改革のすゝめ
翌日、鶏の声よりも早くヴィリアの嘶きで目が覚めた。
夜が明け始めて2時間したら起こしてくれ、とヴィリアに言っていたから、今はだいたい6時過ぎくらいだろう。
寮よりも柔らかく寝心地の良いベッドから起き上がり、こんな田舎では珍しいガラスがはめられた窓の外を見るとヴィリアがこちらを窺っていた。
その周りには、勝手に厩舎を抜け出したヴィリアを何とか宥めて戻そうと、大人たちがてんやわんやしていた。
「そうか。言うのを忘れていたな」
慌てている皆には申し訳ないが、大声を出すのも面倒くさいのでとっとと着替えて外へ出て行くことにした。
★
「皆、朝早くからすまないな」
3人の体格の良い男を前に、12歳の体をした俺は成るべく不遜な態度で挨拶をした。
年齢で言わせれば俺の方が上なのだが、いかんせん若返ってからどうも他人との距離感がつかめない。
「いえ、侯爵様のお力になれるのであれば、朝早くからなど」
年長者の一人が代表して言った。そこに居る3人の顔には、「一体何をさせられるんだ」と言った貴族に対する怯えの様な物があった。
「今から行うのは、この湖に居る油魚を捕獲することだ。この町に住んでいるなら、どの魚の事を言っているのか分かるだろ?」
「へっ、へぇ。確かに分かりますが。あれは大きく食いでがありそうですが、油が多すぎて食えたもんじゃないですぜ?」
ここに来るまえに、学校の図書館でこの町の事やそこに住む生き物の事を調べまくった。なんたって、時間は沢山あったからな。
その中で、一番目を引いたのは油魚だ。石鹸作りで一番の問題は油をどこから持ってくるかと言う事だったが、これによって万事解決と言っても良い。
そして、年長者が言ったように食いでがある=デカいと言う事だ。文献によれば、体長は最大で5メートルほどになるそうだが、平均値は2メートルチョイだそうだ。
「食うためじゃない。肉が欲しいのは確かだが、食うためじゃない」
「では、何に使うんで?」
「石鹸を作るんだよ」
「石鹸……?」
この世界にも石鹸はちゃんと存在している。しかし、それらは中級商人からしか使えない高級品で、平民には関係の無い品だ。
そもそも、この世界での石鹸と言うのは香油を混ぜたものが一般的で、体臭消しと言う意味合いが強く洗浄と言う目的は低い。
「この町の子供や年寄りなど、比較的体力の少ない人間はみんな腹を下しているだろう? それらは、汚い手で食べ物を喰うからだ。石鹸で手を洗えば、それらは改善する」
「そっ、それは、本当ですか!?」
「あぁ、本当だ。ただ、乳幼児の死亡は色々な原因が絡んでくるから一概に言えんがな」
みんな妻子持ちなのか、3人とも俺が石鹸の話をすると途端にやる気をだした。
やはり、この3人の子供も腹を下しているのだろう。
「そうと決まれば、油魚を捕まえてくれ。無理にデカいのを取らなくても良い。小さくても、数を取ればいいのだから」
前日の話――。
「明日は、目覚ましオナシャス」
「オナシャ……? あぁ、分かった。いつごろ起こせばいいんだ?」
「6時くらいが良いな」
「時間なんて分からんぞ?」
「夜が明けてから、7200数えたら起こして」
「無茶を言うな……」
7月3日 文章を修正しました。