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ことごとく蹂躙せよ

 平原に布陣しつつある自軍を眼下に捕え、俺は寒さに身を震わせた。

 ヴィリアの熱に包まれているとはいえ、敵に見つからないようにと高度を上げているため凄まじく寒い。

 その敵たるブレイフォクサ公爵が雇った傭兵の竜騎士(ドラグーン)だが、相手は3頭と言う少ない数だったので今のところ問題は無かった。


「ヴィリア! 他のドラゴン(やつら)は着いてきてるか!?」

「大丈夫だ! この程度の()で我々を見失うような柔な鍛え方はしていない!」


 「それはよかった」と口を開こうとしたが、口をきくと冷えた空気が直接体内へ入ってきて体を冷やすことになるので、俺はヴィリアの背を撫でる事で返事をした。

 相手がここまで注意しているか分からないが、一撃必殺に重点を置く作戦のため雲との境目を飛んでいる。他のドラゴン4頭は雲の中を飛んでおり、ロベール竜騎士(ドラグーン)隊のメンバーはやや後方の通常高度を飛ばせている。


 面白くない作戦ではあるが確実性をとるために、まずは地上で歩兵・騎馬兵の合戦を始めさせる。ある程度、戦場が熱を持ち始めて周囲への注意が散漫になった頃を見計らい俺がブレイフォクサ公爵の居る陣へ4頭のドラゴンと共に突入する。

 ブレイフォクサ公爵の陣営の直上を警戒している傭兵竜騎士(ドラグーン)は、俺が突入するに合わせて追撃しようとするだろう。そこで、傭兵竜騎士(ドラグーン)をロベール竜騎士(ドラグーン)隊が背後から襲撃する。


 この作戦に異を唱えたのは、我が隊の副隊長であるフォポールだった。余りにも危険過ぎ、自分達の援護が遅れた場合、敵陣で孤立してしまうのが気に入らなかったようだ。

 しかし、孤立するかしないかはフォポール達の隊が作戦通りに動けば良いだけで、フォポールが急降下襲撃を行えれば一緒に行くことが出来るが、その答えを求めた時に刹那の躊躇いがあったので連れてくることは無かった。


 その刹那の躊躇いが行動の遅さへつながり、仲間の命を危険にさらす可能性があるからだ。

 また、アシュリーから「我々の事は信じていただけないのですか?」と懇願するように進言があったが、ブレイフォクサ公爵戦は今後ロベール及びロベール竜騎士(ドラグーン)隊を相手にすればどれほどの損害が発生するのか、と言う見せしめの部分もあるので出来ることなら一人で成功させたかった。万が一、失敗した時に備えて。


「ロベール……、戦場がかき乱され始めた。そろそろ行くか?」

「ん」


 小さく短く応え、地上で行われている戦闘を見た。

 一部入り乱れてわちゃわちゃになっているが、それ以外はキチンとした軍隊行動をとれている。

 一番動きが鮮烈で華々しい結果を出しているのは、やはりフレサンジュ家の騎馬隊だった。


 ブレイフォクサ公爵軍が仲間の部隊にとり付こうとする度に、横合いから槍突撃(ランスチャージ)を仕掛けるのだ。

 ただし、旗は見えるが人間はゴマ粒以下の大きさなのでミナがどれなのか分からなかった。ミーシャに至っては、どこに居るのかすら分からない。


「では行こうか――」


 少しだけ詰めた竜騎士(ドラグーン)用の長槍を、落下時にずれ落ちないようにしっかりと固定具と足に挟んだ。

 手綱は短く握りこみ、今回の為に半固定した(あぶみ)にかける足に力を入れて体が浮き上らない様に注意する。


 グッ、とヴィリアに体を近づけて伏せをする状態をとると、ヴィリアが細く綺麗な声で鳴き始めた。

 それに呼応するように雲の中からギャアギャアと騒がしいドラゴンの鳴き声が聞こえ始める。


「突入する」

「我が道を塞ぐ者は、(みな)(ことごと)く蹂躙せよ――」


 フワリと体が浮く感覚に包まれ、次の瞬間には落下ではなく強制的に引き落とされる墜落飛行(・・)を始めた。

 良く見ると、普段は大きく広げられて羽ばたいている翼は小さく折りたたまれており、外から見れば弾丸の様な形になっている事が見て取れた。


 風圧に顔を歪めながら後ろを振り返ると、ヴィリアの言った通り4頭のドラゴンが似たような速度で落下している。その内の一頭にはロベール竜騎士(ドラグーン)隊の戦旗を持たせており、そのせいかそのドラゴンだけ軌道がやや安定していないが何とか着いてきている。


 カタン砦へ突入する時の様な飛行ではなく、完全な落下に脳みそまで何かが駆けあがってくる感覚に吐き気をもよおしつつ、ゴーグル越しに見える地上を睨みつけた。

 自由落下で行った事前計算によれば、俺達が地上にたどり着くのは30秒程度だ。


 普段であれば少しだけボケッとしている程度の時間に、とんでもない距離を移動することになる。現に、地上に布陣しているブレイフォクサ公爵軍の様相すら簡単に視認できる距離になってきている。

 地上にたどり着いたときに行う攻撃の為に、ブレイフォクサ公爵陣地から少しだけそれ出した。


 それは、上空で旋回している傭兵の竜騎士(ドラグーン)の脇を通り抜けるコースなのだが、その通り抜けるのが一瞬過ぎて俺からは視認できなかった。

 そして――


「気を付けろよ、ロベール!」


 一気に体を持ち上げるヴィリア。


「ゴブゥ!!」


 砦の時よりももっと酷い縦型の急制動に、俺はヴィリアの背中に叩きつけられる形となり、肺にあった空気を豚が鳴くような音と共に全て吐き出した。

 ヴィリアは翼を大きく広げて風を捕まえようとするが、落下速度が速すぎて止まる気配がない。


「ぐお……ぉ……ぉぉぉぉぉおおお!!」


 ヴィリアの背中に押し付けられるような形で潰れる俺の体から、パキボキと嫌な音が聞こえだした。

 目玉が頭蓋骨から外れそうになる。脳みそが半分になったような感じがする。息ができない。そもそも、鞍に這いつくばっている状態なので息を吸っても十分肺に取り込むことが出来ない。

 顔面をしこたまぶつけたせいで、顔中に熱い物が走っている。その気持ち悪さを感じながら重力()に耐えていると、再び浮く感覚が体を包んだ。


「グオォォォォォォォオオオオ!!!!」


 ヴィリアは咆哮を上げながら翼を大きく広げ、カタン砦へ突入・着陸する時と同じようにスライディング方式でブレイフォクサ公爵陣営のど真ん中へ滑り込んだ。そう、そこに居る兵士をその巨体で巻き込みながら。


 傭兵の竜騎士(ドラグーン)に警戒させていた上空からの突然の攻撃に、ブレイフォクサ公爵軍の兵士はすり潰されるか上空に高々放り投げられるかのどちらかとなり、ヴィリアの通ったあとは兵士達だった物が多く転がっていた。


 叫び声や呻き声、または助けを求める声をBGMにロベールは震える足に喝を入れてヴィリアの背に立ち上がった。

 足に震えは残るが、落下時に体から聞こえた嫌な音は骨折ではなく関節がただなっていただけの様で、立ち上がる事にもそのままの状態を維持するのにも支障はなかった。


「我が名はロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー! 賊軍を率いるブレイフォクサ公爵の首を貰い受けに来た! 我が道を塞ぐ者は、(みな)(ことごと)く蹂躙する! 死にたくなければ、武器を捨てて今すぐ去れ!」


 ドスン、ドスン、と一足遅れて4頭のドラゴンがヴィリアの背後に降り立った。


 ブレイフォクサ公爵軍側視点


 何が起きたんだ……!? と、騎馬騎士隊長のヒョードルは目の前で起きた出来事を見て思った。

 突然の暴風と共に始まった阿鼻叫喚の出来事。その暴風の原因たるドラゴンが通った後には死屍累々とした血路のみが残されており、ほぼ全てが物言わぬ骸と化しており残りもその内に死ぬと言った様子だった。


「(傭兵どもは何をやっているんだ!)」


 上で竜騎士(ドラグーン)による攻撃に対し、陣営の防御を担当している傭兵を睨みつけた。こちらへ向かいドラゴンの頭を下に向けているが、敵の竜騎士(ドラグーン)はすでに陣営内に降りてきている。


 今回の戦争の相手(てき)はカタン砦の英雄(あくま)と呼ばれている、ロベールと言う竜騎士(ドラグーン)育成学校の候補生だった。

 しかし、戦争に参加しており、ロベリオン第二皇子が創設した新軍天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)の一翼を担っている時点で候補生とはおおよそ呼べなかった。


 そして、そのロベールが最も得意とするのが、単騎もしくは極少数の精鋭による敵中枢への切り込みによる敵大将の殺害(・・)である。

 その他は火炎瓶と呼ばれる()を詰めた火つきの瓶をテントに投げ込み火災を発生させると言う、騎士(・・)と呼ばれる存在にあって道理に背く最悪の一言に尽きる戦法を何の憂いも無く実行する残虐さである。


 まともではないその思考の持ち主であるが、どこで学んできたのかロベールの持つ知識と言うのはどの学種にも当てはまらない先進的な物で、ブレイフォクサ公爵も衰退を始めた領地の好転の為にその知識を欲した。

 他の貴族と同様、ブレイフォクサ公爵も例にもれず少ない資産から賄賂(プレゼント)を送った。だが、送ったのにも関わらず(・・・・)、その後は何の音沙汰も無かったと言う。


 その後に始まった雫機関と言う勉強会も参加の意思を表明したが、小難しいテストと作文を書かせたうえに評価をされず、丁寧な文面で落ちたことを知らせる手紙が届いた後、再び音沙汰がなくなったらしい。


 これに激怒したブレイフォクサ公爵は、周囲の同じく雫機関の選考に落ちた貴族に呼びかけて一斉に抗議しようとした。そのまま訴えては無視される可能性があったので、無視できない内容を入れて抗議しようとした。内容とは、ロベールが偽物であるにもかかわらず貴族としてさも当然の様に竜騎士(ドラグーン)育成学校に通っている事についてだった。


 もともと本人の性格が災いして夜会に出て来ることが無かったそうだが、昔のロベールを知っている人間が言うには今のロベールは別人だそうだ。

 しかし、ついてくる人間は誰も居なかった。それもそうだ。怪しいと言っても彼の知識は誰も知らない技術であり、準統治領ではその結果が十分以上に出ている。

 雪の少ない町でも冬は辛い。山奥の雪深い町であればなおさらだが、にも関わらず前の冬は笑って過ごせるほど食料が豊富だったそうだ。


 それに、新しく産業を作りだしたと言う話も聞く。本来であれば衰退の一途を辿るはずだった山奥の町は今一番勢いがあると言っても過言では無かった。

そんな町を作り上げられる知識を保有する人間と敵対しようと考える貴族は、ブレイフォクサ公爵以外存在しなかった。

 その結果がコレだった。


「我が名はロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー! 賊軍を率いるブレイフォクサ公爵の首を貰い受けに来た! 我が道を塞ぐ者は、(みな)(ことごと)く蹂躙する! 死にたくなければ、武器を捨てて今すぐ去れ!」


 巨大なドラゴンの背に立ち上がり、少年――ロベールは着地の時に鞍でぶつけたのか顔を鼻血で真っ赤に染めながら怒鳴るように言った。


「(だから私は手を出すのは反対だったんだ! 今までの化け物染みた行動力を見れば結果は明らかなはずだ!)」


 再び空を見上げると、傭兵の竜騎士(ドラグーン)地上(こちら)へ向かって降下している最中だった。遅すぎるその動きに憤るが、今はドラゴンに対抗できる竜騎士(ドラグーン)が必要だったので、早く来てくれと願うばかりだった。


 しかし、少し離れたところにも竜騎士(ドラグーン)がこちらに向かって飛んできているのが見えた。その数からロベールが所有する竜騎士(ドラグーン)だと言うのが分かる。


 ロベールの所有する竜騎士(ドラグーン)が出てきているならば、この戦争は皇帝陛下やロベリオン第二皇子がブレイフォクサ公爵を討つ事に同意している他ない。偽物のロベールを討つはずが、ロベールは国に訴え味方に付け、自分達が賊軍にされたのだと理解するしかなかった。


 ――ならば、やる事は決まっている。ブレイフォクサ公爵をこの地から脱出させること。かなりの数の兵士が死んだとは言え、ここにはまだ多くの兵士が居る。

 相手はドラゴン一頭(・・)だけ。まだ手はある。


「怯むな! ドラゴンから離れ、陣形を整えろ! 公爵様を脱出させるのだ!」


 ヒョードルは焦り乾く口を何とか動かして、恐慌状態に陥っている自軍の兵士に命令を飛ばした。


「ケルトナー! 槍衾(やりぶすま)を作り、あのドラゴンをそれ以上近づけさせない様にしろ! 相手はドラゴン一匹(・・)だ。上空(うえ)から竜騎士(なかま)が来るまで、何とかして敵を釘付けにしろ!」


 さすがはブレイフォクサ公爵の親衛隊と言うべきか、あの惨劇の後にも関わらずすぐに平常をとり戻し命令に忠実に動いた。

 しかし、ドスン、ドスン、と重い物が地面に落ちる音で状況は再び変わった。


「なっ!?」


 遅れて4頭のドラゴンが降りてきたのだ。それだけでも脅威だと言うのに、そのドラゴンには竜騎士(ドラグーン)が乗っていなかった。


「次は何だ!」


 まさか野良ドラゴンかとも思ったが、人が乗っていないだけで鞍や手綱は付けられている。

 上空(うえ)で戦っていた竜騎士(ドラグーン)が滑落してドラゴンだけが来たのかとも思ったが、竜騎士(ドラグーン)が滑落した場合、ドラゴンは竜騎士(ドラグーン)を追いかけるか何も考えずにその場にとどまるかのどちらかだ。


 そのどちらでもなさそうな所を見ると、このドラゴンには元から竜騎士(ドラグーン)が乗っていなかった事になる。それに、証拠の一つとして全ドラゴンの手綱は邪魔にならない様に短く縛られていた。


「ふざけているのか……!?」


 ロベールのドラゴンに関する技術が高いのは良く聞いていた。あれほどの巨竜を制しているのだから、学生と言えどそれなりの操作技術は在るのだろうと思っていたが、竜騎士(ドラグーン)の乗っていないドラゴンを制するなど聞いたことが無い話だった。

 しかし、今はそんな事を考えている暇は無い。ドラゴンはその巨体そのものが脅威だ。暴れられる前に仕留めなければいけない。


「――ッ! 後ろの旗を掲げているドラゴンを討て! そいつが一番弱い!」


 ヒョードルは、手始めにロベールの後ろに居る戦旗を持つドラゴンに注力するように命令を下した。

 ああいった()を仕込んだドラゴンは、その芸を仕込むために時間を使い過ぎて戦闘に不向きになっている事が多い。ユスベル帝国でもこういった使い方をされるドラゴンが居るが、そのほとんどが戦闘に参加できなくなった老ドラゴンが使われている。


 そのドラゴンが持つ戦旗も、刺繍ではなく布に塗料で絵が描かれているだけだった。このことから示威行為の為に急いで仕上げられたドラゴンと言うのが分かる。

 ロベールの前に広がる兵士の数は変わらないが、戦旗を持つドラゴンへの兵の厚みは変わった。

 それを見たロベールは不敵な笑みを浮かべてヒョードルを見る。


「それが答えか――」



 ロベール視点


「それが答えか――」


 敵はあくまで徹底抗戦の構え。降伏勧告も意味をなさなかった。いや、そもそも降伏しろと聞こえない内容なので仕方が無いが。


「ヴィリア、奥に居るのがブレイフォクサだ。注意してくれ」


 予定ではブレイフォクサ公爵のすぐ目の前まで滑っていくはずだったが、進入角度やら速度の見積もりが甘かったのでそこに届く前に停まってしまった。

 あの速度で無茶な侵入をしても無事にここまでたどり着けたので重畳と言うほかないだろうが。


 ヴィリアも無言で、俺の言う奥を見た。そこには腰を抜かしたのか、豪奢な鎧を着けた貴族が兵士に抱えられながら這う這うの体で逃げ出そうとしているのが見える。


「ゴアァァァァァァァァアアア!」


 了解と言う意味か、それとも敵を威嚇するための咆哮か。ヴィリアはひと吠えすると低く構えていた態勢を上げ、槍衾を組む敵兵を睨みつけた。それと同時に羽をやや閉じて、俺が敵兵からの側面攻撃(サイドアタック)にやられない様にした。


「バリスタ隊、放てェ!!」


 陣営を囲むように配置されていたバリスタだが、恐慌を脱すると共に俺達を射やすい場所へ配置換えをしたようだ。

 一斉に放たれる巨大な矢だが、ヴィリアは難なく避けると共に飛来する矢代わりの短槍を一本を掴むと手の中でクルリとペン回しの様に構え直し敵へ向けた。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 後ろのドラゴン達もすでに戦闘を開始したようだ。その内の一頭――戦旗を掲げているドラゴンは穂先にブレイフォクサ公爵軍の兵士を突き刺し、その兵士を盾にすることでバリスタの矢を防いでいる。


「皆殺しだ!」


 俺の号令一つで、ヴィリアは手に持つ巨大な矢を振るい敵の槍衾を薙いだ。

 人間と比較にならないほどの腕力を持つドラゴンの薙ぎは、その一撃で兵士の持つ槍を破壊し、数人を転倒させるほどだった。


 槍衾が崩れた部分を狙いヴィリアは突撃した。圧倒的な質量と突貫力を武器に、何の技術も戦法も無い突進の攻撃だったが、その一撃だけでヴィリアの目の前に居た兵士は物言わぬ骸となった。


「バリスタはまだか! 早く――うぉ!?」


 次々と指示を出すヒョードルへ向け長槍を振りおろした。せっかく恐慌状態に陥ったと言うのに、ここで持ち直されては思い通りにならない。


「チッ、やっぱり長すぎて使いづらいな」


 竜騎士(ドラグーン)用の槍は元がとても長いので、詰めたと言っても一般歩兵の持つ槍よりはだいぶ長い。その長さの分、重くなり振りにくくなる。


「もう一丁ぉお!?」


 ヴィリアの暴風の様な攻撃の邪魔にならない様に、再びヒョードルへ向けて長槍を振り下したが、動きが大きすぎるため見切られ長槍は呆気なくヒョードルに掴まれた。


「捕まえたぞ、悪魔め!」

「クソッ!」


 現役の騎士と子供の俺とでは腕力が違い過ぎて、掴まれた槍はビクともしなかった。


「何をやっているんだロベール!」


 他にも人間が居るにも関わらず、ヴィリアは怒鳴ると俺の長槍に手をかけてそのまま力一杯下へ向けて引き込んだ。

 ミシィ、と槍は嫌な音を出したが持ちきれなくなったヒョードルは長槍から手を放し、槍は再び俺の手に戻った――と思ったが、槍はそのままヴィリアの武器になった。


「ロベールはそのまま指示を出せ。私が()る!」

「頼んだ!」


 まさかの竜騎士(ドラグーン)の戦力外通告!

 ヴィリアはバリスタの短槍()を、バリスタを操る敵兵士の一人へ投げ刺すともう片方の手で器用に長槍を操りヒョードルへ叩きつけた。



「ドラゴンが喋っているだと――……」


 ドラゴンが暴れまわる阿鼻叫喚な地獄絵図の中、数多くいるブレイフォクサ公爵軍兵士の一人、ヒョードルだけはヴィリアが人語を話していることに気付いた。

 それは、全くの偶然だ。ドラゴンが口を小さく動かすと、それに呼応するようにドラゴンを駆る竜騎士(ドラグーン)が口を動かす。

 その動きに気付いた瞬間に、一人と一頭が何かを話していると気づき、と同時に声も聞こえてきたのだ。


 しかし、それを誰にも教えることが出来なかった。

 驚きに動きを止めてしまったために、ドラゴンが振るう槍を防御することなく頭部に受けてしまったのだ。

 ヒョードルは頭部に衝撃を受けると同時に、視界が勝手に横転し(・・・)、続いてグルン(・・・)と半周すると、自分の背後を逆さまで見ることとなった。


 なぜ後ろを振り返ってしまったのか。


 ヒョードルは、敵から目をそらしてしまった理由を理解できず悪態を吐きながら前を向こうとするが、首をひねろうにも力が入らない。

 次第に視界は黒く染まり、意識が遠のき、そしてすぐに意識が遠のいていった。



「隊長がやられた!」

「クソッ! 化け物め!」


 親衛隊は圧倒的な強さを見せるヴィリアに毒づきながら、何とか軍としての形態を保っていた。

 しかし、他の兵士は違う。彼らはブレイフォクサ公爵を守る意志はあっても、今まで戦ってきた相手は同じ人間だったのだ。それが突然出てきたドラゴンと戦えと言われても無理な話だった。


 さらに彼らを恐慌状態に陥れるのはヴィリアの特攻だけではなく、後ろに続々と現れた竜騎士(ドラグーン)の乗っていないドラゴンだ。そのドラゴンは兵士を攻撃すると共に、捕まえた兵士の鎧をエビの殻をむく様にはぎ取ると美味そうに食い始めていたのだ。


 異様な食事の片手間に兵士を虐殺する。そのおぞましい戦場に高尚な理由を見いだせず、戦っても名誉などを得ることも無く食い殺されてしまうこの戦場で残る――逃げ出さずに戦う事のできる兵士は少なかった。

 気づけばブレイフォクサ公爵軍は壊走し、残るのは本気で公爵をことを思っている一部の兵と戦場の熱に浮かされてほとんど発狂している兵士だけだった。


「ここは他のドラゴンに任せておけばいい! 公爵を追うぞ!」

「分かった」


 途中で折れて半分になってしまった、すでに長槍と呼べなくなった槍を敵兵に向けて投げ捨て、逃げ出したブレイフォクサ公爵を追い飛んだ。


4月5日 誤字修正しました。

4月6日 誤字修正しました。

     文章の一部を書き換えました。

4月8日 誤字脱字修正をすると共に、文章を一部書き換え&修正しました。

12月6日 文章の一部を書き換えました。

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