マフェスト商会との契約書
入植者たちがまず行ったのは、今夜の寝床作りだった。
大黒柱をくみ上げ、その周りに等間隔で支柱を立てて大黒柱からロープを張り、油を染み込ませた大きな布を被せるとゲル型テントの完成だった。
独身寮は、A型支柱を対になるように組み立てその間にハンモックを二段かけて完成だった。家族連れは、ゲル型テントを中心で真っ二つから4つにして家族で住んでいる。
人間と亜人では、圧倒的に亜人の方が家族連れで来ている。これは、主が居なくなった後に残される家族が差別による攻撃の対象になる事に所以していると言う。
我が領地では差別は絶対に行わないように全員に通達しているが、どこまで守られるかが心配だ。一応と付けるが、人間も亜人も共に開拓していく仲間であり、今はその程度のイザコザをやっている暇は無いと言っていたので安心しても良いかもしれない。
喫緊の問題として衣食住の全てが当てはまる。
住はこのゲル型テントがあるにはあるが、長期的には住むことは不可能だ。プライバシーが無さ過ぎてストレスが溜まるからな。
食に関しては、ご近所さんであるインベート準男爵から分け与えてもらえる手はずになっているが、それもどのくらいの量か分からない。一応船を借りるようにグレイスに手配しているが、商会所属の船が多いらしく商会として借りる場合は新参の為根回しやらなんやらで時間がかかると言われた。
森から獣肉や川では魚が獲れるので死ぬことは無いと思うが、それぞれ自分の仕事に専念してもらう為に食料調達に時間を割きたくない。いざとなったら皇帝陛下に直訴して食料を分けてもらわなければならないだろう。
だが、食料と言うか畑に関しては耕すのが大分楽になっているはずだ。
「あのロベール様……。畑が、その……すでに耕されているのですが……」
木材調達班と農耕班に分け、女と一部の人間(老兵過ぎる者など)は煮炊きをさせ、その内の農耕班の入植者がツルハシ片手に聞いてきた。
それは、ヴィリアを筆頭にドラゴンが頑張って爪で土を掘り起こしたからだ。あの強い力と固い爪が合わされば、トラクターのハロー並の耕しができる。ただ問題なのが、先の見えない作業でドラゴンのモチベーションをどれだけ上げ続けられるかだった。
「荒起こしまではやったが砕土まではやっていない。お前たちの仕事は土を細かく砕くところから始めるんだ。ある程度先が見えだしたら班の再編成を行い、森へ腐葉土をとりに行く」
森へは腐葉土だけではなく、粘土質の土も同時に持ってきて畑へと漉き込んでいくつもりだ。
これにより砂が多めの土に保水力を持たせ、無用な水分の移動を防ぐ。
水に関しては川があるので問題ない。心配だったうんこの垂れ流しによる、強制有機水化を懸念していたが、余りにも不便な土地だからか、それとも国境沿いで戦争に巻き込まれる可能性があるとみたのか集落は二つしか存在していなかった。
集落の二つは完全に自己完結している集落だったので、こちらから接触しない限りは問題ないとみて良いだろう。排泄物に関しては、川に流すのではなく山へ捨てる派だったのでこちらも問題ない。
隣国へ行くために渡船業が盛んな村や町が在ると思ったが、さすがに商人でもこの辺境まで旨味を見出すことが出来なかったのか、それともただ単に自国内で商売が完結できるのでまだ隣国に目を向けるまで至っていないのか分からないが、そう言った村は無かった。なら、家をその第一歩にするのも良いだろう。
そんな事を考えながら次々と指示を出している内に日も暮れ始め、森へ行っていた木材調達班が次の日の為の枯れ枝をたくさん抱えて帰って来た。
「分かり易かっただろ?」
帰って来た木材調達班のリーダーに問いかけると、意味をすぐに理解したリーダーは頷いた。
「はい。ですが、なぜあのように伐採するのですか?」
リーダーが言っているのは、切る予定の木に付けたリボンの事だ。このリボンを目印に伐採していけば、丁度良いように木々の間に間隔が明くようになる。
これを行う事により空気の流れが良くなり、また枝を掃う事によって地面まで光が届くようにする。すると若木にも光が届くようになり、次の新しい木が育ちやすくなる。
と、そう言った理由を説明するのだが伐採したらしっぱなし。木はそこらじゅうに存在し、勝手に生えてくる物だと思っている人間にはなかなか理解してもらえない。
「ですが、それだと馬も入りにくくなりますし手間も掛ります」
この世界では手前から順にどんどんと切り倒していくのが当たり前で、しかも木を引きずって行くのは馬なのである程度開けていないと運べないからだ。
「木はその場で指定した長さに切り分ける。その時点である程度小さくなるから、ある程度は頑張ってくれ」
「分かりました」
納得できないようだが、やってもらうしかないのだ。
この国での建築は民家の場合は設計書をキチンと書かずに、ある程度「こういった建物を作ろう」と言う状態で始める。あとは大工が長年の勘と経験で擦り合わせていくので、大工と言う職人は養成に時間がかかり、また家が建つのも時間がかかる。
だから決まった長さを量産して、建物の大きさを統一することにする。規格化された建造物は安い建売の様に面白みのない街並みになると思うが、そこは追々建て変えていけばいい。
まずは住むところが必要なんだ。
まぁ、彼らの面倒くさいと言う言い分も理解できるが、今後木材の需要は凄まじく高くなることが予想される。伐採オンリーで行ってしまえば豊富な森の木もすぐになくなってしまうからな。もう少し先に山があるとはいえ、限りある資源は大切にしていきたい。
それに、伐採の技術だけではなく植樹と共に、枝を掃う事で木をまっすぐに育てる技術も得て行ってもらわなければいけないのだ。
俺は林業経験者ではないので、間伐に関しても素人考えだし枝を掃うにしてもノウハウが全くない。方向性は口を出すことが出来るが、最終的な技術に関して入植者に頑張ってもらわなければいけない。
そこまでを包み隠さず説明すると、元兵士の木材調達班のリーダーは感心したような、別の言い方をすれば熱にうかれたような表情を浮かべながら威勢の良い返事をして俺の前から離れて行った。
そしてその後始まるのは、この領地での初めての食事だった。
俺やイスカンダル商会の面々は数日ではあるが、この周辺を調査すると共に測量を行っていたので厳密に言えば初めてではないのだが、そんな無粋な事は言うつもりは無い。
皇都からここに来るまで2週間近く歩き詰めで、到着当日から簡単な作業を始めたので入植者の顔には疲れが見えていた。
それでも、自分の畑を持つことが出来るのが嬉しいのか、全員が未来に向けて輝く目をしている。
「皆、到着初日からご苦労だった。明日は昼前まで休み、昼から仕事に入るようにしてくれ」
「「「はいっ!」」」
元兵士からは威勢の良い返事が聞こえたが、ストライカー侯爵領地から来た亜人達は静かに首肯するだけだった。
「少なく、ささやかな物だが酒を送らせてもらう。すでに持っていると思うが、無い者は申し出てくれ」
少し黙り周囲を見渡すが誰も申し出ないので、全員に酒が渡りきったのだろう。その酒も馬車の容量を圧迫する訳にはいかないので少なく、皆が持っているコップの半分程度しか入っていないが、久しぶりの酒に皆今か今かと俺の号令がかかるのを待っている。
数人と少ない子供達には桃の蜂蜜漬けを一切れだが渡してある。すでに涎を垂らしている子も居てあまり長い演説はしない方が良いだろう。
「大丈夫そうだな。――では、改めて! 皆、遠い所からよく来てくれた! 私は君たちに感謝する。この土地は今まで名の無い場所であったが、今日は皆にこの国の住民になる覚悟を決めてもらう意味も込めて発表させてもらう! この国は、本日より『迦具土神』国と命名する! 君たちは、今日この日、この瞬間からカグツチの住民となり、発展の礎となってもらう!」
「もちろん、俺もだがな」と静かに笑いながら付け足す。
「さて、腹を空かせているのに待たせるのも申し訳ないのでここいらで締めさせてもらうが、最後に一言だけ言わせてくれ。――俺は、このカグツチを最高の国にしたい! だから、全員協力を頼む! 以上! では、乾杯!!」
「「「カンパーイ!!!!」」」
待っていましたと言わんばかりに大声を張り上げ、酒を持つものは全員一気に呷った。
そして、やや温くなってしまったスープとカチカチの保存用のパンを美味しそうに頬張った。
俺の前にも皆と同じ物が並べられている。初めは特別メニューを作ろうとしていたが、そんな勿体ない事は出来ないので辞退した。
それに、俺ばかりが良いものを食っていては、本当に一緒に頑張ると言う事が出来なくなってしまう。
「お疲れ様です、ロベール様」
声をかけてきたのはイスカンダル商会の商人だ。グレイスが引き込んだ人間で、このカグツチ国を開拓する指揮者に自ら立候補した人物だった。
「ありがとう、ベイリース。久しぶりに声を張り上げたから喉が痛いよ」
「ですが、最高の演説でした。先ほどまで疲れていた顔をしていた住民達も、ロベール様の演説を聞いただけで息を吹き返すように顔色が元に戻りましたからね」
ベイリースと呼ばれた商人は手に持ったワインに口を付けて唇を湿らせた。
「それに、このワインの甘さも旅の疲れを消してくれる良い物です。入植者と共に来た馬車の中に、まさかこんなに良いワインが入っているとは思いもよらないでしょうね」
「これは友人が選んでくれた物だ。値段もそれほど高くないし、時期的に丁度良い物でもあったから運ばせたんだが、余り量を運べないのが残念だったな」
「コップ一杯のワインですが、そのたった一杯のワインはこの先の生活で住民達が飲んでいく酒のどれよりも尊い一杯になると思いますよ……?」
そこまで話して、ベイリースは俺のコップの中身を覗きこんだ。
「ロベール様、まさかそれは……!?」
「ん? あぁ、水だよ」
「なぜロベール様が水を!?」
「俺一人分のワインなんて全員に配ればスズメの涙程度だが、それでも無いよりはマシだろ? 俺は皇都に簡単に帰ることが出来るし、ワインなんていつでも飲める。なら、これから嗜好品であるワインが簡単に手に入らない彼等に回したいと思うのは自然じゃないか?」
「ですが、それでは……」
「おいおい、他の奴らには言うなよ? 皆、頑張って歩いてきたんだ。折角の入植記念日だ。楽しくいこうや」
俺の言い分に納得いっていない様子のベイリースだったが、飲みかけの自分のワインを渡すわけにもいかず、かと言ってワインが残っている訳でもないのでどうにもならなかった。
「とにかく、お前には期待しているから頑張ってくれよ」
偉そうに声をかけると、ベイリースは「はい」とやや困ったように返した。
それほど多くない食事だったので、夕食会は予想よりも早く終わった。だが、皆の顔は満足に満ちており、不満を言う者は一人もいなかった。
たき火のが消えたグループからテントに戻り床に就いた。
広場に残るのは動物の襲撃を警戒する夜警だけだが、正直彼らもドラゴンが町の外に侍っているので必要なかったのだが、ドラゴンも毎日ここに居る訳ではないので黙っておいた。
虫の鳴き声も聞こえないこの国は、確かに動き始めた。
★
「では、食料輸送の船はマフェスト商会の船を使用して輸送でよいですか?」
「あぁ、それで問題ない。定期船になると思うが、できれば人員の育成も同時にやってもらえると助かる。その分も上乗せでお金は払うから」
「分かりました。では、父に説明しておきます」
「頼む」
竜騎士育成学校のサロンの一角を陣取り、俺とアムニットは商談していた。
カグツチ国に第一入植者が移住してきてひと月が経ったが、カグツチ国の開拓は遅々として進んでいないのが現状だった。
いや、500人と言う人数の割には進んでいるのだが、原因は食糧を調達するための調達班に結構な人数が割かれているからだ。
俺の事前調査では川魚も森の獣も豊富で簡単に獲れると思っていたのだが、入植者のほとんどは元兵士で亜人達は農奴だからだった。
元兵士は弓矢の扱いはある程度できても、森の中から獣を見つける訓練を積んでいないので一日中森をさまよって収穫0など当たり前の状態だった。
魚に関しては投網で獲っているのだが、流れがあるのと浅瀬には小魚しか居ないのが原因で量が獲れないのだ。残念な話だが、片手間に獲れれば良いや、と遊び半分に作り仕掛けた筒型の罠の漁獲量が一番多かった。
食事を満足に与えられない奴隷にとって、狩りとは必須技能だと思って居たけど違ったようだ。
農奴は読んで字の如く農業に従事しており、食事を満足に与えられないからと言って狩りに行くことはできず、狩りに行くくらいなら畑を耕せといわれるそうだ。確かに当たり前だが。
それに、ストライカー侯爵領地には森も山もあるがそれらは遠く、行こうと思ったら徒歩の場合泊りがけらしい。
兵士は配給があるので言わずもがな。
他に俺が獣を食糧として確保できるだろうと思ったのは、現地で食糧調達ができるか試しに森へ入った時に様々な獣と遭遇したからだ。
ただしこれには理由があり、普段森の近くにいないはずのドラゴンが空を飛びまわって居たので森がざわつき、その空気に当てられた獣が普段ではしないヘマ――人気を避けて逃げるところを、なぜか人前にでるなど――を続けてしたからだそうだ。
基本的に臆病な森の獣たちがドラゴンのせいで怯え、侵入者の俺にさらにさらに驚いて飛び出してきたと言う偶然が重なった結果で、ドラゴンが居なくなって以降森も落ち着きを取り戻し簡単には人前に出なくなってしまった。
以上の事が重なり食糧確保を軽視してしまったのだ。
一応は、穴ウサギの見つけ方や追い込み方、水陸問わず簡易罠の作り方を教えたので今までよりは捕獲率は上がるだろう。
「だけど、良く父親が引き受けてくれたな。俺と会った時は、親の仇の様に睨まれていたぞ」
「お父様はロベール様の才能に嫉妬しているんです。マフェスト家は商売だけの家柄なので、地位も名誉も商才もあるロベール様が羨ましいんですよ」
「それだけあっても商売は成り立たんがな。それに、話が来ることを予め分かっていたように乾物とかの保存食や酒だけではなく、船も動ける物を置いておくなんてな……」
食糧不足の為、皇帝陛下に食料庫解放を直訴したところ無碍に断られてしまった。
理由を聞いたところ、人一人分の食事量が多いからだそうだ。あれほど重労働をしているのに、好きな時につまみ食いができるような皇都在住の人間と同じくらいの食事量ではあまりにも少なすぎる。
それでも、その少ない食事量で重労働をしている人間は多いのだが、あんな辺境で働いているので楽しみは食事しかない。モチベーションを上げる為に、ひいては仕事量を上げる為に必要な物だと言ったにも関わらず役人は頭を縦に振らなかった。
なので、今回は俺からストライカー侯爵に頼んで資金提供をしてもらって、そこからマフェスト商会へ食料供給を依頼したのだ。
イスカンダル商会は販売網の拡大や機動力に勢いがあっても、マフェスト商会の足元にも及ばない。そんなマフェスト商会の持つ伝手から食料を買い付け、マフェスト商会の所持する船を借り上げ大量の物資を送る事にしたのだ。
利に聡い商人はその瞬間を逃すことなく一番いい時に手を出すのだが、アムニットの父親はその最もたるものだろう。
「じゃあ、契約書は後日で良いか?」
「はい。それで問題ありません」
食糧から農機具、船や人材に至るまで全てを話し合い、それらを走り書きした草案をキチンとした契約書に落とし込み本契約となる。
前に手動ポンプをガンブール鍛冶屋に製品として作ってもらう際、羊皮紙に契約内容を盛り込んだ――つもり――の契約書を作ったのだが、物が物だけに一品だけの契約書とは違うので当たり前だが、前の契約書がどれほど適当だったのか良くわかる。
「それでは、お茶を淹れましょうか! 古茶葉が手に入ったので、今日はこれを飲みましょう!」
古茶葉とは樽の中に茶葉をギュウギュウ詰めにして保存しておいた物で、独特の芳香が売りのお茶だ。初めは発酵させているのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい不思議な茶葉だ。
「あぁ、良いな。それを飲ませてくれ」
「はい――」
ウキウキとした表情でお湯を取りに行こうとしたアムニットだったが、歩き出そうとしたところで出入口を見て固まった。
そんなアムニットに釣られた訳ではないと思うが、サロンで会話を楽しむ学生たちも一様に会話が止まり変な空気が流れた。
俺の斜め後ろ、出入口の方に視線をやるとそこには従者を侍らせたニカロ王国第六王女のパスティナが居た。
二年生になる事で俺は部屋を移動することになったのだが、一年生の時に居た部屋にこのパスティナが入居したそうだ。
寮の部屋を学年ごとで移動するとは思っていなかったので机に『日本語』でメモを取っていたのだが、それを俺が書いた物だとパスティナに知られてから煩く付きまとわれるようになってしまった。
知らぬ存ぜぬと通すうちに面倒くさくなり、終いには俺が避けなければいけないようになってしまった。
船が届き、農業技術を伝えた後は一切会わないようにしなければいけない。
「こんにちは、ロベール様」
「どうも、こんにちは」
一時期は○○教授の一斉回診よろしく、金魚の糞の様にクラスメイトらしき一年生を引き連れて歩いていたが、学校側から注意があったのか最近は見ていない。
そりゃ、御姫様であっても他国の姫様だから他国であるはずの帝国の学校で派閥なんて作られたら、学校としてもたまらんからね。
その国に対する損害を軽視したような行動をとるのは、ただ子供だからかそれとも狙っての事なのか分からないがもう少し大人しくしてほしいと思う。
「これからお友達とお茶を飲むのですが、よろしければロベール様もご一緒にいかがですか?」
従者以外居なかった気がしたが、金魚の糞にならないように時間差でサロンに入ってきたようだ。意味のない行動な気がしてならない。
すぐに追いついた金魚の糞が、パスティナが俺を誘おうとしているのに気づき援護射撃を開始した。
「いかがでしょうか? 今なら、パスティナ様と直接お話しできる機会ですよ」
「そうですよ。ロベール様もこちらでご一緒した方が後々良かったと思えますよ」
「武だけではなく、やはり技術も必要でしょう。今後はさらに需要が拡大していきます。ロベール様であれば、私からパスティナ様へ口利きしてあげてもよろしいですよ?」
パスティナの金魚の糞になれたことが嬉しいのか、新一年生は誇るように俺にお茶会へ参加するように誘った。
そのグループの中の一部は、入学当初は俺に対して媚びへつらいプレゼントを送ってきていた一年だった。俺に無碍に扱われた後はパスティナに鞍替えしたようだ。
学校に入る事で勘違いしてしまったのか、それともパスティナの尻を追う事で自分にも力があると思っているのか、下級生とは思えない物言いに若干引いてしまう。
「ありがとうございます、パスティナ様。ですが、お茶と言う物は静かに飲むものだと、私は思います。ゾロゾロと騒がしいのを引き連れていてはお茶もゆとりを持って飲めない上に、引き連れて居る者によっては品性すら疑われる事もありますのでご注意ください」
「ありがとうございます、ロベール様。ですが、この方達は私の大切な友人達です。あまりそういった事を言わないでいただけると助かります」
俺の返しに不穏な空気が流れたが、パスティナは優しく笑いいなした。
金魚の糞たちも、爵位が上の為、強く返せない自分達の代わりに引かぬ事無く言い返したパスティナを笑顔で見た。
「そうですか? ならば、勘違いさせないような行動をとった方がよろしいかと。技術交換留学で来たはずが、火種を生み出す結果になっては私も悲しくなりますから」
「えぇ、確かに。特にロベール様が持つ農業技術は世界を救う力があります。ところで、技術者はいつごろ派遣していただけるのでしょうか?」
「まずは書類に書かれた施設を建設してからになりますね。技術者の派遣は、建設が終わり契約した船が半分届いた時点で派遣させていただきます」
「分かりました。高速便で届いた手紙によると、その半分のさらに半分ですが港を出港したとありました。施設に関しても基礎は完了したので、後は屋根を建てるだけだと伺いました」
「(早いな……。さすが、技術の国だ)」
あの日、話し合った交換材料の船は、最新の新造船2隻か中古船5隻のどちらかだった。
船は日本でも高い品だが、この世界では全てが人力になり技術を持つものも少ないので半端ない金額となった。
しかも、最新式と言えばその国の技術の塊だ。それを2隻ともなれば大盤振る舞いだろう。
しかし、その最新式と言っても船の基礎となる部分は同じであり、後は骨組みの多少の違い程度でしかない。これはノウハウと言う意味だが、長年使用するうえで力が掛り破損しやすい部分を頑丈にしつつ、速力が出やすいように不要な部分を取り除いた物が最新式と言う物だそうだ。
出会ったのがもう少し後だったら最新式を手に入れたかったが、今は頭数を揃えたかったので中古船を選んだ。ニカロ王国としても、それを見越しての最新式の話だったのだろう。
「分かりました。一番腕の良いのを用意します」
「よろしくお願いします。無理を承知でお願いしますが、ニカロ王国へは船で移動するので船酔いに強い人を連れて頂けると助かります」
「確かに無理ですね。そちらではどんな人でも船に乗るのかもしれませんが、ユスベル帝国で船に乗れるのは一部の人間だけですからね」
考える事も無く応えるが、パスティナは気分を害した雰囲気を少しも出さずに可愛く笑った。
「それでは、私はこれで失礼します」
「あっ、ロベール様。お茶はよろしいのですか?」
突然立ち上がる俺に驚きながらパスティナが問う。
アムニットの淹れるお茶を飲む予定だったが、うるさい上にこちらに対して優越感丸出しのアホ面を晒している一年坊と飲む気にはならない。
「お茶はゆっくりと楽しく飲むものです」
「では、あの暗号の意味を教えていただけませんか?」
知らぬ存ぜぬ、俺の前の住人が書いたと言っているにもかかわらず、毎度会うたびに同じやり取りをする。もう面倒くさいのでいつも通りのやり取りだ。
「それでは、ごきげんよう」
一礼してアムニットに声をかけてサロンをあとにした。
残されたパスティナと金魚の糞は俺の態度について大きな声で話し、パスティナを擁護する発言が飛び交った。
まだ俺が出入口付近だと言うのに、興奮しているのか気にすることなく話すのは俺を見下しているのか、それとも生徒自体がアホなのか。今年の新一年生は俺が入った時よりも質が低い気がした。
迦具土神
火の神様。生まれる時にママンのあそこを焼いて死なせてしまいパパンに切り殺されたファンキーな神様。
カグツチ国
火の様に絶対的に必要な存在であり、暗闇を切り裂き凄まじい勢いで拡大する事を目標に掲げたために主人公が付けた。
住民や聞かれた時の説明は、「古い言葉で『火』と言う意味です」と答える。
神と言うと光燐教会から異端扱いされるため。
アムニット=主人公のクラスメイト。本名アムニット・マフェスト。マフェスト商会の商会長であり名誉士爵のカナターン・マフェストの娘。
パスティナ=ニカロ王国第六王女。竜騎士の技術獲得の為にユスベル帝国に交換留学生としてきた。
2月22日 主人公が食糧確保を軽視していた理由を書き足しました。
2月23日 文章のおかしなところを修正しました。