展覧会決定と共に死の臭い
☆祝(一昨日で)竜騎士から始める国造り連載一周年☆
初めは半年くらいで飽きるか諦めるかのどちらかだと思って居ましたが、ここまでやってこられたのは皆様の応援があってこそ!
誤字脱字等が多い作品ではございますが、皆様が指摘してくださるので作品として一歩ずつ進めています。
そして、感想を頂けることで次の一ページを書く勇気になります!
今後とも、竜騎士から始める国造りといぬのふぐりをよろしくお願いします<(_ _)>
「御久しぶりです、アドゥラン皇子様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
皇城に出禁となった事をアドゥラン第一皇子に伝えると、話し合いの場を変えてくれると言う異例の対応をしてくれた。
初めは手紙や部下から口頭で済ませられると思っていたのだが、ここまでしてくれたのはニカロ王国から俺へ使者が来たかららしい。
「いや、気にしなくていい。しかし、私がニカロ王国へ行っている少しの間に帝国は大きく揺れた様だな。それに君も――」
出禁になった理由は誰かからか聞いているようで、アドゥラン第一皇子が俺を見る目が少しだけ恐ろしい物を見るような目になっている。
「私が――何か?」
「いや、いい。それより、今回君を呼んだのはこちらの大使がニカロ国王からの御言葉を持ってきているのでね」
始めまして、と簡単に挨拶を済ませた。
「この度は、農業技術指導者を派遣していただき、ありがとうございます。我々では思いつかない素晴らしい技術により、まだ収穫までは至っていませんが、土の質が良くなるだけではなく作物の色合いも素晴らしくなっています。これらの見える成果に国王陛下も大変喜んでおられます」
「ありがとうございます。ですが、そちらからは船を頂いているので素晴らしい交換だと私は思っています」
「えぇ、確かに。ニカロ王国の船は技術力も高く、中古とは言え程度の良い物ばかりをパスティナ様がご所望成されたので良い物ばかりが行っていると思います。これを鑑みれば、ロベール様にとって全く悪くない話だったと言えますね」
「ははっ」
正直な話、船はどうとでもなる。この大使とやらからは、農業技術と引き換えに良い船をやったんだからニカロ王国の方が多く支払ってやっているんだぜ感が否めない。
「それで、本日は磁器のお披露目の話と伺ったのですが?」
今ここでバトルするつもりは無いので、早々に話を切り上げ本題に入った。
「あぁ、そうだ。この度、ニカロ王国から君と同じように技術指導者を送ってもらい技術力を高めていたのだが、それもひと段落をして披露できる段階へと来た。そこで、一度このユスベル帝国の次代産業としてお披露目しようと思ってな」
「なるほど。それは、おめでとうございます。ニカロ王国の磁器製品はどれも素晴らしく、実用的な物ですら美しく、また芸術的な作品に至っては息を飲むほどですからね。私としても大変楽しみです」
これは本音だ。作品発表と言う時点でも、その作品の意図を汲むのが面白い。
このコメントが気に入ったのか、アドゥラン第一皇子やニカロ王国の大使も満足げに笑みを浮かべた。
「折角の展覧会なので、即売会も開いたら面白いかも知れませんね」
「即売会……」
やや強引な話の持って行き方だったが、アドゥラン第一皇子はその言葉を不思議そうにつぶやき、大使は片眉を上げるだけだ。
「えぇ。折角の展覧会なので貴族達も多く来るでしょう。それで、磁器を見せて食事して終わりと言うのは少々呆気なさ過ぎると思います」
そう言う物だろうか、とアドゥラン第一皇子は首を傾げるが、対する大使の方は興味深そうに聞き入っている。
「ニカロ王国の磁器と言うのは資産価値もあります。しかし、後発のユスベル帝国の磁器と言うのはまだ誰も見たことの無い、そもそもそれに価値があるのかと思われる可能性もあるのです。ならば、宣伝も兼ねてその場で売ってしまい、ユスベル帝国の磁器価値を知らしめるのです」
「ちょっと意味が分からないな。その場で売る事に、なぜ価値を知らしめる効果があるんだ?」
「ただの虚栄心のくすぐりです。この展覧会で展示していた物は、ユスベル帝国の磁器の歴史で一番初めに作られて売られた物です。これを箔にするのです。出席した貴族は「これだった」と理解し、出席できなかった者も「これが最初期にできた物か」と知ります。つまりは、限定品ということですね」
ココでしか買えない一品です、と言われたら大衆心理――虚栄心の大きな貴族としては買わずにいられないだろう。何たって、他人に自慢できるものが増えるのだから。
俺の意見に賛同したのは大使だった。
「面白い試みですね。今までの考えでは、披露し、今後このような物を作っていくと言う話に留めるだけでしたが、その場で売ってしまえば宣伝としても使えますし、金銭の回収も時間をかけずにできる。今回の展覧会にはニカロ王国の磁器も置く予定なので、ぜひやってもらいたい催しですね」
大使からの肯定を受けて、アドゥラン第一皇子の顔から陰りが消えた。
どうやら即売会は行われそうだ。
「そこでですね、私の作品もよろしければ並べて欲しいと思いまして。最近、私も磁器づくりにはまっておりましてね――」
「「ッ!?」」
突然放たれた俺の言葉に、二人は息を飲んだ。
農業技術と言う新しい知識を有した――有することが出来る人間がアドゥラン第一皇子の推し進める、ユスベル帝国の新しい産業に食いつこうとしたのだ。
新しい考え方のできる異質な存在が何をしようとしているのか判断できない二人は黙って俺を見た。
「実は私が作った物を持ってきていまして。よろしければご笑覧ください」
座っている椅子の隣に置いてある木箱を開け、中にしまわれている物を取り出した。
一つは8キロほどある人形に、もう一つは30cmくらいの皿だ。
「まず、こちらの人形をご覧ください」
出したのは深い茶色に染め上げられ、それなりに細かな意匠が凝らされたデザインの人形だ。
「名を遮光器土偶と言います」
「…………ほう」
磁器人形はニカロ王国でも作られている。ただし、俺が作った遮光器土偶の様な儀式めいた物ではなく、可愛らしい人間や動物と言った元の世界でも通用する品だ。
現にアドゥラン第一皇子は珍しい物を見るような目で、大使は技術力の低さを見る目で見ている。
「かなり重いですね。中身も詰まっているのですか?」
「えっ? えぇ、そうですね。こういった細かな形を作る場合は、壺の様に粘土を積んでいくことが出来ないので」
何を常識的な事を、と言った顔で答えると大使は小さく口角を上げた。
先進的な知識を有する俺でも、磁器の技術までは持っていないと思ったのだろう。
ニカロ王国の人形は中身をくり抜いた後に、前と後ろで接着し焼いている。なので、焼き上がった物が着色されていても若干ではあるが接着箇所が見える。
対して俺が今見せている遮光器土偶は、俺の技術力を低く見せる為にわざと中身をぎっちりと詰めた状態で焼いたものだ。
「そちらは、お皿ですか?」
「はい。こう見えて私は絵が得意なんですよ。今回はこの様な中皿ですが、私の名前が磁器界で有名になったら、背丈ほどもある物を作ってみたいですね」
そういい、布で包まれた皿を取り出した。
形自体は良くある何の変哲もない皿で、絵柄は今の流行から少しだけ外してある。
「なかなかお上手ですね。にじみも無く、線がしっかりと描かれている」
と、大使はそこで切った。
今の流行は淡い絵柄が好まれているので、大使はその後に「一昔前なら売れたでしょうね」と言いたいのだろう。
「ですよね! 焼き物に絵柄を描くと言うのは難しいと聞いていたのですが、やってみれば意外と簡単にできてしまいました」
子供らしくやや増長した感じに言うと、大使は俺の滑稽な自信に苦笑した。
しかし、それでこそ重畳。この大使が俺の事を過小評価してくれればそれだけ驚きが増すと言う物だ。
「はははっ。これでは、磁器の本場であるニカロ王国も抜かれてしまう日が来るかもしれません」
腹の底から愉快そうに、絶対にそんなことは在りえないと言った圧倒的な自信を端々からのぞかせながら大使は笑った。
「まさかのニカロ越えですか!? この人形に私のサインをして差し上げましょう。将来的に、ニカロ王国に技術指導に行くまでになったらかなりの価値が出ますよ!」
「ロベール! 大使に失礼だぞ!」
さすがに磁器の本場であるニカロ王国に技術指導者として行くと言ったのは言い過ぎだったのか、アドゥラン第一皇子から叱責が入った。
何だよ、そんなに怒るなよ。可能性はあるんだからさ。
「いやいや。噂に聞く以上に面白い方の様だ。先ほどの話しですが、今回の展覧会にはロベール様の作品も置いても良いのではないでしょうか?」
「置く事は別に良いのですが、即売会と言う新しい催しをすれば混乱があるのでは?」
「新しい事を始めるには混乱はつきものです。今回の展覧会にはロベール様もご参加されるそうなので、混乱を起こさないような知恵を下さるかもしれません」
そうですよね、と言いたげに大使は俺へ視線を向けた。残念だけどそんな知恵はないぞ。
あるのは、目の前の二人をあっと驚かせ、自分の危機感の無さを悔しがらせようとする悪知恵だけだ。
「それは、即売会に参加できると言う事ですか?」
ちらり、とアドゥラン第一皇子に視線を向けると、仕方が無いと言った様子で頷くだけだった。
続いて大使へ視線を向けると、大使は良かったですねと言いたげな優しい――裏を返せばいやららしい笑みを浮かべた。
「パーティーの参加と言う熱があるとはいえ、本当に良い物しか売れません。ロベール様も頑張ってください」
悪いが、今回の展覧会&即売会は本当に良い物しか出す気はない。いや、元から悪い物を出す気はないが、派手な物を出して行こうと思う。
俺とマフェスト商会がタッグを組んだ新しい磁器専門の商会のデビュー戦だからな。
「ありがとうございます――」
ニヤリ、と笑みで頬が引きつりそうになるのを抑えながらお礼を言った。
★
「っと言う訳で、ニカロ王国からの技術交換で作られた磁器の展覧会及び即売会が行われる事になりました」
拍手ぅ~、と言うと部屋に居る俺・フォポール・ミーシャ・マリッタ・アシュリーから拍手が起こった。
しかし、ミーシャを除く全員が不思議そうな顔をしている。
「どうした、どうした? なぜそんな顔をする?」
「いっ、いえ……。ロベール様が、まさかアドゥラン第一皇子とも顔見知りだったとは……」
「おう。前に、ニカロ王国に農業技術指導者を融通した事があってな。その時の窓口がアドゥラン第一皇子だ」
そこまで説明すると、フォポールは思い出したかのように「あぁ」と声を出した。
あの会見は非公式な物で、誰それに話す様な内容ではないので知る人は少ないが、当時にはもうフォポールは俺の近くに居たのでアドゥラン第一皇子とまでは知らなくても皇族の誰かとは理解していたのだろう。
その時の交換で受け取った船の一隻は、イスカンダル商会とつながりのある造船所で分解されている。
早い話が、ニカロ王国の造船技術を盗るためだ。一隻でも船が欲しい今にやるのは少々キツイが、それ以上の利益を生み出してくれると信じている。
「ならば、我々がここに集められたと言う事は当日の警備の話しですね?」
「それもある。けど、フォポールは警備と言うか俺のそば仕えとして来てもらおうと思っている」
「分かりました。ロベール様の身を守らせていただきます」
「よろしく頼む」
とは言いつつも、皇子が企画して参加もする催事だ。大使も来るので身元確認も警備も万全以上に万全だろう。
そんな所に警備は必要なく、フォポールを連れて行くのはイケメンスマイルで俺とマフェスト商会が作る磁器を関係者の奥様方に勧めてもらうためだ。
主人に一つだけ商品が売れるより、主人と夫人の二つ売れば儲けが大きいからな。
「ロベール様は、何色が好みですか?」
「はっ?」
突然アシュリーから放たれた質問に素で聞き返してしまった。
「確か前は紫って聞いたんですけど、他にはどんな色が好きですか?」
「白……だけど?」
「白ですか……」
う~ん、と眉を八の字にして悩み始めた。
「何でそんな事を聞くんだよ?」
「えっ? だって、そう言った催しには女性を引き連れていくものですよね? この中でフリーの女性は私だけなので、少しでもロベール様に合わせられるようにドレスの色だけでも好みになろうかと思って」
一応ミーシャもフリーだけど、ミーシャは色気より食い気だからな。年齢的にもまだ余裕がある。
「別にそんな決まりは無いし、例え決まりがあったとしても別にそんな事をしなくていいからな」
「なっ!? すでに良い相手が居ると!?」
「何をもって良い相手とするのか分からんが、丁度、友人に素晴らしい酒を造る奴が居てな。今回は磁器以外にも新しい酒のお披露目もしようと思って」
本来であれば数年単位で樽に貯蔵するのだが、第一期生と言うか初めの方に貯蔵した物が一年ほどとなった。この間、それを試飲させてもらったのだがまだ棘の取れていない荒々しさがあるが、木の香りだけではない元のお酒らしい微かな華の香りが口に広がる面白いお酒になっていた。
名前を出さず、隠し酒として出すつもりなので客の声をダイレクトに聞くことが出来る上、酒の潜在的価値も高めることが出来ると言う寸法だ。
「えぇ~……。そう言ったパーティーに参加したことが無いから、一度でも良いから参加したいのにぃ~……」
「初めてのパーティーが皇族の催す物だなんて、何て欲張りなんだ。ってか、来る奴なんか海千山千の化け物みたいな奴らだから辞めとけ辞めとけ」
国議会とまでは行かないまでも、皇子の催す展示会なのでそれなりの人物たちが来るだろう。
そんな所に物見遊山で参加しては痛い目を見るに違いない。
アシュリーは残念だ、と言わんばかりに暗くなっているが、これは俺の優しさとして受け取っておいてほしい。
「その話の内容は理解できたけど、そんな大事な話を部外者の私にしても良いの?」
「何を水臭い事を。同じ釜の飯を食った仲。我々はすでに家族ですよ!」
「えぇっ!? そっ、そうかしら? だけど……いえっ、確かに共に戦った仲である私たちは仲間と言うより家族の様な気がしないでもないけど……」
この間、「もうそろそろ良いだろう」と俺のポケットマネーで良い肉とワインと白パンを買ってきた。普段であればいつも食っているであろう食事の内容だったが、今は水と不思議なカビの生えた何かが食料だ。
肉は俺特製のソースで旨味を増しており、ワインは安物だが味の良い物。そして白パンは有名店の焼き立てを湿気らせない急いで持ってこさせたものだ。
「美味い、美味い」と皆で涙を流しながら食った処で、マリッタが壊れたことを悟った。囚人と言うべきか、無人島から脱出し生還したと言うべきか、良くわからない感情が美味しい料理で爆発し、俺達はこの瞬間本当の意味で仲間になれた気がした。
そんな事をヴィリアに話したら「そうか、頑張ったな。もう休め」と抱きかかえられた。どうやら、真面だと思っていた俺も真面を装っているだけでおかしくなっていたらしい。
道理で他の竜騎士達やブレイフォクサの臣下達が仕事部屋を変えたわけだ。
「もしよろしければ、フォポールにエスコートさせますが?」
「えっ? フォポールに?」
「はい。数人程度呼ぶくらいなら構わないでしょう。マリッタ様のドレス姿を私にも見せてください」
「そっ、そうか――」
「――しら?」と言葉をつなげようとしたところで、ミーシャが元気よく手を挙げた。
「私も、そのパーチーとやらに行こうと思う!」
「パーチーに出たところで、くっちゃべってるばかりで美味い物は食えんぞ?」
一応は飯も出るだろうが、メインは展覧会と即売会だ。皆、腹の探り合いやら横のつながりを作るための話し合い。それだけではなく牽制のしあいも起こるだろう。
そんな所で食べている暇なんぞない。
「なんだよ。料理が出ているのに料理食わないなんて馬鹿じゃないの?」
「良く気づいたな。馬鹿なんだよ」
「なら止めたぁ~」
よし、これで問題を起こしそうな奴を連れて行かなくても良くなった。
もし、ミーシャを連れて行こうものなら何かしらとんでもない事が起こる気がする。普段であれば問題を起こしても何とかすることが出来るが、今回は相手が相手だ。
今のままでは対抗する術もない。
「しかし、それでも私が参加する理由としては弱い気が……」
皇子の主催する展覧会へフォポールにエスコートをさせると言うのに何を尻込みする必要があるのか、マリッタは語尾を弱くした。
そんなマリッタにフォポールをけしかけようと指示を出そうとしたとき、部屋のドアをノックされた。
「誰だ?」
「はっ、はいっ! お嬢様から荷物を預かって来ました!」
「荷物……?」
この屋敷でお嬢様と言えば、ブレイフォクサ公爵の娘であるノッラだ。
しかし、俺と彼女はあの日の奴隷云々の話し以降、話すどころか顔を会した事すらない。全てメイドや執事を通しての面倒くさいやり取りだ。
そんな奴から荷物が届くなんて、どう考えても嫌な予感しかしない。
「入れ」
「はいっ!」
何が起こるか分からない荷物とやらを警戒し、さりげなくミーシャの後ろへ隠れた。
しかし、メイドが持っている物がドレスだけだと分かった所で、いやな予感と言うか空気が霧散した。
「そのドレスは、この間ノッラが買った奴じゃないか?」
勢い眩しい新緑を思わせる濃いグリーンのドレスは、つい最近、ノッラがどこぞの誰かの誕生日パーティーに行くとか何とかで買った物だ。
初めは「ふざけんな」と怒鳴ったが、ノッラが「中古や一度着たドレスで行くなんて嫌! そんな物を着るくらいなら死んでやる!」とかほざいたのでさぁ大変。
お望み通りナイフを渡したら、まだ原状復帰可能だった頃のマリッタからど叱られたので泣く泣く増やしたブレイフォクサ家の資金から出したのだ。
当時の事を今のマリッタ(汚)に話すと、当時の事を「浅はかだった」と泣いて謝ってくれたので手打ちとなった。
「ははは、はいっ。あのっ、「皇子様の主催するパーティーにこんな安物は着ていけない」と新しい物を買ってほしいとの事で……」
大分オブラートに包んだ言い方だったが、ノッラの事だからもっと滅茶苦茶に言っているのだろう。
そもそも、アドゥラン第一皇子主催の展覧会に誘われたのは俺で、もちろんフォポールの様に知り合いを連れて行っても問題はないのだが、ノッラを連れて行く気なんてさらさらない。
万が一連れて行ったとしても、俺の言う事は絶対に聞かないだろうし、偉そうなことを言って会場を引っ掻き回しそうで怖い。そもそも、ついさっきこの場で話したことがノッラに流れていると言う事は、この部屋はどこかから聞き耳を立てられる場所があるのだろう。
「くそっ……。大人しくお誕生会に出席していればいい物を……。――悪いけど、そのドレスを突っ返してきてくれ。何かされそうになったらここへ逃げてくればいい」
「そっ、それが……その……」
突っ返して来いと言ったのだが、メイドは何か言い辛そうにドレスのスカート部分を持ち上げた。
「急いで拭いたのですが、染みになってしまい……」
覗きこむ俺に合わせて、メイドを除く他の面々も持ち上げられた部分を凝視した。
濃いグリーンよりもさらに濃い色になっている、トマトソース臭のする染み……。
「何だこれは……?」
「おっ、おおおおお嬢様が……決して私ではなななななくっ――ぐすっ……」
そのドレスの染みの意味を理解した瞬間、一気に声のトーンが下がってしまいメイドを泣かせてしまった。
しかし、仕方が無いだろう。一度も着ていない新品のドレスを交換しろと言っても俺から許可が出る訳がない。なので、俺から「着ろ」と言われないようにトマトソースで汚したのだ。
これには言い訳もフォローもできん、と言った具合にマリッタも額に手を当てて唸っている。
「ノッラは……?」
「内鍵をかけて立てこもっています」
「そのまま立て板をして閉じ込めてしまえ。ついでに火もかけてしまえ」
俺の心の中の第六天魔王が、火が見たいと騒いでいる気がする。
無茶振りをされたメイドは再び涙目になりながら首をブンブンと振っている。
「そのまま閉じ込めておく事は可能か?」
「ささっ、最近はご自身で色々とできるようになってしまったので、もしかしたら御者を呼んで勝手に行ってしまう可能性も……」
くそっ、その行動力をもっと良い方へ向けろよ。ってか、その行動力で節約しながら働け。
何かやってほしいのであれば自分でやれ、と言う教育方針がダメな方へ向かってしまったようだ。
面倒臭い、面倒くさい、めんどうくさい……。
「面倒臭ぇ……」
「「「えっ?」」」
「ワシは疲れたので寝るのじゃ」
「「「えぇっ!?」」」
もう何もかも面倒臭くなってしまったので、語尾がおかしくなっても仕方がないよね。
皆が驚いているけど気にしない気にしない。
ノロノロと窓まで歩き、窓を開ける。そのまま外へ出た。
「あっ、あぁ! なるほど、ハンモックですね! 今日は天気が良いから、あそこで寝るのは気持ちよさそうです! 良かったら、私が添い寝しますよ!」
「私は、もっと寝心地の良いかも知れない所で寝るとしますわ」
危機を察知したアシュリーが俺の行先を誘導しようとするが、そうはいくか。酒の妖精の様な話し方をしながら歩いてきたのはヴィリアの前だ。
ぐ~ぐ~、と気持ちよさそうに眠っては居るが、俺達が来た時に薄めが開いたので半覚醒と言った状態になっている。この状態で何かあれば、コンマ数秒で戦闘態勢になる事ができる。
「ちょいっと失礼するよ」
ヴィリアの鼻っ面を持ち上げて口を開けると、中には恐ろしい乱杭歯が大量に生えている。
「まさか、まさかと思いますが……?」
「私は永眠ます。おやすみなさい」
ぴょーん、とヴィリアの鼻っ面から手を放すと共に口の中に飛び込むと綺麗に口がしまった。
外から悲鳴に似た騒ぎ声が聞こえるが気にしない、気にしない。
「(ん? 動いた……?)」
周りが騒がしいからか、口の中に俺を入れたままヴィリアが動き出した。
しかし、何だな。たまに食われる時は分からなかったが、ヴィリアの口の中は結構静かだな。余り臭くないし。
とりあえず、ノッラについて考えなければいけない。大切な、俺とマフェスト商会の売りだす磁器製品のデビュー戦だ。傷はつけたくない。
あのノッラもどこぞのパーティーで適当に男を見つけて結婚すればいいのだ。そうすれば嫁いだり、男を入り婿として迎え入れて領を継がせても良い。そうすれば、後顧の憂いなく俺も自由の身となるのだ。
「――んん!?」
そうだよ。結婚をさせれば良いんだ。良いのが居ないと言っても無理矢理見つければ良い。
そうと決まれば――!
「ヴィリアー! ちょっと出してー!」
大声で叫ぶがヴィリアは口を開けるどころか止まりもしない。それ以上に、口の中が熱くなってきている。
「ちょっ、ヴィリアさーん! 出して―! たたたた、たしけてー!」
上あごをドンドンと叩くが無反応。絶対に気付いているはずなのに無反応。しかも、ゆっくりと奥の方に飲み込まれている気がする。
「ちょっと、ヴィリアさがぼぼぼぼ!?」
突如口の中に大量の水が流れ込んできたので溺れそうになる。やばいやばい。素でヤバい。
「たたっ、助けでぼぼぼぼぼ」
その後、何度か水責め椅子ならぬ水責め口の餌食となり、少しだけ三途の川を渡りそうになりながらも生還を果たした。
危うく思いついた案を実行する前に、ドラゴンの口の中で溺死すると言う世にも珍しい、歴史に名を残してしまいそうな珍死をするところだった。
6月9日 誤字修正しました。
6月11日 誤字及び文章を編集しました。