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幕間『目玉の価値』『胃痛のメイドと少女』

幕間『目玉の価値』


 フレサンジュ家の庭に設置された宿営地からは、ミーシャはミナの乗る馬に曲芸(ふたり)乗りをして戦場までやってきた。

 敵はブレイフォクサ公爵と言う貴族で、ミナの馬から降りたミーシャはどこかの味方貴族が雇った傭兵の中に居た。平原のど真ん中で、向こう側には敵が横に並んでいた。


 周りに居る傭兵達は胸に付けられた飾りは同じだが、身に着けている鎧は個々にバラバラで兜のみの着用者から鎖のワンピース(ホウバーグ)を着用した者、さらに金があるのか鎖のワンピース(ホウバーグ)の上にプレイト・メイルを着用した者などが居た。


 それに対し、ミーシャの装備は麻を固めた物を布で挟みキルティング加工した物の上に革鎧を着けただけだった。本人は普段着のままで良いと言ったのだが、逸れた刃が当たり無駄な怪我をすることを気にしたロベールが無理に言って着用させたのだ。


「なぁなぁ、睨み合い(これ)っていつ終わんの?」


 整列したまでは良いが、何を待っているのかそれから突撃の指示が出ない。

 やる気満々だったミーシャもただ立っているだけに嫌気がさし、一人で突っ込んでしまおうかとすら考えていた。


「僕らは隊列の先頭に居たから、後方の部隊の整列がまだ終わってないんじゃないかな……」


 ピリピリとした空気の流れる中、ミーシャの疑問に答えてくれた声があった。その声は若く、子供の声と言えた。

 歳はここで並んでいる最中の会話から15歳くらいと聞いており、今回の戦闘が戦争初参加と言っていた。その初参加と言うのは彼にとてつもないプレッシャーを与えているようで、今にも卒倒しそうなくらい顔が真っ青だった。


「お前ら、今からキバってちゃイザってぇ時にぶっ倒れんぞ」


 ダルそうにしているミーシャと顔色を悪くしている少年。どちらをキバっていると評価したのかいまいち理解しかねる言葉を吐いたのは、青白い顔色をしている少年のさらに隣に立っているハゲたおっさんだった。


「ところで、お前ぇ(ミーシャ)は見たことないツラだけどいつ傭兵団(ウチ)に入ったんだ?」


 ウチと言うのはアルトゥーラ傭兵団の事だ。ミーシャは今回の戦争に傭兵枠として参加している。しかし、その実は遊撃隊の様な物で傭兵団の動きとは関係なしに好き勝手に動き敵を屠っていけば良い。その代わり報奨金の評価方法は歩合制だった。


「私はここに行けって言われたからいるだけだよ? ってか、おっさん酒臭せぇな」


 ミーシャの率直な意見に、言われたおっさんは大声で笑いだした。その笑いから発生した酒臭い息の性で、隣に居る少年の顔がさらに真っ青になった。


「こんな戦争(もん)、酒でも飲んでねぇとやってられねぇよ! だがなぁ、俺はどちらかと言うと酔っている方が強いんだぜ?」


 確かに、隣でグロッキーになっている少年の様な奴よりは、多少酒に酔っていようが動ける人間の方が兵士として向いているだろう。


「ところで、お前ぇは今まで戦争に参加したことは?」

「冬に貴族の(うち)を襲ったくらいかなぁ……?」


 貴族と言うのは、去年の暮辺りにロベールの指揮で行われたラジュオール子爵邸襲撃作戦の事だった。あの時がミーシャにとって戦闘の初陣だったが、性格のせいもあるが隣に立つ少年の様に状態になっていた記憶はない。


「お()ぇ、元は野盗だったのか?」

「そんなザコと一緒にしないでよ。私はロベールに頼まれたから一緒に貴族の家を襲ったんだから」

「ロベールって言やぁ……」


 確かこの戦争の当事者だったよな、とおっさんは小さく呟いた。

 ロベールと言う名はアルトゥーラ傭兵団でも多少は耳にする。初めは商会(・・)に引き抜かれた仲間から聞き、傭兵団に属する獣人・亜人問わず普通に接すると言う貴族らしからぬ言動をする事から、実は傭兵上がりの人間ではないのかと言う根も葉もない憶測まで流れたりした。


 もちろん、この間まで居た騎士貴族でロベールを見た時にそんな憶測は霧散してしまった。まず体つきは貧弱で、とてもじゃないが戦闘向きではない。

 そして、傭兵らしからぬ思慮深さに、ドラゴンを数頭同時に操ると言う手腕だった。この時点で、すでに「傭兵では?」と言う考えは誰の頭にも無かった。


「おっさんは、この戦争が初めて?」

「馬鹿言えお()ぇ。俺はこのガキと同い年くらいからずっと戦場暮らしだ」


 そう言い、ハゲのおっさんは青い顔をしている少年を指さした。毎日死線をかいくぐる様な規模の戦争はここ最近起きていなかったが、それでも小競り合いから短期的な戦争は起きている。

 そう言った土地を巡り、金を稼いでいる傭兵稼業の中で、この年齢(おっさん)まで生きられる人間と言うのは限られるのだろう。


「んじゃさ聞きたいんだけど、殺した証拠を持ってこなきゃいけないんだけど、右耳か左耳か鼻だったらどれが良いと思う?」

「なら目玉でいいだろう。両目をもぎ取って、「これは全部右目ですっ!」て言やあ倍の金が貰えるだろう」


 そんな答えを聞いたミーシャは、「はぁ……」と深いため息を吐く。


「あのなぁ、ロベールは人の心が読めるんだぞ? 嘘ついてもすぐに見破られるから、絶対にロベールだけには嘘はついちゃダメなんだぞ」


 真剣な眼差しで言うミーシャに対し、おっさんは「まさか」と半笑いで返す。

 そもそも、ロベールにそんな特殊技能は備わっておらず、それ以前にミーシャ自身が嘘を吐けない性格なので、嘘を(つつ)くどころか綿毛で撫でたぐらいでボロが飛び出してくる嘘の下手さだ。


「はぁ……こんなおっさんに聞いたのが間違えだった。しゃーないから、簡単に取れる右目(・・)にしようかな」


 おっさんとの会話で、なぜ顔に一つしかない部位が必要なのかを忘れてしまったミーシャは、あろうことか似た目玉を回収すると言い出した。

 それを聞いたおっさんは、「やっぱりズルするんじゃねぇか」と軽く笑った。


「あと聞きたいんだけどさ、偉そうな奴ってどんな奴?」


 どういった意図の質問か首を捻ったおっさんだったが、それが首印としての価値を聞いていると理解するとニヤリと笑った。


「そりゃお()ぇ、一番豪華な格好(・・・・・)をしている奴だ。我が団の隊長を見てみろ。良い装備をしているだろ? つまり、ああいった奴がその中で一番偉い奴だ」


 分かり易い例で例えると、ミーシャはほーほーと頷いた。

 それから他愛のない話をしていると、敵軍へ向かい騎馬騎士が戦火を開く為の口上を述べに行った。



「ウオォォォォォォォォオオオオ!!!!」


 「騎馬突撃が来るぞ!」と言う大声が聞こえた時には、アルトゥーラ傭兵団の横っ腹を突くような形で敵軍の騎馬隊が向かって来ていた。

 壁が迫りくる圧迫感は相当な物で、普段は適当な感想しかいう事のないミーシャであっても初めて見た騎馬突撃には身の毛が寄立った。

それに、周囲の叫びも相まって一度目に仕掛けられた騎馬突撃は這う這うの体で逃れるしかなかった。しかし、この騎馬突撃は三回目だ。ミーシャは迫りくる騎馬隊の動きを注視した。


「――今ッ!!」


 馬で作られた壁とは言っても、馬は生き物で操っているのは人間だ。間隔は狭いとは言っても事故にならない様に隙間は空いている。

 ミーシャはその人一人と少しの隙間に飛び込み、通り抜ける前に鞍へ掴まり馬に飛び乗った。


「ウワァ!?」

「目ん玉寄越せッ!!」


 突然、馬の間から飛び乗ってきたミーシャに叫び声を上げる騎馬兵だが、一瞬の内に右目をほじくり出された。


「グギャァ!?!?」


 激痛に手綱を放してしまった騎馬兵は落馬し、後方に続いている仲間の駆る馬に踏みつぶされた。運悪く、その落馬した兵士を踏みつけてしまった馬は馬脚を乱し転倒し、後続を巻き込みながらの大惨事となった。


「今だっ! 落馬した奴らを殺せッッ!!」


 アルトゥーラ傭兵団の一人が、ミーシャの起こした事故を目ざとく見つけすぐに全員に知らせた。

 その声に反応した傭兵は、弱った虫にたかる蟻の如く群がると一斉に叩きのめしはじめた。


「次だっ! ここの奴らはみんな死んだ! 次へ行くぞッ!!」


 声の指す方では、先ほどの落馬した兵士を踏みつけ転倒した馬を見たミーシャが、手近にあった死体から鎧を引き千切り、引き千切った鎧を騎馬隊の馬に向けて投げつけている最中だった。

 いかに突撃力があり、また機動力があるといっても走っている最中の馬に鎧と言う堅く頑丈な物を投げつけられては大参事になる。かといってもすぐさま軌道を変える事も出来ない騎馬隊は突進するしかなく、正面から投げつけられる鎧の餌食になった。

 落馬をした騎馬兵は立ち上がり態勢を立て直す前に、跳んできた(・・・・・)ミーシャに次々と目玉を抉り取られていく。


「目玉を寄こ――」

「グオォォォォォオーーーーーー!!!!」


 最後の落馬した騎馬兵の目玉を抉り取ろうとしたところで、上空から聞こえたドラゴンの咆哮にミーシャは驚き距離をとった。

 上空を見上げると、ロベールの部隊ではないドラゴンが旋回している。


「戦闘を今すぐ中止しなさいッ! 我々は、近衛聖騎士団竜騎士(ドラグーン)部隊! 皇帝陛下の命により、今すぐこの戦闘を中止しなさいッ!」


 騒がしい戦場でも良く通る声で、何人か居る竜騎士(ドラグーン)の中でも良い鎧(・・・)を着けている竜騎士(ドラグーン)が戦闘の中止を呼びかけ始めた。


「おいおい、あんなのが来るなんて聞いていないぞ……」


 ミーシャのおこぼれに与っていたおっさんが、いつの間にか空を見上げているミーシャの隣に立っていた。


「これ以上、無益な戦で血を流すな! 我々ゴフッ――――」


 静かになり始めた戦場で、再び停戦の呼びかけを始めた竜騎士(ドラグーン)の腹に槍が突き刺さった。

 近衛聖騎士団の旗を掲げているが、敵と間違えられて矢を射られる可能性がある竜騎士(ドラグーン)は矢程度なら防げる重く身動きがとり辛いが、その代わりとても頑丈な鎧を着用していた。

 しかし、その鎧は高速で飛来する槍までは想定していなかったので、鎧は呆気なく貫通し竜騎士(ドラグーン)を死に至らしめた。


「み・ぎ・めっ! み・ぎ・めっ!」


 相手を豪華――良い装備を身に着けている味方以外の人間としか認識していないミーシャは、興奮気味にドラゴンから落下する竜騎士(ドラグーン)を指さした。


「うおおおおおおっ、馬鹿かお()ぇ! あれは帝国の竜騎士(ドラグーン)だぞっ!」

「はあっ!? どういうこと?」

「敵でも味方でもねぇけど、殺しちゃまずい奴だ!」

「うっわ、どうしようヤバイ! ロベールに怒られるかな!?」


 殺した相手よりも、ロベールに怒られるかどうかを心配するミーシャにおっさんはずっこけそうになり、何とかここまで生き延びた青い顔の少年はさらに顔を青くした。


「怒られるどころの騒ぎじゃねぇぞ!」

「どうしよう!? どうすればいいと思う!?」

「分かんねぇよ! 分かんねぇけど、とりあえず知りませんって言っとけ! 何があっても知らぬ存ぜぬを突き通せ! 良いな、絶対だぞ!」

「わわわわ、分かった! 絶対に知らないって言う!」


 本当に大丈夫かよ、と言う顔でアルトゥーラ傭兵団の面々は慌てるミーシャを見た。

 しかし、ここに居たのがアルトゥーラ傭兵団のみだったことが幸いし、仲間を何度も救った仲間(・・)意識も相まって誰も近衛聖騎士団に告げ口をする者は居なかった。


 それに対し仲間――隊長を殺された近衛聖騎士団の怒りは凄まじく、あわや戦闘が始まろうとしたが、そこへロベールのドラゴン3頭が乱入し、それを止める為に傭兵の竜騎士(ドラグーン)と戦っていたフォポール達ロベール竜騎士(ドラグーン)隊の面々がさら入ってくると言う誰が誰を攻撃しようとしているのか分からない戦場へとなって行った。


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幕間『胃痛のメイドと少女』


「(うぅ……下腹部が痛い……)」


 朝の仕事を終えた、人質としてマシューにやって来たラジュオール子爵の子供達の世話役を任されたメイドは、青白い顔をしながら下腹部を押さえ町を歩いていた。


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい聞いてらっしゃい! 皇都から届いたばかりの号外を読み上げるよ!」


 下腹部の痛みに顔をしかめているメイドとは違い、マシューの中央広場では少年の威勢の良い声が聞こえた。

 彼はイスカンダル商会が持ってくる新聞(・・)と呼ばれる書き物を、文字が読めない人の為に読み上げる『新聞読み上げ人』という仕事をしている子供だ。


 マシューでは、旧ユスベル城の一角にある倉庫で開かれている寺子屋ならぬ城子屋で文字や簡易計算を教えている。

ロベールの考えでは全ての人に来てもらいたいが、仕事――作物の管理がある大人は来られないのと、そもそも外部から連れて来た教師役が一人しか居ないので子供だけでキャパがギリギリと言う理由でその考えに至っていない。


 初めは掲示板に張り出した物を自主的に見に来るように、と言う話だったが、以上の事があり実現できていないのが現状だった。

 そこで誰が始めたか分からないが、その掲示板の前で号外を読み始めたのが新聞読み上げ人と呼ばれる子供達だ。元は文字が読めるようになった事を親に褒めてもらおうと読み上げた事が発端だったそうだが、お蔭で新しい娯楽ができたとマシューの住民は喜んだ。

 そして、この新聞読み上げ人は何人も存在し、聞きやすさ、詰まりの無さ、独特の口まわり等からその一人一人にファンが着いているのだ。


「さぁさぁ、皆も知りたがっているロベール様の話っ! このマシューで知らぬ者は居ないロベール様が、さらにさらに皇都どころかその周囲の町を越え知らぬ者は居なくなるほどの大偉業を達成したよ! 何と何と、今回は千を超える野盗をドラゴンのヴィリアと共に打ち倒したと来たもんだ!!」


 新聞読み上げ人の少年がロベールの偉業と言うか、幾分オブラートに包まれた事を話すと聴衆は「おぉ……」と感心したような声を出した。


「仲間と共に破竹の勢いで野盗を倒し、千を超える野盗も「これはたまらん」と這う這うの体で逃げ出した! しかし逃げた先が大変だ! 何とそこにはロベール様を影から亡き者にしようと暗躍している貴族様が居た! 危うし、ロベール様! しかし、逃げる訳にはいかない! 自分は皇帝陛下から直接(・・)お言葉を頂くほど、帝国に忠義の厚い竜騎士(ドラグーン)だ。帝国に仇なす者を許すわけにはいかない。強大な敵を前に心を奮い立たせ、ヴィリアと共に敵を倒していく! 倒して、倒して、倒し続け、その先に光を見た! ついに帝国に、皇帝陛下に仇なす敵を倒したのだ!」


 次の瞬間、聴衆は新聞読み上げ人の、やや持ち上げられたロベールの話を聞き「わぁっ!」と盛り上がった。


「帝国を強大な魔手から救ったロベール様は、皇帝陛下から直々に特別に休暇が与えられた! 働き過ぎのロベール様を労わる皇帝陛下の御愛情だ! ここまで聞けば察しの良い皆は気付いているだろうけど、ロベール様がここマシューへ来て下さるそうだ!」


 「何と、ここへ来てしまうのか……」と盛り上がるマシュー住民とは正反対に、青白い顔をしたメイドは呟いた。

 ロベールは、言わば彼女の天敵でもある。ここでの生活は不便ではあるが、不便なりに厚待遇を受けている事は分かるのだが、この不便な土地にラジュオール子爵の子供達と来ることになった原因だからだ。


 最近は全くなくなったが、こちらへ来た当初は温泉の成分が多少流れ込んだ井戸水が体に合わず、メイドは常に腹を壊していた。

 この町でも石鹸が作られ、水に対する知識を得るまでは腹を下しているいる住民が多く居たが、メイドはそれ以上に下していた為にトイレに駆け込む回数が多くなり、マシューの住民から「あの人はトイレに住んでいるのか?」と不名誉なレッテルまで張られた。


 その上、敵地で人質と言う事もあり常に気をはった状態が続き毎日胃痛と戦う日々が続いた。

 なのでラジュオール子爵の子供達の世話が終わり次第ベッドで休んでいたのだが、これも住人達から「ロベール様のところのメイド(ミナ)さんと違って、今度来た新しいメイドは体が弱いんだな」と、頑丈さには自信のあったメイドにとって辛い言葉が聞こえてきた。

 しかし、そんな人質生活の中でもこの様な評価があったお蔭で友人と呼べる存在が出来た事も確かだった。


「こっ、こんにちわー……」


 息も絶え絶えでやって来たのは、ロベールの家だった。

 町長の家よりも大分簡素かつ質素な建物で、言われても貴族の家だとは絶対に思えないたたずまいだった。

 しかし、ロベール何かには用はなく、そのメイドであるミナに用があるのだ。

 ミナはメイドより一つ下と言う近い年齢と、同じくマシューではなく町から来た者同士として必要な物やあるあるネタで盛り上がれる数少ない存在だった。


「はーいっ」


 玄関からバリアフリーよろしくな構造をするこの世界の家とは違い、ロベールの家では玄関を入って少しの所で段差がある。その段差の前で靴を脱ぐと言う不思議な構造をしていた。

 いちいち靴を脱ぐ意味は分からないが、前に家へ入れてもらった時に泥汚れや砂埃が少なかったことから、掃除をしやすくするためだとメイドは思い至った。


 貴族の家であるにも関わらず、この家の住人はロベールとミナの二人きりで、時たま訪れる友人の貴族以外は居ない。だからメイドの数も少なく、またその少ない数でも対応できるように掃除する時間を減らすための靴を脱いで家に上がると言う方法だろうとメイドは感心した。


「どちら様ですかー?」


 スィーッ、と磨かれた廊下を滑って現れたのは、マシューの町でよくロベールと行動を共にしている町長の娘のレレナだった。

 レレナは訪ねてきた人がメイドと知ると少し顔を泣きそうに歪め、メイドも現れたのがレレナだと知り「あちゃー」と困った顔をした。


 気が立っていた時にファーストコンタクトをしてしまい、『タケウマ』と言う遊び道具で遊んでいたレレナに対して怒鳴ったのだ。そのせいで今日(こんにち)までレレナはメイドに出会わない様にするか、出会った瞬間に脱兎のごとく逃げ出すようになった。

 今も曲がり角の影に隠れてしまっている。


「なっ、何ですか……? お兄ちゃん(ロベール)は居ませんよ……」

「あの、ミレニュース(・・・・・・)さんは居ませんか? 薬を分けてもらいたいんですけど……」


 怯えるレレナに優しく問いかけるメイド。しかし、ちらり(・・・)と生首の状態で角から顔を出したレレナは眉を八の字にしていた。


「そんな人は居ません。お帰りはあちらです……」


 と、レレナはメイドの背後を手で指した。

 その仕草はロベールがよくやっているもので、ロベールと良く行動を共にしているレレナはこういった似た仕草を好んでやっている。

 その良く似た仕草の性で、下腹部の痛みに耐えているメイドは少しだけイラッとした。


「あのね……ここに住んでいるミレニュースさんをお願いしたいの。お姉ちゃん、ちょっと体調が悪いからお薬を貰いに来ただけなの。ミレニュースさんに言ってもらって、お薬を貰えばすぐに帰るから」


 ねっ? と下腹部を押さえながら、青白い顔に脂汗を流しながらメイドは何とが取り繕った。

 しかし無慈悲な少女は、メイドの背後を指していた手を少し横にずらして言った。


「トイレはあちらにあります……」

「ぐっ……、こっ、この……」


 今一番気にしているワードを吐いたレレナに、メイドは取り繕っていた笑顔にヒビを入れた。

 その雰囲気を感じ取ったレレナは小さな悲鳴と共に、再び角に顔を引っ込めた。


「レレナ! 何遊んでいるの! お客様は帰られたの!?」


 レレナと同じように奥から現れたのは、手に雑巾を持った町長の娘のファナだった。

 ファナはレレナの姉だったがレレナと違いメイドを怖がっておらず、たまにではあるが話をする仲だった。

 思いがけない援軍に喜び最後の力を振り絞って話しかけた。


「あの、ファナさん。ミレニュースさんは居ませんか? お薬を……痛み止めを分けていただきたいのですが……」

「ミレ……? あぁ、ミナさんですね? ミナさんは今ロベール様と皇都に行っていますが、お話は伺っています。こちらへどうぞ」


 ファナに勧められるがまま靴を脱いで家に上がり込んだ。

 レレナはファナとメイドが話している最中に逃げ出したようで、目が届く範囲には居なかった。気にしていなかったとはいえ、音もなく逃げ去っていったレレナにメイドは妙な関心を覚えた。


 通されたキッチンで、メイドはファナから受け取った痛み止めの薬を飲み干した。何とも言えない苦みが喉の奥に残って気持ち悪いが、この痛み止めは初めて飲んだ時から効きが良く大変重宝している。


「当て布の方は大丈夫ですか?」

「洗ってはいるんですが、少し心もとないですね」

「新しく作った物があるんで、もしよろしければ使いますか?」

「良いんですか? ありがとうございます」


 服などを再利用して作る当て布だが、その服が少ないメイドにとって当て布を作ると言うこと自体が難しかった。

 だからと言って誰かが使った奴も生理的に使う事が出来なかったので、新品の当て布を貰えると言うのが大変うれしかった。

 ずいぶんと楽になった下腹部を擦りながら、メイドはファナについて気になっている事を聞いた。


「そういえば、あの()とはどうなんですか?」

「えっ……あの……その……」


 一瞬で顔を真っ赤にしたファナはしどろもどろになった。

 今年に入り、15歳となったファナは結婚適齢期だ。本人や相手側から要請があれば12歳、場合によってはもっとしたの年齢から結婚も在りえるが、このマシューでは大体15歳で結婚することが多かった。


「お父さんにも挨拶は終わり、あの……けっ、結婚も、もう大丈夫かと……」

「やっぱり! おめでとう!」

「あっ、ありがとうございます」


 顔を真っ赤にしたまま、ファナはメイドからの祝福を受け止めた。

メイドもこちらへ来てからこれと言った楽しみ――もとい知り合いの幸せをお祝いすることが無かったので、若干それを楽しんでいる節があったが喜んだ。


「結婚式はいつごろする予定なの?」

「ロベール様がこちらにいらっしゃってからになると」

「あぁ、やっぱりそうなの……」


 メイドに対するレレナの様に、やはり立場的にメイドはロベールに対してそう言った感情を持ってしまっている。 

 ファナに個人的にお祝いをしたいが、人質であるが故にロベールが来てしまっては言葉も送れなくなってしまう。


「それじゃあ結婚式はもうすぐね」

「えっ? ロベール様がこちらにいらっしゃるのですか?」

「えぇ、さっき中央広場で新聞読み上げ人が言っていたわ」

「なっ、なら早くヨーハンに言わないと!」


 ヨーハンと言う名の男がファナの結婚相手か、とメイドは一人頷いた。

 今まで「気になる人」や「意中の人」など誤魔化した言い方ばかりだったので、何度か話しても相手がどんな人なのか分からなかったのだ。


「もし手伝えることがあれば言ってね。私は縫い物だったら得意だから」


 ラジュオール子爵の家では室内遊びばかりの子供達だったが、マシュー(ここ)へ来てから外遊びが多くなり転んで服を破くことが多くあった。

 平民ではそのまま破れたり適当に縫い合わせただけでいいのだが、仮にも子供達は貴族の子だ。みすぼらしい恰好も適当に縫った物を着せる訳にもいかない。しかし、新しい服を入手しようにも服屋もお金もないので、メイドが夜なべして綺麗に縫い合わせるしかなかったのだ。

 お蔭で元から上手いと意識していた裁縫の腕がさらに上がったのだ。

 まだ先の知り合いの結婚式を想い、メイドは笑みを浮かべた。




4月19日 誤字修正しました。

      ミーシャの死体投げを、鎧投げに変更しました。

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