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竜騎士から始める国造り  作者: いぬのふぐり
西国境建領編
114/174

偽子は騙る

今回は、いつもの倍くらい長いです。

のんびりとお読みください。

 あの表彰式の終わりは何ともあっけないもので、個人的には晩餐会的な何かがあると思っていたのだが、特にそう言ったことも無く解散となった。

 親が来ている貴族の子供はその親に会いに行き、その他は各々の判断で皇城を出て行った。


 俺も他の皆と同じように出て行こうとしたのだが、クラスメイトや天駆ける矢(ロッコ・ソプラノ)の面々にお祝いの言葉を投げられまくって、この領の部屋まで帰ってくるのにかなりの時間がかかった。


「いや~、疲れた。肩凝るねぇ~……」


 ボキボキッ、と首を捻り関節を鳴らしながら一人掛けのソファに腰掛けた。


「お疲れ様でした」

「ありがとう」


 脚の低い小さなテーブルにお茶を乗せるミナにお礼を言うと共に、ミナとその隣に居るアバスにも座るように勧めた。


「それにしても、爵位と領地まで貰えるとは皇帝陛下も豪気だな」

「あぁ、あれね。うん」


 侯爵はロベールの父親が持つ爵位で、じゃぁ俺の爵位は何だろうと思っていたけど、やっぱりと言うか『侯爵の息子』と言うだけで爵位は存在しなかった。

 なのでこの度、晴れて爵位持ちと相成ったわけだ。これは、在り得ない話だがストライカー侯爵の領地を継ぐとともに爵位も受け継いだら、俺は侯爵であり子爵でもある二面相状態の貴族になるんだそうだ。


 それよりも問題なのが、アガレスト宰相に言っていた領地が欲しいと言う話だ。

 確かに領地を貰う事が出来たが、俺がストライカー侯爵から領地を継ぐまでの臨時領地で、最終的には学校に返還し準統治領扱いとなるそうだ。

 アガレスト宰相は「領地が欲しい」と言ったことに対して、「大きすぎる願い」と返してきた。それに対応するためか、他の貴族に何やかんや言われないようにするための対処だと思うが困った事になった。


 まぁ、ストライカー侯爵の領地を継ぐ事は無いと思うので、その新しい土地とやらは死ぬまで俺の土地だけどな!


「あっ、あのっ、ロベール様。もしよろしければ、下賜された(つるぎ)を見せていただきたいのですが?」

「あぁ、あれな。ちょっと待っててくれ」


 部屋に帰ってきてから机に立てかけて置いたんだけど、あのあとどこに行ったか思い出せない……。


「――っと、あったあった」


 立てかけて置いたのがズレて机とベッドの隙間に落ちていたようだ。

 余り掃除のできない隙間だったため、剣にまかれた絹が埃だらけになってしまった。


「ろっ、ロベール! 何て恐ろしい、いや、不敬な事をしているんだ!」

「そうですよ、ロベール様! これは皇帝陛下直々に下賜された(つるぎ)なんですよ! それを、こんなにもぞんざいに……」


 俺が引き出した剣の扱いに対して、アバスは半ギレで、ミナはほぼ悲鳴のような声で訴えてきた。


「いや、こんな大きい物置いとく場所が無いしさ。それに、埃だらけなのはミナの怠慢で――」


 寮の部屋に武器を飾っておくような場所は無いし、剣が転がっていた隙間を掃除していないのは、掃除担当のミナが悪い。うん。皆、ミナが悪い。

 俺の指摘にをすぐに理解したミナはシュンとうな垂れるが、それでも俺にばれない様に頑張ってチラチラ剣に視線を送っているのがすぐに分かる。


「ほら、見たいなら好きなだけ見ろ」

「あっ、ありがとうございます!」


 剣を受け取ったミナはクリスマスプレゼントを貰った子供の様に包装紙(きぬ)を捲ると、中の剣を取り出した。

 実用性を無視した装飾の多い鞘だが、置物としては威厳があり他の奴らが羨んだのも分かる気がする。


「抜いてみても……?」

「良いぞ」

「ありがとうございます」


 その鞘に興奮しながらも、鞘から抜いても良いか聞いてくるのは自制心が何とか効いているいるからか。なら、その落ち着きをちょっとぶち壊してみるか。


「綺麗……」


 鞘から現れた刀身は光り輝き、何人(なんぴと)にも触らせたことの無い輝きを放っている。


「おぉ、マジだ。初めて見たわ(・・・・・・)

「「えっ!?」」


 ミナとアバスが同時に声を上げた。


「ろっ、ロベール様……まさかとは思いますが、まだ抜いていなかったのですか……?」

「当たり前だろ? 部屋(ここ)に帰って来たのはついさっきだし、それにすぐにさっきの所に置いていたからな」


 カチン、と剣を鞘に戻すと涙目になったミナが口を振るわせて「どうしよう、どうしよう」と言った様子で震えだした。


「もっ、申し訳ございません……。あるっ、主に下賜された剣を主よりも早く抜いてしまう愚行を犯してしまい……」


 ふふっ、ミナの落ち着きをぶち壊してやったわ。まぁ、ちょっとした悪戯って事で許してもらいたい。


「泣くな、泣くな。俺が抜かなかったのはただ面倒くさかっただけで、ミナが抜かなかったら一生抜かんかった可能性もあるんだからな」


 それでも、あうあう言うミナを笑っていると部屋をノックする音が聞こえた。


「あっ、私が――」


 立ち上がろうとする俺をミナは制止するが、ミナは今半泣きだし、それにノックした人間に用があるのは俺だしな。


「お前は座ってろ。アバス、頼んだぞ」

「あぁ、分かった。けど、本当に意味があるのか?」

「意味があるから、お前に頼んでるんだ。意味のない事なら自分でやってる」


 意味が分からん、と言う顔をしながらも、アバスはこの部屋に戻る前に頼んでいた通りベッドの下に潜り込んだ。

 これは怖い話の『ベッドの下の男』を再現する訳ではなく、この部屋に居る人間に目を付けてもらっては困るからだ。


 俺が出て行ったあと、アバスには俺が皇都にある方のストライカー侯爵の屋敷に行くと言う事をヴィリアに伝えてもらう為に残すのだ。ミナでも良いのだが、事前にストライカー侯爵に会っているため、俺と共に呼ばれる可能性があったのでアバスにお願いした。


 その際に、「なぜ隠れないといけないのか」と聞かれたが、「ストライカー侯爵は竜騎士(ドラグーン)の出で騎馬騎士を良く思っていない。アバスは騎馬騎士の一家に生まれているから、知れば何を言われるか分からないから」と答えたらあっさり納得してくれた。

 竜騎士(ドラグーン)と騎馬騎士の溝は深そうだ。


「はいはい、今開けますよ」


 中に居る事は分かっているんだ、と言わんばかりに早い間隔でノックする外の人に声をかけながらドアを開けた。


「どちら様で?」

「――ッ!? ろっ、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー様、屋敷でモンクレール侯爵様がお待ちです」


 外に居たのは甲冑こそ着ていないが、兵士や騎士が好んで着る装飾ありタイプの制服だった。

 俺の顔を見て一瞬だが驚いたので、彼は本物のロベールを知っているのだろう。


「分かりました。すぐに準備します」

「!?」


 俺が大人しく付いてくると言ったのが予想外だったのか、兵士は息を飲んだ。


「そっ、それと、従者の女子生徒も連れてくるようにとのご命令です」

「そうですか」


 従者の女子生徒、とはミナの事だ。予想通りミナも一緒に連れて行かれる事になったので、事前にアバスに頼んでおいてよかった。

 隠れたアバスは居ない者とし、ミナを引き連れて部屋に呼びに来た兵士の後を追いストライカー侯爵の屋敷へと行った。



 学校内では教師や治安維持を行う者以外、一部の生徒を除き基本武装は禁止。これは学校外から来た者も対象で、俺を迎えに来た兵士もその対象だった。

 だか、学校の外では武装した――とは言っても格式ばった服に帯剣しただけだが――兵士が俺とミナを取り囲んだ。


 真実を知っている俺はその大仰なやり方に溜め息を吐くが、侯爵の息子の御出迎えなのだから当たり前と思っているのか、ミナは涼しい顔をしている。

 少し歩いた所に止められたストライカー侯爵家の紋章の(えが)かれた箱馬車に乗せられると、そのままストライカー侯爵家へと向かい付き人の兵士達は一言も話し事無く走らせた。



「ここでお待ち下さい」


 と言われて待たされている応接間。それほど飾られた感じが無いのは侯爵の趣味か、それとも万が一(・・・)に備えて高級な品物は片づけたのか。

 ミナは別室で待たされている。戦力の分散の為か、人質の為か。奴隷相手なら心も痛まずスパッと殺してしまうだろう。


 この時の為に考えてきた設定(・・)を頭の中で復唱しつつ、肺を大きく動かしながら大声を出す準備をする。奴隷として買ったのだから、いざという時はミナも連れて逃げなければならない。


 ――と、そんな事を考えながら待っていると、ドアが開け放たれ侯爵らしき人物と共に数人の兵士が入ってきた。

 侯爵は俺を視界に入れた瞬間、帯剣していた剣を引き抜くと凄まじい速さで俺の喉元に突きつけ得た。


「貴様は何者だ?」


 怒気と殺意を含んだその視線に気圧されることなく、俺はワザとらしくならないように眉根を寄せた。


「質問の意図が分かりませんが?」

「ふざけているのか!!」

「私は!! ロベール様から貴方へお話していただいた通り、賢者の弟子です!! それ以上の身分はありませんッッ!!!!」


 何を今さら、と言う感情を大きく前面に出し、全力で怒鳴った。ここで少しでも揺らいでは元も子もない。主導権(イニシアチブ)を渡すことなく、侯爵(あいて)を俺の設定(ものがたり)に引き込まないといけない。


「私は、侯爵様のお言いつけ通りロベール様に代わり、この様に戦果を挙げ皇帝陛下にも叙爵(じょしゃく)されるまでとなりましたッ! これ以上無いほどに成果を上げたにも関わらず剣を突きつけられるなど、私は何か間違えを犯しましたかッ! それとも、皇帝陛下から直接お褒めの言葉を頂き、叙爵(じょしゃく)され、領地を承ること以上の事をお望みですか!!」


 俺から放たれた全力の咆哮は、侯爵にとっては全く知らない寝耳に水の話だ。

 その内容を理解しようとしているのか、それともブチ切れモードで叫んでいる俺にドン引きしているのか、侯爵どころか周りの兵士すら俺の荒々しい言動を止めることなく呆然と見ていた。


「それとも、あれらの話は嘘だったのですか……?」


 静かに睨みつけながら言い放つと、呆然と俺を見ていた侯爵が正気に戻ったのか少し跳ねた。


「なっ、何を訳の分からぬ事を! 私はその様な話をロベールから聞いていない! 戯言を申すな!!」

「ッ!? そんな! では、ロベール様があの場でしてくださった約束は嘘だったのですか!」

「そのロベールは何処に居るんだ! まずは、ロベールと話をさせろ!」

「皇都より東北、ビューナク地方よりもさらに北にある野盗すら見向きもしない旧街道。そこで、私とロベール様は出会い、ロベール様は私に「自分に成り代わり竜騎士(ドラグーン)育成学校へ行き、皇帝(・・)に叙爵されるほど成績をだせ。そうすれば、お前の望みを叶えてやろう」と言い、そのままどこかへと行ってしまいました」


 俺の話の内容が真実かどうか噛み砕いて理解しようとしているのだろう。侯爵は肩で荒く息をしながら、しかし俺へ突きつけている剣はブレる事は無い。


「そっ、それは、いつの話だ?」

「今年の初め。ロベール様は学校の新しい鎧を着けていたので完璧(・・)に記憶しております」

「他に誰か居なかったのか?」

「潰れた商隊の馬車が居りました。ロベール様が仰るには、「商隊を助けた事で大金が手に入った」――と」


 それを聞いた兵士の一人が何かに気づき、すぐに侯爵へ耳打ちをした。その耳打ちの内容が何なのか分からないが、多分その商隊についてだろう。

 自前のドラゴンを擁する護衛隊を率いる事が出来る商会は両手で数えるくらいだ。それにあの時期に大きく動いていた商会は数あれど、消えた商隊は一つしかない。


 残念ながら、その商隊を扱っていた商会はすでにない。何たって皇帝陛下に渡すはずだった誕生日の品がそっくりどこかへ行ってしまったのだから、その責任を負って商会長は斬首刑。他の幹部連中も連座で絞首刑となった。


「その話は本当か……?」

「はい」


 室内に重い空気が流れた。どこの商隊だとは話していないが、ああやって仲間内で耳打ちするくらいだからどこの商会の商隊で何を運んでいたか理解しているだろう。

 あと一押しだ。早まって切らないでくれよ……。


「私は学校に入学する時に全く疑われる事はありませんでした。なので、ロベール様から侯爵様へと話が行き、私の願いを叶える為に骨を折っていただいたのだと思っていました」

「入学から今まで、貴様はずっとロベールと偽って……」

「どういう事ですか? ロベール様からお話が行っているはず……。いや、そもそも侯爵様が知らないと言う事は、入れ替わり自体侯爵様の命令ではなくロベール様だけしか知らない話だったとしたら……ハッ!?」


 ボソボソとある程度周りに聞こえるように独り言を呟くと、なるべくわざとらしくならないように、しかし相手にもキチンと息を飲んだのが聞こえるように大きく。


「やはり、あれは守っていたのではなく、襲っていたのですね……?」


 体を大きく横へスライドさせ、侯爵の脇を抜けるようにドアへ向かって一直線に走っていく。


()――!」


 しかし、ドアへたどり着くよりも早く侯爵の後ろに控えていた兵士に捕まってしまった。


「貴様、逃げるつもりか!」

「何を馬鹿な事を! この事を皇帝陛下へ話に行くのです! 放してください! 放せっ!」

「貴様、自分が今まで何をしていたのか理解しているのか!」

「それは、こちらの台詞です! 皇帝陛下への貢物を奪い去るなど、帝国民にあってはならない蛮行です! 私には、今の話を伝える義務があります!」

「うごっ、動くんじゃないッ!!」


 首根っこを掴まれた状態で止められていたが、激しく動きすぎたからか兵士は俺の襟とズボンを掴むと、そのまま持ち上げると同時に地面へ叩きつけた。


「ガハッ!?」


 幸い頭を打つことは無かったのですぐに正気を取り戻したが、ほんの一瞬だけ視界がブラックアウトした。横腹をしこたま床に打ち付けたので呼吸が乱れ、声を出そうにもゲホゲホと咳しか出ない。


「平民の身分詐称は死罪だ。賢者の弟子を名乗るのであれば、それくらい分かっているだろう」


 低く脅すように俺を押さえつけている兵士が言った。


「ゲホッゲホッ……。その身分を詐称しろと命令したのは、ロベール様ですよ。そのロベール様は侯爵様からの命令と仰っていました! 命令しておいて知らないなど、それでは筋が通らないではありませんか!!」


 押さえつけられながら侯爵を睨みつけた。その俺の視線が気に入らなかったのか、押さえつけている兵士はさらに体重を俺の背中にかけるので息苦しい。


「そんな命令を私は出していないと言っているだろう! 平民の分際で貴族を名乗るなど、賢者の弟子が聞いてあきれるッ! 貴様のような輩は国を混沌へと落としめる害悪でしかないわ!」

「私は賢者の弟子である前に帝国民です。今も昔もこれからも、帝国が永代続いて行けるように奉仕することが帝国民の務めであると理解しています。だから、私がここで死んだとしても皇帝陛下の荷を奪い去ったロベール様の愚行は遅からず皇帝陛下の耳に入る事でしょう」

「それ以上、口を開くなっ!」


 髪の毛を掴み引き上げられると、力一杯固い床に顔面を叩きつけられた。


「グッ……うぅ……ケホッ――」


 息をしようとすると、鼻から液状の物が喉奥に流れ込んできてむせてしまった。どうやら、鼻血が出てきたようだ。


「殺したければ殺せ……。()が死んだとしても、貴方の息子の蛮行は消える事は無い。どこへ行ったのか分かりませんが、この話が皇帝陛下の耳に入れば遅からず捕まるでしょう。そうなれば、ロベール様も貴方の後を追う事になるでしょう。ここへ来る前に、この話をしたためた手紙を皇城に出入りできる人間にすでに渡してあります。クソッ……貴族のいう事なんて信じるんじゃなかった……」


 言外に『死刑になる』と言われた侯爵と俺を取り囲む兵士は瞬間湯沸かし器の如く顔を真っ赤にさせるが、俺を押さえつける兵士以外は怒りに任せて切りかかる様な事はしなかった。俺を押さえつけている兵士は、先ほどと同じように俺の顔面を床に叩きつけているが。


()めろ」

「ハッ!」


 数回床に叩きつけられて若干意識が朦朧とし始めた頃、侯爵から制止が入った。これ以上やって当たり所が悪ければ死刑の前に私刑(リンチ)で死ぬからだろう。


「貴様は賢者の弟子と言ったな……?」

「……? それが、どうかしましたか? 今から殺す相手に身の上話を聞いた所で意味のない事でしょう……?」


 馬鹿にした物言いに侯爵は鼻を鳴らした。侯爵からの魔法の言葉を引き出せないか……。ここ等辺が潮時で、そろそろヴィリアを呼ばなければならないかもしれない。


「そして、賢者の弟子である前に帝国民である……と。貴様には帝国を裏切る意志はなく、また帝国を侮辱する意思もなく……あくまで自らを帝国民だと言うのだな?」

「賢者の弟子などと言っても、元は帝国人です。賢者の弟子だからと偉ぶるつもりなぞ毛の先ほども無く、また他人を馬鹿にするなど賢者にとって愚の骨頂。我々は、貴族(あなた)達とは違うのです」


 馬鹿にした物言いに、俺を押さえつける力が強くなる。もうそろそろ床と同化し始めるかもしれない。


「ふんっ……」


 話を聞き終わった侯爵は再び鼻を鳴らすと、俺に向けていた剣を鞘に戻した。


「賢者の弟子などと言う物だからどんな奴かと思っていたが、ロベールの言った通り(・・・・・・・・・・)信用はできるみたいだな」

「ハハッ……」


 思わず笑いが零れてしまった。侯爵や俺を押さえつけている兵士に聞こえまいかと焦ったが、兵士は突然様子の変わった侯爵に驚いているので聞こえてはいないだろう。


 侯爵は日和った。平民の身分詐称は死罪だが、平民(おれ)の命とストライカー侯爵家全員の命を天秤に乗せればどちらが重いか量るまでもない。

 俺の必死な訴えに、侯爵はロベールの意志ではあるが自分の所まで話が来ていないのではと考えてくれたようだ。しかも、例えそれが嘘であったとしても皇帝陛下への贈り物を奪ったと言う話が広まれば侯爵家にとって痛手にしかならない。例え、それも嘘であり痛手が一時的な物であっても、皇城に出入りできる貴族にとってそれはかなりの激痛だろう。


 今現在ロベールと俺が入れ代わっていると言う時点で、侯爵家としては弱点を晒している訳だが、そこはロベリオン第二皇子とその側近のルーディーによって押さえつけるのではなく、今居るのがロベールであると証明(・・)する事によって弱点を塗りつぶしている状態だ。

 こうなればこちらの物だ。あとは、俺のパトロンになるように話を付ければ済むだけだ。


「ロベールからは、貴様の願いとやらまで届いていない。貴様の願いとは何だ?」

「私は賢者の弟子として、私の考えられる知識と技術を用い全てを再現する事です。その為には地位とお金が必要です。地位は侯爵様の言う通り手に入れました。なので、これからは私の願いを叶えるために支援していただきたい」

「それは幾らだ?」

「必要な分を、必要なだけ」

「そんな物が通ると思っているのか?」

「通すと言われたから、こんな無茶な入れ替わりを承諾し、私は皇帝陛下に叙勲されるまでとなりました」


 叙勲と言う言葉に、侯爵は忌々しそうな顔をするがそれをすぐに引っ込めると再び口を開いた。


「ロベールが信用した男だ……今は(・・)お前の望む通り金はやろう。しかし、これだけは忘れるな。貴様が我がストライカー侯爵家への貢献度がなくなった場合は、容赦なく切り捨てる」

「心得ています……」


 そのつもりは元々ないし、俺としては侯爵家どころか帝国もどうでも良い。いや、侯爵家にはこれから金を出資してもらわないといけないので、俺の地盤が固まるまでせいぜい金を生み出す機械になってもらわないといけない。


「放してやれ」


 俺を押さえつけている兵士に侯爵が命令すると、兵士はすぐに立ち上がり俺を解放した。

 鼻から流れ出ていた血はすでに止まっていたが、奥に塊があったので鼻を鳴らすように息を吐くと、質の良い絨毯の方までその塊が飛んで行った。

 ざまぁ見ろ、とその塊を飛ばした俺を睨みつける侯爵と兵士に対して腹の中で悪態を吐いた。


「それで、お金はいつ貰えそうですかね?」


 立ち上がってからの第一声に、その場の空気が再び悪くなった。しかし、忠犬の如く侯爵に従う兵士は俺に殴りかかるような事はせず、侯爵もただ睨みつけるだけだった。


「今まで通り、金だけは送ってやる」

「それでは足りません」


 間髪入れずに答えると、侯爵は舌打ちをした。


「ならば貴様が何をやるのか決めてから来い。無駄金をやるつもりは無い」

「分かりました。では、詳細な金額が出しだいまたお話に伺わせていただきます」


 「もう帰ってもよろしいでしょうか?」と聞くと、侯爵は野良犬でも払うかのごとく見下す様な視線を向けて手を払った。

 元から真面な対応を求めていなかったのでさして腹を立てることにならず、俺はこの部屋から出て行った。



「クソ、忌々しい……」


 窓から外を見る侯爵の視線の先には、先ほどまでここで取り押さえられていた賢者の弟子を名乗る子供がここへ来た時と同じように馬車に乗り出て行くところだった。


「いかがいたしますか?」


 何を、とまでは言わないし聞きもしない。馬車の御者は侯爵家の人間で、今は日も落ち辺りは暗くなっている。人を殺すには持って来いの時間だった。


「いや、今はよしておけ。ロベールが商隊を襲ったなどと言う戯言を信じるつもりは毛頭ないが、嘘であっても実際にあった犯人の見つかっていない事件を題材として話が出れば、アホ共が(さえず)り出すからな」


 賢者の弟子が今まで商隊の事をしかるべき人間に話さなかったのは、ロベールから奴の願いを叶える為の資金援助を得るためだ。

 奴は自分を帝国民であり、帝国を裏切る意志は無いと言っていたが、疑いがあるにも関わらずそれを言うことなく、ましてや成り代わるなどと言った行為はその本人が言った事を全て(たが)えている。例えそれが侯爵(じぶん)からの指示であったとしても。


 それに、激昂して放たれたはずの言葉は此方の動きを御するのに必要な言葉であり、喧嘩で出るような意味を持たない罵詈雑言の類では無かった。

 息子(ロベール)と入れ替わり自分の命令で学校生活を送っていたと言ったにも関わらず、息子が商隊を襲ったと言う戯言をしたためた手紙を皇城に出入りできる人間に渡したと言うのは意味が分からない。


 相手が平民であれば貴族を恐れるあまり、この尋問の場を潜り抜けるためにその様な行動に出る可能性もあるが、そもそもただの平民であれば学校に入り問題なく学校生活が送れるはずもない。

 であるならば、奴は政敵である他の貴族が放った、切り離し可能な人間の可能性が高い。賢者の弟子の可能性もあったが、万が一程度でしかない。賢者はそもそも人のしがらみを嫌うからだ。

 そうでなければ、この場で手紙を送ると言った行為以外にあれほど自らの生存を疑わない顔をすることはできない。


「なるほど、そういう事か……」


 忌々しく出た答えを反芻した。

 あの賢者の弟子を名乗る子供は政敵である貴族の放った人間であることは間違いない。

 その貴族は恐れ多くも皇帝陛下への貢物を運ぶ商隊を襲い、そしてその貢物を息子へと持たせた。

学校へ行ける年齢であっても息子はまだ子供だ。腹黒い手口を好む貴族であれば子供を騙すなど造作もない事であり、息子の代わりに自分の所の人間に学校生活を送らせるなど簡単だろう。


 そこまで思い至り、焦った事で出てしまったありもしない『ロベールから聞いた話』と言う言葉を発してしまった失態を悔やんだ。これでは、自分で自分の首を絞めているようなものだ。

 だからこそ腹立たしい。ならばこそ、このバカバカしい話を作り上げた貴族の化けの皮を肉ごと剥がさなければならない。


「オリオン!」

「ハッ!」

「すぐに息子の行方を探せ。それと同時に、街道に赴き商隊が襲われた場所を特定しろ」

「分かりました。賢者の弟子の方は如何しますか?」

「監視しろ。政敵の貴族から接触があるかもしれん」

「では、すぐに」


 そう言い残し、オリオンと呼ばれた兵士は部屋を出て行った。

 部屋に残った侯爵は忌々しげに暴言を吐くと、豪奢に飾り付けをされた机に拳を叩きつけた。


やっと侯爵との会話を終わりました。

分けようかとも思いましたが、おかしなところで切れても面白くなるので長くなってしまった……。


2月1日 誤字修正しました。

2月5日 叙任を授爵・叙爵へ変更しました。

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