マシューから使用人を1樽
「うっお、何だこれは?」
レレナに手を引かれてやって来たのは、ファナが居ると言う石鹸工場だ。
この春に第二工場が完成し、増産体制も確立したのだが、今目の前にある第一・第二石鹸工場は様相が変わっていた。
春に来た時には無かった工場を囲う柵ができていたのだ。しかも、見た目を良くするためと言った物ではなく、上の方が槍状になった外部からの侵入を防ぐ為の物だ。
「最近、侵入者が居るらしいから柵で囲ったんだって」
「侵入者だ?」
「うん。町の人以外はイスカンダル商会の人しか来ないのに、最近は知らない人がちょっとずつ来て、怪しいから皆で見張っていたら工場に入って行ったんだって」
素晴らしき連係プレー。外部から人間が流入しない田舎の町ならではの犯罪者発見方法だ。
普通に移住してきた人間がやられたら嫌だろうが、今回の様な場合は非常にありがたい。
「その犯人はどうしたんだ?」
「えっとねー。動物の餌にするって言ってたけど、ニンゲンの味を覚えると厄介だからって領主様に引き渡したよ」
「そうか、そうか。なるほど」
領主とは、このマシューがあるフィルドー領を管理するフィルドー男爵の事だ。ちなみに、このマシューを管理するようになってから1年以上経つが、まだ一度も顔を会せたことが無い。
しかし、このマシューで石鹸工場の秘密を探ろうとする企業スパイが捕まり、その送検先がフィルドー男爵の所であるにも関わらず俺の所に何も連絡が来ないとはどういう了見だろうか?
いや、育成学校の方には連絡があったのだが俺が居ないので、その連絡がストップしているだけかもしれない。
「こんにちわー! お姉ちゃんに会いに来ましたー!」
「おぉ、レレナか。中に入っていいぞ」
「はーい」
元気よく返事をするレレナと、それにつれられて歩く俺。
石鹸工場の門番である屈強な体つきをしている町人は、レレナに連れられている俺を見ると深々とお辞儀をした。
「御久しぶりです、ロベール様。そちらの、竜騎士様もお知り合いでよろしいでしょうか?」
そう言い指さすのは、俺とレレナを追いかけてきたアシュリーだ。
「――すまんな、アシュリー。お前はここでお留守番だ」
「ええー!? 何でですか!?」
「ここから先は機密情報の塊なんだ。何たってこの町の収入源のほとんどを担っているからな」
「別にロベール様が不利になる様な事は話しませんよ?」
「疑う人間が多くなるのは面倒くさい。すまんな」
ぶー垂れるアシュリーを門前へ置いて行き、俺とレレナは石鹸工場へ入って行った。
★
「お姉ーちゃーん! お兄ちゃん連れて来たよー!」
整理整頓のされた作業場を抜け、その先の出荷待ち倉庫で製品に品番を付けていたファナが居た。
工場が増設されたので製品の量も倍以上に増えたのだが、製品管理をしているのはファナだけなのか、大量の製品の前に四苦八苦していた。
「レレナ? あぁっ!? ロベール様!」
久し振りにマシューに来た俺に驚くファナ。そう長い事、来ていなかった訳ではないはずなのに、一つ年上とは思えない色気が出ていた。
「よぉ、大変だな」
「はい。夏になって、山の雪が消えてから水が温かくなったので、湖の油魚も活発になってきました。お蔭で漁がやりやすいと漁師の皆さんも言っていましたが、石鹸工場の皆は忙しくなるので嬉しい悲鳴と言ったやつですね」
トントン、と紙の束をまとめて重石を乗せて飛ばないようにすると、ゆっくりとした動作で俺の前へ来た。
「御久しぶりです、ロベール様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あぁ、それなんだがな。今、ミナが修行の旅に出ているからファナに来てもらおうかと思って」
言った瞬間、ファナの顔に少し陰りが見えた。嫌がってはいないのが分かるが、こう何というか「しまった」と言う感じだ。
「あれ? 何か不味かった?」
「あのね、お姉ちゃん、結婚するんだよ」
「えぇ!? マジで!?」
ファナの顔の理由をレレナが説明してくれたが、まさか結婚するとは思わなかった。
15歳と言えば、確かに成人して結婚できる年齢だし、そもそも12歳で嫁ぐ娘も居る。なんら不思議ではない。
しかし、顔も知らない話だけの人ならまだしも、顔も性格も話したこともある人間が結婚するとなると話は別だ。
驚きすぎて、どう答えたらいいか分かんねぇや。さすがに、前世でも結婚してないからな。
「おっ、おめでとう――でいいんだよな?」
「そうだよ、お兄ちゃん。お姉ちゃんね、結婚をするって報告をお兄ちゃんにするまで結婚しないって言ってたんだよ!」
「レレナ!」
何を恥ずかしい事があるのか、顔を真っ赤にしながらファナが大声を出した。
「いやいや、そいつはすまんかったな。そんな事とはつゆ知らず、他事が忙しくてなかなかマシューに来られなかったわ」
「いっ、いえいえ、そのような事は……。初めてお会いしてから今迄、ロベール様には大変良くしていただいております。ロベール様が来て下さらなかったら、この町はただの寂れた――忘れ去られた物になっていたと思います。ロベール様が来ていただいてから町に活気があふれ、新しく作られた産業は多くの富をもたらしてくださいました」
胸もとでぎゅっ、と手を握り締め、今までの事を噛みしめるように回想を始めた。
「――長いようで短い間。ロベール様に何か恩返しはできない物かと考えていましたが、今この時が恩返しの場であると私は思いました。彼は、言えばきっとわかってくれると思うので、その話を受けさせていただきます」
「あっ、別にそういうのは良いんで」
「えぇッ!?」
断られるとは思っていなかったのか、ファナは部屋中に響くほど大きな驚きの声を上げた。
「人様の幸せに打撃を加えるような人事異動は俺の本心じゃないからな。あんまり無理をするなよ」
「あのっ、あのっ、お心は嬉しいのですが、ロベール様は人手が足りないんじゃ……?」
「それはそれ。これはこれ。結婚式の日程が決まったら教えてくれ。必ず時間を作ってお祝いに来るから。それじゃあ、彼氏とお幸せにっ!」
ビシッ、と手を挙げて倉庫を出ると、レレナも全く同じように手をビシッ、と上げて俺の後をついて出て行った。
あとに残された優しい回想シーンを繰り広げていたファナは、ただただ寒々しく残されるだけだった。
★
「お話は終わりましたかぁー?」
ヤンキー座りにジト目をしたアシュリーが、門の警備員に管を巻く様に絡んでいる。
絡まれている門の警備員は、相手が貴族なので言い返す事もまた無下に扱う事も出来ず、ただただひたすらに頷く頷機械になっていた。
「我が領民に地味な嫌がらせを止めてもらえませんかねぇ?」
「嫌がらせじゃないですよ。中に入れてもらえなかったから、ちょっとお話をしていただけです」
ねー、と門の警備員に同意を求めるが、警備員の方は「助けてくれ」と視線だけで俺へ語りかけている。
「悪かった、悪かった。用は済んだから、家に行くぞ」
「ロベール様の家ですか!? 絶対面白い物がありますね!」
「何もない所だけどな」
匠の技が光る何もない家だ。夏は暑くて冬は寒い、季節感を肌で感じられる、な。
「まっ、とりあえず皆を拾っていくか」
仲間には荷物はそのままで適当に過ごすように言っておいたので、このマシューの中で適当に見て回っているだろう。
せっかく俺の部隊に入って、しかも俺が手掛けている準統治領の町なので口に出さずとも色々とタメになる事が多いはずだ。
――なんて思っていたのもつかの間。マシューの広場ではマシューの子供達VSロベール竜騎士隊でちょっとしたバトルが起きていた。
「違うよー、こうだよ、こうっ!」
ぶぅん、と子供が力強く投げたのは、その手には大きすぎる独楽だった。
糸巻きコマで平たいスタンダードなタイプだったが、それを始めてみる竜騎士は不思議そうに見る者と、自らの手で使用している者の二手に分かれていた。
貴族であるロベール隊の竜騎士だったが、農民にしては上等な服を着ていたのと合わせて、次男(女)三男(女)と言ったそこまで厳しく隔てられていない存在だからかもしれない。
さらに言えば、珍しい物を見た面白さが勝っているとも言える。
「ここで俺がッ!」
一人目の、竜騎士に説明した子供が投げたすぐ後に、別の子供がカラーリングの違う同じ型のコマを、最初の子供のコマに向かって投げた。
瞬間、ゴッと言う力強い音がするとともにコマ同士がぶつかり合い、接戦を繰り広げたが最後には後に投げた方のコマが先に倒されてしまった。
「あぁっ!?」
負けるとは思っていなかったのか、後の子供は情けない悲鳴を上げて止まった自分のコマを持ち上げた。
同じく、竜騎士の一部も後に投げた方が勝つと思っていたのか小さな呻き声を上げた。
「さすがはロベール様の統治する町。面白そうな物がありますね」
「独楽と言う玩具だ。色々と遊びのある道具だが、今のこれは喧嘩ゴマと言う物だ」
「物騒な名前ですね。連勝したら本当に喧嘩が始まりそうな遊びです」
「そうだな」
冷静に目の前の状況を分析するアシュリーだが、興味は強くあるそうで子供達の持つコマは視線だけで追っている。
そして心配することなかれ。このコマを教えた初めの方は良かったが、喧嘩ゴマができるようになると共にリアル喧嘩が勃発するようになった。
その度に親や周囲の大人が拳骨をするようになると、子供達できちんとルール作りが成されて、今では問題なく遊ぶようになっているそうだ。
いいねぇ。ルールブックも作られて、しっかりと学校が役に立っているよ。
「ロベール様は強いんですか?」
「この遊びを教えた人間だぞ? そりゃ神レベルですわ」
「おぉ」
凄い凄い、と言いながら小さく手を叩くアシュリーだが、すぐにしゃがみこみレレナと視線を合わせた。
「実際のところの強さは?」
「最初に教えてもらってから、今日がここへ初めて来ました」
「なるほど。形無き神レベルですね。レレナちゃんは、コマをやるの?」
「ううん、私は竹馬の方が好きです」
スッ、と指さす方へ視線を移すと喧嘩ゴマをやってい子供よりは少ないながら、女の子が数人固まって竹馬に乗って追っかけっこをしていた。
竜騎士も女の子から借りて竹馬に乗ろうとしているが、子供用に作られた物にタッパや太さが足りなくなかなか乗れないようだ。
「名前からして木馬の様な物だと思っていましたが、意味の分からない物ですね」
「棒の好きな高さに足場を作って乗るだけだからな。微妙にバランスを取るのが難しいが、慣れるとどれだけでも高い物に乗れるぞ?」
「これも神レベルですか?」
「足をかけた瞬間、グルンとなるから俺は乗れん」
女の子達が簡単に乗っているからか、俺の言うグルンと言う意味が分からないようで、アシュリーは口の中でグルングルンと言いながら竹馬を眺めている。
「レレナちゃんは、どれくらいの高さまで乗れるの?」
「一昨日、屋根を越えました!」
「「意味が分からんな!」」
驚きに俺とアシュリーで声がハモった。
高さも高さだが、そんな高い竹馬をよく作ってくれたわ、と感心する。失敗したら大事故じゃねぇか。
「それは良いとして、俺の家へ案内するぞ」
レレナとの会話を打ち切り、竜騎士へ遊びを中止するように言った。
俺の号令で、駆け足で来る竜騎士と共に全力疾走でやってくる子供達。ギブミーおみやーげ状態だ。
★
ここは匠の技が光る、マシューでの俺の拠点だ。4LDKの平屋だったが、最近少しだけ改築されて広くなると共に、近くにはイスカンダル商会の支店も建っている。
「――とまぁ、そういうわけで振られてしまったわけさ」
ここへは、ただ単にファナを呼びに来ただけだ。他の竜騎士が来た理由は、部隊の大将が一人で遠出するのは危ないと言うのと、俺が管理している準統治領を見たいと言うのがあるそうだ。
後者については、すでに紙とペンで見た物を写している者も居る。勝手に売り出しても良いけど、その場合は売り上げの何パーセントか貰うぜ?
「であるならば、もう帰ると言う事ですか?」
幼い顔だちをした、アシュリーと良く組んでいる女性の竜騎士が聞いた。
「さすがにトンボ帰りはきついからな。今日の所はここに宿泊だ。それに、皆もマシューの事が気になるだろ?」
拙速を貴ぶロベール竜騎士隊であっても、皇都から3時間30分ほどの――他のドラゴンと飛ぶので――道程はきつい。
それに、今回は急ぎじゃ無いしな。
そう質問した竜騎士と他の仲間に返すと、全員が同じ意見だったのか恥ずかしそうに鼻頭を掻いた。
「ある意味、文化の中心地と言える皇都よりも文化が進んでいますからね」
「確かに! 皇都で最近売り出された『ニホンムカシバナシ』をこの町の子にしてあげたら、すでに知っていると言われた時は驚きました。しかも、この町で発刊したのはずっと前だと言われた時は、子供が嘘をついているのだと思ってしまいました」
隊員同士で、マシューで見聞きしたことをあれやこれやと話し合っている。普段見られないロベール竜騎士隊の面々の反応が大変面白い。
「皆様、お茶が入りましたよ」
引き戸が開けられて入って来たのは、先ほど倉庫で別れたファナだった。
ミナが居ないので誰も世話をする人が居ないと思ったようで、仕事を早退きして来てくれたようだ。いやいや、本当に助かった。
「失礼します」
隊員一人ずつの前へティーカップではなく湯呑に淹れた、マシュー産のハーブティーと言うの名の漢方茶が置かれる。効能があるのか不明だが、スッキリとした味わいで美味い。
マシューでの俺の家へは、靴を脱いで上がる日本式の生活様式を取り入れている。なので、今は全員靴を脱いで床にベタ座りしているのだが、人が歩き回る床にお茶を置かれて数名が若干嫌そうな顔をした。
「あの、そろそろ無視するのも可哀想ではありませんか……?」
お茶を飲む竜騎士の一人が、俺の隣へ視線を向けて呟いた。
いつごろ、その無視されている本人から突っ込まれるかと待っていたのだが、我慢強いのか、それとも相手自体も突っ込み待ちだったのか反応する事もの無く、うちの人間が先に反応してしまったのだ。
「ん、あぁ、まぁな……」
俺の隣ではそれはそれは良い笑顔で右手を元気よくあげ、左手は右脇にそえているレレナが居た。そんなアホな仕草を誰が教えたんだよ、って多分俺だろうな。
「レレナ、我が儘を言っちゃダメよ」
先ほどから姉のファナが窘めているのだが、レレナは聞く耳を持っていないのか無視を続けて、俺が突っ込んでくるのを待っていた。
彼女が何を言いたいのか、ファナだけではなく俺も分かるのは目が語っているからだろう。
「分かった、分かった。まずは言ってみろ」
「はいっ! お姉ちゃんの代わりに、私が行きます!」
「却下」
却下と言ったにも関わらず、レレナは一瞬呆けた顔をした後に、すぐさま手を挙げなおした。
「お姉ちゃんの代わりに、私が行きますっ!」
「却下その2」
それでもめげないレレナは、ニコニコと再び手を挙げた。
「どれだけ手を挙げようとも、それはできん」
「何で?」
「動労基準法とか何とかかんとか。とにかく、うちで働くには年齢とタッパが足りんのだよ」
「でも、石鹸工場だと私もお手伝いしてるし、製紙工場の方も私と同い年の子が働いてるよ?」
「家は家、余所は余所」
にべもなく断られたレレナは膨れるが、それで心揺らぐ俺ではない。それに、断ったのは年齢だけではなく町へ出れば知らなくていい事も知ってしまうからだ。
この町では性善説が通用するが、人の多い町に来てはそんな物は戯言となる。
信用できる人間と言う意味ではレレナは良い。この歳ではなかなかない聡さがあり、臆病な所も裏を返せば騙されにくいと言う事になる。
「じゃっ、じゃぁ、イスカンダル商会に入ってお兄ちゃんのお手伝いする」
「ファナ、イスカンダル商会に言って話を通しておいてくれ」
話を振られたファナは、「はい」と一言返すとレレナに向き直った。言葉足らずとも、手伝いをさせないようにと言う意味を感じ取ってくれたようだ。
「レレナ、我が儘を言ってロベール様を困らせてはダメよ? お勉強したのは、ロベール様を困らせる為だったの?」
正論で諭されたレレナは、ややブスッとした表情をしつつもファナの言葉に首を振った。
「美しい姉妹愛やぁ」と、最近いい事なしでやさぐれ気味だった俺の心に温かい物が流れ込んできた。
そこで終わりかと思ったのだが、場をかき乱す奴が、我がロベール竜騎士隊から一人出た。
「良いこと思いつきました! ミーシャとレレナちゃんを二人一緒に行動させるのはどうでしょうか!」
アシュリーは得意げな表情で、余計な事を言うなと視線だけ向ける俺に対してドヤ顔で続けた。
「正直な話、ミーシャの行動はぶっ飛び過ぎていて我々では制御しきれません」
確かにそうだが、言い過ぎなような気がしたので他の皆を見た。その全員頷き何人かが俺から目を逸らした。
最近は問題も起こさず静かに過ごしていると思っていたが、ロベール竜騎士隊の人間が色々と後処理をしてくれていたようだ。
どんな事をやらかしたのか、後で聞いておかなければいけない。
「ですが、ミーシャは意外と小さい子の面倒見が良いので、くっつけてレレナちゃんに制御してもらうのはどうでしょうか? 問題と言うのも、大体が価値観の違いと言う物が主な原因なので、レレナちゃんにミーシャの常識となってもらうと言うので」
「――なるほど」
つまりは、技の1号と全力の2号だ。
それに、アシュリーが言った通りミーシャは子供の面倒見が良い。大鹿では子守もやっていたそうなので、そのお蔭だろう。
それに――、とアシュリーは周りに聞こえないように俺へ耳打ちをした。
「それに、商人が来るとは言え閉塞がちな町になっている事は否めません。見識を広めると言う意味を込めても、小さい内に外を見るのも良いのではないのでしょうか? きっと彼女自身にとっても素晴らしい体験になると思いますし、今後その経験がこの町にとって良い物となるはずです」
なるほど、経験とはやって見てやってみなくては得られない物だ。この町で生まれ育った者は、そのほとんどが皇都や他の町へ行く事なく一生を終える。
最近はイスカンダル商会が来るようになって外の出来事も知るようになり、さらには定期発行している新聞によっては、あるいみ皇都在住の平民以上に皇都に詳しくなっている。
そこに知識だけではなく、自身が見聞きした経験を加えれば本人にとって価値のある物となるだろう。
とても素晴らしい案だ。言ったのがアシュリーでなく、さらには何か企んでいるような顔でなければなおさらよい。
「しかしなぁ、良い案ではあるけど親の許可が――」
「行ってきます!」
ダッ、とレレナは元気よく駆け出し自分の家へ戻って行った。
★
翌朝、マシューには竜騎場が無いので厩舎近くの原っぱには見送りの人達がたくさんいた。
その中には小さなお友達もたくさんいた。
「レレナちゃん、頑張ってね」「病気になっちゃダメだよ」「帰ってきたら、都の楽しいお話をいっぱい聞かせてね」
何人か涙ぐんでいる中、レレナだけは新しい生活に心浮かれているようで元気いっぱいに返事をしている。
「娘には、しっかりと奉公するように言い聞かせていますが、もしお邪魔になるようでしたらイスカンダル商会の樽にでも詰めて送り返していただいて構いませんので、どうぞよろしくお願いします」
「分かった。まぁ、あの性格だ。悪いようにはならんだろう」
「はい。そう願っております」
子供のうち一人――しかも長女は結婚して町に残る事が確定しているからか、昨日、レレナは父親であるガナンに聞きにいったところ二つ返事でOKしたそうだ。
用意した荷物は、皇都用のお洒落着に作業用の古着。それに、ちょっとした小物でまとめればトートバックに入るほどの男前仕様となっていた。
「よーっし。全員そろってるなー」
「はい。いつでも飛べます」
昨日の温泉がよほど良かったのか、竜騎士数人が朝風呂へ向かって帰ってくるのが遅かったので、少しではあるが出発の時間が遅れている。
温泉とは入ると全てがどうでもよくなってしまう不思議な風呂である。素人が生半可な気持ちで足を突っ込むから出て来れなくなるのだ。今回の遅刻は不問とした。
数少ない女性メンバーに、温泉の泥が肌に良いと言ったところ酒の入っていた小さな樽に温泉の泥を詰めて持ち帰ることとなった。
「それでは、世話になったな」
「ロベール様であればいつでも歓迎させていただきます。それとレレナ。迷惑をかけないようにな」
父親からの忠告も右から左へ。レレナは楽しそうに頷くだけだった。
ヴィリアを皇都の方へ向け、一気に走らせた。後ろに掴まっているレレナから楽しそうな声が聞こえたが、飛び上がると共に風音に消された。
さて、次は磁器の即売会だ。気合を入れて挑まねばならない。
登場人物
アシュリー=ロベール竜騎士隊の一人。エコール子爵家の長女でセクハラ大好きっ娘。温泉の凄さを知る。
レレナ=ファナの妹。ロベールを兄と慕う女の子。めげない。
ファナ=マシュー町長の娘で長女。結婚は秋の収穫後になるもよう。
ガナン=ファナとレレナの父親でマシューの町長。
6月30日 誤字修正しました。
7月2日 泥について書き換えました。




