幕間 見えない服
富士山山頂から日の出と共に投稿第二回!
今回も幕間ですすまんね。
展覧会まであと2週間と迫った所で、マフェスト商会に頼んでおいた服が届いた。
艶のある布で飾り付けられた、無駄に豪華な箱に入って来たのだが、それのさらに上を行く豪華に飾られた方の箱はノッラのドレスが入っていた。
ノッラはそのドレスの入った箱を俺からひったくるようにして奪うと部屋にこもり、その後、凄まじい狂気じみた喜びの声が屋敷中に響き渡った。
傾いた状態の家であってもそれなりに我が儘をさせてもらっていたノッラだったが、やはり傾いた状態で行き過ぎた贅沢をさせては貰えなかったようだ。今回のドレスの質は、最近では買ってもらったことの無いほど良い物なので、あの叫びも仕方が無い事だと言える。
しかし、我がロベール竜騎士隊の面々の顔は、苦虫をかみつぶしたようにしかめっ面が揃っていた。
ブレイフォクサ公爵領で得た税収を使う訳にはいかず、このドレスは全て俺のポケットマネーから出ているからだ。
我が竜騎士隊は竜騎士育成学校の新卒を主軸として設立した部隊だ。お蔭で周りからは形だけの部隊だ、と陰口と叩かれるが何色にも染まっていない新卒者は口が達者ではないので扱いやすい上にスレていないので向上心の塊とも言えた。
さらに特徴としては給金の良さだ。同時期に卒業して国軍へと入ったクラスメイトの月給が、見習いと言う意味も含めて金貨1枚と銀貨5枚に対して、俺のところは金貨3枚を支払っている。
新卒者としては破格の待遇だが、仕事の量と辛さは国軍の竜騎士部隊の比ではないので、初めは給金の良さに羨ましがる同期も仕事内容の酷使度を聞いて引くらしい。
これはイスカンダル商会にも言えて、最近、協力関係になったマフェスト商会からの評価では、十代で商隊を任されて、二十代で幹部を任されて、三十代で墓守を任されると言われている。
十代、二十代の意味は分かるが、三十代は? と聞いたところ、死んでも墓を守る仕事をさせられる、という忙しさを揶揄した笑い話だった。止めろよ。イスカンダル商会の人間全員真顔じゃねーか。
まだまだ駆け出しの弱小か中堅以下の商会は足で稼がねばいかんのよ。それを皆分かっているから、文句も言わずについてきている。あと、給料もそこいらの同規模商会よりは大分良い給料を支払っているしね。
それに、商会持ちで一日三食を料理人も雇っての食事補助をしている。体と頭を使う商会の仕事に食事は絶対である。
しっかりと食わせておけば、その分しっかり働いてくれる。この考えは間違えではなかったようで、他の商会よりも商人を酷使しているにも関わらず、他の商会よりも血色がよいのだ。
――話はそれたが、金の話だ。部隊が新設されてから今まで、移動する時は学校の移動教室の如く連れだって移動していた。
お蔭で元からあった仲間意識が強くなり、部隊と言うより気心知れた親友同士の組織となって行った。
何が言いたいかというと、その仲間の一人である俺の金を、俺を嫌っている人物の為に使われるのが嫌なようだった。
もちろん人の金の使い道にとやかく言うような奴は俺の竜騎士隊には一人も居ないので無視しても良かったのだが、婚約者を見つけさせるための先行投資だ、という事で理解をさせた。
そして、今、目の前には豪華な箱が置いてある。それを取り囲むのはいつのもメンバーと言うべきか、俺・ミーシャ・フォポール・マリッタ・アシュリーが床に座っている。
「こちらの箱にも服が入っているのでしょうか?」
箱を前にして口を開いたのは、ロベール竜騎士隊の副隊長のフォポールだった。
「なら、これもロベールの服か?」
女の子座りをしている意外なミーシャやアシュリーと違い、どっしりと胡坐をかいているマリッタがそれなりに大きな箱を隅々まで見るように動かしながら言った。
その問いに俺は首を振った。
「いや、俺のはさっき試着した奴で終わりだ」
紺の詰襟に肩章をつけ、襟や裾や袖には金糸で飾り縫いがしてある。一昔前の軍の正装と言った様相である。
ユスベル帝国での正装と言うか、何処へいっても恥ずかしくないフォーマルな格好は大体が開襟でフリルの付いたものだ。ついていない場合は、体格を良く見せる為に鳩胸になっていたりする。
ズボンは若干ピチッとなった物が好まれるのだが、俺はそれが嫌だったので普通のスリムタイプのズボンだ。お蔭で貧相な体系がモロにでてしまう。
「あの服は格好良かったですね。しかも、デザインは全てロベール様が考えているとか、竜騎士で食べていけなくなっても生きていけますね」
「デザイン的には改良の余地はあるけど、全体としては気に入っています」
どや、とちょっと誇ったように言ってしまうのは、個人的にも上手くいったと思っているからだ。そこを叶えてくれたマフェスト商会様様だな。
「じゃあ、その中には何が入ってんだよ?」
「この中にはな、綺麗なドレスが入ってんだよ」
早く見せろよ、と言わんばかりに聞いてくるミーシャに笑いながら答えた。この中にはそれはそれは素晴らしい物が入っているんだからよ。
勿体ぶるのもアレなんで、早速箱を開けてみる。
「こちらの美しいドレス。アホゥには見えぬドレスとなっております」
箱から必要以上に恭しく取り出したのは、見えぬドレスと言う名の遊びである。
この箱はマフェスト商会が送ってきた俺の服が入っていた物だ。過剰包装はなはだしいが、やはりこういった品物は入れる箱にも気を使わねばいけないのだ。
俺が見えないドレスを取り出すと、皆一様に困ったような表情をした。何を言っているんだこいつは……、と。
常識で言えば見えないドレスなど存在しないし、そもそも存在したとしても無いのと一緒である。それが常識。
しかし、常識にとらわれない少女が一人いた。
「イイ!」
パチン、と指パッチンをして見えないドレスを指してきたのはミーシャだった。
「さすがミーシャ、お目が高い。一番にこのドレスの良さに気付くとはなかなかだな」
「当たり前だろ? このスケ感? っての? うん。なんかこう、ありのままの自分で居させてくれそうな良い感じの服だよな」
「なら着るか?」
「着たいのは山々だけど、こんなヒラヒラした服は好きじゃないし、それにもうちょっと色がはっきりした物が良いんだよ」
自分がアホではないと言う事を証明したかったのか、いの一番に服が見えると言ってのけたミーシャだったが、今一番滑稽な人間に成り下がっている。
しかし、あやふやでありながらキチンと服の評価をするところは成長したと言えるだろうか?
「こういうのは、やっぱりマリッタが着た方が良いよな」
ふんす、となぜかドヤ顔でミーシャが言った。
「何で私なんだ」
「だって男を誘わなきゃいけないだろ?」
「いつから私はそんなにふしだらになったんだ!」
恥ずかしさからか、チラリと少しだけフォポールに視線を向けた後、獅子の咆哮たるやと言った叫びを上げた。
見られたフォポールは、マリッタからの視線を感じているはずなのに涼しい顔だった。
反応しては良い餌になると思ってか、それとも囃し立てられているマリッタを思ってか分からないが、この場に居る時点でミーシャの餌なんだよ。
「なら、フォッポールが着るか?」
「「止めてください」」
俺とフォポールの声が被ってしまった。男の裸なんて見たくないし、これが本当にドレスであったとしても、男のドレス姿なんて――フォポールなら意外と似合いそうだけど見たくはない。
「ならアシュリーはどうだろう?」
ミーシャの声に釣られて、見えないドレスをアシュリーに向けると、アシュリーはなぜか満面の笑顔だった。
「おっ、良い笑顔。どうですか、お客さん?」
「素晴らしいドレスですね。これを着て、アドゥラン第一皇子様主催のパーティーへ、ロベール様がエスコート役で一緒に行ってほしいですね。ロベール様が選んだ素晴らしいドレスですから、それはそれは注目の的でしょう。何たって帝国で一番勢いのある竜騎士であり候補生ですからね。そんな人か連れて来た女性に着せているのは、これほど美しいドレスなんですから質問攻めにあってしまうかもしれません。そうなった場合、これを着る事で発生する全ての事柄に対して全責任をロベール様が負ってくださるので、このドレスを着てパーティーへ行く事もやぶさかではありませんよ?」
真顔で一気にまくしたてられ、その迫力に勢い負けしてしまい俺は黙るしかなかった。
「ちょっと試着したいので、そのドレスを貸していただけませんか?」
俺が黙っているのを好機と見たのか、アシュリーは俺が持っている見えないドレスを取ろうとしたが、寸での所で回避することに成功した。
いや、そもそも存在していない見えないドレスなんだから取られても何の問題も無い。無いのだが、アシュリーが問題を起こしそうなので取られまいと頑張ってしまったのだ。
「いっ、いや、これはちょっと派手すぎるから展覧会にはふさわしくないと思うんですよ。だから、これはしまっちゃおうねー」
バサッ、と勢い良くドレスをパントマイムでしまうと、直ぐにフタを締めて封印した。
その後はアシュリーが勝手に開けないように、部屋の外で待機している俺の目や耳として良く動いてくれているメイドに下賜した。
煮るなり焼くなり売るなりしても良いと言った処、全力でお礼を言って出て行ってしまった。
なお、この時アシュリーから「いくじなし」と言う言葉が聞こえた気がしたけど、そこに突っ込むと只ならぬ事になりそうだったので無視した。
今日の教訓は、冗談を言って良い相手と良くない相手が要ると言う事だろう。これは大切だ。
★
「ストライカー様。少々よろしいでしょうか?」
ドレス事件から数日後。展覧会会場へ早めに出発するノッラの準備に追われる屋敷で、忙しいはずのメイドの一人が声をかけてきた。
メイドとは言っても細々働く分類ではなく、どちらかと言うとメイド副長みたいな存在だ。
広い屋敷でメイド長では捌ききれない仕事を手伝い、また時にはメイドに指示を出したりするメイドだ。恰幅の良さと豪気さから、俺の中ではビッグママと呼ばせてもらっている。
「どうした?」
「メイドの事で、少しご相談が……」
「メイド……?」
言いにくそうに口を開くのは、やはり身内の恥でありブレイフォクサ公爵家復興の為に奮戦している俺に対する遠慮だろう。
しかし、ここで遠慮してもらって取り返しのつかない事になると困るので、ここは早めに行ってもらった方が良いだろう。
「とりあえず言ってくれ。こちらで対応できるのであれば、すぐに対応するから」
「ありがとうございます。ご相談と言うのは、ストライカー様がメイドに下賜された箱に着いてなのですが」
「箱? ……あぁ、あれか」
見えないドレスで遊んだあの箱だ。確か、あの箱はメイドに上げた覚えがある。
「はい。あの箱を貰ってから、箱を受け取ったメイドとそのルームメイトは夜な夜な「スケ感が良いわね」「さすが貴族の服。素晴らしい」「この間着たんだけど、やっぱり体の起伏が無いとダメね」などなど、何も入っていない箱を囲んで話しており、他の部屋のメイドが怖がっている状況です」
どうやら、あのメイドは好奇心旺盛過ぎて、あの日の話をドア越しに聞いていたようだ。
これはいけない。お仕置きが必要である。しかし、それ以上に必要な事は――。
「今すぐにその箱を売却してきてくれ。相手が何を言おうと俺の命令として今すぐに!」
「畏まりました」
ドスドスドス、となかなか良い足音を響かせながらメイド副長は走っていた。
それから数分後、遠くでメイドの泣き叫ぶ声が聞こえたとか聞こえないとか。