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停戦協定の使者

遅れに遅れて申し訳ないです。

 石床に敷かれた歩きやすさが重視された毛の短い絨毯の上を、宰相服に身を包んだアガレスト宰相が小走りに駆けていた。

 普段であればまず見る事のないアガレスト宰相の行動に、城勤めの者たちは何事かと眺めるが、その元凶たるアガレスト宰相は気にも留めない。――いや、留めていられない。


 そしてたどり着いたのは、皇帝陛下の部屋の前である。その部屋の前には近衛が詰めており、中に居る人物を守るためにネズミ一匹と通すまいと周囲に睨みを聞かせていた。


「皇帝陛下にお目通り願いたい」

「少々お待ちください」


 近衛は、皇帝陛下の部屋へ続く扉の横にある覗き窓を開けてニ、三言話すと再び動かぬ守人となった。

 待つ事、数分。扉の内鍵が外される音と共に扉が開き、中から皇帝陛下の身の回りの世話をする世話役が現れた。


「陛下がお会いになられるようです。こちらへ」

「ありがとうございます」


 ここで、アガレスト宰相は安堵の息を吐いた。最近は、皇帝陛下の体調が思わしくなく、自室にこもりがちになっているのだ。

 なので、今回は会ってもらえない可能性が高かったが何とかなった。しかし、今回、皇帝陛下に持ってきた話はさらに心労を増す原因となってしまうかも知れなかった。

 通された皇帝陛下の寝室には香が焚かれており、それを嗅ぐと心が落ち着く気がした。


「アガレストか……。急ぎの用との事だが、何かあったのか?」

「はい。ストライカー子爵の事でお話があり参りました」


 話しの主人公の名を出すと、皇帝陛下は少しだけ目を見開いた後、すぐに元通りの目となった。


「またぞろ何かやらかしたか?」

「いえ、彼は公爵領運営も真面目に行い、自身が受け持った準統治領も上手く切り盛りしています。それに、約束を必ず守る(・・・・)真面目な人間です」

「そうか。そうだな」


 うむうむ、と何かを確かめるように皇帝陛下は頷いた。


「それでは、どのような用向きだ?」

「この度の、ストライカー子爵に対する沙汰についてです。ブレイフォクサ公爵領立て直しについては、ストライカー子爵が自発的に申し出た物だと思っていましたが、あれは皇帝陛下が下した物だったのですか? いくらストライカー子爵が様々な知識を有し、建て直す為の事業に造詣が深くともまだまだ子供です。上級貴族ですら避けるような難題を、帝国から他に協力者も付けていないあのような子供に全て丸投げするなど陛下は何をお考えなのですか!?」


 何事も、「皇帝陛下の御心のままに」で通ってしまう封建社会において、このような物言いは侮辱以外の何物でもなかった。

 本人(ロベール)が決めた事なら問題なかった。しかし、相談されずにあのような事をされては貴族達の心が離れていく可能性がある。


 それに、ロベールはカタン砦防衛戦の功労者であると当時に、農業技術指導をしている雫機関の創設者だ。

 同じ事を始めた(・・・・・・・)貴族も居るが(・・・・・・)、それでもストライカー子爵の影響力は強くなっていた。


「あれについては、全て息子に任せてある。沙汰については、息子と子爵の間で取り決めは済んでいる」

「んな……!?」


 そのような話を、ロベールから聞いていなかったアガレスト宰相は驚いた。

ロベールは皇帝陛下から沙汰を下されたと言い、皇帝陛下は息子――ロベリオン第二皇子に沙汰を任せたと言う。

ならば、今回の原因はロベリオン第二皇子と言う事になる。


「次期皇帝は、ロベリオン第二皇子様と言う事ですか……?」


 竜騎士(ドラグーン)育成学校の生徒とは言え上級貴族の嫡男の沙汰を任せるのだから、皇帝陛下はロベリオン第二皇子にそれ相応の権限を与えたことになる。

 兄アドゥラン第一皇子は商業によって国を盛り立てようとしており、弟のロベリオン第二皇子は武を以って国を導こうとしている。


 今のところ色々ろあるが、アドゥラン第一皇子が磁器技術導入に成功した為に、皇帝の椅子に一歩抜きんでたと思っていたアガレスト宰相だったが、今の話を聞いて皇帝陛下の考えではすでにロベリオン第二皇子に決まっているのかと思った。

 しかし、皇帝は直ぐに否定した。


「まだ二人の能力もすべて出し切ったわけでもないと言うのに、そのような決が下せるものか。ロベールの沙汰について聞きたいことがあるのなら、直接ロベリオンに聞いてくれ」


 話しはこれで終わりと言わんばかりに、皇帝陛下はレースのカーテンをそば仕えに閉じさせた。


「登城については皇帝陛下とストライカー子爵の間で決まった事なので口を挟みませんが、停学についてはそれを解いてやっては頂けないでしょうか。いくら学生であっても国議会に参加する上級貴族の嫡男であり、カタン砦を解放した国家の英雄が停学など、外聞が悪すぎます」

「それは、育成学校の校長とロベールの問題だ。もうよい、下がれ」


 下がれ、と言われれば下がるしかなかった。下がらなければ、命令不服従――つまり皇帝陛下の命に逆らう事になるのだ。

 アガレスト宰相は(こうべ)を垂れて、皇帝陛下の部屋を後にした。

 その後、アガレスト宰相はロベリオン第二皇子と話したが、ああやこうやと話がまとまる様子が無く、それ以前にロベールと話が大きく食い違っていた。


 今一度、ロベールと話し合うべきだと進言するが、この日は天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)の運営についての会議だったのか、皇帝派の上・中貴族がロベリオン第二皇子のそばに侍っておりそれも話し合いを難航させる原因だった。


(ロベール)は、蛮族は発見できなかったが、敵に攻め込まれ救援を呼べない状態にあったカタン砦の現状を皇都へ知らせた(つわもの)。さらには、前の騎馬騎士本部へ蛮族を捜索に行くと自ら立候補したほどの人間だ。これほどの者が皇帝陛下の決に異を唱えるものか」

「例え蛮族の捜索が自らの立候補だったとしても、帝国の援助なしに傾いた領地を、自分が与えられた領地を運営しながら立て直すなどできる訳がないでしょう!」


 彼らがロベールを国士として見る切っ掛けとなった話を蒸し返し、それによって彼に苦行を強いる事に気づいていない貴族達にアガレスト宰相は声を荒げるが、貴族達はアガレスト宰相が何について声を荒げているのか分からなかった。


 彼らは皇帝派の貴族だからだ。皇帝陛下の為に動くことを良しとしており、そのためには金も惜しまない――とはいえ、自分達が問題なく生きていくだけの金は残してあるので、惜しまないとは言いつつそれもある程度である。

 何が問題かと言えば、彼らの考えは皇帝陛下の為であり帝国の為であると言いながら動ける事だ。しかも、金を持っている分さらに性質が悪かった。


「それに、皆様は(ロベール)の事を国士国士と言っていますが、彼は人並みに帝国を愛し、帝国貴族として行動しているだけです。大人が過大な期待を寄せては潰されてしまいます」


 何とかしてロベールは国士ではない事を、この場に居る貴族達に理解させようとするアガレスト宰相だったが、根本的に考えが違う貴族達を納得させることはできなかった。


「今日、我々が集まったのは、今度行われるユーングラント王国との停戦協定を結ぶための特使の選出のためだ」


 武力衝突の終わった隣国ユーングラント王国だが、緊張状態はまだ解けていなかった。

 国境沿い、および山岳地帯に竜騎士(ドラグーン)を警備隊として置いてはいるが、いくら自国の兵とはいえタダではない。

ほぼ勝っている帝国はメンツの為に。ユーングラント王国は引けば帝国に領土を侵される為。


 互いに引けぬ状態が続いていたが、国民自体が我慢強いユーングラント王国は官民一体となり、厳しい生活ももろともせずに継戦を望んでいた。

 それに対し帝国は死兵となったユーングラント王国に対し決定打を撃つ事ができず、かさみ続ける戦費に対して税金を納めている貴族達から、実入りの少ない土地に固執するなと言う意見が多数上がり停戦協定を結ぶ運びとなったのだ。


「ヴァイル宰相が話を進めていた物ですね。ロベリオン第二皇子が主導し、天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)から幾人か選出していくと言う」


 今回は上手く物事が運んでいるのか、ヴァイル宰相から相談の無かったアガレスト宰相は概要のみを知る立場だった。

 しかし、失敗の許されない――さらには、ついこの間まで戦争をしていた国に行くのだから危険が伴う。その様な任務に就く竜騎士(ドラグーン)の選定であるが故に、このような場を設けての相談だった。


「そこで、人員にはロベールも入れようと思っているのだが」


 ロベリオン第二皇子の言葉に、やはりそう来るか、とアガレスト宰相は口の中だけで小さく溜め息を吐いた。


「待ってください。まだ彼は学生です。その上、この間まで戦争をやっていた国に行かせるのは危険すぎます。そもそも、なぜ彼なのですか!?」

「だからこそだ。ユーングラント王国に対し、学生でありながらこれほどの人材が帝国には居ると言う事を分からせるための人選だ。それに、天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)として活躍させることにより、彼を疎む者たちにも彼の有能性を知らしめることができる。彼自身も帝国の為に役立てるこの度の話を嫌がるはずはあるまい」


 満足げに頷く貴族に、アガレスト宰相は声なき声で憤った。確かに、皇帝陛下のため、帝国の為に動くのは帝国貴族としてとても素晴らしい事だが、帝国全土の貴族が同じような考えで動けるはずがない。また、強要もできない。


「では、ロベールに聞いてみよう。彼は帝国の為(・・・・)絶対(・・)に断らない」


 なおも意見しようとするアガレスト宰相に対し、ロベリオン第二皇子はロベールは絶対に断らないと確信しているのか、笑みを浮かべながら言い切った。


「お待ちください。皇族の――皇子から命令(・・)されては絶対に断る事などできません! お考え直しください!」

「ならば、アガレスト宰相が直々に言えば良い。まだ決まっていない選出として、参加してもしなくても良いと言った体で説明してくれればよい」

「……断ったとしても、彼に何もないですか?」


 余りにもできた話にアガレスト宰相は(いぶか)しみロベリオン第二皇子を見た。

 しかし、本気でそう言っているようで、ロベリオン第二皇子は首肯するだけだった。


「分かりました。少しの間、時間をください」

「なるべく早く頼むよ。彼も支度が色々とあるだろうし」


 ロベリオン第二皇子と貴族達への挨拶もそこそこに、アガレスト宰相はロベールへ話をつけにいく為に早足で歩いて行った。



「久しぶりの学校でござる」


 停学処分を受けてから二ヶ月半。久しぶりに来る学校はそんな俺を拒否するかの如く荘厳にそびえたっていた。

 どういう心変わりか、住所不定の俺の所へ学校から教員がやって来て停学処分が解けた事を知らせてくれたのだが、正直な話、最近は結構忙しくなっているので処分停止する場合はもう少し後でも良かった。ってか、もう少し後にしろ。


「ロベール様、おはようございます」

「おぉ、おはよう。久しぶりだな」

「はいっ!」


 教室に入ると、まず初めにアムニットが挨拶をしてきた。久しぶりの登校だからか、教室に入った瞬間にクラスメイト全員が一瞬で静かになり、全員がこちらを向く嫌空間になってしまったのでありがたい。

 しかし、俺が登校してきたと言うのもあると思うが、クラス全体の雰囲気が何やら違うような気がする。


「ロベール様とは久しぶりに一緒に授業ができるので楽しみですね」

「いや、マジな。久しぶりすぎて、前の授業内容なんて空のかなたに飛んで行っちまったよ」


 実技の方は何の問題も無いけど、講義の方は確か戦闘時の位置取りと礼儀作法だったような気がする。気がするだけで違うかもしれない。


「ロベール様が授業を受けるのに支障が無いように――」


 はいっ、とアムニットが渡してきたのは紙の束だった。


「ロベール様がお休み中の授業内容は全てとっておきました! 良かったら、これで確認してください」


 くれた紙の束は、どうやら俺が休んでいた――停学中の授業内容の移しだったようだ。

 紙と言う存在がそれほどポピュラーではないこの世界では、授業と言えば教科書を読み捕捉などは板書きされた物を見る。


 なのでノートを取ると言う習慣が無いこの世界での授業速度は結構速く、そんな授業の写しを行うのは困難を極めただろう。

 しかも、この紙はマシュー産の安い紙ではなく、マフェスト商会が卸している結構良い紙を使用しているので、この紙の束だけでも売ればいい値段がするだろう。恐ろしい事だ。


「ありがとう。助かるよ。アムニットのお蔭で不登校にならずにすんだ」


 言うと、アムニットは頬を朱く染めて、いえいえいえ、と手をブンブンと振った。


「自らの資産を守る為。ロベール様に付いてくる者を守る為。マフェスト商会の一員として約束を守っていただけたことを本当に感謝します」

「まぁ、約束は約束さ。守るよ」


 最近になって、アムニットはマフェスト商会に出入りして商売のいろはを覚えているらしい。

 俺とカナターン氏が行おうとしている商業組合について触発されたのかも知れないが、学校の方も疎かにしてほしくないな。


「これからは、当分の間、学校に来られるんですよね?」

「いや、来たいのは山々だけど天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)関係で呼ばれててさ。停戦協定を結ぶために、隣国のユーングラント王国に行かないといけなくなって」


 ユーングラント王国との停戦協定は公の話になっているのでここで言っても問題ないが、言った瞬間、教室が一気にザワついた。

天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)の関係者と言えど、学生の身でありながら停戦協定を結ぶための使者に選ばれるのは名誉な事だ。


 しかし、俺に話を持ってきたヴァイル宰相は、竜騎士(ドラグーン)育成学校だけではなく天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)に所属している竜騎士(ドラグーン)の中でも非常に優秀な成績を残している者を選出した、と言っていたが言ってみれば客寄せパンダみたいなもんだと思う。


 ヴィリアと言う巨竜を学生風情が操っている。ユスベル帝国には、これほど凄い竜騎士(ドラグーン)が居るのだ。と言うパフォーマンスに使われるだけだ。

 実を言うとヴァイル宰相が来る前に、アガレスト宰相がこの話は断わっても良いんだぞ、と教えてくれたのだが、こんな美味しい話を誰が断る物か。


 今まで色々と問題があって行けなかったユーングラント王国だが、俺はその国に用があるんだ。

 俺が行く事を表明すると、なぜかアガレスト宰相は色々言って諦めさせようとしたが、そんな簡単に諦めるつもりは無かった。もちろん、先に根負けしたのはアガレスト宰相だ。


「でっ、では、本当にユーングラント王国に行くんですか!? あの国はまだ継戦派が多く――いえ、国そのものが継戦を望んでいるようなところですよ? そのような危ない所に……」

「今回は戦争をしに行くわけじゃないし、聞けばユーングラント王国(あちらさん)は話せば通じる相手らしいしさ。まっ、問題なく終わるでしょう」


 幾ら継戦を望もうとも戦う兵も守るべき国民も居なければ話にならない。今回は諦めたと言え、戦力的に優位に立っているのは帝国の方だ。

 停戦協定を結ぶための使者を殺そうものなら、帝国貴族だって黙っては居ない。そうなってしまえば滅ぶのはユーングラント王国だ。

 しかし、アムニットとしては心配の様で「そうだといいんですけど……」と尻すぼみながら声に出した。


「出立はいつごろですか?」

「関係者各位と日程調整をした後に報せが来るらしい。まだまだだな」

「では、それまでゆっくりと?」

「いや、俺にはやらねばいけない事が在る」


 そう。俺には、やらなければいけない事があるんだ。それも、隣国との停戦協定何かよりももっと重要な物が……。


「あぁ、なるほど。確かに、重要です。こちらは首尾よく送らせていただいたので、いつでも向かわれても大丈夫ですよ」

「ありがとう。先方も喜んでもらえるよ」


 久し振りにお祭りになるだろうから、こちらも気合を入れて行かなければいけない。


ヴァイル宰相=ユスベル帝国に3人いる宰相の内の一人。42歳独身。淡々と仕事をこなせる人。


アムニット=マフェスト商会の商会長カナターンの娘。ロベールのクラスメイト。


9月1日 誤字、文章の一部を修正しました。

9月2日 誤字、文章の一部を修正しました。

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