幕間 サロンの友
竜騎士育成学校の一階にある喫茶スペースは大変人気がある。
それは、貴族――と言うか学生自体がお茶を通して会話をし、親交を深めるという交流方法の他に大きなガラスの窓があるからだ。
そのガラス窓は竜騎士育成学校でも自慢の一品であるが、大きな一枚板を作る事ができないこの世界の技術力では枠組みされた物が組み合わさり、それにガラス自体もやや歪みがある。ただし、それでも人気があるには変わりない。
そんな喫茶スペースでは生徒間で決められた暗黙の了解が存在しており、新規参加をする場合、やや敷居の高い状態となっている。
その中でも分かり易いのは座る席だった。
フリーの席と場合によっては座って良い席と座ってはいけない席だ。
フリーとはそのままの意味でどんな生徒でも気軽に座る事の出来る場所だ。ただし、隅っこだったり移動が不便だったり、隣のテーブルに上級貴族の子弟が座っており気を使うなどの理由がある。
次に場合によっては座っても良い席とは通称中堅席と呼ばれている。基本フリーではあるが、ある程度の人物が好んで座っており、そう言った人たちが来た場合は退くといった感じだった。
最後に、絶対に座ってはいけない上級席とは、上級貴族――とりわけ国議会に参加できるような人物を親に持つ生徒が好んで座る席だ。
喫茶スペースがどれだけ混んでいようとも、その席だけはぽっかりとあいている。
それは、中堅席と違い退けば良いと言う物では無いからだ。
しかし、そんな席を作る事ができる人間はほとんど居ない。まず、それだけ実力がある人物の子供が毎年入学していない事と、中途半端な貴族が上級席を作るとイザコザの原因となるからだ。
今現在、この喫茶スペースには上級席が3つ存在しており、その内の一つには、今帝国で一番勢いのあるロベールの名前がある。
本人はそこを専用席と宣誓したわけでは無かったが、いつも同じ席に座っていた為に必然的にそうなってしまった。
そんな面倒くさい暗黙の了解のある喫茶スペースを出入口から覗く三人の影があった。
「どっ、どうする……? 今日こそ行く……?」
赤い髪を後ろで一つに束ね、快活とした雰囲気がある少女が少しだけ及び腰で言った。
「あぁあ、当たり前でしょ? その為に、良いお茶っ葉を用意したんだから」
濃い茶色の髪をショートカットに切りそろえ、細目に整えられた眉が鋭利な印象を持たすが、こちらもフルフルとした声色をしているのでイマイチ迫力に欠ける。
「でもでも、今日も人が……」
最後に、ロングの金色の髪を流し、他の二人とは違い太めの眉が特徴的な情けない系おっとり少女が言った。ややアムニットと似た雰囲気があったが、こちらは起伏の乏しい残念体型だった。
そんな三少女が見る喫茶スペースは、今日も気温が高いので普段は外で飲んでいる生徒も今日は室内で飲んでいる。なので、喫茶スペースの利用客も多くなっていた。
彼女たちの内、2人は望まずしてこの竜騎士育成学校へ入学した。
もう一人は子供の時から竜騎士に憧れていたが、家の金銭的な問題と女と言う理由で入学は諦めていた。他の2人は、普通に勉強してどこかの家へ嫁ぐと思っていたら突然入学させられたのだ。
三人に共通するのは、昨年の暮れに設立されたロベリオン第二皇子の天駆ける矢の存在だった。新軍であり人員を必要としているのであれば、竜騎士育成学校へ入学させておけば可能性があるのではないか?
つまりは、学生でありながら天駆ける矢で活躍しているロベールとつながりを持ち、さらには恋愛関係――いや、婚姻まで至ってくれないか、という色々な意味で淡い期待を家から背負わされて、毎日の生活すら億劫となっていた。
しかし、それでも貴族の子女である。話に聞く竜騎士育成学校の喫茶スペースでお茶を飲みたい。そんな事を想いながらここへ来るのは今回で4回目なのだが、前の3回は全て尻込みして終わっている。
だから、今回こそは良いお茶っ葉も用意してあるのでここで飲みたいところであった。
「なぁなぁ、入らんの? 入らんの?」
「「「!?!?」」」
出入口で中の様子を窺っている三人の後ろから、この静かな空間に似合わない調子の抜けた声で話しかけられ、三人は飛び上がるように振り返った。
そこで三人が見たのは、明らかに学生でもなくまたメイド等そば仕えとも思えない自分達よりやや年上の女の子だった。
「入らんのなら、退いて」
「あっ、はい、ごめんなさい」
「ん」
そう言って緑を基調とした堅そうな布で作られた地味な服を纏った女の子は、周囲の生徒たちの視線を気にする事無くお湯や食べ物を売っているカウンターへと歩いて行った。
明らかに女の子の方が異質なのにも関わらず、女の子はさも当たり前と言わんばかりにカウンターで女性スタッフに何か紙を渡している。
「ん」
異質な女の子――ミーシャがこの喫茶スペースへ来るようになったのは、ロベールがカグツチ領を準統治領として受け取ってからだった。
それまでは何度かお茶は飲みに来ていたのだが、貰った金はすぐに使ってしまう江戸っ子気質のミーシャは、お茶は人に奢られて飲むものであって自分から買う物ではないと考えている。
それは、大鹿にもお茶を飲む文化があり、お茶っ葉が無ければ自分で摘んでくると言う考えによるものだ。
しかし、暇と空腹と面倒くささが合わさった結果、ここへ来るようになった。しかし、金は払いたくない。
そこでミーシャが思いついたのはツケだ。あとでロベールに一括請求してくれ、と喫茶スタッフに言うと、その要求はすぐに通った。
ロベールには怒られるかも知れないが、飯を食わねば死んでしまうので叱りは甘んじて受けよう、と考えたミーシャだったが料金を一括請求されてもロベールは怒る事は無かった。
その代わり、偏り過ぎた食事について怒られた。肉好きのミーシャは肉の多い料理ばかり注文していたので、ロベールは喫茶のスタッフから相談を受けていたようだった。
そこでロベールが思いついたのはカード方式だ。メニューが書かれた紙を喫茶のスタッフに引いてもらい、ミーシャはそこに書かれているメニューを文句も言わずに食べると言った寸法だった。
野菜系のメニューを多めに入れているこのカードだが、ミーシャは文句も言わずに粛々と受け入れた。別の言い方をすれば、メニューを自分で選ぶのが面倒くさかったからでもある。
「ねぇ、さっきの人、上級席に行っちゃったよ……」
明らかに生徒でもなければ貴族にも見えないミーシャは迷うことなく、ここが我が席だと言わんばかりに上級席に座った。
それを見た三人組の一人は怯えた声色で言った。たぶんあの人は空いている席の意味を知らないのだろう、と。そして、次に怒る他の生徒たちからバッシングを。
その席こそ、ロベールが好んで座っている――座る事となっている席だった。しかし、この喫茶スペースに通っている者は、ミーシャがロベールの関係者だと知っているので特に何もいう事は無かった。
「でっ、でも、大丈夫そうね……。あの席は、上級席じゃなかったのかしら……?」
「あんなに良い席が? たまたまにしては……。いいえ、その前に私達も早くいかないと本当に席が無くなってしまうわ」
空いている席は少ない。幾つか残っている席の内、2つは上級席だ。だから、残り2つの席のどちらかを選べばよい。
「じゃっ、じゃぁ、行く――あぁっ!? 早速、一つ取られたわ!」
入口で固まっていると、横入りと言う訳ではないが4つの席の内、1つを取られてしまった。
残るは上級席が2つと、自由席が1つという分の悪い賭けが発生していた。
空いている席の隣に座っている人に、その空いている席について聞けばいいのだが、1年生の上、周りは上級生が固まっていたので聞こうにも聞けなかった。
「あっ、あのさ……。やっぱり、また今度にしない……」
太眉の少女が、聞こうか止めようか思案している2人の友人に提案した。
普段であれば、彼女の提案で他の2人も日和、撤退するのだが今回は違った。
「ダメよ。逃げてばかりでは、道は開けないわ」
「そっ、そうよ。3分の1じゃない。賭けに勝てばいいのよ」
その中の3分の2に座ってしまえば、今後の学校生活にも関わってくるほどの危険をはらんでいるにも関わらず、2人の少女は鼻息を荒くした。
「でっでも――あいたーーー!!!!」
突然、頭に鈍痛が走った太眉ちゃんは、人目をはばかることなく叫んでしまった。その叫びに、喫茶スペースを利用している生徒たちの会話が止まり、その声の発生源である太眉ちゃんに視線が集まった。
「あっ、あははは……はは……。ごっ、ごめんなさい……」
視線を一身に受けた太眉ちゃんは、額から背中、下腹部にかけて一瞬にして嫌な気持ち悪い汗をかいてしまい、しどろもどろになりながらも謝罪した。
「何やってんのよ」「目をつけられちゃうじゃない」と二人から批判を受けながらも、太眉ちゃんは自分の頭にぶつかった、叫びを上げる原因となった物を拾い上げた。
「ナフキン……?」
足元に転がっていたのは、固く結ばれたナフキンだった。その結び目の中には、こちらも固く丸められたフキンだった。
本来であれば柔らかいナフキンだが、速度+詰め物のせいで鈍痛に至ったらしい。
その飛来方向を見てみると、さきほど出入口で話しかけていた学生でもメイドでもない女の子が手を振っていた。
「ねっ、ねぇ、さっきの人、凄く手を振ってるよ……?」
太眉ちゃんの言葉に釣られてその方向を見ると、確かに先ほどの女の子――ミーシャが手を振っていた。どうみようと自分達をこっちに来いと呼んでいるように見える。
「しっ! これは罠よ」
キリッ、とした表情で赤毛の少女が自身の出した結論を言った。もちろん、ミーシャが罠をはる理由も、張るつもりも無のだが彼女らにとっては話しかけられる理由も無いからだ。
「罠?」
「そうよ。近づいた時はすでに遅し。どんな難癖を付けられるかわかったもんじゃないわ。それに、ほら」
アゴで指した丸められたナフキンは、口や手を拭いたのか汚れていた。
ただしめされたナフキンのどこが罠なのか分からない太眉ちゃんは、首を可愛く傾げて赤毛の少女を見た。
「これは、ナフキンを取り換えてこいと言う無言の命令よ。あのまま無防備に近づいては、使えない一年として晒し者にされるところだったわ」
ふぅ、危ない危ない。と出てもいない額に流れる汗を拭きとる動作をとった赤毛の少女は、地面に転がるナフキンを拾い上げるとカウンターに居るスタッフに渡した。
どこの席の人間の物なのか説明すると、スタッフはすぐに替えの新しいナフキンをもって手を振っていた女の子の元へ行った。
「これで一安心ね」
「えぇ、貴女の慧眼には頭が下がるわ。さすがね」
鋭利目ショートの少女が褒めると、褒められた少女は自身の推理が当たっていた事と鋭利目少女に褒められたことが嬉しいのか、赤毛の少女は頬を染めながらニヤニヤと笑った。
「危ない!」
「なっ!?」
鋭利目ショートの少女から発せられた注意に、赤毛の少女はその注意の対象――飛来する物体を寸でのところで避けた。
その避けられた飛来物は、赤毛の少女の後ろに居た少女に衝突した。
「痛っんぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!」
ガツン! と頭蓋骨に固い何かが当たった音を響かせながら、太眉ちゃんは頭骨に響く鋭痛に叫び声を上げないように歯を食いしばって我慢した。
その形相は、おおよそ人がやって良い顔ではなかった。
「ちょっ、ちょっと……私が言うのも何だけど、大丈夫?」
「ハァハァハァ――だいっ、大丈夫……」
痛みと歯を食いしばったため、涙と鼻水と涎を出しながら太眉ちゃんは不屈の精神で顔を上げた。
どうやら、衝突音は凄かったが破砕までは至っていなかったようで、太眉ちゃんの額が赤く腫れている事を除けば特に問題ないように見える。
「何であの人は……」
飛来してきた物――殻つきの胡桃を投げてきたのは手を振っていた女の子だった。
その女の子の顔は、「何で無視をするんだ!」と言いたげに怒った表情をしていたが、胡桃をぶつけられそうになった、またはぶつけられた少女は「何で向こうが怒っているんだろう」と理不尽な怒りに悲壮感が湧き上がっていた。
「あれは、諦めていくしかないようね……」
「やはりか……」
「痛い……」
三人は楽しいお茶を諦めて、自分達を呼ぶ女の子の席――座ってはいけない上級席へと向かった。
★
「そう! 本当に、あいつって陰湿よね!」
「あぁ、本当だな。男の風上にも置けない陰湿な奴だ」
結果として言えば、喫茶スペースの出入口で固まっていた三少女はミーシャと仲良くなった。
貴族ではあるが、ほとんど貴族ではない三少女にとって貴族でも何でもないミーシャは落ち着いて話せる人で、なおかつロベールと知り合いと言う事で上級席に座っているそうなので、そこも安心の人材料となっていた。
そして、今は学校の授業でズルい真似をして勝ちを取って行ったクラスメイトについての愚痴合戦となっていた。
「なぁなぁ、陰湿ってなに?」
「陰湿とは、ジメジメとしたいやらしい性格を持っている人物に対する言葉です。ズルやセコイ事を好む人にも使いますよ」
ミーシャの質問に答えたのは、まだ額を赤くしている太眉ちゃんだった。
今はミーシャの質問に注釈つきで答えるメイドの様な存在になっていたが、これが性格と相まって様になっていた。
「知ってる」
「「「えっ?」」」
「その陰湿な奴を一人だけ知っているぞ」
「誰ですか?」
どんな人物の名が出て来るのだろうか、とワクワク顔で一番食いついたのは太眉ちゃんだった。この三人の中で一番大人しそうな顔して一番ゲスいのかもしれない。
「ロベールだ。あいつは、セコイぞ」
「ろっ、ロベール様と言えば、先の防衛戦で唯一皇帝陛下からお言葉を頂戴し、しかも剣も下賜されたって言う……」
鋭利目ショートの少女は、ミーシャの言ったロベールの評価が、自分がこの学校に入る時に聞いたロベールに対する評価と違い過ぎて戸惑った。
曰く、新設の部隊でありながら帝国の危機に先んじて戦場へ舞い降り、数名の兵士を引きつれて敵側大将を捕縛したと言う、今すぐにでも劇にできそうな話だったからだ。
「基本はセコいぞ。喧嘩を売られてもあんま買わないし、買わなきゃいけない喧嘩は色んな手を使って、喧嘩を売った奴をぶっ倒すしな!」
ひゃひゃひゃひゃひゃ、と笑うミーシャに上級生の、しかもロベールの話題についてどう反応したらよいか分からない少女たちは半笑いするしかなかった。
「――ッ! 君たちねぇ。聞いていれば、誇り高き竜騎士の――それも今を輝くストライカー子爵を愚弄するとはどう言うつもりかねぇ!?」
ガタン、と強く椅子を引き立ち上がったのは、今まで静かに隣のテーブルでお茶を飲んでいた生徒だった。
癖の強い髪質なのか、鳥の巣が頭に乗ったような髪型で、しかも動く度に鳥の巣が前後に揺れた。
さきほどまで、ロベールの話になる度に静かになっていたので、盗み聞きしている事は確実だった。
それでも、ロベールの知り合いであるミーシャが居るのだから特に何も言ってこないだろうと思った居た鋭利目ショートだったが、やや調子の狂った、興奮したような声色で言ってきたことで読みが甘かったことを悟った。
「誰お前?」
「僕の名前はハウラン。ハウラン・ドゥ・デボン。デボン子爵家の長男であり、竜騎士としての成績はクラス7位だ」
「そうなの? んで、デンボン子爵が何だって?」
興味のない事に脳みその容量をコンマ1%も使わないミーシャは、早速ハウランの家名を間違えた。
それに、ハウランは顔を真赤にし一瞬で沸点へ到達し、テーブルを共にしていた三人の少女は震えあがった。
「きっ……君がストライカー子爵と、どど、どのような関係か分からないが――」
「友達だぜ! 命を預け合った程の――なっ!」
今までロベールとミーシャが本格的な戦闘行動をとったのは、カタン砦防衛戦時のラジュオール子爵邸襲撃のみなので、命を預け合うと言うのはただいなる語弊が含まれていた。
しかし、ハウランを煽るには十分すぎるほど効果を発揮した。
「あぁ、あぁ、そうかい。ストライカー子爵も、こんな下等市民に付きまとわれて大変だろうな。それに、そこの一年の女どもも――」
ギロリ、と子爵家の長男に睨まれた三少女は声にならない悲鳴を上げ、この状況を作り出したミーシャを呪った。
自分達はただ有名な竜騎士育成学校の喫茶スペースでお茶をしたかっただけなのに、気が付けばとんでもない事に巻き込まれていた、と。
「友の契りを交わし合ったストライカー子爵に付きまとうノミは、この私、ハウランが成敗してくれる」
「お前、絶対ロベールと友達じゃねぇだろ。お前みたいな愉快な髪型している奴がロベールの友達なら、絶対私の耳に入ってるしな!」
鳥の巣のような特徴的な髪型と言うのは皆が思っていたようで、ミーシャの大声に反応し喫茶スペースに居る数人の生徒はたまらないと言った様子で噴き出した。
「いいだろう……。お前達――命は無い物と思えよ……」
低く怒気を孕んだ声色を出すハウランに、ミーシャは涼しい顔で対応しているが、とばっちりを受けた三少女は震えあがり、テーブルの下で互いの手をきつく握り合った。
一触即発。その様な言葉を彷彿とさせる喫茶スペースを利用する生徒たちの耳に、廊下がやや騒がしくなっている声が聞こえた。
この状況に、誰かが先生を呼びにいったと思ったが、入ってきた人物を見てそれが違っていると知った。
「ミーシャ、ここに居たか。仕事だ。すぐに出るぞ」
入って来たのは件の人物であるロベールその人だった。
続いて、フォポールとアシュリーが入ってきた。
ロベールはそのままの通り噂が立っているので有名であった。そして、フォポールは顔や体が整っており、なおかつ成績は優秀で竜騎士育成学校も次席での卒業だった。
その上、聖竜騎士隊の誘いを蹴って、ロベール竜騎士隊の副隊長として入った破天荒ぶりで有名となっていた。
さらにその後ろに連れていたアシュリーも、成績は優秀な部類ではあるが特筆する程でもない。しかし、顔が良く後輩の面倒見も良いことから特に女生徒からの人気が高かった。
彼女も、国境警備隊に誘われているのを蹴ってロベールの元へ行った生徒の一人だった。
去年まで校内での憧れの的がロベールに引き連れられてやって来ては、それが話題にならないはずは無かった。
「フォポールは、食器を下げてくれ。アシュリーは、こちらの女子生徒たちに代わりのお茶とお菓子を取って来てくれ」
ロベールが命令を下すと、二人は執事やメイドかと言わんばかりに慣れた動きで命令を処理した。
フォポールは食器を重ね、ナフキンで食べこぼしを綺麗にふき取るとカウンターへ持って行った。アシュリーは、カウンターに居るスタッフに匂いから判断した三少女が飲んでいる紅茶を注文し、お菓子と共に受け取って行った。
「連れがご迷惑をおかけしました。今は代わりの物しか用意できませんが、後ほどお礼に参りたいのでお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
急いでいるであろうにもかかわず、それらを顔に出すことなく礼を言うロベールに三少女は驚きながら姿勢を正した。
「フィッチ・アルボリスと言います!」
赤毛の少女が調子の狂った声色で自己紹介した。
「オーシア・パルデミルアンです。ストライカー子爵様のファンです!」
鋭利目ショートの少女が頬を染め、熱のこもった視線を向けた。
「私のフ――」
「ロベール様の操竜技術は必見ですが、不用意に近づきすぎると火傷をしてしまうのでほどほどがよろしいですよ」
ロベールが口を開く前に、紅茶とお菓子を持ってきたアシュリーが口を挟むと、オーシアは、ハッ、と正気に戻ったように赤くなっていた頬と熱視線を止めた。
「ベッサリー・オウフマンです」
オーシアを見たからか、フィッチと同じく無難な自己紹介に留めたのは太眉ちゃんだった。
「ありがとうございます。今は大変忙しく、直ぐにお返しはできませんので少々お待ちください」
ペコリ、と頭を下げるロベールに、三少女は「勘弁してくれ」と言わんばかりに首をブンブンと振った。
「よし。では行く――」
「契りを交わした我が友、ロベール卿よ。この女どもは卿が居ない間、愚弄と言う許せぬ行為をしていた者ども。沙汰は私に任せてもらえないか?」
馴れ馴れしい見本とも言える馴れ馴れしさで、ロベールの肩に手をまわしてきたのは騒ぎの原因でもあるハウランだった。
「友――だって? 申し訳ないが、私は貴方の事を知らない。その手をどけてもらえないだろうか?」
「だよな!」
愉快な鳥の巣頭がロベールの友人では無かったのが当たって嬉しいのか、ミーシャは満面の笑みを浮かべながらロベールに同意した。
「そっ、そんな! 私のプレゼントを受け取ってくれたでは――」
「申し訳ありませんが、ロベール様に送られた荷物は全て送り返し、送り人が分からない物に関しては取りに来てもらうように掲示板に掲示していました。今現在はその期限が過ぎているので、期限の過ぎた物に関しては必要としている所へ全て払い下げました」
ロベールの代わりに当たり障りのないフォポールが説明した。
必要とするところとは、つまり教会や孤児院と言った寄付が要る所の事だ。受け取らないと言っても体裁が悪いからか、結構な数のプレゼントの持ち主が現れる事が無かった。
「それでは、話がまとまったところで失礼いたします」
話すことは全て話したロベールはきびす返し、来た時の人間にミーシャをプラスして喫茶スペースを出て行った。
後に残ったのはロベールから美味しいお茶とお菓子を貰った三少女と、騒がしい鳥の巣頭のハウランだけだった。
プレゼントを受け取らない事で有名だったロベールに対し、ハウランは唯一プレゼントを受け取ってもらえたと周囲に吹聴していたが、今回の事でただ単に送り返されたプレゼントを取りに行っていなかっただけだと言う事が知れ渡ってしまった。
憤るハウランはその怒りのぶつけ先を探すと、美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打っていた三少女を視界に入れた。
元はと言えば、部外者と三少女が原因だったと決め込み、怒鳴ろうとしたところで背後から声がかかった。
「ここで騒ぎを起こしている生徒が居ると言うから来てみれば、貴様かデボン。竜騎士育成学校の生徒とは思えん騒がしさだな」
そこに立っていたのは風紀担当の教員だった。厳しい事で有名であり、自身の親も国の重鎮の為、伯爵家の出身であるにも関わらずそれ以上の爵位のある生徒ですら頭が上がらない恐ろしい教師だった。
「わっ、私は違う! こいつらが!」
「こいつらが何だ? お前意外に騒いでいる生徒は居なかったぞ?」
「さっ、さっきまでストライカー子爵が……」
「ストライカー子爵は居た。しかし、直ぐに出て行った。この場に居ない人間に罪を擦り付ける気か?」
「あっ、いや……違……」
どうあがいても自分の立場を悪くするだけだと悟ったハウランはうな垂れ、静かに教師からの沙汰を待った。
そのやり取りを背後で聞く三少女は、舌鼓を打っては居たが皆真顔だった。
ミーシャに『陰湿』と言う言葉を教えた生徒の話。
仕事とはもちろんブレイフォクサ公爵家との戦闘です。
登場人物
ミーシャ=帝国では蛮族と呼ばれている部族の大鹿出身。現在は
ロベールの護衛をやっている。
三少女=喫茶で座るスペースを探していたところ、ミーシャに上級席を進められた。
裕福な家庭ではないが、ミーシャに目を付けられたために今後の財布に大打撃なもよう。
ハウラン=デボン子爵家の長男。プレゼントが返却されているのに気付かず、そ
れを受け取って貰えたと思って居た。
7月30日 誤字及び送り仮名を修正しました。




