いる物といらない物
「町づくりに必要な物は多々あれど、今まさに必要な物は計画的に町を作ることが出来る都市設計だと思う」
「そうですね。乱雑に町を作り上げてしまっては人しか通れない道ばかりになり物流が滞りますからね」
うんうん、と俺の意見に頷いているのはイスカンダル商会の商会長代理のグレイスだ。
癒着ベッタリだけど、この商会は俺が作った物で大丈夫。今のところは手動ポンプと安価な紙や石鹸が売れ筋商品だが、それだけで大きく成れるほどこの世界は甘くないので、これからももっとテコ入れをしていこうと思っている。
今はカタン地方にできた俺の領地を整備する為に必要な物を揃える為と、合わせて都市設計をするための測量準備だ。
この世界での標準的な測量は、主に年貢を取り立てるときに使用される歩幅測量が一般的だ。
ただ文字からして分かるように、これは役人が肩幅と同じくらい足を広げて歩くのが一歩と言う考えで、最終的にどのくらい歩いたかで距離が測られる。
当たり前だが肩幅が広い奴も居れば狭い奴も居り、非常にアバウトな測量だ。なぜこんなアバウトな方法が採用されているかと言うと、徴税官の――と言うか領主が必要な時に年貢を問題なくアップさせるためだ。
方法としては、年貢をアップさせたい場合は肩幅の狭い奴を送り込み「今年は畑が広がったから税を多くするぞ」と言った、滅茶苦茶な用法を平気で使用する。
これの良い所は、税収を上げたことにならないので記録に残さなくても良いと言う所だった。
重税を課した場合、そのせいで村が貧困にあえぎ死人が出るような事態になれば、それを知った皇帝陛下は調べるために兵士を送り、重税を課していたのだと分かれば財産を幾らばかりか没収して農民に還元する方法がとられるのが一般的だ。
対してこの歩幅測量の場合は、増税とは違いそこまで一気に年貢を取られる事にならないので、よっぽどの事が無い限り餓死者が出る事は少ない。そこから分かる通り、歩幅測量はアバウトかつ結構みみっちい理由で採用されている。
「その通り。だから、まずは整地時に目安となる点をつくる」
領主としては必要な時に必要なだけ、そこを耕す農民をわざわざ説得することなく徴税できる歩幅測量が良いのだが、それでは今後俺が目指す国では革命が起きてしまう可能性が高くなる。
なるべくクリーンな政治を目指さないといけない。まぁ、目指すだけならタダだしね。
「なるほど。そこで前々からマシューで行われていた三角測量ということですね」
「その通り」
とは言いつつも、測量なんて前世でも必要とすることは無く、またこの世界ではキチンとした長さを測れるものが無く、大よそと言ったキュビット並の単位が主だ。
なので、使用されるメーター定規もおおよそ1メートルと、分度器もおおよそといったアバウトな角度しか出ていない。
しかし、分度器は0と90°が決まっていれば後は等間隔に溝を掘っていくだけなので、ユスベル帝国で最高権威と言われる細工師に大枚はたいて作ってもらった。結構高かったが、精度としては申し分ないほどしっかりしている。
「ロベール様~っ! ドラゴンが逃げてしまいましたぁ~っ!」
遠くでドラゴンから荷物を下ろしていたイスカンダル商会の人間が、悲鳴に似た声で報告を上げるが、その逃げたドラゴンの中にはヴィリアも混ざっているのでたぶん近くに来た獣を追い払う為に仲間と共に飛び立ったのだろう。
「大丈夫だ。いつも通り、周辺を警戒しているだけだから安心して作業をしてくれ!」
俺がそう声をかけると商会の人間はピタリと止まり、ヴィリア達が飛んで行った先を見た。
「それにしても、ロベール様のドラゴンは賢い等と言う枠では収まりきらないほど賢いですね」
「残念なことに、ヴィリア以外のドラゴンは俺に付いているんじゃなくてヴィリアに従っているんだけどな」
俺の連れて来たドラゴンはヴィリアの他に4頭居る。内2頭はラジュオール子爵軍の竜騎士から鹵獲したドラゴンで、後の2頭は縄張りを形成できず獲物をとることが出来ず弱っていたドラゴンだ。
後者はヴィリアがスカウトしてきたドラゴンなので、良く竜騎士の腕試しの話として聞く、野生のドラゴンを捕まえてくるクエストの様な事をせず互いに納得した状態での編入なのでよく従ってくれる。
たぶんヴィリアが居なくなれば他のドラゴンもバラバラになってしまうので、薄氷を渡っている状態には変わりないけど。
「初め、ここへ行くと言われた時はどれほどの日程になるのかと恐ろしかったのですが、ドラゴンを使うとなれば話は別ですね。ドラゴンを使った高速便を商会でも考えてみるのも良さそうですね」
「よっぽどの事が無い限り高速便は需要が無いから、維持費のかかるドラゴンは止めておいた方が良いぞ」
現にヴィリアは学校で飼育しているから良いとして、残りの4頭は俺が面倒を見なければいけない。ヴィリアと違って肉食の4頭は獣肉と魚を食べさせているが維持費が結構かかる。
なので、現在は自前で狩ってもらっている状態だ。お蔭でマシューの外円部には大きな獣は居なくなった。これにより住民が大型の獣に襲われる心配はなくなり、安心して狩りをするために山へ入れると言っていた。
他には余り褒められた話ではないが、国には内緒で野盗狩りをしている。野盗はそこらじゅうに存在して、気が付けばゴキブリ並に増えていくので居なくなる心配が無いのだ。
人の味を覚えたドラゴンは人を襲うようになるが、俺が飼っている4頭のドラゴンはヴィリアが言い聞かせているので問題ない。要は、ドラゴンに与える適当な食料が無い場合は人間食べさせている。
「しかし、私は初めて貴方とお会いした時は正直ここまで大きなことをするとは思っていませんでした」
「それは残念だったな」
「えぇ。しかし、ありがたい方の残念ですが。この町を完成させた暁には、イスカンダル商会に所属する人間は「この町は我々が作ったんだぞ」と末代まで自慢できる事が出来そうです」
「なら、その次の代の人間は「この町を発展させたのは我々だぞ」ってか?」
「そうですね。私としては商会を任された時は、普通に物販と人間の管理で終わりだと思っていたので、恥ずかしながら今の私は興奮で頭がおかしくなりそうです」
「いいじゃないか。どうせこの町が出来れば今迄の価値観は意味がなくなるんだから」
含んだ言い方ではあったが、言った通り本当に興奮しているためか普段であれば気付いたはずの言い回しにも関わらずグレイスは笑うだけだった。
その後、4日間を使用して簡略図ではあるが町の設計図を書き出すと共に必要な物資の試算を行い終了となった。
★
「こんにちは。準統治領領主就任、おめでとうございます」
ダークブラウンの髪の毛をオールバックへと撫でつけた男は、俺と会うなり恭しくも少し小馬鹿にしたような様子で言ってきた。
ここは竜騎士育成学校の談話室だ。前に皇城勤めの役人が俺の所へ準統治領の話を持ってきた時はサロンで話さずこちらでやれば良いのではと提案したのだが、その役人は頑なにそれを断った。
それはそれとして、今はこの目の前の男が何者かと言う事だ。
俺がここへ来るまで相手をしていたミナの話ではストライカー侯爵家から来た使いだそうだが、その態度が主の息子に対する物ではないとミナは珍しくお冠だった。
その為かどうか分からないが普段はスカートのメイド服を着ているが、今はパンツルックの動きやすさを重視した格好だった。
「あぁ、どうも。本日はどのようなご用向きで?」
「ストライカー侯爵様より、準統治領領主就任に対してのお祝いの品を預かってまいりました」
お祝いの品、と言われても嫌な予感しかしなかった。第一、俺はロベールではないし侯爵が俺に媚を売る様な事をする必要もない。
あの侯爵との面会後、顔を腫らした俺を見て色々と話が盛り上がったようだが、俺からの不快そうな視線とミシュベルからのそれとない注意。だが、最終的には一年で俺以外の唯一の戦場帰りのアバスの視線によって終息する事となった。
騎士貴族の出であるアバスだが、さすがに貴族やそれに準ずる生徒にとって戦場帰りの、それも敵将の屋敷まで突入した人間に喧嘩を売る様な事は、権力上はできても力では絶対に勝てないので出来なかった。
「なるほど。それはどういった物でしょうか? お祝いの品であっても、今は大変忙しい身ですので、場合によっては受け取れない可能性もありますので」
「それは在りえないでしょう。貴方は未開の地を準統治領として受け取り、領主となったのですからそこを開拓する人間が必要でしょう?」
あぁ、なるほど。読めたわ。大部分がストライカー侯爵領地で要らなくなった人員で、残りはストライカー侯爵の息のかかった人間だろう。
俺がやる事なす事の全てを報告させ、必要があれば口を出し、必要な技術は吸い取っていくって寸法だろう。
「そうなんですか。ありがとうございます。親父殿からの送られる人員であれば、それは馬車馬の如く働いてくれる人間ばかりでしょうね」
「そうですね。少ないですが中には室内作業向きの人間も多く居ますので、大きな仕事から小さな仕事まで幅広くできるようにと言う、ストライカー侯爵様からの心のこもった人選であることは間違いありませんね」
凄いな、こいつ。少ないのに多いとか矛盾している言葉を平気で使いやがる。
アホみたいな事を言っているが、きちんと言葉を選んでいるのでわざと言質を取らせまいとした言葉なのだろう。
このまま行くと死にかけの年寄りばかり送り込まれて、町を作る前に老人ホームを作る羽目になりかねない……。
「ですが、困りましたね。これから行うのは開拓です。体力と腕に力が有り余っている人員が欲しいので、細かな技術が必要な職種は当分の間、要らないんですよ」
「そうなんですか? ですが、腕に力のある人間だけでは頭の方が足りない可能性が高いですね。では、年長者で他の者に指示ができる者を多く選んでおきましょう」
「なるほど、それは素晴らしい。ですが、そう言った人選は私が信頼している者に任せているので、万が一来られたとしても帰ってもらう事になってしまいますね」
「ストライカー侯爵様の領地からは大変な長旅になってしまいます。もしかしたら、馬車の中でバテてしまうかもしれませんねぇ」
「おぉ、可哀想に……」、と全く可哀想だとも思っていない様子でわざとらしく男は嘆いた。
口減らし人員だからどれだけ死のうが関係ないし、本当に俺が送り返してその人間が死んだら俺の失策と言う事で責める口実に使うんだろう。
しかし、侯爵は何を考えているんだろうか? それとも、皇帝が俺の領地に人員を回すと言う事を聞いていないのだろうか?
「それなら大丈夫ですね。皇帝陛下からも開拓の為に選りすぐった者を送って下さるとの事で、使えない人間であれば送り返してもらっても構わないとも言われています。そちらから送られてきた人員で使えない者が居れば、間違えて送り返せば良いのです。きっと皇帝陛下の事ですから皆が納得できる裁可を下してくださることでしょう」
あの表彰式はこの国に住む貴族たちの記憶に新しく、また皇帝陛下自らロベールと言う竜騎士育成学校の生徒に手ずから剣を下賜し声掛けを行った事により、皇帝陛下に記憶してもらっていると理解されている。
そして、皇帝陛下が開拓の為に人員を選んで送ると言う事は、それだけカタン地方の開拓成功を望んでいると言う事だった。
ただ本当の話を言ってしまえば、選んでいるのは亜人ではなく人間であると言う一点だけで、年齢に関しては老兵が来る可能性もあるのだ。
送り返しても構わない、と言うのも俺が言っただけで役人は半笑いに留めただけだった。実際に仕えない人間が来れば送り返すつもりだが、やはりそれは最終手段にとっておきたかった。
それらを話して気付いたが、目の前に居る男はその話を知らないらしい。
この間、役人が来た時にわざわざサロンで話したのはこの男が話を持ってくる時に真実と嘘を選り分ける為に学校に潜ませている協力者に聞かせるためだと思ったが違ったようだ。
そうでなければ、今の話の内容で違うと言う事が分かるからだ。
「ぐっ……あ――……そう、ですね。はははっ。皇帝陛下がそれほどご助力なさるなど初めて聞きました。やはり先の戦争での功労者である貴方には、皇帝陛下も目をかけているのでしょうね」
「そうですね。ありがたい事です」
男は言葉を詰まらせながらも、何とか会話を成立させようと躍起になった。しかし、これ以上会話を進めても利となる事は無く、ただ無為に時間を過ごさせる害悪でしかなかった。
「ミナ、お客様がお帰りの様だ。ドアを開けて差し上げなさい」
「畏まりました、ロベール様」
コッコッコッ、と樹液と木屑を混ぜた靴底の音を室内に響かせながら、ミナはドアに立つと静かに開け放ち男を見た。
男はまだ俺と会話をしたがっているような視線を向けるが、こちらにはそのつもりも時間も無いのでニコリと笑うと視線を開けられたドアの方へやった。
「では、お忙しそうなのでこの辺りで本日はお暇する事にしましょう」
「あぁ、そうそう」
男が立ち上がるのを確認すると、懐から封印のされた封筒を今思い出したかのようにわざとらしく出した。
「親父殿に渡してください。必要な物とその価格です。すでに業者へは発注しているので、近々商会から請求に来るので支払っておいてください」
余計な物を持って帰るな、とでも言われているのか男は俺から手紙――と言う名の請求書を受け取らずに出て行こうかと思案しながらドアに視線を送るが、ドアを開けているミナの視線に負けたのか「畏まりました」と慇懃無礼な態度で受け取ると部屋から出て行った。
「…………ふぅ」
「疲れたか?」
男が出て行ってから十数秒。数回呼吸をしてからため息を吐いたミナに労いの言葉をかけた。
「いえ、ただあの男の態度が――と言うか、あの男がロベール様のお父上の部下なのかとはなはだ疑問に思いました」
「まぁ、そうだろうな」
ククッ、と喉を鳴らして笑うと、それを見てミナは不思議そうに首を傾げた。
ミナとしてはあの男の俺に対する態度が気に入らなかったのだろう。残念ながら侯爵の息がかかった人間が改まった態度になることは当分ないだろう。当分な。
「まっ、そんな事より再来月からクッソ忙しくなるぞ」
来月は皇帝陛下の誕生日の為、国全体が忙しくなる。その為に開拓のみに専念することが出来ない。なので、できるようになるのは再来月からになる。
それに、来月になれば俺は竜騎士育成学校の2年生になる。
新章に入ると言ったな……ありゃ嘘だ。
――というわけで、次回から新章です。すみませんな!
実際は書き上げるまで新章のつもりだったんですけど、いざ書き上げてみるとなんだかいい感じの切れ方だったので丁度いいと思いましてw
それと、今回説明となった主人公が飼っているドラゴンの餌は人間です。
ただし、それらは野盗など人に危害を及ぼす人間に限定されています。
本来であれば、帝国だけではなく竜騎士を抱える全ての国や組織は、状況がどうあれ絶対に人は食わせないように厳命しています。
理由は簡単な事で、人の味を覚えさせない為です。一旦人の味を覚えてしまうと、腹が減り次第、人を襲うようになってしまうからです。
主人公の場合は、ヴィリアと言うドラゴンを操る事のできる司令塔が居るので今のところは大丈夫と言うだけです。
ちなみに、キュビットとは長さの単位で肘から中指の先までのおおよそ45cm(幅はありますが)と言う長さです。
初めて聞いたのは妖精が活躍する方のノアの方舟の話ですw
2月7日 誤字修正しました。後書きに人食いドラゴンの説明を足しました。
2月8日 誤字修正及び人間をサブ食糧にしました。