カグツチ国備忘録
喫緊の問題であったブレイフォクサ公爵家令嬢のノッラ・ブレイフォクサは、俺の望み通りヴァトレイ家の三男のクラウス・ヴァトレイと良い関係になりつつある。
これは、ノッラを押し付ける――もとい、ノッラ様に幸せ家族計画を作り上げてもらう事を大前提とした、公爵家を盛り上げるためにも必要なお付き合いなのだ。
俺のメリットとしては、ノッラをクラウスに押し付ける事で心の平穏が保たれるのと同時に、俺派の中で爵位が一番上で、しかも信頼のできる人間に公爵と言う地位に就いてもらい、俺の味方をすると同時に公爵領地で好き勝手動けるようにするためだ。
理由は、公爵領の北東に位置する珪砂の天然掘りできる山が近い事と、そこで作った磁器を皇都や港に運ぶ道を作っている事、さらにはここから南にあるアバスの実家でもあるフレサンジュ家の持っている馬の放牧地として草原の貸し出しをするからだ。
フレサンジュ家にはすでに話は通してあり、自分の家の付近では毎年飼葉として食わしているのでそれほど良い草が育たず、毎年ブレイフォクサ家の草原を、指をくわえてみていたそうだ。
飼葉つながりでは、サイレージの作り方だ。今回は晩夏と言うか初秋と言える時期なので地下式サイロは諦め、地上でできるL型バンカーサイロを採用した。
屋根を作るのが大変だが、フレサンジュ家総動員で作るらしい。ただ動員されたフレサンジュさんが多すぎて笑えた。
合わせて、雄に限るが簡単な去勢手術方を教えた。
この去勢手術とは、フレサンジュ家の様な名馬を育ている家には非常に重要な技術だ。いくら良い馬を育てた所で、購入された先で仔馬を生まされてしまっては今までの努力が簡単に抜かれてしまうからだ。
そして、ついこの間、草原貸し出しの話しを持って行くと共に去勢方法を伝授した。帝国――いや、世界初となる去勢法に全員が驚愕し、俺を含めて去勢を見ていた男共は顔を青くして内またで家の中に入っていた。この時、奥様方から「ミナと会っていかないのか?」と言われたが、内またで会うのは恥ずかしかったのでまた今度となった。
まぁ、そんな話しは置いといて。この草原貸し出しの対価としては、現在帝国で一番使用されている軍馬とは別に、マシューで使用されている一トン越えの体重を誇る輓馬を育ててもらうためである。
計画出産で、年一頭を生めるようにとお願いしているが、高名なブリーダーであるフレサンジュ家でもそれは難しいそうで、何とかやってみるが期待はしないでほしいと言われた。
フレサンジュ家としては、草原を貸してもらえるだけでかなりの得となり、さらに冬季の餌の確保から去勢法による販路の拡大でさらにフレサンジュ家はさらに活気づくこととなり、フレサンジュ家の人間全てがやる気に満ち溢れていた。
そして、落ち着き始めた今日この頃。展覧会での衝撃が強かったのか、マフェスト商会だけではなく俺の所にも磁器製品――とりわけ、オルゴールに関しての問い合わせが多かった。
特にヴァトレイ伯爵家の娘であるツェツェリアがサロンで自慢した為に、その親やお抱え商人からの融通してくれるように学校まで押しかける騒ぎとなった。
ちなみに、まだ停学中なので学校へ行っても俺には会えない。
俺が居なければ誰が対応したのかと言うと、マフェスト商会の商会長であるカナターンの娘のアムニットだ。
彼女は学校の授業以外にも、俺を訪ねてやって来る貴族や商人を捌いてくれているらしい。
アムニットこそ最大の功労者と言いたいところだが、功労者とは別に苦労人が存在している。それは、俺がオルゴールの外側だけで作った小物入れを持っていたブロッサム先生だ。
前回迷惑をかけたと言う事で、オルゴールの細かな装飾が施された小物入れをあげたのだが、それをルームメイトがオルゴールと勘違いしたらしく、その小物入れを譲ってほしいと言う問い合わせが相次いだそうだ。
子供に構われ過ぎたハムスターの様に、見るも無残なストレスマッハな状態になっていたそうだ。
それを渡した俺はと言うと、急いでやる仕事が終わったのでこれでゆっくりと休めると思った矢先、皇都から使者がやって来た。しかも、聖竜騎士隊を使用しての急使だった。
聖竜騎士隊は、先のブレイフォクサ戦による死者が出た為か、通常2騎編成のところを12騎編成と言う物々しい人数で俺一人を迎えに来た。
ロベール竜騎士隊の面々は、「さすがは隊長。それだけ重要人物ということですね」とのほほんとしていたが、聖竜騎士隊の人達の顔が怖かったから、絶対に対ブレイフォクサ戦での死亡事故の原因が俺にあると思っている顔だよ。
俺じゃなくてミーシャだけどな。悪いけど、戦場に来るんだから死んでも仕方が無いだろう。そう言う場なんだから。
武器らしい武器も持つことが許されず、俺は皇都へ連行された。
★
「いや~……。この歳になって、子供の時からの夢が叶えられるとは思わなかった」
カッカッカッ、と快活に笑ったのは、このユスベル帝国の宰相であるアガレストだった。
彼こそ、俺を呼んだ張本人であり、また今この場――河原で釣りをする事となった原因である。
アガレスト宰相は俺と会うなり「前に言っていたドラゴンに乗せてくれる約束はどうなった?」などとふざけた事を言いだした。
そんな事の為にブレイフォクサ領から急いでこさせたのか、と憤ったが、それ以上にアガレスト宰相の顔つきが怪しかったのでそれ以外の理由もあるのだろうと思い文句を呑みこんだ。
約束通り、俺の後ろに乗せるのではなくヴィリアに一人で乗ってもらった。
初めは周囲の聖竜騎士隊が止めに入ったが、俺の煽りとアガレスト宰相自身の好奇心が勝ち、ヴィリアに一人で乗る事となった。
結果は全く問題ない。俺は一緒に連れて来たドラゴンに跨りヴィリアを先導し、今いる河原まで飛んできたのだ。
夢にまで見たドラゴンに一人で騎乗し、さらには最後まで上手く操作できたので感動の余り涙を流していたが、これはヴィリアだからできた技だ。他のドラゴンでやれば、何処に飛んでいくか分かったもんじゃない。
「喜んでいただけたようで幸いです。ですが、宰相閣下に釣りと言うご趣味があったとは思いませんでした」
「釣りとは、言わば戦いだよ。他の人はたかが魚と言うが、その魚を獲るために漁師がどれだけの時間を労しているか分かっていると言うのか。それに、狩りと違い足跡も無ければ気配もない。狩りが簡単だとは言わないが、釣りは難しい物だと私は思っている」
「同感です」
ヒュッ、と投げたのべ竿のラインは絹糸で、その先には俺が作ったテンカラが付いている。
通常、川魚を釣る時はその周辺でミミズを掘り起し餌とするが、俺は生き餌よりもルアー派なのでテンカラとなった。その初めて見る疑似餌に、アガレスト宰相は「玩具で釣れるものか」と笑っていたので、今回は接待釣行ではなくガチでやってやろうかと思った。
しかし、問題なのは話をするために隣同士で座っている事だ。生き餌と疑似餌では、生き餌の方が食いつきやすい。ルアーマンはエッサマンの近くでは生きられないのだ。
「それで、君を呼んだのはただドラゴンに乗せてもらったり、釣りをするためじゃない」
「はい」
釣りを始めてどれだけたっただろうか。移動釣りが基本のルアー釣りにあるまじき座り釣りと言う間抜けを演じる事が苦痛になり始めた頃、やっとアガレスト宰相が口を開いてくれた。
「君はいったい何がしたいんだ?」
「何……とは何でしょうか?」
「この間、アドゥラン第一皇子主催の磁器展覧会で、君は数々の品を発表した」
「発表したのはマフェスト商会ですが……。ご入用の際は、マフェスト商会を通していただけると話が早いですよ」
アガレスト宰相が磁器製品を欲しがっているとは思えないが、一応とぼけるつもりで言ってみた。しかし、それに対しての返答は無かった。
「アドゥラン第一皇子はお優しい方だから特に何もいう事は無いだろうが、今回の磁器の展覧会はユスベル帝国が竜騎士の技術を外に出してまでニカロ王国から譲り受けた技術を帝国貴族に公表し、帝国の威信を上げると共に外貨を得るための物だ。それこそ、ここに至るまでアドゥラン第一皇子は留学すると共に、外交に力を入れて誇りを削り譲歩しそれで手に入れた技術であるにも関わらず、君はわずか数ヶ月で勝るとも劣らない技術を発表した」
そこで一旦話を区切り、アガレスト宰相は水に漬けられすぎて白っぽくなったミミズを針から外し、カゴから新しいミミズと取り出して再び針に刺すと流れが緩やかな所へ向けて投げた。
その間、俺も暇なので無意味にルアー交換をしてみた。
「ニカロ王国からは、帝国に対してのみ卸した技術が、貴族と言えど民間に払い下げられたと抗議が入った」
「お言葉ですが、私は帝国から技術を受けた事も無ければ、ニカロ王国から技術を貰った事もありません」
抗議に対する抗議として強めの口調で言うと、アガレスト宰相は首を振った。
「もちろん、それは分かっている。これは私の想像になるが、ニカロ王国の船と交換で農業技術者を派遣した際、君が懇意にしている商会の商人を間者として送りこんだだろう? その時に見た技術からニカロ王国の技術を推測し、見た先にある秘匿技術に気づき作り上げた」
違うか? と視線だけで問われた。まぁ、大よそ正解である。
「私が目指したのは、作業の効率化です。5工程で作り上げられる製品を4工程でできるなら、工程一つが減った分、多く製品を作る事ができます。これが、『改善』と言う物です」
ブラック大好き『改善提案』。大企業を真似て零細社長がはっちゃけるが、基礎ができていない状態で改善などできる訳もなく、意味が分からない改善が大量に発生し、最終的には元に戻ると言う負のスパイラル。
「言うは簡単だがな。それに、作業内容を少なくしたところであの様な物が作れるとは思えん」
「作れますよ? 現に私が作っています。確かに、透かしやオルゴールは新しい技術と言えますが、それらは私が作らなくても近い内に世に出ていたはずです。では、他と差を付けるにはどうすれば良いか。それは、少ない作業者で大量の製品を作れるようにすればいいのです」
そういうものか、とアガレスト宰相は俺の言葉に頷くが、やはりどこか釈然としていない様子ではあった。
「まぁ、技術に関しては置いておくが、私が言いたいのは、なぜ君は帝国に敵対する道を選ぶのか、と言う事だ」
「まさかっ!? 私がいつ帝国の意に沿わぬ事をしたと言うのですか!」
不本意ここに極まる、と感情に任せて声を荒げると、その声に反応したのか川の水面を魚が跳ねた。
その声はアガレスト宰相も予想外だったのか驚いた顔をしており、ドラゴンを降りて周囲を見張っていた聖竜騎士隊の人間も何事かと駆けつけた。
アガレスト宰相はあえて朗らかな笑顔を浮かべながら聖竜騎士隊に問題が無い事を告げると、聖竜騎士隊は敬礼をして持ち場へ戻った。
「すまん、すまん。言葉が悪かったな。――私が言いたいのは、それだけの技術がありながらなぜアドゥラン第一皇子に協力してくれないのか、帝国の為に動いてくれないのか、と言う事だ。勘違いしないで欲しいが、私はアドゥラン第一皇子派でもロベリオン第二皇子派でもない、帝国宰相としてのみの言葉として聞いてほしい」
「私は、どちらの派閥にも入っていません。ただ言えることは、私が受け持ったカグツチ領の領民の安寧です。帝国から払われる年給金は金貨6000枚ですが、今までで使用した金額は現時点で8200枚です。今年も残すところあとわずかですが、それでも2200枚の足が出ています。そして、押し付けられたブレイフォクサ領の立て直しの為に、私個人の借金が金貨5000枚近くあります。ついこの間まで貯金があったにも関わらず、一夜にして借金王となりました。私には金が要ります。それも多くの。金、金、金と貴族が嫌うように見せている守銭奴に成り下がったのは、何処の誰のせいかと言う事を理解していただきたいです。ちなみに、今の言葉は竜騎士でも貴族でもないただの借金王の言葉として聞いてください」
意趣返しと言う訳ではなく、ただの笑い話として言ったつもりだったが、当のアガレスト宰相は驚きの顔をしていた。
「ブレイフォクサ領の立て直しは、君自らが名乗りでた物だろう? それを押し付けられたなどと言うのは、少し――いや、大分おかしいのではないのか?」
「当時――いえ、今も協力関係にあるマフェスト商会の商隊が襲われ、その犯人がブレイフォクサ公爵でした。そんな敵に対して、我が身を削ってまで領地を立て直そうとする馬鹿がどこに居ると言うのですか?」
「それは……、皇都の城では、やり過ぎた事に対する贖罪であると言う話が持ち上がっていた。もちろん、私もそうだと思って居る。皇帝陛下の決は、君が頼み込んだ物だと聞いていたがのだが違うのか?」
「違いますよ。そもそも、それどこ情報ですか? 私を潰そうとする一派が、私の力を削ぐために皇帝陛下に適当な事を言ったのではないのですか?」
俺としては皇帝が耄碌して無理難題を振ってきたとしか思えないがな。そう言いたいが、そんな事を言った瞬間に牢獄行きになるから言わないけど。
俺のキッパリとした物言いに何か感じたのか、それとも俺を潰そうとする一派が多く存在しているのか、アガレスト宰相はアゴに手を当てて考え込んだ。
「そうだな……。帰ったら、今一度、皇帝陛下に話を聞いてみよう。――それで、君の目指すべきものはなんだ? どうしたら、帝国の為に力を揮ってくれるんだ? もしアレなら、ブレイフォクサ公爵領の立て直しの見直しも進言しておくが」
「止めてください。折角ここまで来たのに、見直しなんてされたら今までの努力が水の泡です。そもそも、それは見直しと言うより、私が作り上げた実績の横取りですよ?」
「そうは言っていない。――いや、すまない。確かに、今の言い方だとそうとも取れるな。全く。話が違い過ぎて、何を言って良いか分からなくなる」
帝国も一枚岩ではないようで、宰相閣下もお疲れの様だ。まぁ、俺としては邪魔さえしてもらわなければまだ良しとするが。
「あと磁器製品なのですが、国家主導の磁器卸売会社とマフェスト商会主導の商会中心の磁器卸売会社は、ライバルとして互いに研鑽にし合える仲になりましょう、とアドゥラン第一皇子ともお話させて頂いています」
その返答に、アガレスト宰相は「そうか」と言葉短く答えた。
アガレスト宰相が何の話をしたかったのか、そもそも展覧会で新作を引っ提げて暴れまわった事に苦言を呈す為に呼んだだけではなかったはずだったが、ブレイフォクサ領の押し付けを話した事によって別の事に意識が行ってしまったようだ。
その後は、俺が一匹とアガレスト宰相が二匹の岩魚を釣り上げる事で、居心地の悪い面白くない釣行は終了となった。
さすがに他の竜騎士が見ている前で、俺達だけ焼き魚を食うのは申し訳ない。なので、ヴィリアに頼んで岩に岩をぶつけてもらい、昔懐かしいガチンコ漁に精を出した。
周囲の聖竜騎士隊の連中は、岩を持ち上げ別の岩にぶつけると言う細かな指示に従うヴィリアに驚いていた。
ガチンコ漁で得る事の出来た魚を全員で食べている間、聖竜騎士隊の連中は、どうやって指示に従わせているのか聞きたそうにしていたが、近衛の竜騎士が学生に聞くのは外聞が悪いと思っているらしく、チラチラとこちらを窺うがそれ以上の行動は無かった。
聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥とはよくいった物だ。
そのまま魚を食い終えると、その場でアガレスト宰相は聖竜騎士隊のドラゴンに乗って皇都へ帰って行った。
「さて、俺等も帰るか」
「そうだな」
残された俺とヴィリアともう一頭のドラゴンは頷き合うと静かに帰った。
★
さて、色々とあったがカグツチ国でも問題は発生していた。
カグツチ国の役所の側はすでに作り終え、今は内装作業を行っている。その側も内装作業を行っているのもイスカンダル商会が頼んだ施工業者だ。
何が問題になっているかと言うと、俺の住まいについてらしい。そう。役所と言う今後、カグツチ国のメインの建物がイスカンダル商会の担当であるならば、俺の住まいとなる、言わば権力の象徴とも言える建物を新しく参入する事となった商会が担当したいと言い出したのだ。
新しい商会と言うのは、俺がマフェスト商会をカグツチ国に支店を置かせる理由ともなった、商会の保護と言う話に乗った商会たちである。
その商会が、新規参入する新参者であるが故に俺の住む家を建てさせてほしいと言ってきたのだ。しかし、それは建前で、先も言った通り権力の象徴として目立つであろう俺の家を作る事によって商会の力を知らしめようとしているらしい。
何でそんな事をするのか、とグレイスに聞くと、帝国で名を上げている商会ですら俺の事を注目しており、商人として俺の作る商品のおこぼれを――できるのであれば、その全てを取り扱いたいと思っているそうな。
それを手っ取り早く行うには、自分達の力を俺へ見せつけこの商会となら手を結んでも良いだろうと思わせようとしているらしい。
家を建てるのは良いんだけど、ここは下賜されたわけではない準統治領である。そんな所に俺の家を建ててどうする、とも思ったが、それはグレイスが言いにくそうに、権力者は誰であってもその建物は残るから、だそうだ。みんな現金だな。
それで、この家を建てるのに名乗りを上げたのは6商会だ。それぞれが、「うちの商会ではこれほどの物を建てられる」とイメージ図を持ってきてくれたのだが、正直どれもカッコいい。
さすが名のある商会たちの様で、俺の好みを知っている。しかも、建築費用は商会持ちと来たもんだ。
どれも良かったもんだから、とりあえず各商会の良い部分だけを伝えたら「上手い具合に建てます」と返事がきたから上手い具合に建ててくれるんだろう。
★
「おぉ、良いねぇ、良いねぇ」
「ありがとうございます」
カグツチ国にある工房の一つでは、今現在矢の箆の部分の製作が急がれている。
それは、戦争の花形と言える騎馬隊に対抗する為に弓兵の大部隊を作ろうと思ったのだが、当たり前だが弓を扱えるのは狩人ばかりであった。
しかも、前々から言われている通り弓兵=汚いと言った具合で、一応兵種としては存在しているがあまり表だった活躍はしていない。
そこでまぁテンプレと言うべきか、カグツチ国では弓兵の育成をしようと思った。問題は、弓兵はかなり才能に左右される存在だと言う事だ。
じゃぁ、どうすれば良いかと言えば、それはクロスボウだろう。
対ドラゴン用でバリスタと言う存在がありながらクロスボウと言う存在が無かったのは――いや、無い訳ではなく数が少ないのだが――その殺傷能力の高さから各国の軍から非人道的かつ騎士の精神に反するとか頭の悪い事を言いだし合い、次第に廃れて行ったのだ。
なので、ごく一部であるがクロスボウは存在しており使っている人間も居るのだが、それは狩人がほとんどであり兵士としては存在していなかった。
それに、狩人も次弾装填の遅さから狩りには向いていないと言う事で、使っている人間は結構好きものに分類されていた。
そうであっても、クロスボウは訓練期間の短縮もできるし、なにより先の使用禁止の理由ともなった殺傷能力がお墨付きだ。
ではなぜ矢の箆の製作をしているのかと言うと、クロスボウを作るには職人が居なさすぎるのだ。どこを探しても居らず、クロスボウ使用の狩人に聞いても「昔、自分で作った」としか返って来なかった。
ならば自分で作るかとなったのだが、クロスボウの構造や機構については直ぐに思いついたのだが、如何せん素材と各部調整は職人でないと無理だった。
なので、その各部調整を行っている今の時期に、最近開発した水力木旋盤で綺麗な円筒型を作らなければいけない箆製作を始めた。
その水力木旋盤で作ったのが、マシューでのコマと言う訳だ。あちらは木旋盤の製作だけを考えていたので、箆の製作には力を入れておらず、箆の製作はマシューで募った木旋盤職人に狩りで使う必要分だけ作るように指示している。
動力付きになったお蔭で、今まで職人が時間をかけて作っていた箆の部分がかなり短時間で作れるようになった。
それに伴い、コマや職人や素人がコツコツと彫って作っていた木皿もかなり簡単にできるようになった。イスカンダル商会の商品ラインナップに木皿が加わる予定だ。
では、矢は誰が使うのかと言うと、カグツチ国に来ている開拓者は半分以上が元兵士だ。
ほとんどが自分の畑を持つことを夢見て来たのだが、コツコツと野菜を作ったり狩りをしての生活が合わずにカグツチ国の兵士となる、出戻りする人間も少なからずいた。
帝国から警戒されているからか、ロベール竜騎士隊の下に兵を付ける事を許可してくれなかったが、自警団として存在させると特に文句は言ってこなかった。
ただこれはキチンと説明せずに、帝国からきているであろう間者を通しての報告なので、何か問題が在ったら別経路で警告が来るかも知れない。かもしれないが、警告が来るまで好きにやろうかと思う。
「んじゃぁ、クロスボウが出来上がるまでは通常の矢の箆の製作を頼んだ」
「はい。分かりました」
水力木旋盤の職人(予定)にあとを頼むと、次は順調に形作られている町の建設現場へ向かった。
先ほども言った、俺の家の他にも問題が発生していたのだ。それは、測量してキチンとした街並みを計画しての町づくりだったにも関わらず、建築職人が「この建物はこうだ」と言わんばかりに、若干道路へはみ出した建物を作り出したのだ。
ただし、これは職人が悪い訳ではなく計画した商会の人間が悪い。契約こそ至高と言っておきながら、黙っていれば陰で他人を出し抜こうとするのが商人で、今回の件も他の商会よりも大きな建物を作ろうと計画した商会が道路にはみ出すように設計したのだ。俺が気付いた時には側がかなりできた状態だった。
そこで、馬鹿だった俺は日本人的な思考で、やってしまった物は仕方が無い、と言う軽い考えで罰金を支払わせることで許可してしまったところ、他の商会が次々と拡張した状態で建てはじめたのだ。
さすがにそれはいかんとなったのだが、他の商会に言わせると「一つ目の商会が良くて、何で我々がいけないのか」と言う事らしい。
要するに、俺は商会から持ち上げられているが舐められていたと言う事だ。
それに、本物のロベールの父親のストライカー侯爵と言う肩書も、俺の子爵と言う肩書も帝国の物流を司る商会にとっては確かに脅威ではあるが死ぬほどへりくだるほどでもないと言う感覚がひしひしと伝わってきた。
商会の総元締めである商業組合の発足を必要とする話であった。
なので、勝手にやるのであればこちらもやってやろうと言う事で、土地に対する税金とプラスしてはみ出した部分はもちろんの事、はみ出した部分の広さを元の建物の税金に掛け算する方法をとった。
他には清掃費用程度の税金しか取らないつもりだったが、人頭税・馬頭税・荷車税などなど、どんどんと税金を増やしていくことを提案したら、最終的には商会側が折れる形となり今回の件は終了した。
まだ出来上がってもいない町でこれほど強気に行くのはさすがに不味いかと思ったが、商会側も俺の考えについて未来が見えると思ったのか、それ以上問題になる事はなかった。
まぁ、それ以前に若干キレたヴィリアが建設中の商会の外壁を笑いながら撫でていたのも商会が引き下がる要因の一つだったのかもしれないが。
建築現場を見て回ると、職人たちは清々しい挨拶をし、商人達は怒らせてはいけないと愛想笑いを浮かべながら俺を迎えてくれた。
経済の中心となる商会通りも完成の目途が立ち、市場及び市場通りも店の影も形も無いが完成している。入植者たちも出来上がった長屋に順次入居してもらっている。
城壁の無いカグツチ国に苦言を呈す商会も少なからず居たが、そんな城壁を作る金もないし、そもそも帝国の外れなので野盗自体少なく、その少ない野盗は俺のドラゴンの餌になっている。
大型の獣についても同じで、さらに大型のドラゴンがカグツチ国を中心に猟場を形成しているので、郊外のさらに先へ行かない限りは全く問題ない。
また郊外に作った畑には勢いこそ普通の物よりやや劣るものの、黄金色に輝く麦が収穫に向けて実を膨らませており、さらに新しい作物であるトウモロコシも害虫被害に見舞われながらも何とか第一期の実りを迎える事ができた。
後は収穫をするだけとなっており、カグツチ国民はその日が今か今かと待っている状況だ。
色々と問題は在るが、何とか国としての体を成しはじめていると思う。
アガレスト宰相=ユスベル帝国に居る三人の宰相の内の一人。昔、竜騎士になりたかったが、お金が無くてあきらめた人。
8月19日 誤字修正・一部文章の修正をしました。