野盗の正体
「う~~~~ん……」
季節は夏だと言うのに、ドラゴンを駆る女性の竜騎士の恰好は真冬のそれだった。それに、荷物袋の中にはその竜騎士をまとめる隊長から渡された酒精の強い酒が入っている。
普段から飲んでいるワインとでは比較にならないほど強い酒だが、高度が高く体の芯まで冷やしてしまう気温下ではその強さも全く感じられなくなっている。
「ねぇ! 本当に野盗は来るのかなぁ!」
後方を飛ぶ相棒に向けて大声で聞くと、寒さで声を出すことも億劫と言わんばかりに後ろの竜騎士は「さぁ?」と言ったジェスチャーを返した。
「んもう! これがロベール様の作戦じゃなかったら文句も言えたのに!」
ブチブチと小言を吐く竜騎士の眼下には、5両の馬車が綺麗に並びながら走行している。その両サイドには徒歩の兵士が見えた。
この商隊は、珪石採掘地へ向かうマフェスト商会の商隊だ。この間、野盗に襲われたと言う事でその野盗の正体を確認する為に彼女たちは空を飛んでいる。
商隊から竜騎士が確認できないくらい高く飛んでいるので竜騎士からも商隊が見づらいが、こちらはロベールから貸してもらった単眼鏡があった。
超高級品な単眼鏡を「必要だから」と簡単に貸す心意気に驚いたが、それ以上に本当に遠くまで見える事について竜騎士の彼女は驚いた。
「ハッ!? いけない、いけない! ちゃんと見ないと!」
小隊の速度に合わせながら旋回しているので、距離は稼げないは寒いわで良いことなしだったが、この単眼鏡があればそれも苦にならなかった。後ろを飛ぶ仲間は早々に飽きたようだが。
「でも、本当に貴族が裏に居るのかなぁ……」
作戦概要を説明する時にロベールから聞かされた話を彼女は思い出した。
★
「マフェスト商会の商隊が野盗に襲われた」
ロベール竜騎士隊に緊急招集がかかり、集まった先で隊長であるロベールが開口一番に言った。
それについて、ロベール竜騎士隊のメンバーは驚きを隠せなかった。
町の外は危険で、野盗だけではなく獣や野良・野生を問わずドラゴンが居るのだ。商隊の人間には申し訳ないが、危険な外では危険は皆等しく一緒なので竜騎士達から見れば「何を今さら」と言った感じだった。
「それで、今回集められたのは国からの命令でその野盗討伐があったのでしょうか?」
フォポールはサラサラと美しく輝く金糸を揺らしながらロベールに問うた。
「いや、この程度の野盗襲撃は良くあることだから、国から何かを言われる事は無い。今回は俺の独断で集めた」
「では、個人の為に軍を動かすと言う事でしょうか? それは余り見聞がよろしくないような気がしますが……」
ロベールとマフェスト商会が個人的な付き合いをしているのは、このロベール竜騎士隊だけではなく、ロベールの動向を気にしている全ての人間が知っている。
一般の商会であれば、懇意にしている貴族が個人的な兵力を割いて対応に当たるのだが、ロベール竜騎士隊は国軍だ。彼の私兵ではないので、個人的な付き合いの為に国の戦力を動かしては多方面から色々と言われるだろう。
「襲ってきたのがただの野盗であるなら、この話はそれ以上ないから安心しろ。俺が心配しているのは、それがただの野盗じゃない場合だ」
「ただの――って、それって強い弱いって話しじゃないんですよね?」
意味を理解しようと、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしながら聞いてきたのは現5年生の女子生徒だ。エコール子爵家の長女で、名をアシュリー・ドゥ・エコールと言う。俺が開催している雫機関の勉強会にも、アシュリーではないがエコール家が参加している。
「そうだ。先の防衛戦を思い出してみろ。あの時、帝国にどれだけ間者が入っていた? 10や20ではきかんぞ?」
「では、今回もその可能性が?」
「分からんから、俺等で調べるんだ。ただの野盗ならさっき言った通りそれまでだし、それ以外であるならばすぐに軍に動いてもらわないといけない」
「なるほど、分かりました。では、巡回空察で行きますか?」
「それで良い。今回は急ぎもあるので囮を使う」
「マフェスト商会――ですか?」
「そうだ。ちなみに、これはあちらも了解済みだから、俺が勝手にやっているとか思うなよ」
と、冗談めかして言うと全員が明らかに安堵のため息をついた。俺ってそこまで酷い奴に見えるのだろうか?
不穏な空気が一瞬だけ流れたが、すぐにアシュリーの言葉で霧散した。
「とっ、とにかく、まずは偵察ですよね! 日程はどうなるんですか?」
「二週間後に、マフェスト商会から囮の商隊が出発する。囮だからと言って護衛の数を減らしてはバレる可能性がある為、前回よりも護衛の数を多くする」
コクリ、と俺とマフェスト商会で交わされた増員について説明すると皆頷いた。
「と言う事は、長丁場になる可能性があると?」
「そうだ。一応、噂を流してはいるが連続で襲われる可能性は100ではない。その場合、何度も上空で待機してもらわないといけなくなる」
相手が何者なのか確かめなければいけないので、こちらは常に受け身の状態だ。
幸いなことに、襲われた商隊が運んでいたのは水車小屋の建具類だ。これが食料だったら、当分の間、野盗は外へ出て来なかっただろう。
「まさに地味。我々の仕事にもってこいですね」
部隊の一人が茶化すように言うと、笑い声が上がった。我が職場は、笑い声の溢れるアットホームな職場です。
「その通り。だが、誰かがやらねば元の木阿弥になる。折角、大量の血を流して間者を少なくしたのに、こういった事案を放っておいてまた増えては意味が無いからな」
「では、どういった隊員回しをしましょうか?」
「それは、そちらで考えてくれ」
「そうですか? あとで変えろと言われても変える事はできませんよ?」
ニッコリと笑うアシュリーに対し、俺もニッコリと笑いながら答えた。
「俺、テスト期間だし」
準統治領を与えられ、綬爵をし、食料自給率を上げる農業技術を伝える有識者と言われても、俺の所属は軍ではなく竜騎士育成学校の生徒なのだ。
「えぇ~……」と不満の声を漏らすアシュリーの手を握り強く頷いた。
「期待している」
「あっ、はい」
静かに返答する部下を残し、俺は部屋を出て行った。
★
「おいっ!」
「ハッ!?」
回想に耽っていたアシュリーは、背中を強打され意識が今に戻ってきた。
「痛たたたぁ……」
隣を見ると先ほどまで後ろを飛んでいた仲間が傍を飛んでおり、手には長槍を手にしていた。あれで背中を強打されたのか、とアシュリーは薄らぼんやりと思った。
「下見ろ」
言葉の少ない仲間に言われれ、単眼鏡越しに下を見ると商隊が野盗に襲われようとしていた。
「うわっ!? もう襲われてる!」
「お前がアホ面して寝ている間に来たぞ」
「ねっ、寝てないし! ちょっと思い出してただけだし!」
眼下で繰り広げられる攻防を観察する。マフェスト商会の商隊が襲われるのは、今回で3度目だ。
一度目は商会直々に報告があった物。二回目は森に入って行った野盗を追う事が出来なかった。本来なら雇い主の所へ報告に行く可能性を考えて監視を続行するのだが、こういった仕事に慣れていないロベール竜騎士隊の隊員はそのまま戻ってきてしまったのだ。
三度目の正直と言う訳ではないが、今回失敗すれば強硬策に出る事になっている。しかし、それではリスクが大きすぎるので荷物の中に計画書を入れておいた。
その内容は、磁器製作について書かれている。相手がただの野盗であれば紙切れとして処分するが、これが何者かに雇われているのであれば主の所に急いで帰るからだ。
マフェスト商会がなぜ磁器技術が伝わる前に珪砂採掘場へ行っているのか気にしている者であれば、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。ただし、内容はこの計画の期間を考慮しそこまで重要な事は書いていない。
「気を付けてよ~。怪我しちゃダメだからね~」
野盗に襲われた場合、積み荷は破棄し人命が優先と言い渡している。現に地上ではマフェスト商会の商人達が急いで逃げ出し、その殿を護衛達が務めている。
あっさりとした引き方に野党側が怪しさを感じないかドキドキしながら見ていると、野盗は追撃を止めて荷馬車へと集まり出した。
野盗が荷馬車の検分を始めて数分。一定方向の意志を持って調べる野盗に粗忽者の感じは一切なく検め方も堂にいっている。
怪し過ぎる程に怪しかった。
「おっ、動きがあった」
単眼鏡で状況を見ているアシュリーと対照的に、相棒である仲間はゴマ粒以下の点にしか見えていないので、地上でどういった動きが起きているのか細かく分からないので黙っているだけだった。
地上では、食料が乗せてある車両以外は一か所に集められ火をかけられた。
それと同時に、野盗本隊とは別に飛び出していく3騎の騎馬が居た。これは前回には見られない行動だった。
残りの野盗たちは食糧が載っている荷馬車を引き、前回消えて行った森の方へと移動し始めた。
「私は飛び出して行った騎馬を追うから、そっちは野盗本隊をよろしく!」
コクリ、と頷く仲間に後を頼み、アシュリーは飛び出して行った3騎を追った。
★
「良くやった。これで向こう側の考えが分かる」
提出された報告書を読み、これを持ってきたアシュリーに労いの言葉をかけた。
報告書としての書き方は三流以下だが、そこまで分かりにくいと言う訳ではないし、そもそも商隊を狙った黒幕が誰か分かれば良いので今は文句なく読んだ。
しかし、面白くない――いや、別の意味では良かったと思える貴族が犯人だった。
ブレイフォクサ公爵。前のユーングラント王国との小競り合いのおり、当時の当主だった先代は大損害を被った際に憤死したそうだ。
慢心ゆえの大損害からの高血圧と思われる急性心不全。先代の容姿を聞くとそれ以外思い浮かばないが、急性心不全などは大抵憤死とかそう言った突然死として数えられる。
その後、当時30歳そこそこだった息子が爵位を受け継ぎ現在に至るのだが、当時から落ち目に片足を突っ込んでいた公爵家は息子に代替わりすると次第に周囲と疎遠になり始める。
これは会社と同じで、会社の名前に顧客が付いていたわけではなく、人に顧客が付いていた時に発生することで起きる事案だった。
他にも条件の良い会社は在るが「この会社には○○さんが居るから取引を続けている」というものだ。そこをはき違えると、今のブレイフォクサ公爵のように痛い目を見る。別に息子が悪いわけでもなく、ただ運が悪かっただけだ。
そして、今回の襲撃の発端は逆恨みが原因だ。ブレイフォクサ公爵からも雫機関での勉強会に参加したいと書かれた手紙を貰い、他の人と同じように選考したのだが早々に落ちて行った。
今回の襲撃は、マフェスト商会に対する脅迫か何かのつもりだろう。この様な強硬策にでるようでは、公爵家もお先が真っ暗なんだろう。
「それで、これはどのように処理しますか?」
フォポールがブレイフォクサ公爵の処遇について質問をした。
「首謀者を捕縛、後に処刑する。家はとり潰し、財産は全て被害の補てんにあてる。一族郎党連座だ」
慈悲の無い刑に、ロベール竜騎士隊の面々は呻いた。
しかし、呻くだけで異議を唱える者は居ない。それは、今回の事が逆恨みに等しい物であり、また刑も妥当な物だからだ。
「分かりました。ですが、今回の件に関して私たちはどう動けば良いのでしょうか? ただの野盗でもなく、敵国の間者でもない。相手は公爵家です。かなり面倒事になるかと思いますが……」
「こう言っては何だが、公爵家は国議会に出席できない程度の貴族。対して侯爵家は国議会に参加している。爵位では劣るが、立場としてはこちらが上だ。だから、どうとでもなる」
ニヤリ、と悪く笑うと皆はどう反応して良いのか分からないと言った表情で返してきた。
それを気にせず言葉を続ける。
「ただし、それは相手が普通の貴族だった場合だ」
「――?」
「ブレイフォクサ公爵は先の防衛戦時に間者の出入りを管理していたと言う噂がある。もちろん、それについては旧騎馬騎士本部のお墨付きで疑いは晴れたが、その旧がつく遠因を作った人間に対して良い感情はないだろう」
「あぁ……」
「まっ、さすがに看過できんだろう今回は。こちらは、国家に対して要求を最大限叶えているガキであって、相手はそのガキに無碍に扱われたからと言って憤っている程度の貴族だ。それも、過去には間者の手引きをしていたような奴だ。俺は、ブレイフォクサを許さない」
敬称を付けずに吐き捨てる。この様な場であっても、本来であれば咎められる行為であるにも関わらずこの場にいる誰もが咎める事はなかった。
彼らは、俺がロベール竜騎士隊を個人的な付き合いであるマフェスト商会の為に使い、それにより外聞が悪くなることを心配していただけだ。
だから、俺が討つと言った事に対して反論は無い。彼らはこの竜騎士隊の存在意義を誰よりも理解しているからだ。
「さて、それでは戦力を集めようと思っているんだが、誰か戦力を貸してくれそうな人は知らないか?」
旧騎馬騎士本部と言えども国家機関のお墨付きで無罪放免を言い渡された貴族に対し、国が軍を派遣する何てことしてくれるとは思えない。
こうなれば自前で兵士を集めて公爵家に攻め入り、国に対しては事後承諾で行くしかない。
幸い、こちらの言い分は確立しており、根回しをしておけば問題なく終わらせられる事案だろう。今までご機嫌伺いをしておいて良かったと思える状況だ。
「それなら、フレサンジュ家からは30騎出す用意がある」
今まで静かに話し合いを見ていたアバスから声が上がった。
「ブレイフォクサ侯爵領地からフレサンジュ家はかなり近い。もし集まる場所が要ると言うなら、家に集まってくれて構わない」
草原を多く持つフレサンジュ家ならば、天幕を広げる平地も、馬が大量に消費する飼葉には事欠かないだろう。その提案をありがたく受け入れた。
「他にも誰か良い人が居たら教えてくれ。ただし、兵員を貸してくれなかったからと言って雫機関に入りにくくなると言う事は無い。そう言った噂を出さないように細心の注意をはらい、また噂が出たのであれば大きな声で訂正するようにしろ」
それ以降、特に質問等も出なかったのでこの場は解散となった。
出陣の日取りも人数がある程度固まり次第決めていく。時間はかけたくなかったが落ち目と言えど公爵家だ。兵士がどれだけいるか分かったもんじゃ――一応、調べてはいるが――ない。
それと合わせて怪しいのは、ストライカー侯爵だ。確固たる証拠は全く掴めなかったが、ブレイフォクサ公爵と書状を結構な頻度で交わしている。
これについては、俺の夢を叶えるための必要なものといして兵士を要求すれば、今回の野盗騒ぎに関わっているか分かるだろう。
貸し出しを渋れば、それだけブレイフォクサ公爵とストライカー侯爵に繋がりがあると言う理由になるのだから。
あぁ、楽しみだ。
フォポール=エヴァン伯爵家の長男。イケメン。
アシュリー=エコール子爵家の長女。
アバス=ロベールのクラスメイト。騎馬騎士のフレサンジュ家の5男
ロベール竜騎士隊=ラジュオール子爵邸襲撃作戦時に結成された部隊。後に、他貴族の横やりが入り人数を10人に制限された。
3月24日 誤字脱字を修正しました。文章の一部を修正しました。
3月22日 誤字修正しました。




