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展覧会は成功か……?

めちゃくちゃ遅れました……。すみません。

 心臓が止まるかと思った。目の前に立っているのは、ジョシュア・ドゥ・オルトランだった。

 オルトラン家の爵位は伯爵だが、戦争では激戦地へ行かなかったので特にこれと言った武功もなく、また商才に富む人間でもない。


 国議会に参加する程でもない、貴族として平々凡々な立ち位置だったオルトラン伯爵家の人間が、まさか展覧会へ出席しているとは思わなかった。

 前々から、貴族として夜会に出席する時はこの可能性があった事は考えていた。しかし、今回の展覧会は第一皇子主催で呼ばれる事は無いと思っていた。結構幅広く貴族を呼んだようだ。


「……どなたかとお間違えではないでしょうか?」


 冷静に。焦りを悟られないように堂々と言い放った。


「おいおい、それは無いだろう? 野盗に襲われたのか、獣に襲われたのか。良い貴族に拾ってもらったようだけど、元はと言えば我が家の奴隷だったんだぞ?」


 そこには、「上手く取り入ったな」と言った(ひが)みや、「今まで食わせてやった恩を忘れたのか」と言った侮蔑の感情は全く見られず、ただひとえに(シア)が生きていた事への驚きのみで話している事が分かる。

 しかし、今の俺は奴隷のシアではない。ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーと言う、ストライカー侯爵家の息子の偽物であり、皇帝陛下から直接叙勲されるほどの貴族だ。


「私が奴隷だと? 気でも狂っているのか、貴様は?」


 今まで学んだ貴族らしい、ふてぶてしい態度で言い放った。本来であれば、貴族が奴隷と間違えられたら爵位や立ち位置を考慮したうえで決闘となる可能性が高い。

 しかし、俺としては決闘なぞやりたいと思うはずもなく、そもそも今はアドゥラン第一皇子主催の、さらにはニカロ王国から第六王女や大使が出席している展覧会だ。

 騒ぎを起こすなど俺自身の立場からして遠慮願いたい。

 ジョシュアは俺の言葉に少しだけムッとした顔つきになった。思わぬ物言いに気分を害したのだろう。


「それは面白くない話だな。どこの貴族に拾われたのか知らないが、奴隷の逃亡は重罪だ。拾い主にも迷惑が掛る事になるぞ? それに、その特徴的な髪色や顔つきがそこら中に居るとは思っていないだろう?」


 こちのらの言葉に一切耳を貸さず、人違いなどあり得ないと言いたげな視線を向けてきた。残念ながら、ジョシュアの言う事はもっともだ。

 少しばかり顔の彫が深くなっているとはいえ、アジア的な根本的な顔付はどうにもならない。


「ここは第一皇子の主催する展覧会だ。無駄な諍いは遠慮願うが、これ以上絡むのであれば――」


 少し語気を強めて、言外にこれ以上かまうなと言おうとしたところで、遠くからグラスが地面に落ちる音がした。

 驚きそちらへ目を向けると、ミシュベルがカーペットのひかれた床に手をついており、音の発生源と思われるグラスも転がっていた。


「失礼」


 何があったか分からないが、今この瞬間で最優先すべきことはミシュベルだ。ジョシュアに軽く断わりを入れて駆けだした。


「イルは死んだ。フクもチキもだ。野盗にやられたか獣にやられたか分からないが、君を探しに行って死体になって戻ってきた」


 俺の背に投げかけてくるジョシュアの言う名前には覚えがあり、俺の鼓動を早くした。皆、共に頑張って生きてきた奴隷仲間だ。

 色々とあり捨てる覚悟はあったのだが、それでも名前を聞くと心を揺さぶられてしまう辺り、俺も冷たい人間になりきる事ができずに情けなく感じた。

 しかし、それに足を止める訳にはいかなかった。


「お怪我はございませんか、お嬢様!?」


 俺が駆け寄るより早く、この展覧会で忙しく動き回っていたスタッフがミシュベルの怪我の有無を確認していた。

 転がるグラスはすでに片づけられており、カーペットを濡らした果実水もタオルで拭きはじめている。


「ミシュベル!」


 突然倒れたと思われるミシュベルを遠巻きに見ている貴族達に構うことなく駆け寄ると、ミシュベルはゆっくりとした動作で顔を上げた。


「もっ、申し訳ありません。人の多さに立ちくらみが……」


 立ちくらみが……、とは言いつつ、ミシュベルの血色は良く瞳には全く曇りも弱々しい所も見られなかった。


「すまない。どこか人の居ない――休める所は無いか?」


 責任者らしきスタッフが目配らせすると、された方のスタッフは頷き先に会場を出て行った。


「休憩室を空けております。失礼いたしますが、お手をどうぞ」


 そつのない動きで、まずは倒れているミシュベルを起き上がらせようとするスタッフだったが、そこはストップをかけた。


「それは、エスコートした俺の仕事だ」


 手を掴んで立ち上がらせると、そのまま右手を腰へ、左手を足へ持って行き抱きかかえた。


「きゃっ!?」


 いわゆるお姫様抱っこと言う状態に、ミシュベルは一瞬で顔を真っ赤にして小さな悲鳴を上げた。

 周囲の貴族達も、体格の細い力のなさそうな子供(おれ)が女の子とはいえ同年代の子を軽々と持ち上げた事に驚きの声を上げた。


「ちょっとの間、我慢してくれ」


 言うとミシュベルは目を見開きコクコクと頷いた。

 隣に立つスタッフに目配らせをすると、意図を察したスタッフは「こちらです」と休憩室へ案内してくれた。



「展覧会開始まで時間がありますので、始まる時にお声をかけさせていただきます」

「手間をかけさせて申し訳ない」

「いえ、そのようなことは。それでは、失礼します」


 ミシュベルをソファに寝かせた後、冷えた果実水を持ってきてくれたスタッフにお礼を言って見送った。


「助かった。ありがとう、ミシュベル」

「――へぁっ!?  あぁ、あの、いっ、いえ……そんな事は……」


 ぽへーっとした顔で空中を見ていたミシュベルに声をかけると、バネ式の玩具の様にビクリと動き返事をした。


「えっ? マジで体調が悪いの?」

「いっ、いえいえ、そのような事は。ただ、ここへの連れてこられ方が予想外でしたので」


 さきほど倒れたと言うか、こけた(・・・)フリをしたミシュベルは別に体調不良でも何でもない。今も返事がおかしかったのを除けば血色も良い。


「あの……オルトラン伯爵とは何かあったのですか?」

「伯爵を知っているのか?」

「今年の春に家督を譲り受け、正式にオルトラン家の当主になったと言うだけですが」

「なるほど」


 そうか。家督を譲り受けたか。

 オルトラン家は竜騎士(ドラグーン)の家だが、ドラゴンを育成するのにそれほど熱心なほうではない。ドラゴンの世話のほとんどを奴隷に任せていたのだ。

 そんな状態でドラゴンと心を通わせられることなぞできる筈もなく、オルトラン家は竜騎士(ドラグーン)として中の下か下の上の立ち位置だった。


 しかし、そのお蔭で俺はドラゴンに触れられることが出来たし、直接乗って操作方法を実地で学ぶことが出来たのだ。

 その息子であるジョシュアは、竜騎士(ドラグーン)育成学校から実家が近かったために月一と言う頻度で帰ってきていた。

 彼は奴隷にも普通の人と変わらず接する貴族ではあったが、それと同時に貴族らしく奴隷を扱う時もままあり、他の人はそれを飴と鞭と言うがそうではないと俺は思っていた。


 普段は気さくなのだが、興奮すると力加減が分からない子供が小動物にするような暴力的な行動を行い、軽くて擦り傷や打ち身。酷い時は骨折までする事が在ったが、怪我をさせてしまった時は奴隷全員に美味しい物が配給されたので、馬鹿な奴隷はそれだけで直ぐに水に流すことが出来た。いや、流す事しかできなかった。


 ある日、仲の良かった奴隷仲間が骨折させられた。俺は直ぐに骨をまっすぐにつなぎ直し、添え木をして固定した。

 10歳(とお)に満たない子供が、迷いのない動きで治療するところを目の当たりにしたジョシュアは俺に興味を持った。

 その後は、開墾や洗濯物など頭が無くてもできる作業ばかりだった仕事から、難しい、頭を使う仕事――ドラゴンの世話等をさせられることとなった。


 それからは、ドラゴンの扱い方を戦勝奴隷に教えてもらうなどして今に至った。

 まだ20代前半だったはずだったが、どうやら父親から問題なく家督を譲ってもらったようだ。よくあの親父が譲ったものだと思う。


「オルトラン伯爵は竜騎士(ドラグーン)としては取るに足らん。俺でもヴィリアに乗っていなくても問題なく勝てるだろう。奴隷の扱いも優しいと聞く……。しかし、不思議と相いれん」


 話を聞いていたミシュベルは、「なんじゃそりゃ?」と言うことも無く、そういう事もあるのだろうと言った様子で頷いた。


「それでしたら、私も近づかない方がよさそうですわね」

「何されるか分からんからな。もしミシュベルが絡まれたらいの一に駆けつけるさ」

「期待させていただきますわ」


 せっかく持ってきてくれたのだから、とミシュベルは薄らと水滴の付いたグラスに入った果実水を一気に飲み干した。

 お酒でないのが物足りないらしくミシュベルは不満げな顔をしたが、これからある展覧会で披露する蒸留酒の説明をしなければいけないので飲むわけにもいかないのだ。

 俺も話し過ぎて乾いた喉を果実水で潤していると、この部屋を開けてくれた(・・・・・・)スタッフが開場の報せを持ってきた。



 アドゥラン第一皇子の挨拶から始まり、ニカロ王国第六王女であるパスティナが挨拶と自国の製品について軽い説明をし、最後に大使が挨拶をして展覧会&即売会が開始された。

 まず初めに、ニカロ王国が展覧会だけではなく即売会の為に急いで自国から持ってきた磁器製品の説明をした。


 歴史に裏打ちされた美しい芸術作品に貴族や大商人は息を飲み、スタッフに紛れて客の反応を見るように言われているであろうアドゥラン第一皇子の磁器職人たちも悔しそうに息を飲んだ。

 続いてユスベル帝国の磁器製品の紹介だった。


 皿や花瓶だけではなく、ニカロ王国が持ってこられなかった細かな彩色を施された巨大な(かめ)を見せると小さな驚きが各所から上がった。

さらにダメ押し、と言わんばかりにユスベル帝国らしいドラゴンの人形が出た。うん。被ってしまったんだ。しかし、安心してほしい。作り方やディテールはウチが何歩も先を行っている。


 今までニカロ王国の芸術作品に押されていたユスベル帝国貴族も「我が国もまだまだ負けていない!」と言った表情になり、職人も自慢げに頷いた。

 そして、最後に俺――マフェスト商会の磁器製品の紹介になった。


「最後に、展覧会だけではなく即売会と言うやり方を提案してくれたロベール子爵も、帝国でも指折りのマフェスト商会と共に作り上げた磁器製品があると言うのでここで紹介してもらおう」


 アドゥラン第一皇子自ら司会進行を務めている、それほど期待している磁器の展覧会だが、今ばかりは俺とマフェスト商会が声を上げさせてもらおう。

 カナターンの紹介で始まった磁器製品の紹介は、初めはニカロ王国から技術提供を受けたユスベル帝国がロクロで作ったのと同じく、透けるほど薄い磁器のグラスだった。

 前に俺が見せた物から在りえないほど格段に進化している製品に、アドゥラン第一皇子だけではなく、ニカロ王国の大使も目をむかんばかりに驚いている。

 花瓶や皿と続けざまに紹介していき、続いては人形だ。


「――先ほど、アドゥラン第一皇子の御作りになられたドラゴンと被ってしまいますが、御笑覧ください」


 バサァ、と純白の布が取り払われると、そのテーブルの上には今にも咆哮を上げそうなほどリアルに作られた、ヴィリアとよく似たドラゴンが居た。

 瞬間、会場全体が震えるくらいの感心やくやしさの入り乱れた溜め息の様な感嘆の息が聞こえた。

 ニカロ王国は中身をほじる為に、人形は半分ずつ作る。しかし、俺のやり方は転生前の現代でも使われている鋳込み製造で作った部品を組み合わせる方法だ。


 ユスベル帝国とは違い、大きくはないがヴィリア人形は全部で8体居る。しかも、その全てが色違いだ。

 職人が一体、一体、丁寧に作るニカロ王国やユスベル帝国の製造法とは違い、鋳込み製造法は型さえあれば同じ物をドンドンとコピーする事ができる。

 軽さを示す為に、マフェスト商会所属の線の細い見目麗しい女性職員が、後ろの人にまで見えるように、という体で持ち上げて(・・・・・)いる。中身をくり抜いただけではこうはいくまい。

 続いて、布をはぎ取って出てきたのは細かな彩色の施された箱だった。(フタ)を開けると自動的に綺麗な音色が当たりに流れ始めた。


「どっ、どうなっているんだこれは……!?」 


 一番前に居る中年貴族が、俺が開いた箱を珍しそうに――と言うか、かなりビビリながら見ていた。


「この音を出しているのはオルゴールと言います。そして、この磁器の箱にはオルゴールが備え付けてあり、女性の美しさを引き立たせる宝石を入れる箱に音色を足すことでさらに美しさに磨きがかかる物です」


 驚いている中年貴族の隣に居る中年貴族夫人の目の前に持ってくると、美しさの対象として選ばれたとでも思ったのか「まぁっ♪」と音符が付きそうなほど可愛らしい声で驚いた。やや麻呂っぽい所が無ければ良かったのだが。

 オルゴールの動力源であるゼンマイは、鍛造製品があったことから作る事に関してはさほど作るのは難しくなかった。


 難しいのは金属の板に入れ込みを入れ、音を合わせる事だった。さらには頭の中にある音楽の楽譜化だった。

 今、オルゴールから流れている曲も、本物とは若干違っているのでコレじゃない感が凄まじい。唯一の救いは、俺以外その曲を聞いたことが無いので皆「こういう曲なんだろう」と納得してくれているろころだろう。


 さらに、ユスベル帝国の時のドラゴンの様にダメ押しと言わんばかりに、板で作った壁に立てかけた大皿に注目させた。

 皿や人形、さらにはオルゴール付きの小物入れを見せられた客たちは、今更大皿を見せてどうするんだ、と言わんばかりにガッカリとした表情を見せていた。


「皆様。皇帝陛下は日々、我々の暮らしを見ておられます。そう、今も――」


 と、突然皇帝陛下の名を出されて貴族は焦った。別段悪い事などやっていないのだが、それでも国主の名前が出るとソワソワしてしまうのだ。

 ちなみに、皇帝陛下の名前を出すことはアドゥラン第一皇子も了承している。ただし、皇帝陛下のお墨付き等、商品価値を高めるための嘘に使用しない事と言われている。


「皇帝陛下は見ておられます」


 合図を出すと、大皿の裏に大量の火のともったロウソクが置かれた。

 そこには、今まで何の絵柄も無かったはずの大皿に、皇帝陛下のリアルな顔が浮かび上がっていた。

 磁器は透過性がある。つまりは、光に透けるのだ。


 大皿の飾っている板で作られた壁の裏には穴が開いており、燭台のせに火のともったロウソクを置くと大皿と丁度いい位置になるように設計されている。

 そして、大皿には凹凸が付けられており光に透かすと皇帝陛下の顔が浮かぶようになっているのだ。

 突然浮かび上がった皇帝陛下の顔に度肝を抜かれ、数人が腰を抜かしたように後ろへ倒れた。


「これは……」


 驚くアドゥラン第一皇子とは対照的に、ニカロ王国の大使は静かなものだった。

 ニカロ王国としては磁器に透過性がある事は知っている。そうでなければ、極限まで薄くした磁器のコップにワイン入れ、中身が揺れ動くことを楽しむと言うやり方はできない。

 もしかしたら、ここへ持ってきていないだけでニカロ王国には同じ物があるのかもしれない。

 もしかしたら、計画途中かもしれない。もしかしたら、今この場で見た物を本国に持ち帰りコピー品を作るかもしれない。しかし、言わせてもらおう。


 どうだ、参ったか! と――



「いやいや、本当に凄いですね。驚きに声がでません」


 磁器製品の説明をマフェスト商会の人間に代わってもらい壇上を降りると、少しだけ顔を引きつらせた大使が寄ってきた。


「『パーティーの熱があるとはいえ、良い物でないと売れませんから』と言う大使の御言葉に一念発起し、誰も考え付かないような物をと必死に考えた結果です。しかし、私には考えるしか能がなく、それ以外の作業は全てマフェスト商会に一任しておりましたが」


 一から十までやったのは遮光器土偶だけだ。あの人形を俺が作った物だと知ると、貴族達はさっきまで遠巻きに蔑んだ目をしていたくせに、今は「これは良い物だ」「さすがストライカー子爵だ」とべた褒めしている。仕方が無いな。粗品進呈だ。


「しっ、しかし、ユスベル帝国の珪砂はやや緑が勝っており、現にアドゥラン第一皇子様が作られた物は光にあてると緑に見える。だが、ロベール様の磁器はニカロ王国並に――いえ、一部はそれ以上に白いのは、珪砂を輸入したからですか?」

「珪砂の輸入はしておりません。全て地物で作っています」

「あの白い珪砂(・・・・)もユスベル帝国の珪砂採掘地で出ている――と?」

珪砂は(・・・)、地物です。製品に対しての製造方法は秘匿情報となっていますので、それ以上の質問はお答えできませんが。しかし、ニカロ王国の大使様を驚かせる事ができたと言う事は、マフェスト商会の取り扱う磁器製品は世界に輸出できるレベルと言う事ですね」


 ひと月ほど前まで取るに足らない技術しかないと思っていた貴族の子供が、商会と手を組み自国(ニカロ)の製品並み――物によってはそれ以上――の物を作り上げた驚きと悔しさは凄まじい物だろう。


「輸出――と言われましたが、輸出先は決まっているのですか?」

「そこはマフェスト商会に一任ですね。私は外の事など全く分からないので。もしよろしければ、目の肥えたニカロ王国の方々に評価していただくために、ニカロ王国でもここと同じく展覧会と即売会をやってもらいたいところですね」


 落ち着いている俺の態度が勝ち誇っているように見えているのか、ニカロ王国の大使は顔を引きつらせながら「考えておきます」と呟くだけに留め、パスティナ達の元へ歩いて行った。

 その後ろ姿を見送っていると、今この場で一番怒っているであろう人物が来た。


「ロベール君」


 落ち着いた――落ち着かせているのか、静かに名前を呼んだのはアドゥラン第一皇子だった。

 ニカロ王国から技術者を招き、磁器技術を教えてもらって作った磁器のさらに上に行く物を持ってこられたのだ。

 それが、磁器だけ立てられた功績ではないにしても、アドゥラン第一皇子の面目を潰したと言っても過言ではなかった。

 場所が場所だけに怒鳴りはしないだろうが、どんな事を言われるのか楽しみである。

 しかし、アドゥラン第一皇子から出た言葉は残念なことに別の意味で俺の想像を超えていた。


「素晴らしい品の多くは、ユスベル帝国貴族の注目の的だった。私はニカロ王国だけではなく他の国の物も色々と見てきたが、君と――マフェスト商会が作った磁器はニカロ王国にもう少しで追い付けそうだ、と思わせてくれる素晴らしい物だった」


 同会場にニカロ王国の大使が要るから仕方のない事だが、ニカロ王国を一番に置き、二番目とはいえ我々の作った磁器を持ってきて褒めるとは思っていなかった。

 予想では口には出さないが遠まわしに文句を言ってくると思っていたのに。


「それに、このお酒。今まで味わったことの無い不思議な味わいだ」


 掲げたコップの中には、琥珀色――とまでは行かないまでも、綺麗な薄黄色の液体が入っていた。

 ミシュベル酒造で作られた蒸留酒の樽詰めだ。原料は樽詰め初期の物なので、中に入れた――蒸留した元のお酒の名前を樽に書き忘れているので分からないが。

 それでも味が良い物ばかりを、ミシュベル酒造の当主であるミシュベル自らが選んで持ってきているので間違えは無いだろう。


「私の友人が作ったお酒です。その友人は、ユスベル帝国でお酒と言えばこのお酒、と言われるようにするために日々頑張っています」


 当の本人は蒸留酒を飲まず、アドゥラン第一皇子から提供されている質の良いワインをがぶ飲みしている。あれ一杯でとんでもない金額のはずだが、人の金で飲むお酒ほど美味しい物は無い、と言わんばかりに飲んでいる。


「その醸造家とも会ってみたいが、今はあの磁器だ」

「磁器がどうかしましたか?」

「今はまだニカロ王国に全く追い付けていない状態だが、ロベール君の考えた技術があればそれも可能だと思う。まずは帝国内で広めてから外へ輸出したいと思っている。そこで聞きたいのだが、磁器(あれら)を安定して供給できる数はどのくらいだろうか?」


 どのくらいだろうか、と言われても俺が生産計画を立てている訳ではないので分からない。

 そもそも、アドゥラン第一皇子は俺とマフェスト商会が作るこの磁器を、帝国で一括管理及び販売をしようと考えているようだが、そんな面白くない事に俺が乗る訳ないだろう。


「申し訳ありませんが、私は技術を考え出しただけにすぎず、生産は全てマフェスト商会にお願いしています」

「では、マフェスト商会と話せばいいのだな?」

「いえ、それも困ります。今回紹介させて頂いた磁器は、カグツチ領で作った商業組合で管理し各国に卸そうと考えています」

「なっ!?」


 まずはユスベル帝国から、と考えているアドゥラン第一皇子とは違い、マフェスト商会は頭一つ飛越し、輸出から始めると言っているのだ。

 俺も、隣国であれば伝手はあるしね。


「しかし、個人の――商会が結託して作った組合よりも、国の後ろ盾を受けた状態で売った方が君としても楽ではないのか?」

「楽……。えぇ、確かに後ろ盾があった方が楽ではありますが、私や商会の考えとしてはライバルと云う存在が今後のユスベル磁器の在り方を形作っていくのだと考えております」

「一強では前に進めない……と?」

「はい。これらは国の成り立ちと同じです。周辺諸国を平定し、安全な大陸となった後の来るものは平和です。平和は永久の安寧をもたらし、国と人は戦い方を忘れます。そして、何処からともなく現れた戦う事しか能のないような国に討たれるのです」


 アドゥラン第一皇子は考えた。――いや、考えるまでもなく目の前に居るロベールの言っている事は、歴史書にも記載されている国が滅んだ原因の一つでもある。

 必要な例えだとしても、このような祝いの席に不釣り合いな話を出されて顔をしかめそうになった。それでも、アドゥラン第一皇子は顔をしかめる事はなかった。

 ニカロ王国やその国の技術者から技術を得たユスベル帝国の磁器職人が作った物のさらに上を行くものを作りあげたロベールに対し、ユスベル帝国磁器を作り上げようとした人間として、皇子としてそんな情けない事はできなかった。


「ならば、君は帝国(われわれ)のライバルとなる――と言う事だね?」

「どれほどご期待に沿えるか分かりませんが、よろしくお願いします」


 握手はせずに、目礼だけで挨拶を済ませた俺とアドゥラン第一皇子。

 アドゥラン第一皇子は主賓と言う立場から俺とばかり話をしている訳にもいかず、話がいつ終わるのかと遠巻きに見ていた貴族達の元へ歩いて行った。

 その後ろ姿を見送っていると視線を感じた。そちらを向くと、やはりと言うかジョシュアが立っていた。


 ジョシュアは、俺が壇上で磁器の紹介をしている時も終始笑顔だった。今もその時と変わらぬ笑みを浮かべているが、その笑みと言うのが、飼い犬が芸をし、それを周囲の見物客が褒められているのを見る飼い主の様な笑みだった。不快な事この上ない。

 彼もまたアドゥラン第一皇子との話が終わるのを待っていたのか、周囲に気を配ることなく俺へと一直線へと向かってきた。


「シ――」


 ――ア、とジョシュアが俺の奴隷時代の名を呼ぶ前に、少女()を引きつれたフォポールが割って入った。

 女が三人寄るだけで(かしま)しいと言うのに、今はその倍以上いるので、声を抑えているとはいえとんでもない事になっている。

 たぶん、俺へ言付けと言うか伝手を作ろうとする貴族がフォポールと娘をくっつけようとしているのだろう。そして、少女達全員がフォポールの顔に見とれているのである意味性質が悪い。


 本意では無くてもマリッタに怒られるぞ、と心の中でフォポールに警告をするが、遠くに見たマリッタはミシュベルと会話しながらお酒を嗜み、俺からの視線に気づくとウィンクをした。

 どうやら、フォポールを具材とした人間饅頭はジョシュアに絡まれない為の切っ掛けを作ってくれていたようだ。


「お疲れ様です、ロベール様。堂々たる説明に聞き酔いしれてしまいました」


 フォポールの賛美に続き、周囲の少女達も口ぐちに「素晴らしいです」「素敵です」と言ってくれているが、言うならまずフォポールから視線を外して俺の方を向けよ。

 しかし、フォポールが愉快な事になり過ぎており怒る気も起こらないので、とりあえずその場は曖昧に笑うだけに留めた。


「それと、あちらの方でヴァトレイ伯爵がお待ちですが、お時間はよろしいでしょうか?」

「ヴァトレイ……ヴァトレイ伯爵か。丁度いい」


 対ブレイフォクサ公爵戦の際、俺へ兵を貸してくれた――言わば数少ない(ロベール)派の貴族だ。

 呟き、民族大移動と化しているフォポールに対し適当にお礼を言い、俺はヴァトレイ伯爵の元へ急いだ。


 今日の展覧会と即売会は様子を見ているだけで成功と言える。

 特にオルゴールに人気が集中している上に、そのオルゴールを景品とした子供のみに参加権のあるビンゴ大会が大盛況を博している。

 これで残る懸念事項は、この展覧会(パーティー)に参加できたは良いが、没落が周囲に伝わってしまっているので誰からも相手にされない――昔の友人を除く――可哀想すぎるノッラの結婚相手だ。

 本当は手を出すつもりは無かったのだが、余りにも……何というか……こう、色々とこみあげてくる物があったので手を貸すことにした。

覚悟しろよヴァトレイ伯爵の子供達!


ミシュベル=ベルツノズ家の次女。お酒が大好き。


フォポール=エヴァン伯爵家の長男。ロベール竜騎士(ドラグーン)隊の副隊

      長。マリッタをエスコートしてきたはずが、他の貴族の娘たちに言

      い寄られ中。


マリッタ=フォポールにエスコートされて展覧会へやってきた侯爵家の娘。フォ

      ポールに言い寄られている余裕からか、少女達に対して特に何も

      思って居ない様子。

ノッラ=ブレイフォクサ公爵の娘。没落したと言う話が広まり過ぎており、昔か

     らの友人以外とは話ができなかったらしい。


ヴァトレイ伯爵=ブレイフォクサ公爵を討つ時に、ロベールの呼びかけに応えて

         兵を出してくれた貴族。

アドゥラン第一皇子=ユスベル皇帝の息子で長男。現在はニカロ王国に留学中。


ニカロ王国大使=鼻っ面をへし折られた。


7月18日 誤字脱字を修正しました。

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