船と入植者
前話を書き直しているので、読んでない方は前話の一つ目の★以降からお読みください。それ以前は同じです。
そしてすみません、遅れました。
しかも長いです。ちょっとグダグダやもしれません……。
アドゥラン第一皇子の邸宅は、ロベリオン第二皇子と違い皇城の敷地内にあった。
警備の為か松明が煌々と光をまき散らし、いやに明るい屋敷の様に思えた。まだ日の光があると言うのに豪気な物だ。
馬車に揺られながら遠目でも良く見える邸宅を観察していると、そのまま玄関前へと滑らかに停車した。
「大変お待たせいたしました。足元にご注意ください」
「ありがとう」
黒塗りの箱馬車から踏み台を使って降り立つと、アネットではない執事然とした老紳士が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、ロベール様。アドゥラン様は、中でロベール様を今か今かとお待ちです」
ニコリと人好きするような笑みを浮かべ、主であるアドゥラン第一皇子が屋敷の中で待っている事を伝えてきた。
「そうなのですか? では、お待たせするわけにはいきませんね」
ふんす、とその執事に見えるように腹に力を入れた。
リップサービスにはリップサービスで答えるべし。互いにそこまで本気にしていない話なので、出会った際のリップサービスはやや少なめでと昔営業の人間に言われたけど、今初めて役に立った気がする。
★
通されたのはこじんまりとした部屋だが、部屋の割に大きな暖炉が印象的な洋館のダイニングルームだった。
中ではロベリオン第二皇子と似た印象を持つ男性がすでにテーブルに着いており、その両隣には俺と同い年くらいとやや年下と思われるの少女が座っており談笑を楽しんでいた。
その中の、アドゥラン第一皇子と思われる男性は俺が入ってきたことに気付くと立ち上がり、まるで元来の友人に会うように笑顔で近づいてくると握手を求めてきた。
「急な誘いにも関わらず来てくれてありがとう。君の話は遠い留学先でも聞いたよ。こちらへ戻ってから、君が実家から学校の寮へ戻っていると聞いていてもたっても居られなくなって食事に誘ったのだよ」
「本日はお誘いいただき、ありがとうございます。アドゥラン様に名前を覚えて頂けるなと、感動の極みでございます。しかしながら学生の身、どのようなお話を聞いているのかお恥ずかしい限りです」
「なにを言う。学生の身でありながらあの功績。胸は張れど、何も恥ずかしがることは無いじゃないか。それとも、もっと面白い話があるのかな?」
まるで寝物語のネタを見つけた少年の様に、アドゥラン第一皇子は笑った。
「お兄様、そんな所で立ち話をするなど行儀が悪いですよ。それに、ロベール様はお客様です。わざわざ遠くからいらしてくれたのに、席にも座らせず話を始めるのは良くないと思います」
アドゥラン第一皇子を兄と呼んだのは、こちらから見て彼の左側に座っていた年下の少女だった。そういう教育を受けているのか、それとも皇族としての立場がそうさせるのか、アドゥラン第一皇子の妹君は歳の割にずいぶんとしっかりしているように見えた。
もう一人はいつ紹介してもらえるのかと思ったが、その少女を紹介されたのは食前酒が提供された時だった。
「こちらは、私が留学しているニカロ王国第六王女のパスティナ様だ」
「初めまして、ロベール様。先ほどご紹介に与りました、パスティナ・ニカロと申します」
はにかんだような、このような場に慣れていない良い笑顔だ。アドゥラン第一皇子が他国に留学していると言うのは何度か聞いたことがあるが、それがニカロ王国と言うのは今初めて知った。
「初めまして。竜騎士育成学校二年所属の、ロベール・シュタイフ・ドィウ・ストライカーと申します。アドゥラン様のお慈悲により、パスティナ様とこのように会話ができる事、感動の極みにございます。それと、パスティナ様。私の名は呼び捨てで構いません」
ニカロ王国は陶磁器製品で名を馳せる輸出国だったはずだ。今はマシューの家にある、ミシュベルから送られたニカロ王国製の陶磁器の皿はその美しさから使うのが惜しく、そのまま部屋に飾っている。
料理は皿まで楽しむものだ、と言うのが貴族のモットーらしく俺の様に皿を飾る習慣が今迄無かったそうだ。俺の行動に、ミシュベルは新しい置物の形だと感心していたのを覚えている。
ユスベル帝国には磁器を作る技術は無く、陶器製品が主体だ。それに、皿に彩色を施す文化は少なく、食器に関しては実用一辺倒な物が多く銀食器などが無いと食卓の彩が薄れる。
「こっちが、妹のラフィーネだ。君より2歳ほど年下になるが、歳の割には利発な子でね。私も色々と気付かされる始末だよ」
先ほどまで俺と立ち話をするアドゥラン第一皇子をすまし顔で窘めていたラフィーネだが、いさ自分が紹介されると顔を赤くしてハニカミながら自己紹介を始めた。
「はっ、初めまして、ラフィーネです。あの、ロベル兄からいつもお話を聞いています。特に、ドラゴンに頭を預ける話がすごがったです」
「ありがとうございます、ラフィーネ様。ですが、ドラゴンに頭を預けるのは大変危険なのでお止め下さいね」
ドラゴンに頭を預ける、と言うのは一種の度胸試しだ。ワニの口の中に頭を入れるパフォーマンスがあるが、それのドラゴン版と思ってくれればいい。
普通は口を開けたドラゴンの口に頭を入れてすぐに取り出すだけだが、俺はヴィリアに口を閉じてもらい完全に食われた状態まですることができる。
大義名分としてはドラゴンとの信頼関係とか何とか言う度胸試しだが、俺のはもはや信頼関係とか関係なしの状態なので、他の奴らから一目置かれるようになった。
ちなみに、毎年この度胸試しで死者が出ている。学校も再三注意を促しているが減る事は無く、その時も俺に対抗した奴が興奮した状態で頭を突っ込み、その興奮を移されたドラゴンが口を閉じると言う事故が起きた。
閉じている途中で頭を抜くことが出来たのでそもままギロチンされる事は無かったのだが、ノコギリの様な乱杭歯に頭の皮が削られて、頭部だけ見れば歴戦の兵士の様な状態になってしまった。すぐに治療院に連れて行かれたが、感染症でたぶん死ぬだろう。
アドゥラン第一皇子は俺について調べた時にその話を聞いているのかやや渋い顔をしており、パスティナは現場を見ていない人間特有の「凄い!」と言う興味津々の顔をしている。
「私のドラゴンは大変大人しいので出来る技です。パスティナ様もご家族の為に無益な度胸試しは行わないでくださいね」
「はい。私はまだまだ竜騎士見習いとして歩み始めたばかりですので、先輩のいう事を聞き、立派な竜騎士に慣れるように努力します」
「えっ?」
パスティナから出た言葉に驚きの声を出してしまった。今までただの遊行だとばかり思っていたが、彼女はニカロ王国に留学をしているアドゥラン第一皇子の代わりに、ニカロ王国を代表して竜騎士を学びに来ているそうだ。
他にも何人かニカロ王国から来ているそうだが、なるほど交換留学と言う事か。
「我が国は優秀な竜騎士が多いからな。ニカロ王国の軍備は周辺国に比べて少なく、それらを補強し周囲を牽制するためには優秀な竜騎士が必要なんだ」
「加えて、陶磁器が優秀になったせいで食料自給率が低下し、周辺国から輸入に頼っているのも現状なので、そこを打破すべく農業の勉強も合わせて覚えて行こうと思っています」
前菜の温野菜を食べながら話すパスティナの言葉に違和感を覚え、顔を上げた。
ユスベル帝国の農業技術はさして高い方ではない。他の国の農業を見ていないので他国がどうなっているか知らないが、ユスベル帝国に限って言えば腐葉土も堆肥も知らなかったので、土の地力頼みで雨も運も天に任せる農業方法だ。
そんな国に農業を学びに来たところで高が知れている。
「君が準統治領で行っている農業方法に、ニカロ王は大変興味を示されてな。しかし、にわかに信じがたい方法であり、君の言う通り行った者の畑の作物が全滅したと言う話もある。前例もなく、突拍子もない方法に簡単に教える訳にもいかずこうして聞いているのが現状だ」
「信じられないのであれば、それを行ったマシューの畑を見てください。それに、作物が全滅したのは、私の話をあまり聞かずに勝手な判断で行ったからです。生のままの物を畑に撒いたなら、そこから不活性ガスが発生して根を傷ませ枯れるだけです」
あの時の報告会で話を聞いたクラスメイトが実家に報告し、実際に試したそうだが堆肥化する前の新鮮なうんこを畑に直接撒いたせいで作物が根腐れを起こして全滅した。
腐葉土から始めれば良かったのだが、そいつの親が持つ領地には森が無くだだっ広い平野だったので糞しかなかったそうだ。
お蔭で作物は全滅。売る物も保存する物も無く、家の資産を切り売りして冬を越すことが確定した時に文句を言いに来た。
アバスが防波堤になってくれたのでその時は何もなかったのだが、なぜ初めに発案者に聞かなかったのかとアバスが問いただすと、ただ一言「怖かったから」と返してきたそうだ。
その「怖かったから」を飲み込んで聞きに来た、ブロッサム先生の実家の畑は去年より色味が良いと言っていた。これが聞く者と聞かぬ者の差だ。それに、調べてみると報告者の俺の名を出さずに、あたかも自分が思いついた様にふれていたらしいので救いようのない話だ。
今年の冬には餓死者が出る可能性があるので、ストライカー侯爵領地から食料を融通してもらえないかとも聞かれたが、当時は侯爵と交流が無かったので融通してほしいなら直接言ってくれと突っぱねた。
お蔭で俺の名はさらに悪名高くなってしまったが、その反面「聞けば教えてくれるのか」と理解した生徒たちから堆肥の事を聞かれ、色々説明する為に補講の様な事もしていた。
効果も分からない物の為に対価を支払うのも嫌だろうと思い無償でも良かったのだが、逆にそれが気にかかったのか色々と贈り物を貰った。みんなお金持ちだね。
「そうだな、確かに物を見ない事には始まらないが、マシューは山間部だったな?」
「はい。今は行くだけでも大変です」
「だが、本当に、その、何だ……出てくる物で作物が良く育つのであれば、マシューの住民は、今冬は安心して過ごせそうだな」
「そうですね。今回は今まで雪が降る前に収穫していた作物を収穫せず、雪が降っても腐らせない越冬方法も伝えたので一日二食、隔日三食問題なく食べられる計算になりました」
本当は毎日三食食べさせたいが、初年度からと言うか俺の畑と一部の住民から借りた畑で作った作物だけではそこまでの量が確保できなかった。
住民・家畜両方に食料はいっぱいでは無いが十分ある。今まで少ない状態で過ごしてきているので、今年はよっぽどの事が無い限り大丈夫だ。
そんな話をすると、アドゥラン第一皇子とパスティナは鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔で俺を見ている。
「それほど余裕ができるのか……」
「これについては、肥料だけではなく適宜水もあげていますがね。植物も人と同じように水を飲まねば生きていけません。それを天運に任せるなどもっての他です」
だから、カタン地方に貰った準統治領では水路を多く這わせるつもりだ。治水は大事だが、それを行うのはお金がかかるので、余り無理はできないのが現状だった。
しかし、折角大きな川があるのだからそれを利用しない手は無い。
「あの、ロベール様。無理にとは言いませんが、もしよろしければその堆肥の作り方を教えていただけないでしょうか?」
メインディッシュが運ばれて来ると、パスティナが意を決した顔で聞いてきた。パスティナは自分がなぜここに来たのか説明する時に、竜騎士になるだけではなく農業技術も覚えに来たと言っていたので、堆肥作りは是が非でも持ち帰りたい技術だろう。
教えたのがクラスメイトだけとは言え、そこから広まるのも時間の問題なので教える事は別に良い。ただし、どこまで教えるかが問題だ。
牛馬の糞だけでは圧倒的に足りないだろう。なので、それを補う為に人糞なり腐葉土なりも言う必要がある。そして、質の良い牛馬の糞を得る為に年間を通して安定した飼料の確保も問題となる。それに、野菜の越冬方法だ。これは、この世界ではかなり画期的だろう。
前者はすでにクラスメイトに話しているので、こちらも話しても大丈夫だが、後者はマシューでやっているだけなので一応知識財産だ。
「そうですね。堆肥作りくらいでしたら問題は在りません」
「あと、飼葉の発酵……ですか? そちらを教えていただくことはできませんか?」
牛馬にとって食味をよくするサイレージ。その触りだけど説明したのだが、枯れた雑草を保存しておいても食いが悪いらしく、パスティナだけではなくアドゥラン第一皇子も食いついたのが印象的だった。
なので、今までの余裕をなくし若干渋い顔をわざと作った。
「そうですね……。教える事は可能ですが……その……なんと言いますか、これは一応知的資産になりまして、これだけでもかなりの価値がある物で……」
「確かにそうだ。そうであるならば、やはりストライカー卿に話を通しておいた方が良いか?」
俺が偽物とは知らないのか、それとも知ったうえでストライカー侯爵に話を通すと言っているのか分からないが、アドゥラン第一皇子は礼儀としてストライカー侯爵に話を通すと言い出した。
「いえ、これは私の知識なので全て私の所で完結しても問題ありません。堆肥や飼葉作りも献上しろと言うのであればその限りではありませんが、新しく下賜された領地を運営するのも色々と難がございまして、できればそれらの事も考慮していただけると大変ありがたいと……」
訳=王族だからと言って、無料何でも欲しい物が手に入ると思うなよ。
俺の本音を聞きとったわけじゃないだろうが、アドゥラン第一皇子もパスティナも黙考した。
商人であれば俺の言わんとすることがすぐに理解できるだろうが、相手は商人ではなく皇・王族だ。偏見だが、欲しいと言えば何でも手に入る立場にある人間が知的資産の意味を理解できるかとい危ぶんだが、その後に発せられた言葉でその心配は霧散した。
「そうですね。確かに、技術ではなく知識であればその限りで、渡された相手が恒常的に使えるようになってしまいます。しかも、そこから自らの知識として他の者に渡す事も可能……」
「ご理解が早くて助かります。知識とはそれだけ複製が可能で大変脆い物であり、先ほど言った通り間違えた使い方をしていますと取り返しのつかない事になります」
言うと、パスティナは再び黙考し、チラリとアドゥラン第一皇子を見てから再び俺を見た。
こうして普通に話しているが、本当にこの娘は俺より年下なのかと怪しく思えてくるほど頭の回転が速い。
実は竜騎士になるための留学だけではなく、こう言った交渉事も含んでの話し合いなのかもしれない。それにしても、こんな子供に国の交渉事を任せても大丈夫なのだろうか? それとも、アドゥラン第一皇子が一枚かんでいるのだろうか。
「では、我が国の窯技術は如何でしょうか? すでにユスベル帝国と技術交換の書面は交わしていますが、それを早めると共にロベール様には我が国から別に技術者を派遣します」
ユスベル帝国で使用される窯はドーム型の単一窯だ。ピザ釜を思い浮かべてもらえれば分かり易い。
「大変魅力的なお話ですが、我が領地では質の良い土が無いうえに珪砂が見つかっていないので、現時点で教えられても宝の持ち腐れになるんですよ。今後見つかる可能性もあるかもしれませんが、見つかるか分からない物の為に技術者に来てもらう訳にもいかないので」
たぶんそこには、ユスベル帝国に対して恩を売ってはと言う言葉が含まれているんだろうけど、技術交換が早まった所で俺には関係ないし、そもそも何もない土地なのだから産業の前に開拓をしなければならない。
帝国の為に協力しなかったのが気に入らなかったのか、アドゥラン第一皇子は渋い顔をした。
そんな顔をされても、俺にはアドゥラン第一皇子に肩入れする義理もないし、そもそも今日はお食事会で呼ばれたのにも関わらずこうした交渉事が発生しているのは礼に失する行為のはずだ。
普通はこの場は顔合わせに留めて、後々交渉事に臨むべきではないだろうか。
そこまで話した所でネタが切れたのか、とりつく島の無い俺に対してパスティナは黙ってしまった。
そんなパスティナを見かねたアドゥラン第一皇子はこっそりと耳打ちをした。すぐにその内容を理解したのか、パスティナは「あぁ!」と納得した顔で再び俺に向いた。
「それでは、船はどうでしょうか?」
「船……ですか?」
「はい。ロベール様に与えられた領地は川が近いと聞きます。ニカロ王国は輸出の為に船造りも盛んなので、物資を輸送するのに船は如何でしょうか?」
「なるほど。造船技術と言う事ですね。それであれば全く問題はありません。むしろこちらとしてもお願いしたい所です。ご存じの通りまだ何もない領地の為、技術者を呼ぶのではなく、こちらの技術者を送らせていただきたいのですが、いつくらいにご都合がつきますか? それとも、ユスベル帝国の造船所を使っての研修になるのでしょうか?」
チラリ、とアドゥラン第一皇子に視線を送ると驚いた顔になり、パスティナも捲し立てる俺に驚きの表情を浮かべた。
「あの、申し訳ありませんが、お渡しするのは船一艘であって造船技術ではありません」
「現実的に考えて、造船とはその国の技術力だ。それを簡単に他国に流すことはできない。農業技術をあまり外へ出したくない君になら分かるだろう?」
まぁ、分かっていたけどね。捲し立てる事で何か知らの言質でも取れればと思ったけど、世の中そんなに甘くないみたいだ。
アドゥラン第一皇子に至っては、俺の勢いに呑まれる事無く呆れたと言った方がしっくりくる顔つきなっている。
「そうですか、それは残念です。では、なるべく早いうちに堆肥作りをまとめた資料をお送りしましょう」
「技術者は送ってもらえないのですか?」
「堆肥作り程度であれば資料を読めば誰でもできます。現に話を聞くだけで堆肥作りを成功させている者もおりますので」
ブロッサム先生とかな。隔週で実家に帰って、その度に畑の状況を確認している。
帰る度に土を持ってきてくれるのだが、初めの頃に糞はどこまでこなれていれば良いのかと質問をするために、ややフレッシュな物まで持ってきてくれたのも忘れられない思い出だ。
「それに、船はもって20年ほどでしょうか? しかし、私の教える農業技術は100年たっても使えるものであり、1000年たっても基礎は変わらない物と考えます。それに、船造りが盛んとなれば漁業も盛んなのでしょう。私が渡す技術を使えば赤潮の発生もかなり減らせます」
「赤潮?」
「死者の血と呼ばれる現象の事です」
この世界では赤潮とは呼ばず、その事を海で死んだ者の血と言う例えをしている。その血は呪われているので、赤潮が発生した後は魚が大量に死にと言う話だ。
海に行く機会が無かったので実際の赤潮をの発生具合を見たことは無いが、海側の町から来た商人の話に寄ると温かくなると結構な頻度で発生すると言う話を聞いている。
「死者の血と農業技術がどういう関係があると言うんだ?」
「……まぁ、そこは追々と言う所で」
あからさまに話を切ったので、アドゥラン第一皇子の顔に再びシワが寄った。
「……対価は造船技術でなければいけませんか? 他の物ではいけませんか?」
「別に船でも構いませんよ?」
「どういった船をご所望ですか? なるべく期待に沿えるものを用意しますが、私の判断を超える場合はお時間がかかりますが」
「私は船屋でもなければ商人でもないので現時点での明確な回答はできませんが、必要とされる大きさの船が分かり次第お話させていただきます」
「分かりました。ではそのようにお願いします」
パスティナは一仕事終えたと言う顔でテーブルに置かれたデザートを食べ始めたが、隣に座るアドゥラン第一皇子は納得いかないと言った顔でデザートを妹君のラフィーネに渡した。
俺が王族でありアドゥラン第一皇子の客人でもあるパスティナに対して一歩も譲ることなく、またユスベル帝国の利益を鑑みることなく強気に出たことについて納得がいかないのだろう。
ラフィーネはすっかり蚊帳の外で、あまり面白くなさそうな顔でデザートのドライフルーツを食べている。
不意打ちではあったが、なかなか良い夕食会になったと思う――。
★
明けて2月の半ば。1月を過ぎる頃には皇帝陛下の誕生日フィーバーも醒めたお蔭で滞っていた業務が再び進みだした。
1月の終わりに皇都を発ったカタン地方にある我が領地への入植者の第一陣が着くころだ。現に地平線の向こうにチラチラと人の影が見えてきている。
とりあえず、第一陣として来るのは元兵士・亜人あわせて500人だが、ストライカー侯爵が横やりを入れたせいで最終的なユスベル帝国からの入植者は人間と亜人を合わせて1850人ほどになった。
その横やりと言うのが、あの日に来たストライカー侯爵の遣いからの嫌がらせなのか何なのか知らないが、ストライカー侯爵家からも農民を送り出すと再び言いだしたのだ。
調べたら一応年寄りや体の不自由な人間は居ないようだったが、その代わり亜人を大量投入してきた。するとそれを知ったユスベル帝国の役人が「親から送られても良いなら、国から送っても良いよね」と解釈したのか、追加の亜人の農民提供があった。
元は人間1200人だったのが、亜人が650人追加されて最終規模1850人だ。ちなみに、これはユスベル帝国から送られてくる人数、でストライカー侯爵領地からは亜人が増し増しで送られて来るので手に負えない。
入植者達が見えた辺りで出て行った先導していたイスカンダル商会の人間に連れられて、農民服を着た兵士然とした男と、鼻の短い狼っぽい頭をした獣人よりの男とその家族を連れて来た。
「ロベール様、こちらが今回の入植者の暫定的な長です」
人族と亜人族の長と言う事だろう。亜人の方に家族が来ているのは、奥さんが人間なので貴族の俺に対して慈悲を願うためだろう。子供は不安そうな顔でこちらを見ている。
「初めまして、ロベール様。私はユスベル帝国軍で重装歩兵を務めていましたキヤナと申します」
「あぁ、よろしく頼む」
握手を求めるとキヤナは驚いた顔をした後、ゆっくりと俺の手を握り返した。
「厚く鍛えられた良い手だ。まだ町どころか村でも何でもない土地だが、俺はここを世界で一番の国にするつもりだ。キヤナ達はその先達となり開拓を頼む。一生涯、死んだ後でも自慢できる場所にしよう」
「はい! よろしくお願いします!」
元兵士らしい力強い返事をし、キヤナは入植者の列へと戻って行った。
残るは亜人の家族だ。
「初めまして、このような醜い姿をロベール様の前に晒してしまい申し訳ございません」
膝を突き挨拶をする亜人家族。方法は良いが、その挨拶が気に食わない。
「亜人は醜いのか? それとも、お前がいっとう醜いのか?」
卑屈な言葉を吐く亜人に対し辛辣な言葉を吐くと、目の前の亜人は言葉を詰まらせた。
「お前と結婚した嫁さんは目が腐っているとお前は言うのか?」
「あっ、いえ……そんな事は……」
「ならば無暗に卑屈にならず堂々としていろ。ここで貶されるのは、非生産的な奴らだけだ。キチンと働く奴に対して、俺は平等に接するつもりだ」
「は、はい。ありがとうございます」
凶暴な見た目に反して、狼頭の亜人は小さく頷いた。仕方が無い事だと理解はできるが、家族が居る前位もう少し堂々としてほしい。
狼頭は居ずまいを正し、再び挨拶を始めた。
「初めまして、ロベール様。私は亜人を代表して挨拶をさせていただくヴォルゴと言います。ここへ来た亜人たちは皆力自慢の者どもなので、必ずロベール様の力になることができます。末永く使ってください」
「やればできるじゃないか」
俺から合格点が貰えたことが嬉しかったのか、夫婦顔を合わせて微笑んだ。なお子供は半泣きのもよう。
しかし、亜人はチートな気がする。ただの農民の癖に、腹筋バキバキに割れてどちらかと言うと狂戦士(Lv,99)とか言われた方が理解できる体つきだ。
立たせると丈の合っていないシャツから覗く腹筋が羨ましい。まぁ、この丈の合わなささは服を買うお金が無いと言うのと、野蛮さを隠すためだろう。亜人になり毛皮が薄くなったと言っても、ある程度は毛皮を被っているので人間よりは寒くないはずだ。現に、シャツとパンツしか着てい無いしな。
「おぉっ、腹筋ガチガチやな」
ドンドン、と強めにヴォルゴの腹筋を叩くと巨木を殴っているかのような固い反動がある。
良い戦力になってくれそうなヴォルゴに笑うと同時に結構強い力で、ヴォルゴを叩いていた腕を掴まれた。
「おっ、お父さん虐めないで!!」
恐怖で歯の根が噛み合わない状態でありながら、父を守るために子供が俺の腕を掴んだのだ。
「ナウル! 何て事を!」
「ナウル! ロベール様、申し訳ございません! 娘はまだこのように幼く分別が付いていません。罰は私にお願いします」
謝る両親を手で制しながら、ゆっくりと刺激しないようにナウルと呼ばれた幼女と視線を合わせた。
「悪い、悪い。君のお父さんがあまりにも強そうだったから、どれくらい強いか確かめさせてもらったんだよ」
「ねっ?」とヴォルゴに問いかけると上手い具合に合わせてくれた。
「あっ、あぁ、そうだぞナウル。ロベール様はお父さんに期待をしてくださっているんだ。お父さんは力持ちだろ? だから、ロベール様はどれだけお父さんが力持ちか確かめてくださったんだ」
ナウルは半信半疑なのか、視線を俺とヴォルゴで行ったり来たりしていたが、二人で笑っているとすぐに俺の腕を解放してくれた。
「さぁナウル、ロベール様に謝りなさい」
と母親に促されながら、ナウルは俺に謝った。まだ恐怖が勝っているようで何を言いたいのか分からなかったが、きちんと謝っている事は理解できた。
本来ならこれは謝る様な事案ではないが、貴族と平民――その上亜人であるならばやらなければいけない行為だった。
「よし、ナウル。仲直りの印にこれをあげよう」
ナウルに口を開けさせて、中に簡易飴を放り込んだ。
初めは何か分からない物に恐る恐る舐めていたナウルだったが、すぐに甘い美味しい物だと分かると目を白黒させながら飛び上がった。
「凄い! 美味しい! お父さん、お母さん、凄く美味しいよコレ!」
両親とも俺が与えた飴を言う存在を知らないので、ナウルの驚きを共感できずにただ笑顔で頷くだけだった。
「美味しいか?」
「うん! すっごく美味しい!」
美味しい物を食べた興奮から俺に対する態度も言葉使いもガラリと代わり、ヴォルゴがそれを窘めようとするがそれも手で制した。
「もっと食べたいと思う?」
「――食べても良いの……?」
「あぁ。でも、今はもう無くなっちゃったんだ」
まだ丸薬入れには何個か飴玉が入っているがそう言った。
「食べたいか?」と問われてもっと食べることが出来ると思ったナウルは俺の無慈悲な言葉に落胆する。その様子にやや申し訳なさを感じるが、この子のフォローの為に必要な事だ。
「ずーっと先には皆好きなだけ食べられるようになるよ」
「ずーっと?」
「そう。ナウルがお父さんとお母さんのお手伝いをたくさんして、ナウルが大きくなって子供ができた頃にはいっぱい食べられるようになるかもしれないよ」
未来の話はまだ小さな子供には理解できないようで、ずっと先と言われて首を捻ると共に再び落胆するだけだった。
ちくしょう。子供に理解させるのは難しいぜ。
「とにかく、お父さんとお母さんのお手伝いをたくさんすれば食べられるかもしれないよって事だ」
乱暴な話になってしまったが、ここまで崩すと子供でも理解できたのか、それとも別の解釈をしたのか分からないが大きく頷いた。
ちょっと顔合わせが長くなってしまったが、笑顔になったナウルを連れてヴォルゴ一家は入植者が集まる場所へ歩いて行った。
こうして俺の領地への第一入植者が集まった。
やっと領地に入植者が来ました。(開拓はまかせろーバリバリ)
それと共に、自由にできる船が入手できることになりました。
農業技術者をマシューから選別しないと(使命感)
2月18日 誤字脱字修正しました。文章の一部を修正しました。