、厳密と言って問題ないほどに時間がしっかりと考えられた飛び方だったので、あちらから向かってくる竜騎士部隊は俺達を歓迎する竜騎士部隊だろう。
通常飛行高度の6倍まで高度を上げて飛行すること20分ほど。互いに視認できる距離に着たようで、眼下では2番目に飛ぶ天駆ける矢所属の竜騎士が帝国の旗を掲げた。
相手の竜騎士も、ユーングラント王国の旗を掲げたので互いに戦闘の意志は無く、俺達はユーングラント王国に歓迎されている事が確認された。
★
「交渉組以外はドラゴンの管理を頼む」
「「「了解!」」」
ユーングラント王国にある王城裏手の竜騎場に降ろされた事から、一応はそれなりの待遇を受けていると考えて良いだろう。
交渉組と言う名のお偉いさん方の背中を見送った後に周囲を見渡すと、明らかではないが少々剣呑な視線をこちらに向けている兵士が多数いた。
共に来た俺と同じ残され組の竜騎士達は、その視線と言うか雰囲気を察したようで少しばかり緊張していた。
「ロベール様。やっぱり、ちょっと怖いですね」
「まぁな。ついこの間まで戦争をしていたんだ。ここに居る兵士の身内も出兵しているだろうし、身内が帝国兵に殺された兵士も居るだろう。政治的には飲み込まなければいけないけど、個人の感情としては俺達を殺してやりたいと思っている奴も多く居るんじゃないのか?」
「止めてくださいよ、恐ろしい。本当に襲ってくる奴が居たらどうするんですか?」
「そうしたら、俺が摩訶不思議パフォーマンスでやっつけてやるよ」
こんな風にな、と耳打ちをするように体を寄せて、どさくさに紛れて俺の尻を触るアシュリーの手首を捻りあげた。
「あたたたたた!?」
ぐにょり、と手を捻られたアシュリーは悲鳴を上げながら俺の組手から逃れようとグルグルと周りだした。しかし、そんなに簡単に外れるようにはしていないし、動き回れば動き回るほど痛みが増すマゾ仕様。
「おい、お前達! ここがどこだか分かっているのか!」
残され組の方の臨時隊長様が、俺達が不真面目にも遊んでいるので怒ってしまった。
お前のせいだぞ、と無言の非難を伝える為に肘でアシュリーのわき腹をドンドンすると、アシュリーは困った顔で弁明を始めた。
「申し訳ありません。この間まで戦争をしていた国に居る為、このピリピリした空気にあてられてしまい少しテンションが上がってしまったようです」
説明としては弱かったようで、臨時隊長はアシュリーを睨みつけた後、俺へ視線を向けた。
「ユスベル帝国の竜騎士として、新生軍天駆ける矢として、我がロベール竜騎士隊はここが地獄であろうとも、そこが自国の様に振舞うのが行動理念であります」
口からのでまかせに臨時隊長は「こいつ、言いよる」ではなく、「たっ、確かに……」と言いたげに言葉を詰まらせた。こいつもちょっとテンパってるだろ。
背後に居る他の隊員を見ても、普段通りに振舞えているのは俺とアシュリーくらいだ。これでは、竜騎士の本場の帝国竜騎士として問題があると思ったのか、それ以上は何も言ってこなかった。
「厩舎まで案内させていただきます。こちらへどうぞ」
仲間にどこまで行動を許すか臨時隊長が思案していると、帝国のドラゴンの飼育をしている飼育員と似たような作業着を着用した人間がやって来た。
ヴィリアは単体で良いとして、他の竜騎士のドラゴンは手綱を前のドラゴンの尻尾に接続して、簡単な電車ごっこのような体を取り移動を始めた。
まるで言葉を理解しているような――本当に理解しているのだが――ヴィリアの動きに、ユーングラント王国の竜騎士や兵士は度肝を抜かれていた。
★
元からそんなに上手く行くとは想像していなかったが、どうやらユーングラント王国との交渉は難航しているようだった。
官民一体で抵抗を示すユーングラント王国の世論と、メンツとしては戦争を止めたくないがそれほど旨味の無い国を攻める事によるいかんともしがたい金銭の消費を抑えるための停戦を支持する帝国とでは停戦の交渉が上手く行かないのは想像通りだった。
そんな中、大公家の屋敷に缶詰になっていた俺を含める帝国の竜騎士に条件付きではあるが休暇が出される運びとなった。
予定より1~2日早い休暇だったが、俺としては早い方が良かったので丁度良いと言ったところだ。
休暇とは言っても先ほども言った通り条件が付いており、大公家の敷地や大公家の管理する竜騎士の訓練場での訓練のみとなっている。
今回、ここへ来る俺の最大の目的の実行は明日となっているので、今日は他の皆と同じ作業を消化する予定である。
つまりは、帝国竜騎士の力を見せつけるのだ。
「見せつけるったって、一体何をどーせよと?」
わが国には学生でもこんなに凄い奴が居るんだぞ、要員で連れてこられたユーングラント王国だが、早速難題に引っかかってしまった。
こういった状況になるのは予想がついていたのか、ユーングラント王国側も竜騎士候補生でありながら中々の実力者がすでに訓練場で訓練をしていた。
色艶の良いドラゴンにキリリとした顔にエリート然とした立ち姿の竜騎士候補生達がすでに訓練をしている。
対照的に、ユスベル帝国からやってきた俺は飛行服ではなく、展覧会に着て行った自前の詰襟でアシュリーに後ろから抱きかかえられている状態だ。
この抱きかかえられている姿には理由があり、これを行う事でユーングラント王国の竜騎士候補生の中からお調子者や喧嘩っ早い人間を引き出してやろうと思ったのだが、この程度の挑発では眼中に入らないのか候補生たちは黙々と御上から言われたであろう訓練内容を消化していくだけだった。
「そうは言いましても、言われた事はやらないといけませんからね。私も学校を卒業してもうすぐ一年ですが、なぜか学生枠での参加ですからね」
ふふん、と何が嬉しいのか声が弾んだアシュリーが言った。
確かに、アシュリーの言った通りやれと言われたらやらねばならぬのが軍と言う物だ。
そして、天駆ける矢の総大将であるロベリオン第二皇子の信頼を受けて、俺はこの訓練場にアシュリーと共に立たされているのだ。うん、信頼か。響きだけは良いな。
余り勝手な期待をされては困るが、天駆ける矢に所属する者としてある程度自由な行動を許可してくれた見返りくらいは頑張ろうと思う。
「なら、早速模擬戦でもやるか」
「良いですね。どこに突っ込みますか?」
空で訓練を行っているユーングラント王国の竜騎士候補生たちを見ながらアシュリーが言う。
「さすがに、あそこへ突っ込んで行っては喧嘩を売っているとしか思えないから、初めは俺達だけでやるぞ」
「了解です」
アシュリーに取り込まれていた背中をパージして、ヴィリアに駆け寄った。
「ヴィリア、俺達の凄さを奴らに見せつけるぞ」
「あぁ、分かった」
すでに騎乗準備を整えていたヴィリアに声をかけると、軽い返事が返って来た。ヴィリアはヴィリアで空を飛んでいるドラゴンから良い獲物を選んだらしい。
「何か良さげな奴でも居たか?」
そう問いかけるが答える気はないようで、ヴィリアはクッと喉を鳴らして笑うだけだった。
詰襟を脱ぎ待機させているドラゴンに投げかけると、ドラゴンは邪魔くさそうに詰襟を掴むと近くのテーブルに投げた。
少し離れた位置にドラゴンを待機させていたアシュリーに目を向けると、アシュリーも準備ができていたようで腕を大きく上げた。
「行くぞ」
「あぁ」
空を見上げると動き始めた俺達を見つめる候補生達の目があった。
ユスベル帝国からやって来たエリート候補生を見てやろうと言う算段なのだろうが、遠く離れていると言うのにユーングラント側の候補生達の不安な雰囲気がひしひしと伝わってくる。
そんな彼らの様子を知ってか知らずか、ヴィリアは掃除機の様な大きな吸気音を発しながら息を吸いだした。
そして――。
「ゴアァァァァァァァァァァァアアアアアア!!!!」
空へ向かってヴィリアが吠えた。予想していた何倍もの咆哮――いや、捕食される側に属する生物としての本能か、一瞬だか腰が引けてしまった。
その咆哮が向けられていない俺ですら腰が引けてしまったのだから、空を飛んでいるユーングラント王国側の候補生達がどうなっているか想像に難くない。
「クカカカヵ……」
ヴィリアが笑ったように、上空では半恐慌状態に陥ったドラゴン達が竜騎士候補生の指示に従わず右往左往を始め、所々では衝突しかねない近距離まで接近していた。
「他愛ない。幾ら乗り手が優秀であっても、見た目だけが良い訓練不足のドラゴンを連れていれば宝の持ち腐れだ。どれ、少し揉んでやるか」
翼を大きく広げたヴィリアは草原を駆け、一気に空へと飛びあがった。
アシュリーのドラゴンはヴィリアを交えて訓練をしていたお蔭で向けられたわけではない咆哮にビビることなく、俺と同じく空へ飛び立つ事ができた。
空で右往左往しているドラゴン達は、先ほど咆哮を放ったドラゴンが上昇って来た為に、数頭が訓練場から離脱した。
老練なドラゴンを出しては、帝国からドラゴンに助けられていると難癖を付けられると言う理由で若いドラゴンに乗せたのだろうが、これでは意味が無い。
俺の様に堂々とドラゴンに任せておけば良いのだ。俺の場合はヴィリアが巨体の為に、それを御している事が凄いと言われるお蔭でここまでこれただけなのだから。
さてさて、まずはアシュリーと軽い訓練からだ。
9月28日 文章を修正しました。




