新準統治領決定
「おはようございます」
「おはよう」
「ロベール様、おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます、ロベール様。ご機嫌は如何ですか?」
「おはよう。ご機嫌は普通です」
西方遠征と言う名のカタン砦防衛戦がひと段落してからの、久しぶりの学校への登校だった。
あの戦争以来変わったのは、俺に子爵の肩書が付いたのと今迄まったくと言っていいほど話すことの無かったクラスメイトまでもが、先ほどのように挨拶をするようになったのだ。
それと共にお茶会のお誘いが多発する事案が発生。俺がアムニットと共によくサロンでお茶を飲んでいるのを見るからか、いつからか俺=お茶が無いと生きていけない人と言う図式が成り立っているようだ。
しかし、残念ながらサロンでお茶を飲んでいるのはアムニットに誘われているからで、別にお茶が好きだからと言う訳ではない。ただ、今は他の人から誘われても結果は天駆ける矢への入隊希望を遠まわしにお願いしてくる奴らばかりなので、申し訳ないと言う顔をしつつ断るのが日課となっている。
一度だけではあるが、五年生の人から「なぜ自分の誘いは断わるのに、そのクラスメイトの誘いは断わらないのだ?」と言う見当違いの事を聞かれた。
答えるのも面倒くさかったが、アムニットは自分の家があり将来的にもそこを継ぐのが確定しており、竜騎士育成学校に居るのは箔付けのためだからだ。
ミシュベルに至っては、実家について詳しく話したことは今まで無いが彼女は酒があれば日々健やかに過ごせることが出来るし、酒の席で聞いた将来の夢だが蒸留酒を帝国で一番美味い酒に作り上げると言っていた。
つまりは天駆ける矢など俺と同じで眼中になく、遠まわしに「入れて欲しい」や「第二皇子に口添えしてほしい」と言った事を言われないからだ。
ただ、皇帝陛下からも貰った準統治領がとんでもねぇ所だったので、天駆ける矢に入れてやる・口添えしてやると言った事を嘯いて金を集めるのも良いかもしれない。
その準統治領がどこか決まったのは、あの表彰式から3日ほどたってからだった。
★
「皇帝陛下よりロベール子爵への貸与領地が決定しました」
皇城からやって来た役人は挨拶もそこそこに決定した話を持って竜騎士育成学校にやってきた。
俺を呼び出せば済む話にも関わらず、学生は本業を全うせよと言うアガレスト宰相のありがたい心配りにより、皇城務めをしている役人がわざわざやって来てくれたらしい。
それに対し嫌味の一言くらい言われると思ったのだが、なぜかその役人は可哀想な、残念そうな物を見る目でこちらを見ているのが気にかかった。
まぁ、その土地についてだが下賜じゃないのが気に食わない。しかし、それはそれ、これはこれとして我慢するしかない。
それよりも我慢ならないのが、ここが学校のサロンと言う事だ。一定以上近づかないように役人が申し渡したため近くに生徒は居ないが、遠巻きにこちらの様子を窺い聞き耳を立てている。
わざわざ生徒を遠くにするなら、何もこんな所で話さなくても良いのに……。
「今回、ロベール子爵に貸与される準統治領ですが、カタン地方の一部となりました」
「カタン地方……?」
どこかで聞いたことのあるその地名だった。嫌な予感がしてならない。
「あの……それって、もしかして?」
「はい。この間まで戦闘の行われていた地方です」
あぁ、やっぱり。新しい土地で発展性のありそうなところと言えばそこら辺しかないだろうしね。
それに、カタン地方と言うのはついこの間付けられた名前だそうで、その由来は先の戦争で亡くなったガッガナーン・カタンと言う将が建設していたカタン砦がある土地と言うことらしい。
後世に残るのは良い事かもしれないが、そんな血生臭い土地を治めなければならない俺の身にもなってほしい。
「って……、そこって帝国領の端も端で辺境とかそんなレベルじゃないですよね?」
あの辺境と言われ、そこの開拓に成功したら陞爵してもらえると言っていた、ブロッサム先生の父親のインベート準男爵領地よりもさらに西に位置する土地だ。
本気で嫌がらせとしか思えない土地を準統治領にしやがった……。
「そうですね。それだけロベール子爵には期待していると言う事です。物は考えようとなりますが、現在はカタン地方と言う名前になっている準統治領先に、ロベール子爵の今後の活躍によって地名が変わる可能性も無きにしも非ずと言う事です。ならば、ロベール子爵の功績を後世に残せるように皇帝陛下がしてくださった措置と考えるのは如何でしょうか?」
「そっ、そうですか……」
そんな措置は要らないから、もっと都市に近い土地が欲しかった……。これじゃあ、開墾じゃなくて開拓じゃねぇか。
しかも、皇帝陛下の期待とやらは言ってしまえば防波堤のカタン砦に住む兵士の世話もお願いねって事だろ?
わざわざ皇都から物資を運ぶよりも、その近くに町を作ればそこから物資を運べばいいし、兵士の下の世話もその町で行わせることが出来れば一石二鳥。いざ戦闘が起これば、この町から農兵を徴兵すれば即応できるのだから。
まぁ、それでも一桁年では無理だがな。十年単位で考えないといけない事柄だ。
「その代わりと言ってはなんですが、特別措置として領地に支払われる年金は金貨6000枚を予定しております」
それは凄いな。かなりの大盤振る舞いと言って良いだろう。
まぁ、これは領地からの税収がないからと言うのと、先の戦争に対しての恩賞も含めての金額なんだろう。
それでも、開拓であれば金貨6000枚あっても足りない。前世では開拓なんて歴史の教科書でしか習った事が無いのでどれほどの物か分からないが、何もない所に何かを作り出すと言うのがどれほどの労力と国としての体力を使うのかは想像に難くない。
「それと共に、労働力としてまず農民1200人の提供指示が皇帝陛下より出ました」
「提供指示……?」
「簡単に言ってしまえば、ロベール子爵の準統治領にその農民1200人を受け入れるようにと言う話です。この1200人は労働力として期待できる人間で、その他に家族が数人付いてくる予定なので人数は3倍近くに膨れ上がりますが……」
「その内訳……と言うか、その農民とやらは信用できる……あぁ、いや、皇帝陛下の裁可に異を唱えるつもりは無いんですけど、何もできない人間を送られてもせっかくの新しい町がスラム化まっしぐらになってしまっては困るんですけど?」
「そこはご安心を。この1200人は兵役を終了した者たちなので、体力があり命令にもしっかりと従う者たちです」
なるほど、再雇用先と言う事か。ならば、この兵役を終了した者と言うのは老兵であったり、先の戦争で兵役を続ける事が出来ない何か知らの障害を負った人間だとみた方が良いだろう。
国としては怪我をして退役しても再雇用先を見せることで安心して兵役に就くことができるという宣伝としては十分な効果を発揮するだろう。
「当たり前の話ですが、開拓は力を必要とします。体が不自由な人間が来た場合は、皇帝陛下には申し訳ありませんが送り返させていただきます。細工師であったり設計など手に職がある場合はその限りではありませんが、初めの内はそのような職種は必要ないのでそこんところよろしくお願いします」
「そこら辺は大丈夫です。町が出来上がってからの移民の流入は管理出来ませんが、初期の開拓時の移住はこちらで管理していますので。あぁ、あと第一陣には亜人を入れる事は無いのでご安心ください」
「はい」
久し振りに聞いたな、亜人と言う存在を。
皇都に来てから全くと言って良いほど見る事は無くなったけど、前に奴隷と入して住んでいた町には結構居た。
皇都であまり見ないのは早い話、差別が多いからだ。
亜人と言えば動物が人型形態をとっている様にイメージされるが、そう言った生き物は獣人として分類され独自の文化を――獣に近い文化を形成している。
対して亜人とは、それら獣人に人間の遺伝子を多くプラスした、見た目が違うだけで身体能力は人間と変わらないかそれよりも少し上と言ったくらいが一般的だ。
だが、見た目が違う二足歩行をする生き物を人間はとても嫌い、特に貴族は見た目が悪いと言う理由だけで酷く扱う。そして、底辺の人間は自分よりもさらに下に属する生き物だと大声で叫びながら亜人を酷使するのだ。
「なるほど。まぁ、使えるのであれば人も亜人も関係なく受け入れますが、使えないのであれば誰からの紹介であろうと送り返すだけなので」
ニッコリと笑う俺に、子供の増長とでも思ったのかそれとも本気だと思っていないのか役人は「聞かなかった事にします」と軽く笑うだけに留めた。
通達事項は以上だったのか、役人はそれだけ伝えるとさっさと帰って行ってしまった。
さて、まずは何から始めればいいのやら……。
章の名前は「建領」となっていますが、一応準統治領が決まったと言う事で次回から新章へ行く予定です。
次週からはちょっと戦闘控えめのNAISEI(?)みたいな感じになり、主人公の立ち位置が固まって来る予定です(あくまで予定ですが……)
ちなみに、準統治領の位置は作中にあるように帝国領の端にあり、近い町はラジュオール子爵領地の町と言う危険な場所にあります。
襲われるかどうかの前に、まず開拓できるかどうかの次元ですがw
2月5日 文章編集しました。誤字修正しました。