町での一服 2
時間が合わないので、予約更新です。
この町の人間は仕事熱心なのか、ドラゴンが居ないにも関わらず厩舎の屋根は傷みが全くない綺麗な物だった。
その下で、俺のドラゴンであるヴィリアは新しい藁に囲まれてゴロゴロとしている。
「機嫌が良さそうだな」
「ああ。そこを見てみろ」
ヴィリアに示された方を見ると、花瓶に入った花があった。薄紫色で地味だが、楚々とした姿の花だ。
「花だな?」
「そうだ。この花は、ここからお前を呼びに来た娘の妹が持ってきてくれた物だ。ドラゴンの為に、わざわざ花を持ってきてくれるなど聞いたことがあるか?」
半分バカにしたような口調だが、そこには滲み出る嬉しさを噛みしめるような声色が入っていた。
確かに、ドラゴンに対しては餌をやって部屋をきれいにしておけば良い、程度の扱われ方なので、こういったおもてなしは嬉しいのだろう。
「それで、ロベールは何をしにきたんだ?」
「ここの温泉が本当に入れないのか確かめたい」
諦めるなんてもってのほかだ。きっとどこかには入れる温泉があるはずだ。
だから、その温泉をヴィリアと一緒に探そうと思って、俺は厩舎まで来たんだ。
「そうか。分かった」
ヴィリアは巨体をのっそりと起こすと、勝手に出て行かないように取り付けられた馬柵ならぬ竜柵を自分で開けて外へ出て行った。
★
「ここが、入れる温泉だ」
探す以前に、ヴィリアが迷うことない歩みで俺を連れてきたのは、一つの泥沼だった。
ただ、ここはただの泥沼では無くで湯気が立っており、色も茶色ではなく灰色だ。
「これ、マジで入れるのか?」
「色は悪いが、ここも温泉だ」
「いや、泥温泉は知っているけど、有毒温泉じゃないのかって話だ」
「最近は入っていないのかもしれないが、ここはこの町の人間が入っていた温泉だ。有毒であるならば、とっくに死人が出ているはずだが?」
何を言っているんだ、と言った様子で首を傾げられたが、
どうやら、ここはかなり昔に入られなくなった温泉の様だ。それを示すように、ここへの道は人が踏んだような跡が無かった。
「泥温泉なんて初めてだ」
早速、服を脱いで泥温泉に浸かってみる。
足の指の間から泥が逃げ、気持ちいいような気持ち悪いような感覚が走るが、これがなかなか悪くない。
ズブズブ、と泥に埋まっていくと丁度良い位置で固い層に当たり座ることができた。
「気持ちいいな。ヴィリアも入れよ」
「無茶を言うな。こんな小さな所に、私が入れるわけがないだろう?」
「そっか。それは、残念だ」
両手両足を伸ばしてのんびりする。
この国には、入浴する文化が無いのかサウナか水浴びくらいしか汗を流す方法がない。
アムニットに聞いても、そういった施設は存在しないらしく、風呂好きな俺としては奴隷の頃からフラストレーションがたまりまくりだった。
泥風呂も良いけど、普通の温泉に浸かりたい……。
★
「ロベール様!!」
頭の先まで泥に染まっていると、ヴィリアを挟んで後方から馬蹄の音とファナの叫び声が聞こえた。
大きな農耕馬なので馬蹄の音も大きく、結構前から近づいていたのは分かっていたが、いかんせん温泉が気持ちよすぎて声が出なかった。
「あぁ、何てこと!? ロベール様、このあたりの泥沼は毒が入っています、早く出てください!!」
ガナンと同じように、ファナもこのあたりの温泉が毒だと言っている。しかし、出たり入ったりを繰り返し早や10分以上経っているけど、肌の痺れどころか呼吸器系に異常も発生していない。
結果として言えば、ヴィリアの言う通りこの泥風呂は安全だと言う事だ。
「あぁ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと調べたから」
どっこいしょ、と泥のせいで重たくなった体を泥温泉から抜き出した。
温泉効果で暖まった上に、泥が厚く体に張り付いているので、温泉から出たと言うのに温泉に入っているかのように体がポカポカしている。
「すぐに、お拭きします」
ファナが腰に巻いていた綺麗な布を取ると、それで俺を拭こうとした。
「ちょい、待て。そんなことしたら、折角の腰巻が汚れるだろ。このまま歩いて帰る」
泥温泉から屋敷まで徒歩で15分もかからない。泥は、途中の小川で流せば綺麗な状態で沸かしてもらった露天に入ることもできる。
あとは、今晩の飯だけが心配だ。
★
目の前には、厚く切られた鹿のロースステーキが置かれている。付け合せには、蒸した人参とブロッコリーみたいな物だった。
そこに、鶏ガラで出汁を取った野菜スープに、白パンと言う俺にとっては当たり前だが、この町にとってはなかなかない豪勢な食事だった。
ちなみに、白パンとはコッペパンの事だ。
「うん、美味い」
その一言で、傍に控えていたコック――の恰好をした、飯屋の主人――は安堵のため息を小さく吐いた。
「鹿肉を、香辛料で無理やり臭みを抜いてるわけじゃないのが凄いな。それに、鶏ガラも一度焼いてから香ばしさを出しているから、野菜だけのスープなのにボリュームがある。白パンは、ちょっと殻が入っているのは御愛嬌か」
前の世界では、ファストフードも普通に食っており、食事も食って栄養になればいい程度の認識だったけど、ロベールになってから良い物を喰い過ぎたせいか舌が肥えてしまって、若干口うるさくなってしまったかもしれない。
「ファナ」
「はっ、はい!」
そばで控えさせるため、と言う名の下に同じテーブルに着かせているファナに声をかけると、上ずった調子で返事をした。
せっかく俺と同じ食事をとっていると言うのに、満足に喉も通らないようだ。
まぁ、そこら辺は俺の気まぐれで一緒に食べようって言ったせいだけどな。
「明日は、朝から湖の方へ行く。漁師を2、3人用意してくれ。合わせて、小石拾いができる奴をたくさん。それと、大鍋と燃料の薪。あとは、灰を用意してくれ」
「灰……ですか?」
「そうだ。各家庭にある、木を燃やして出た灰をできるだけ多くな」
「は、はい……」
灰をどうするんだろう? と言った様子で首を傾げるファナ。
風呂に入ったあと、食事ができるまでの間にこの町の事を簡単にだが調べて回った。
出生率は高いのだが、乳児死亡率も高い。そして、10歳以下の子供が常に腹を下している状態が多く見受けられる。
これらは後進国にありがちな、不衛生さからくる体調不良だ。
だから、まずは石鹸から作ろうと思う。
次回から、現代知識による改革――の下地が始まります。
一気に話は進みませんが、ゆっくりとしていってください。
6月28日 誤字修正しました。
7月3日 誤字修正しました。




